ジョンズ・ホプキンズ大学とムスタンシリア大学の共同調査
「2003年イラク侵略後の死亡率:横断的集落抽出調査」の紹介
65万人を超えるイラク人が米軍、多国籍軍の侵攻の犠牲に
――学術調査が明らかにしたイラク戦争の戦禍の現実――


[1]犠牲者数65万人はブッシュの戦争犯罪の告発書

(1)イラク戦争によって犠牲になった市民の数は65万人を超える――イラク全土の犠牲者数を推量した最新の論文が発表された。この衝撃的な数字を明らかにしたのは、英医学誌『ランセット』に掲載された論文「2003年イラク侵略後の死亡率:横断的集落抽出調査」である。
※Mortality after the 2003 invasion of Iraq: a cross-sectional cluster sample survey(2006年10月11日)
http://www.ippnw.org/news/lancet061012.pdf
 この論文は、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学とイラクのムスタンシリア大学による共同調査の成果としてまとめ上げられた労作である。L.ロバーツ博士らはこの調査によって、イラク全土における侵略戦争の最新の犠牲者数を明らかにした。それは、『ランセット』に2004年10月に掲載された「2003年のイラク侵略前後における死者数−集落抽出調査」の続編をなすものである。最新の調査――2006年7月までの侵略後40ヶ月にわたる犠牲者65万人超は、前回調査――2004年9月までの侵略後17.8ヶ月の犠牲者数10万人超を遙かにしのいでいた。
※私たちは、今年3月の論評『イラク戦争開戦3周年にあたって』において、2004年10月のランセット掲載論文をベースにして、国連やUNICEFなど国際機関などの公表する「死亡率」や「幼児死亡率」などからのアプローチが進み、犠牲者が60万人に達しつつあるとの見方が研究者たちの間から出始めていることを指摘した。今回の発表論文は、そのような見方を具体的調査によって裏付けたものである。
※2004年10月の前回調査については以下を参照
【速報】イラク戦争被害記録 英医学誌『ランセット』の論文「2003年のイラク侵略前後における死者数――集落抽出調査」より「要約」部分翻訳

(2)この論文が発表されるやいなや、イラク人の犠牲者65万人超は、全米、全世界に大きな反響を巻き起こした。マスコミは競ってこの論文を紹介した。共和党に近いワシントンポスト紙ですら、『調査はイラクにおいて65万5千人の死者を明らかにした』(Study Claims Iraq's 'Excess' Death Toll Has Reached 655000)10月12日)と題する記事を発表し、「今回の調査が統計的にみても非常に信頼性が高い手法で実施されている」として、イラク市民の犠牲者数65万人超を認めざるをえなかった。ブッシュの足元が揺らいでいる現実を見せつけている。しかも多くのメディアが、犠牲者数が想像以上に大きかった理由を論じ、「大半の暴力は、ジャーナリストの知らない所で発生している」「西側の報道機関は、バグダッドに拠点を構えている」「大きな事件は注意を引きやすいが、各地で起こる多くの事件は注意を引かないであろう」などと、メディア報道の限界を指摘し始めたのである。
 過剰死亡「65万5千人」、この犠牲者数はその他のどの調査結果よりも大きい。しかし、この数値が大きな説得力を持つ理由は、調査が疫学的手法に基づく科学的に確立された測定法に基づいていることにある。また調査は、最大限の信頼性を確保するために、調査員は死亡者を確定する際に死亡確認書(death certification)の提示を求めるなど、細心の注意を払って調査が実施された。死亡者情報の不正確さ、政治的思惑に基づく誇張、これらの様々な「バイアス」を最大限排除して行われた。
※Study claims Iraq's 'Excess' Death Toll Has Reached 655,000
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/10/10/AR2006101001442.html

