死刑制度に関する世論調査の結果を考える

永井迅

 内閣府が2月19日付で発表した「基本的法制度に関する世論調査」の結果のうち、死刑制度の是非をめぐる部分について批判的に検討してみた。以下は、すでに統一獄中者組合発行の『監獄通信』88号で発表したものに、フォーラム90の仲間との議論をふまえて若干、加筆・補正した原稿であることをおことわりしておく。
 なお、この結果は内閣府のホームページに掲載されているので、関心ある方はぜひ直接、元データにあたって確認・検討してほしい。
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 2005年2月20日の新聞各紙で、内閣府が19日付で発表した「基本的法制度に関する世論調査」の結果が報道された。「死刑容認増え81%――凶悪事件続発反映か」(東京新聞)という見出しにあるように、死刑制度の廃止を求める者には厳しい結果とされている。しかし、81%もの人が死刑賛成なのかというと、そうではない。「容認」という言葉に注意してほしい。
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 この世論調査は5年に1度行っているもので、前回(1999年)、前々回(1994年)とも死刑については同じ設問で、2004年12月に実施されたものである。
 その設問はこうである。
 「死刑制度に関してこのような意見が
ありますが、あなたはどちらの意見に賛成ですか
 (ア)どんな場合でも死刑は廃止すべきである
 (イ)場合によっては死刑もやむを得ない
 (ウ)わからない、一概に言えない」
 死刑容認が81%というのはこの(イ)を選択した人の%である。この設問への回答総数は2048人で、(ア)が6.0%、(イ)が81.4%、(ウ)が12.5%であった。
 ところで、(イ)を選択した人のうち、サブクエスチョンの、「将来も死刑を廃止しない方がよいと思いますか、それとも、状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよいと思いますか。」という設問には、
 (ア)将来も死刑を廃止しない 61.7%
 (イ)状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい  31.8%
 (ウ)わからない 6.5%
という回答になっている。将来も死刑を廃止しないという、いわば死刑制度賛成の人は、全体からみれば50.2%になる。
 その他の人は、逆に考えると「死刑廃止を容認」とも読めるのだ。
 「将来も死刑を廃止しない」という人以外を全部、「わからない」という人も含めて、あえて「死刑廃止を容認」と組み込むと次のような結果になる。
 1994年調査
   死刑廃止容認 60.7%
   死刑将来も存置 39.3%
 1999年調査
   死刑廃止容認 55.2%
   死刑将来も存置 44.8%
 2004年調査(今回)
   死刑廃止容認49.7%
   死刑将来も存置 50.2%
 しかし、そう考えることによって安心できることではない。
 同じ設問での死刑容認は過去10年に73.8%→79.3%→81.4%と増加しており、上記の計算をしてみたとき「将来も死刑を廃止しない」という死刑賛成は39.3%→44.8%→50.2%という勢いで増加している。およそ「国民」の1割がこの10年で死刑賛成に動いてしまったことになる。
 逆にどんな場合でも死刑は廃止すべきである、と回答した人へのサブクエスチョンには、「死刑を廃止する場合には、すぐに全面的に廃止するのがよいと思いますか。それともだんだんに死刑を減らしていって、いずれ廃止する方がよいと思いますか。」という設問があり、それには
 (ア)すぐに、全面的に廃止する 39.8%
 (イ)だんだんに死刑を減らしていき、いずれ廃止する 53.7%
 (ウ)わからない 6.5% 
という結果になっている。即時全面的廃止の意見は全体からすると2.4%ほどになってしまうのだ。その数字も過去10年において、5.9%→3.7%→2.4%と推移している。
 設問の仕方の問題があるから、絶対数としての信用性はさておくとしても、傾向的に死刑容認、死刑賛成の声が増えていることを私たちは直視しなければならないだろう。
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 フォーラム90の仲間たちから出された疑問に、この統計をとる時期に作為性はないか、という指摘があった。つまり、いわゆる「凶悪犯罪」が大々的にキャンペーンされている時期などを狙ってとられたものではないかということだ。そのへんのところをみておこう。この3回の調査は次のように行なわれている。なお、いずれも、調査員による個別面接聴取/母集団:全国20歳以上の者/抽出方法:層化2段無作為抽出法、ということは共通している。
 今回
  2004年12月9日〜12月19日
  標本数 3000人
  有効回答数(率) 2048人(68.3%)
  調査不能数(率) 952人(31.7%) 
 前回
  1999年9月2日〜12日
  標本数 5000人
  有効回答数(率) 3600人(72.0%)
  調査不能数(率) 1400人(28.0%) 
 前々回
  1994年9月1日〜11日
  標本数 3000人
  有効回答数(率) 2113人(70.4%)
  調査不能数(率) 887人(29.6%)
 つまり、5年おきに9月にとられていたものが、今回は12月になっていることに何か作為性がありはしないか、という問題になる。5年おき、というペースが守られていることを考えると、とくに「凶悪事件」が大きく報道されている時期を狙って、と考えるのは無理があるように思われる。しかし、なぜこれまでのように9月ではなかったのか。ご存知のように昨年9月14日には宅間さんら2名の死刑執行があった。それと関係があったのかとも疑われるが、前回の調査期間中である1999年の9月10日にも3名への死刑が執行されているから、よくわからない、というのが正直なところだ。
 国会議員から質問してもらえれば調査を12月にした理由も明らかにされるのではないかと期待する。
