2005年1月15日 文京シビックセンター

死刑と無期のはざ間で

−検察量刑基準を斬る−

愛知県弁護士会人権擁護委員会死刑問題研究部会長 村上満宏弁護士


 きょうは勉強会ということで来ました。
 昨年の人権擁護大会のために日本弁護士連合会で出した報告書は弁護士向けに作っておりまして、これから裁判で活用されていくだろうと思います。
 名古屋弁護士会、4月から愛知県弁護士会の人権擁護委員会のなかに死刑問題研究部会があります。他の弁護士会にはないようですが愛知にだけは死刑を取り上げる部会があり、その死刑問題研究部会の部会長という立場で、常時7人から8人の弁護士と一緒に活動してます。そして日本弁護士連合会のなかに「死刑執行停止に向けての委員会」というのが本年度からできまして、事務局長を安田先生がしております。その下で事務局員という形で一緒に活動させていただいてます。

永山判決とは死刑廃止の議論を前提に許容される基準である

 今回この死刑と無期の量刑基準に関する調査報告をつくった経過をについて、若干説明させていただきます。
 私、現在死刑事件に三件関わっております。現在名古屋高裁に継続中なのが「長良川・木曽川・大阪事件」という事件です。平成6年、1994年におこった事件です。10日間のうちに大阪で一人殺し、そして木曽川で一人殺し、長良川で二人殺したという事件です。少年たちが殺した事案です。主犯格とされる少年が三人いまして、そのなかの一人を私が主任弁護人としてやっております。その人が一番年上でボス格だと言われてます。一審では無期でした。現在控訴審の段階で、検察官から死刑求刑され裁判をやっている途中です。私が担当しているK君にたいして、検察官が出してきた控訴趣意書はこうなってます。
 永山最高裁判決があります。永山最高裁判決はわれわれ弁護士からみると、死刑を廃止すべきだ、いや廃止すべきでないという議論を前提にしたうえで、死刑が許容される基準について書かれた判決だと理解していたわけです。しかし、検察は、死刑を適用しなければならない基準も入っているのだと主張します。裁判所にそれを求めている判決だということを、検察官は控訴主意書のなかに書いています。「長良川・木曽川事件」のような重大事件の場合には、主犯格だけでなくみんなに平等に死刑を適用すべきだ、主犯格だろうが従属的立場であろうが、そういうことを吟味するのではなくて死刑を適用すべきだ、という形で斬ってます。従属性があるとか主犯格までいかないのだ、ということについては弁護側で証明しないかぎりは死刑にすべきであるという論調です。
その検察の控訴趣意書の主張を裏付けるものが、冊子「死刑と無期の量刑基準に関する調査研究報告書」のなかにある「一覧表A」というものです。お手元に資料として配りました「永山判決以後死刑の科刑を是認した最高裁判所の判例一覧表A」です。これが現在裁判実務で検察が利用している表です。今回、人権擁護大会で発表するために、私のほうである程度変えています。検察が利用している表には被告人の名前、実名がずらっと書かれています。その被告人の名前をカットしました。

ミスリードされ死刑判決が増えてしまう

 表にはいろいろなことが書かれています。裁判官がこの表を見ます。たとえば1番を見ますと殺人・窃盗・死体遺棄事件ですが、「その他」欄に「共犯者間で責任の軽重なし」と記載されています。この事件では二人とも死刑になってます。こういう資料を引用して、共犯関係というものは重大事件の場合は、弁護側が自分の担当している被告人は主犯格ではない、従属性があるのだということを訴えていかないと死刑を回避できない、ということを言ってるのです。
 あるいは、5番の事例をみますと、身代金目的で一人殺害した場合には当然死刑、ということを読みとれます。それから、強盗殺人で二人殺した場合には当然死刑、ということも読みとれます。
 裁判実務でこうした表を出されますと、われわれ弁護人としては非常に困っちゃうのです。僕は僕なりに再審事件もやっているのでなんとかしなけりゃという気持ちがありましたけど、なかには、こういう表を出されると、まあどうみても死刑だろうなと思ってそれなりの弁護をして終わってしまうという事例もあります。
 このまま検察官が出した「一覧表A」を放置しておいて、これは間違いである、実は違うのだということを言わないまま裁判実務が進んでいくと、裁判官がミスリードによって死刑判決が増えていくのではないか、という危惧が生じてきます。
 それで私のほうで「一覧表A」を日弁連に持ちこんで、これに関係する前田雅英教授(東京都立大学法学部長)や城下裕二教授(明治学院大学)の論文などを検討しました。前田教授の論文は非常に分かりやすく、「身代金目的で一人殺した場合には死刑になりやすい」とか、「保険金目的で殺害した場合にはすぐれて死刑のほうに向かっている」と、そうした論調で書かれているわけです。それは検察が使っている「一覧表A」とマッチしている部分が多いのです。私もこれには困っていたんですけれども、信用していた部分もありました。そうしたら安田先生がこれは大間違いだと言われました。さらに「前田教授は司法試験受験生に大きな影響を持っているし、検察実務や裁判実務にも分かり易いと評判がある、その方が書いた論文が裁判に影響したら困る」と。
 安田先生が体感されていることと「一覧表A」とが非常に合わない。「たとえば東京で身代金目的で一人殺した場合、死刑にならず無期になっているものもある。名古屋で同じような場合には無期にならず死刑になっている。事件の事情はそれほど変わらない。『一覧表A』に載っているのは死刑になっているものばっかりである」。そういうことをおっしゃいました。調べるのにどうされたかを聞きました。国会図書館に行かれて新聞を読み、身代金目的で一人殺害して死刑になった場合と無期になった場合を抽出したと、安田先生はそういうことまでされたのか、と少し驚きを感じました。すごい量の新聞から、刑事事件に絞り、さらに死刑と無期にしぼり読んでいく。これはやっとれんな〜、というのが正直なところでした。