(3)この論文は、65万人超という大きさだけでなく、占領が長期化することによって日々の犠牲者数が加速度的に増大していっていることを明らかにしている。多数の犠牲者を伴う悲惨な事件がイラクから伝えられている。「血の月曜日、43人死亡」(10月23日)、「首都シーア派地区で自動車爆弾、20人死亡 −イラク」(10月17日)。イラク保健省は、バグダッドでは9月だけでも、2660人の民間人が死亡したと報じた。一日当たり100人近くの民衆が死亡していることになる。また国連は、イラクでは毎日80人が事件に巻き込まれて死亡していると報告している。
 そして、調査で明らかになった急拡大する死亡率は、メディアで報道される死者をカウントしている「イラクボディカウント」の結果と類似した傾向を示していることを指摘している。
 イラクボディカウントは10月末の時点で、44736〜49692人の犠牲者をカウントしている。これだけでも大変な数である。しかし、これは氷山の一角だ。米軍による空爆や掃討作戦による犠牲、「爆弾テロ」による犠牲、「死の部隊」による拷問と殺害、傀儡政権に入り込んだ民兵や傭兵による虐殺、「宗派抗争」による犠牲、さらにはインフラや生活関連施設・医療設備が破壊された結果としての特に乳幼児や子どもたちの犠牲等々、メディアによって報道されない数限りない犠牲がある。
 私たちは、混乱のイラク現地で地道な聞き取り調査を行い、今回の結果を発表したに米ジョンズ・ホプキンス大学とイラク人医師たちの調査団に敬意を表したい。同時に、開戦直後からイラク人犠牲者数をカウントし公表し続けているイラクボディカウントにも敬意を表したい。これら二つの試みが存在することによって、私たちは、メディアで公表されている死者数のおよそ10数倍が犠牲者の実数であるということを把握することができるようになったのである。
 最新の調査結果は、ブッシュ政権による「戦争犯罪の告発書」である。ブッシュ政権、その取り巻き連中の石油、軍産複合体が始めた戦争の惨禍がいかほどまでに巨大であったのかを告発している。

[2]最新の調査結果が告発するイラク人犠牲者の全体像
(1)ジョンズ・ホプキンス大学による最新の調査の目的は、2004年9月までのイラク人犠牲者の調査結果−「過剰死亡10万人超」−を「アップデートすること」であった。調査結果は、次の結論を明らかにした。

侵略前の死亡率は、一年間で5.5人/1000人であった(95%信頼区間:4.3−7.1)。一方、侵攻後の40ヶ月間における死亡率は、一年間で13.3人/1000人であった(10.9−16.1)。2006年7月まで期間において戦争による654965人(392979−942636)の過剰死亡を私たちは算出した。それは研究地域における2.5%の人口に相当する。侵略後の死者601027人(CI:426369−793663)は、その最大の要因が銃撃による暴力よって生み出された。
※「過剰死亡」とは、対象となる事象(この場合はアメリカによるイラク侵略)がなかった場合に想定される死亡者数を上回る死亡者数をいう。

 最新の調査は、2006年3月〜7月の調査期間、考察対象の期間が侵略後の40ヶ月(2006年7月まで)、調査規模は47クラスター、各クラスターに50世帯、総世帯数1849世帯、対象人数12801人である。調査期間、規模ともに、前回の調査を大きく上回っている。その結論は、非常に衝撃的である。前回の調査(侵略後の2004年9月まで)で明らかになった超過死亡10万人をはるかに凌ぐペースで、犠牲者が拡大し続けていることが明らかになった。仮に、前回の犠牲者のペースが維持していたとすると侵略から40ヶ月後では、10万人×(40ヶ月/17.8ヶ月)=22万5000人の犠牲者となる。しかし調査によって、超過死亡者=侵略の犠牲者が65.5万人を超えることが明らかになった。



(2)調査結果は、今もイラクが戦争状態に置かれ事態は悪化していること、米と同盟軍の軍事行動による犠牲者が多数を占めること、しかし、「自動車爆弾」による死者が増えるなど、社会的対立と混乱による犠牲者が新たに増大していること、バグダッドだけでなくイラク中西部での死亡率が高いなどの評価を与えている。以下がその全体像である。

@ 65万人を越える犠牲者。イラク民衆は「戦争状態」におかれている。
 調査は、イラク全土で2.5%に相当する人口が侵略戦争によって死亡したと推定した。100人当たり2.5人の犠牲である。非常に高い犠牲者の割合である。前回の調査が、100人当たり0.5人以下であったが、これ以後もとんでもないペースで犠牲者が生み出されていたことになる。尋常ならざる「人道的危機」がイラクを支配していることを、最新の調査結果は明らかにした。論文の最後の部分には、次のように指摘がある。イラクにおける犠牲者数は「戦時に匹敵する。ベトナム戦争では300万人が死んだ。コンゴ紛争では380万人が死んだ。・・・・ダルフールでは過去31ヶ月で20万人もの人々が死んだ」。

