重罰化傾向を考える

永井迅

グラフはクリックすると別窓に大きく表示されます

 ある会議で、本年5月19日の読売新聞に大きく掲載された「『死刑』拡大の流れ」と題する記事のことが話題になった。そのリードの部分だけ、まず、紹介しておく。
 「殺人事件の被害者が1人の場合、被告に極刑を言い渡すかどうかは、刑事裁判における難題の一つだが、東京高裁は昨秋以降、2件の微妙なケースで“逆転”死刑の判決を出した。治安の維持や被害者感情を重んじる流れの中で、裁判所が死刑適用の拡大に一歩踏み込んだとの見方もあり、司法関係者に波紋を広げている(社会部 田中史生)」
 死刑判決はたしかに増えている。日々のニュース等でもそう感じていた人は多いだろう。
 法務省が発表している統計の他、日弁連や救援連絡センターの調査資料等を参考にしながら、重罰化傾向について考えてみる。資料によって数値に若干の差異が見られる場合があったが、傾向を探る、という目的なので、適宜選択し活用したことをご了承願いたい。
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 1のグラフは過去20年、一審、控訴審、上告審で死刑判決を言い渡された人員数である。一審の流れを一年遅れて追うように控訴審のカーブが描かれる。死刑判決増加の傾向はこれを見ても察せられる。
 判決数に比べれば、執行数はかなり「抑制的」ではある。その結果、2のグラフで見られるとおり死刑確定者の人数は増加の一途を辿っている。2004年末の死刑確定者数ははっきりしないのでグラフには入れなかったが、日弁連のまとめによると、2005年5月段階で72人にまで急増している。ちなみに、年末在所人員数に、翌年の判決確定者数をプラスし、執行人数をマイナスしても、翌年末の在所人員数に満たないことがある。その多くは、死刑囚が執行されずに獄死したことを示している。恩赦で減刑になったり、冤罪が晴れて出獄したとかいうのであれば嬉しいのだが。
 後藤田法務大臣(元)により、死刑執行が再開されたときに比べても、はるかに、現在のほうが死刑確定囚は「溜まって」いる。判決数に比して執行数は「抑制的」と記したが、決して法務省の側は、自発的に「抑制的」であるわけではない。議員連盟や国際世論の圧力、弁護士や市民による様々な取り組みによって「抑制的」であることを強いられていると見なすべきだろう。後藤田による再開以降、執行のない年はないというところに法務省の抵抗線がある。したがって、執行が抑えられてきた分、ひとたび、その歯止めがなくなれば大量執行に踏み切る危険性が高まっているともいえる。
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 3のグラフで無期懲役の判決を受けた人数と無期囚で仮釈放を受けた人数を示した。無期判決については、一審での人数と、無期確定人数の統計はあったが、控訴審、上告審でのデータは見つからなかった。本当は死刑求刑をされて、死刑になった件数、無期になった件数等も調べたかったのだが、そのような統計は作っていないらしい。検察庁にはあると思うのだが。
 さて、グラフの通り、無期の判決も増加の一途である。逆に仮釈放はどんどん厳しくなっている。近年ではだいたい、年に100人が新たに無期囚となり、10人が仮釈放で出獄するというぐらいか。そして、出られた人の平均服役期間が約22年である。無期刑は事実上、9割がたの者にとって終身刑化しているといえよう。従って、無期囚の全体数も急増している。4のグラフのとおり、1984年末に781人だったのが、2004年末には1352人にまで膨れ上がっているのだ。
 この無期囚の終身刑化問題は、かねてより監獄人権センターなどで問題にしてきたところであるが、もっぱら死刑の問題に眼を向けている人たちには必ずしも共有されているとは言い難いので、あえて紹介し、論じたいと思う。

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 死刑の代替刑としての終身刑導入をめぐる論議一般についてここでは詳述しない。しかし、以上の統計を踏まえて考えてみたとき、議員連盟関係者から折々語られる「死刑制度が残されたままでも、終身刑を導入すれば、死刑判決は減るだろう。それが、死刑廃止への一里塚となる」という主張への疑問はつのるばかりである。
 もし、死刑と無期の判決の総数が変わらないのであれば、そういう期待もありえるかもしれない。しかし、死刑も、無期も、急増しているのだ。(凶悪犯罪自体が激増しているわけではないことは『安全神話崩壊のパラドックス』〔河合幹雄・岩波書店・2004〕を参照されたい)
 明らかにこの数年来、司法は重罰化の流れにあり、終身刑を求める声も多くはその延長で語られている。このような状況下での死刑を残したままでの終身刑導入は、普通に考えれば、死刑も、終身刑も、無期刑も、全部急増することに棹さすことではないだろうか。
 多くのメディアが、無期刑は仮釈放でみんな出てこられると報じている。(5月某日にラジオ番組で、無期といっても平均22年で出てくるらしいですね、と言っているのを耳にした。マスコミへの抗議というのは、私はめったにしないのだが〔きりがないから〕、このときばかりは、これに抗議する人はあまりいないだろうな、と思い、「その平均というのは、あくまで出てこられた年間10人前後の人の平均ですよ」と、放送局に電話を入れた。最近では『SAPIO』6月8日号に「無期刑といっても最短で10年、通常で15〜20年で仮出所できる」(鷲見一雄)との記述もあった。この「フォーム90」のニュースが発行されたら『SAPIO』編集部にも送ろうと思う。読者諸氏もそのような報道に接することがあれば、この一文を根拠にしていいから、抗議してください。)
 「出てこられる」可能性と、「実際に出てくる」こととは全く別の現実があるのに、そうした誤った前提のもとに「終身刑」導入が語られることに私は非常な危惧を抱いている。少なくとも、そのような誤解に便乗して「終身刑」導入をキャンペーンしてはならないと思うのだ。
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 以上はもちろん、筆者の個人的見解である。フォーラム90にも、別の考えを持つ人がいよう。議連の関係者にはまた別の理屈があるのかもしれない。仲間たちからの反論・異論があれば、虚心に受けとめたいと思っている。
(2005.6.10記)

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