共同通信のデータベースを活用する

 その後に仲間の弁護士が共同通信から死刑と無期だけのデータベースが出ているので、それを取り寄せてあげようということになり、わたしのところにきました。相当な量でした。そのデータベースを利用して検討しました。私たちの目に触れる部分で、死刑判決になったものと無期判決になったもの、なかなか資料が集まらないという事情があります。資料から話をしていかないと、なかなか実態を読むことはできない。その手段として新聞報道に着目し、共同通信の協力が得られ、作業がはかどったというわけです。共同通信からひろいあげたのが、お手元の資料「一覧表B」です。この「一覧表B」というのは、検察官が死刑を求刑して裁判官が無期判決を下したものをまとめたものです。あくまでも配信されたものからまとめたものです。そして「一覧表C」というのもまとめました。「一覧表C」というのは、「一覧表A」に載っていてもおかしくないな、とわれわれが思うものの中で検事がそもそも死刑を求めていない、つまり無期求刑をしているものです。ですから基本的に殺害事件であるわけです。
 整理しますと、「一覧表A」は、検察官が死刑を求めて、それが最高裁や最高裁以外のところで確定したものです。67件あります。
それにたいして、共同通信のデータベースから抽出したのが二つです。
 「一覧表B」は、検察官が死刑を求刑して裁判官が無期判決を下したものです。件数は73件です。「一覧表C」は、殺害事件であって「一覧表A」に載っていてもおかしくないと我々が判断したものの中で、検事が無期求刑したものです。件数は590件です。
この「一覧表A・B・C」について、先日の日弁連大会でわたしが話し、その後弁護士からの反応がありました。弁護士から電話がかかってきて、「一覧表B」だけでは足りないので、それぞれの事件が「判例時報」や「判例タイムズ」のどこにあるかを教えてくれ、という要求があります。この要求が非常に多く、全国の弁護士から電話がかかってきます。現在「一覧表B」の中で「判例時報」掲載のものはすべて探し当てました。しかし「一覧表B」には73件載っているのですけれど、判例時報に載っているのは24〜26件です。「判例時報」は、一審、高裁、最高裁とありますと、一審の段階、高裁の段階、最高裁の段階と裁判官が判断するたびごとに取り上げているので、一つの事件がダブっているものが非常に多いです。それでいま26件ほど探しました。
 今後、「判例タイムズ」を調べていかなければならないということで、着手しだしたところです。「時報」と「タイムズ」に載っていないものがあれば、日弁連の力を借りて、担当された各弁護士に問い合わせ、無期判決になったものを日弁連に送ってくれという形で情報蒐集していくことになると思います。
 こうした判決が集まってはじめて、厳密に正確なことが言えるということになります。ただこのたびの報道から得られた調査によっても、間違いがないだろうということで今回公表させていただいたのです。