A 増加し続ける死亡率。さらなる状況の悪化。
 調査は、死亡率が拡大傾向にあること、すなわち犠牲数が急拡大していることを明らかにした。超過死亡率(Excess mortality rate)は、侵略前の0人/1000人(粗死亡率:5.5人)から、2003年3月〜2004年4月では2.6人(粗死亡率:7.5人),2004年5月〜2005年5月では5.6人(粗死亡率:10.9人),そして2005年6月〜2006年6月では14.2人(粗死亡率:19.8人)と、驚くべき勢いで拡大している。死亡率の上昇は、イラクの民衆が、安全な日常生活を営むことができないまでに社会的混乱、秩序が崩壊していることを示している。2006年に入ってからの一日の犠牲者数は1000人を超えており、尋常ではない。このペースが継続するとなると、1年から2年後には、イラク全土で100万人を越える犠牲者が生み出されることになるであろう。



図1:2003年〜2006年における粗死亡率

表2:


B 犠牲者の大半は暴力死である。
 65万人を超える超過死亡者の中でも、暴力死(violent death)が61万人を占めている。この暴力死の内容としては、銃撃、空爆、自動車爆弾、爆薬・地雷となっている。米軍によるイラク民衆虐殺とともに、社会的混乱、対立の拡大が犠牲者を拡大させる要因となっている。一方、意外ではあったのだが、伝染病や乳幼児の死亡率の上昇は最新の調査で認められなかったという。

C 米軍による虐殺は増え続けている。
 最新の調査結果は、米軍の攻撃による犠牲者数が増大し続けている実情を明らかにした。暴力にともなう死者数が年々急拡大する中で、同盟軍の暴力、空爆による犠牲者数の割合こそ相対的に減少しているが、実数は増大している。調査対象となった12000人の中における空爆の犠牲者は、侵略前では1人(暴力死の中での割合:50%)、2003年3月〜2004年4月では14人(同割合:36%),2004年5月〜2005年5月では35人(同割合:39%),そして2005年6月〜2006年6月では43人(同割合:26%)と拡大傾向を示している(表3参照)。空爆による犠牲者は、同期間において、1人→6人→13人→20人と増大している(ただし、2006年に入ってからは、空爆の犠牲者が縮小しているという)。今なお米軍がイラク民衆虐殺を繰り広げていることを、最新の調査は示している。

表3:暴力死の要因と時期


D 自動車爆弾による犠牲者が拡大している。
 最新の調査では、前回の調査ではほとんど見られなかった自動車爆弾による犠牲者が急拡大している(2003年3〜2004年4月:1人、2005年6月〜2006年6月:30人)。全体的に見ても、自動車爆弾による犠牲者数の割合は、銃撃に次いで多い。自動車爆弾に代表されるような、民衆を巻きこんだイラク人による犠牲者が拡大していることを反映している。社会の内部分裂、混乱がより深まっていることを示している。

E 中西部のスンニ派が多数を占める地域の犠牲者が圧倒的に多い。
 地域別にみて、イラク中西部−アンバール、ニネワ、サラー・アル・ディム、ドレイラの各州の死亡率が突出している(図2「地方行政区ごとの暴力による死亡率」参照)。この4州の死亡率は、日々惨事が報道されるバグダッドよりも高く、暴力死は、1000人当たり10人以上となっている。この地域は反米武装勢力の抵抗が根強く、米軍による掃討作戦の名による弾圧、虐殺がこの死亡率を高くしているのだ。