 それと、有効回答数が、7割を切っていることにも疑問の声が出た。そんな調査ではたして「世論」を正しく反映できるのか、という疑問だ。何しろ、20歳代だけをみると今回の回収率は45.5%にすぎないのである(毎回、高齢者ほど回収率は高くなる)。しかし、これも統計の専門家の意見を仰がねば、簡単に評価できることではない。
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 問題とすべきことの一つに、死刑容認の理由として、少なからぬ人が「死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える」ことをあげていることがある。(複数回答で53.3%)いや、容認している人ばかりではない。死刑への賛成反対を問わず、全員への「死刑がなくなった場合、凶悪な犯罪が増えるという意見と増えないという意見がありますが、あなたはどのようにお考えになりますか。」という設問は
 増える 60.3%
 増えない 6.0%
 一概には言えない 29.0%
 わからない 4.8%
という回答結果であり、過去10年の推移を見ても、「増える」と回答した人が52.3%→54.4%→60.3%と増加し、「増えない」と回答した人が12.0%→8.4%→6.0%と減少している。死刑による犯罪抑止効果は何ら実証されていない、というか、実証できないことがほとんど証明されているにも関わらずだ。
 理由の選択肢もあらかじめ用意されている。それを結果とともに紹介しておく。
▼死刑制度を廃止する理由(「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」と答えた者に、複数回答)
 生かしておいて罪の償いをさせた方がよい 50.4%
 裁判に誤りがあったとき、死刑にしてしまうと取り返しがつかない 39.0%
 国家であっても人を殺すことは許されない 35.0%
 死刑を廃止しても、そのために凶悪な犯罪が増えるとは思わない 31.7%
 人を殺すことは刑罰であっても人道に反し、野蛮である 28.5%
 凶悪な犯罪を犯した者でも、更生の可能性がある 25.2%
 その他 1.6%
 わからない ―
▼死刑制度を存置する理由(「場合によっては死刑もやむをえない」と答えた者に、複数回答)
 凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ 54.7%
 死刑を廃止すれば凶悪な犯罪が増える 53.3%
 死刑を廃止すれば、被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない 50.7%
 凶悪な犯罪を犯す人は生かしておくと、また同じような犯罪を犯す危険がある 
45.0%  その他 1.0%
 わからない 0.8%
 この、それぞれの理由の選択肢には裏表の関係のものもあるが、非対称のものもある。犯罪抑止力と再犯の可能性の問題は両者にあるが、冤罪の問題や被害者(遺族)の感情問題は一方にしかない。それがどちらにとっても返事に窮する難しいところだと慮ってのことだろうか。私などは、後者の理由に「国家には人を殺す権利がある」と入れてくれれば死刑制度の本質が浮き彫りになると思うが、そこはオブラートされているわけだ。
 私が注目したのは、廃止派の中でも、「生かしておいて罪の償いをさせた方がよい」という理由が過去10年において33.8%→38.9%→50.4%と急増していることだ。どのような「償い」を回答者が想定しているのかはわからないが、作家・弁護士の中嶋博行氏が『罪と罰、だが償いはどこに?』(新潮社・2004)で提起しているような考え方(一生をかけて取り立てる犯罪賠償刑務所を設置し、死刑制度は廃止)が広まっているのかもしれない。これは人道主義的な死刑廃止論とは全く別の角度からの提起である。余談ながら、このような「代替刑」を示せば、世論調査の結果は、「終身刑導入」以上に「死刑を廃止してもいい」に傾くかもしれない。
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 それにしても、なぜ、死刑制度に賛成ですか、反対ですか、という端的な設問にしないのだろうか。かつては、「今の日本で、どんな場合でも死刑を廃止しようという意見に賛成ですか、反対ですか」という設問になっていて、これでは誘導尋問だという批判が高かった。10年前に現在のような設問となった際、総理府、法務省は次のように述べている。「専門家の意見も聞き、前回との継続性を重視しつつ国民の意識をより正確に反映するように配慮した」と。つまり、継続性を生かそうとしたためにこのような設問になってしまっているのだ。私たちにも納得のいく形での世論調査がなされるよう希望したい。そして、その前提として、死刑をめぐる状況についての情報がもっと共有されなければならない。
 もう一つ気になったことを記しておきたい。
 世論調査の結果では、若い人ほど死刑制度に疑問を持っていることが歴然としている。「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」と回答している人が20代では10.2%もいる。それが60代を越すと3%台になってしまうのだ。10年前の調査では20代では16.0%だった。今回の調査の30代は6.8%となっている。同じ人が回答するわけではないから、一概には言えないのだが(統計学者からは笑われる分析になるかもしれないが)、この10年に16.0%−6.8%=9.2%、つまり半数以上もの若者たちが、死刑廃止という理想を喪失してしまったかのようにも見えるではないか。いったいこの10年に何があったのだろう。
 もちろん、人権の根幹ともいうべき生命は多数決によって奪われてはならない。しかし、死刑廃止運動がその原則論をかざすだけでは、政治家も、ましてや官僚も動かないだろう。「世論」にも響く運動を今回の結果に絶望することなく展開していきたいと思う。100人中に6人という結果になった仲間たちも大切にしながら。

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