97年、検察に何が起こったのか

 今回の調査の狙いは何かについてお話します。
 「一覧表A」は死刑と無期の量刑基準を示したものだ、と検察官は言っています。しかし、「一覧表A」は死刑になった事案だけを挙げているのであって、無期になったものは挙げていない。同じ事案だけれど一方で死刑になったものもあれば他方で無期なったものもある。そのことが「一覧表A」からは分からないということが明らかになります。「一覧表A」には本来対象にすべき無期判決になった事案を入れていないので、「暗数」がたくさんある表である。つまり、死刑と無期の量刑基準を判断する上であまりにも「暗数」が多い表だと、今回発表させていただきました。
 「一覧表A」から何が言えるかをザックバランにお話します。この表を検察庁が出すようになったのは97年ごろからです。それまでは、検察官が死刑判決になったものを証拠請求し、裁判所に「これを読め」とい形でしたけど、97年以降「一覧表A」が出されるようになりました。なぜこの表が出されるようになったかと言いますと、高裁で無期になった事件があって、検察がけしからんということで最高裁に死刑を求めていったのが97年ごろからです。死刑求刑上告5事件、といわれました。
 これについては新聞報道もありまして、検察庁の方のコメントがありました。97年ごろは死刑判決を裁判官が回避する傾向があり、それにたいし危機感を持ちこの「一覧表A」をつくった、と報道で述べられてます。ですから、「一覧表A」は、検察の巻き返しと位置づけることができると思います。
 「一覧表A」の効果についてはいいますと、昨年の3月ぐらいの朝日新聞の報道だったかに、下級審で死刑判決が増え上告審で死刑が溜まっている、とありました。かならずしも地下鉄サリン事件だとかではなく一般的な事件について高裁での死刑判決が相次いでいる。上告審では死刑上告をめぐって審理がはじまる、それが急に増えている、と。そうしますと「一覧表A」が実務のなかでそれなりに影響を与えてきたのではないか、ということが言えるのではないかと思います。