図2:イラクボディカウント、MultiNational Corps-Iraqから報告されている死亡者数の変化

[3]米・ブッシュの戦争犯罪の告発だけではない。日本の安倍政権にも向けられている。
(1)ブッシュ大統領は直ちに、「信じることができない」と表明し、ランセット論文への敵意を剥き出しにした。アメリカでは中間選挙を目前に控え、米国経済の「一段と持続可能な成長」(ポールソン米財務長官)の大本営発表を行わせるなど、ブッシュは何とか米国民の関心をイラクから国内問題に向けさせようとしている。
※Bush Plays Politics with Iraqi Dead
http://www.madison.com/tct/opinion/column/nichols/index.php?ntid=103519
 しかし、イラク戦争は最大の政治的焦点となっている。そして、バグダッドの治安の崩壊、米兵の犠牲者の急増、マリキ傀儡政権との対立の表面化、同盟国イギリスでの撤退論の噴出等々「出口戦略」が全く描けない中で、中間選挙でブッシュが大敗北を喫する現実的可能性さえ取りざたされるようになった。アメリカの反戦平和団体は、11月7日の中間選挙にむけで攻勢を強めている。シンディーシーハンさんら平和のための戦死者家族の会などは11月6日〜9日にかけて、ホワイトハウス前で座り込みを敢行しようとしている。明らかにされた「65万人超の侵略戦争の犠牲者」は、ブッシュの戦争犯罪を改めて暴露し、ブッシュ政権をますます追い詰めるだろう。
※シーハンさんは、65.5万人という数は、テキサス州のオースティン市の人口に匹敵し、アメリカとイラクの人口比を考えれば、米国民655万人をイメージしなければならないと語っている。
http://www.commondreams.org/views06/1017-31.htm

(2)イラクを占領支配する米国は、米兵の犠牲者については一人一人の氏名までも公表し、手厚い補償までするが、イラク市民については虫けらのように殺し、「付随的損害」として片づけ、犠牲者数を明らかにすることはおろか、まともな埋葬さえ許してこなかったという事実にある。ブッシュ大統領がかつて語った「3万人程度の犠牲者」といった数値は、イラク人に犠牲者が拡大していることを無視することができなくなり、でまかせでしゃべったものに過ぎない。   
※ブッシュは一度だけイラクの犠牲者数を「認めた」ことがある。昨年12月、「3万人かそこらが死んだんだろう」と、根拠も何も示さずに、ホワイトハウスのぶら下がり記者との雑談の中で、死者を全く愚弄する形で言及したのである。「小泉首相はイラク戦争支持の誤りを認めよ!

 米国内では中間選挙をめぐり、イラク問題が最大の政治的焦点となっている。米兵の犠牲者は拡大し、すでに2800人を超えた。10月の米兵の死者は105人(10月末)を数え、月間の犠牲者数としては今年の最高となった。バグダッドの治安は崩壊している。米軍の撤退期限を明確にすることができず、現地司令官はさらなる兵力拡大を求めている。一方では、同盟国内の不協和音も急速に大きくなっている。英軍の現地司令官は、外国軍の駐留がイラクの混乱に拍車をかけているとして、自軍の南部からの撤退について言及した。
 ブッシュ政権は、自らが煽ってきたイラク国内の対立、緊張を制御しえなくなっている。クルド人自治区は事実上の「独立国」として存在している。イラク連邦議会は10月11日、「自治政府」「大幅な自治権」を認める法律を可決した。イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)は、イラク北部3県のクルド人居住地域と同様、南部に自治政府を作り石油利権の確保を狙い、賛成にまわった。この法案に対してスンニ派は、イラクを分裂、分断に導くものとして反対にまわった。シーア派の統一イラク同盟内部の対立も激化している。イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)と反米派のサドル師の対立は、武力衝突にまで発展している。米国、ブッシュ政権がまいた混乱、対立の種は、回復しがたい緊張にまでエスカレートしようとしている。米軍、同盟国の軍隊がイラクから撤退する以外に、イラクに和平をもたらすことはできない。

(3)これらイラク民衆の状況を生み出したのはまた同様に、ブッシュの戦争に協力してきた英国のブレア政権、日本の小泉政権の逃れ得ない戦争責任を明らかにするものである。小泉政権の政策を引き継ぐ安倍政権は、民衆虐殺への加担の責任も引き継ぐことになる。日本は、陸上自衛隊をイラクに派遣し、また沖縄を米海兵隊の出撃基地にすることなどによってアメリカの侵略戦争に加担した責任を負っている。今でも、航空自衛隊がクウェートとバグダッド間で、米軍関連物資と人員輸送を続けている。さらに安倍政権は、10月27日、テロ特措法を成立させ、アメリカの対テロ戦争への協力の継続を宣言した。安倍首相は日米同盟を強化し、よりグローバルな対米軍事協力を進めることを表明している。
 「イラク人犠牲者65万人超」は、日本の反戦平和運動にとっても決定的に重要な数字である。アメリカの戦争犯罪を告発し、日本の責任を追及する武器としなければならない。安部政権に対して、イラク戦争加担をやめさせることは、反戦平和運動の最大の課題の一つであり続けている。


2006年11月5日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局