総合的に見てみると

 中身に入ります。
 日弁連の報告書のなかでは「死亡被害者の数」を基準に比較させていただいてます。いろいろな学者の論文を参考に考えたのですが、やはり「死亡被害者の数」が大きなメルクマールになっていると感じましたので、それで区分しました。
 「一覧表A」から、一人殺害された事案は13件あります。この13件はみな死刑判決です。一人殺害された事案13件を罪名別に見ていきますと、身代金目的で殺害した事件が5件、強盗殺人と保険金目的の未遂事件が1件、「一覧表A」からですと身代金目的で一人殺した場合には死刑になってしまうということなので、われわれ弁護士が一番危惧しているのは身代金目的で殺した事件では死刑になるというのがある程度通説化していることです。豊橋の事件で、起訴状は殺人なんだけれど、検察は身代金目的ということをやけに立証しようとしている。知り合いの弁護士が担当していて「なんでかね〜」と聞きに来たので、死刑求刑を目指しているのではないか、と話しました。
 では、身代金目的で一人殺した場合必ず死刑かというと、そうではないことが今回の「一覧表B・C」から分かります。B表の中、すなわち死刑が求刑されていて無期判決になっているものが5件あります。それとC表の中に無期求刑で無期判決が3件あります。そうしますと、永山則夫最高裁判決以降、身代金目的で死刑判決になったものは5件であるのにたいし、無期判決になっているのが8件あることが分かりました。そして無期判決の中で、なぜ無期判決になったのかを検討しました。改善更生の余地があるとの被告人自身の主観的事情を重く見てるというものが多くあります。つまりこの人(被告人)を生かさなくちゃいけない、という裁判所の判断が大半ではないかと思います。もうひとつは初動捜査のミスで被害者が亡くなった。捜査官側のミスがあったから被害者が亡くなってしまった、だから死刑判決を回避するという形。それから未必の故意、この人を殺そうという気持ちはないんだけれど、死んでしまったらそれでいいやという未必の故意、確定的にこの人を殺そうと思って殺すのではない。この未必の故意の場合には無期判決になってます。身代金目的はある程度資料がそろいましたので、それなりに説得性のある形で発表できました。
 次は保険金目的による殺害事件です。保険金目的による殺害事件の場合も身代金目的とおなじような形で重視されているのではないかと疑問をもってました。保険金目的で一人殺害した事件は、無期求刑(C表)が34件あることが分かりました。死刑を求刑されて無期判決になっているもの(B表)が4件、そうすると、保険金目的であるからといって必ずしも死刑になるということはない、限界基準までいかないのではないか、ということが今回の調査で分かりました。
 一人殺害事案で一番ネックになるのが、無期判決を受け、仮出獄中にまた人を殺してしまったという事案です。この事案の場合は、死刑になりやすいということを感じました。ただし、無期判決になっているものも見られます。無期判決になったものが高裁で逆転死刑判決をくらって、最高裁に来ている、という事案もあります。前科については報道されにくいので、新聞報道では限界があり、はっきりしたことは言えない、と日弁連人権大会で報告しました。仮出獄中の場合には無期が確定したという情報はいまのところはありません。
 無期でなくて有期、人を殺して有期判決を受け、出所して再び人を殺したという場合。この事案の場合、死刑判決になっているものが見えます。そちらのほうの検討がこれから必要なのだと思ってます。
 次に二人殺害した場合の事案についてお話します。 「一覧表A」を見ますと、被害者が二人殺された事案は全部で29件あります。
「自由と正義」という日弁連の機関紙を見ますと、一審で死刑判決を受け高裁で無期になった場合を主に分析されたものがありました。それによると、裁判官は裁判官ごとの価値判断によって死刑になったり無期になったりする。同じ事案であるにもかかわらず、一審の裁判官は死刑判決を下し、高裁の裁判官は無期判決を下した。逆に一審の裁判官は無期にしたけど高裁の裁判官が死刑にした。同じ事案なのになぜこうした違いがあるのか。それは当該裁判官が当該被告人の矯正可能性、改善更生の余地など、被告人に対する考え方、裁判官の価値観などが影響して死刑判決になったりならなかったりするのではないか、と発表されてました。われわれは裁判で「自由と正義」を引用することがあるのですけれど、その中にこういうことがありました。
 強盗殺人で一人殺害した場合には死刑と無期の限界事例だろう。その場合には弁護人がいかに情状で頑張るかが問題になる。逆に言うと、強盗殺人で二人殺害した場合には死刑になってしまうということが含意されている。当時の状況ですとそういう傾向が見られるのだと思います。
 永山則夫判決以後、今回の調査で分かったことは、強盗殺人で二人殺害した場合、検察A表の死刑判決が29件でした。しかし、B表を見ますと21件、死刑求刑されけれども無期判決になっているのが21件です。さきほど紹介しました「自由と正義」のころは、強盗殺害で一人殺害した場合が限界なので、いかに弁護人が頑張るかということでした。しかし、いまは強盗殺人で二人殺害した場合が限界事例ではないか、ということを実感として感じました。
 強盗殺人で二人殺された場合を検討しますと、同じ機会に二人殺している場合と、別の機会に二人殺している場合ではちょっと違いがあります。同じ機会に二人殺している場合には死刑にならない、無期になる余地があります。しかし、別の機会に二人殺している場合には死刑になる。なりやすい、といった傾向があるように今回思えました。
次に三人殺害した場合の事案についてお話します。三人殺された事件は「一覧表A」には15件あります。死刑を求刑されたけれども無期判決になった(一覧表B)のは、全部で5件です。この5件を検討しますと、一度に殺しているのが5件のうち4件あります。5件とも前科はありません。
 いわゆる「筑波母子殺害事件」では三人殺されてます。「判例時報」によればあの当時検察は、被害者によほど落度がない限りは三人殺したケースは死刑になるのが裁判所の傾向である、判例の傾向であると言い、弁護人は三人殺していても死刑にならないケースがあると対抗されたようです。裁判所は、検察の見解は必ずしも採用できないということで無期が確定しています。そのときの高裁の判例は非常に参考になりました。この東京高裁の判決、「判例時報」1604号の53頁に「筑波医師殺害事件」として載っています。この中で、被害者三人以上の容疑事件は11件あるのだけれど、死刑が言渡された事件が7件、無期懲役が4件あり、検察官の言うように、被害者の数が三人以上の事件については被害者側によほど落度が認められない限りは極刑を免れ得ないとまでは言えないと判決が出ています。死亡被害者が三人で無期判決になった事案についての裁判所の理由を見ますと、死刑というのは極刑なのでできるだけ避けるべきだということで避けている判決なのですが、やはり被告人の改善更生とか矯正可能性の部分を重視しているものが多いです。
死亡被害者四人以上の事案には、私が現在担当している長良川・木曾川事件も含まれてます。それと、オウム事件が一審無期でこのたび逆転死刑になったものも含まれてます。四人以上の事件については、まだ十分分析できていません。ただし、4人以上殺害の事件でも死刑を求刑され無期になったものが一覧表Bに4件以上存在するということが分かりました。
 犯行時の年齢が少年であったものについては、一覧表Aは永山則夫最高裁判決以後の表ですので、一覧表Aには永山事件と市川一家四人殺害事件が載ってます。後者は犯行時18歳から19歳にかけての強盗殺人です。この2件が載ってます。犯行時少年であったけれども死刑になっているはこの2件だけです。
 名古屋の大高アベック殺人事件という事件があります。一審が死刑で控訴審の段階で無期になってます。「長良川・木曾川事件」がやはり19歳で、一審で死刑判決を受けてますが、これが3件目になるかならないかということで、現在裁判で争われています。
共犯者がいる場合についての分析をお話します。「一覧表A」を見ますと、主犯者ということで死刑になったものが9件あります。共犯者間で責任の重い・軽いなしで死刑になったものが2件あります。
 しかし今回調査した結果、被告人が果たした役割がとくに従属的であることを弁護側が立証していなくても、死刑を求刑されながら無期になったものが最高裁判決でも2件あることが分かりました。この事案については、一方が無期判決が確定しているというもの。それと主犯格だとされている人たしかに主犯格なんですけど、もう一方の人の積極的な活動がない限りこういう犯罪はなかったということで無期になりました。

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