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『社会運動』 別冊

コーデックスは食の安全を保障するか

遺伝子組み換え食品安全基準はどう変わる

■ 共 著 ■
天笠 啓祐
真下 俊樹
山浦 康明
清水 亮子
近藤惠津子
倉形 正則

2002年8月

目次

まえがき−コーデックスが私達に与える影響‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 2
1.コーデックス規格でGM安全基準はどう変わるか(天笠 啓祐)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
2.遺伝子組み換え食品を巡るコーデックス議論の経過と概要(清水 亮子)
‥‥‥‥‥ 11
3.「リスクアナリシス」とは何か(山浦 康明)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 17
4.食品安全行政をめぐって−EU諸国と比べてみると(山浦 康明)
‥‥‥‥‥‥‥‥ 21
5.トレーサビリティーについて(山浦 康明)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 24
6.アレルギーを巡る論議−WHO/FAO専門家会議とコーデックス(真下 俊樹)
‥‥‥ 27
7.GM表示はどう論議されているか(清水 亮子)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 34
8.バイテク特別部会 Q&A(倉形 正則)
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 36
9.座談会:コーデックスどうすべきか
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ ‥‥‥‥‥‥‥‥42
(天笠啓祐/倉形正則/近藤恵津子/清水亮子/真下俊樹/山浦康明/記録:福島啓子)
 ・ 会議の印象
 ・ 各国の思惑と発言力の差
 ・ 議論にはめられた「枠」
 ・ 安全性審査のまやかし
 ・ 途上国の視点
 ・ 国内「食品安全委員会」は消費者排除
 ・ コーデックス基準は上限基準か?
 ・ 多方面からの運動展開を
10.資料 バイテク特別部会採択文書(真下 俊樹&コーデックス研究会)
‥‥‥‥‥‥ 55
 ・近代的バイオ技術由来食品の危険性評価に関する一般原則草案
 ・組換えDNA植物由来食品の食品安全性評価実施のためのガイドライン草案
 ・付属文書 生じ得るアレルギー誘発性の評価(タンパク)

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まえがき

コーデックスが私達に与える影響

■ 次々緩和される食品基準
 我が国では1992年段階では、食品中の残留基準が設定されている農薬は、わずかに26種類でした。我が国では農薬は登録制であり、基準のないものは、残留してはならないとされているものです。ところがそれから10年経った今、残留基準が設定されている農薬は229へと飛躍的に拡大しています。
 また、我が国の食に対する基本姿勢として誇れるものとしてポストハーベスト農薬は認めないと言う基本姿勢がありました。しかし、現在の229農薬のうち15種類以上はポストハーベスト農薬です。日本の農薬基準は劇的に変わりました。
今日、多種類の抗生物質が効かない細菌群が、広範囲に登場しています。抗生物質になんらかの耐性を持つ細菌群は、私達の周囲にも程度の差こそあれ、必ず存在します。その原因は抗生物質の多用・乱用にあります。医療現場での乱用もありますが、畜産や水産養殖の現場でも大量に使われています。
 我が国では、1995年までは「抗生物質は食品には含有してはならず」としてきました。現実には甘い検査体制のもとで多くの残留事故は起き続けていましたが、「含有してはならない」は厳然とした基準でした。
しかし、その抗生物質基準についても95年来、一部に残留を認めるという姿勢に180度転換しました。以降次々に後退を続け、残留基準を設定しつつあります。既に残留が認められた抗生物質は合成抗菌剤も併せて9種類となり、少しづつ拡大を続けています。
 それ以外にも食品加工の衛生基準にHACCPと呼ばれる制度を導入したり、様々な面での食品基準の激変が起きています。
 これらは皆、各国食品規格の「統一基準化」(ハーモニーゼーション)として行われています。グローバリゼーションの名の下に食品貿易の拡大を目的として進められているのです。知らぬ間に私達は、自らの食生活を自分たちの国で決められなくなっています。

■ WTO体制とコーデックス
 1962年、国連の専門機関である国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同して、国際的な食品規格を作ることを決めました。その食品規格を策定する機関とした誕生したのが、食品規格委員会=コーデックス・アリメンタリウス・コミッション(Codex Alimentarius Commission=CAC)と言います。
コーデックス規格として定められた国際食品規格は、残留農薬基準や食品添加物、残留抗生物質基準など3500にのぼります。
 コーデックスは任意加盟の国際機関です。現在の加盟国数は165カ国で国連加盟国の9割弱にあたり、世界貿易機関(WTO)加盟国よりも22多い国々が加盟しています。コーデックス食品規格は、それ自体では加盟国にも強制力も持っていませんでした。
 しかし95年にWTOが成立しました。WTOでは、食品貿易で何らかの紛争が起こったときに、判断基準となるのがコーデックス規格と定められました。その国が保持しているコーデックス規格外の食品添加物規制や各種残留基準によって、食品貿易を規制した場合は、規制された側の国はその行為を「非関税障壁」としてWTOに提訴でき、提訴が認められた場合、貿易上の報復処置を実施することが出来ます。このこと以降コーデックス規格は、強制力を伴う実質上の強力な国際食品規格となったのです。「科学的」に証明される特別な理由がない限り、コーデックス規格には従わなければならないとされました。
 もちろん、コーデックス規格は食品貿易上でのみ問題となりますから、食品を貿易しない国、自給自足で賄え、かつ食品輸出もしない国、地域にとっては関係はありません。理屈の上では従来通り国内基準に従って食品行政を執り行えるわけです。しかし、現実の世界では食品貿易とは無関係に存在できる国は殆どありません。今やあらゆるものが貿易の対象となり、WTO体制に組み込まれています。我が国のように食品の6割以上(カロリーベース)を輸入に頼る国では、食品規格は即コーデックス規格と呼んでいい環境となります。それが冒頭で触れた我が国の食品基準の激変の背景です。

■ 緩い基準、官僚機構による決定
 コーデックス規格は、もともと極めて緩い基準として存在していました。また任意加盟の国際機関でしたから、コーデックス規格の決定方法も、各国の行政・立法機構のなかでは極めて曖昧な位置づけのままに推移しています。
今日、コーデックス食品規格を巡る主要な問題点は、以下のものがあります。

・それぞれの地域で多種多様な条件によって成立している「食」文化を、食品毎の分断された基準として規格化していること。
・基準そのものの妥当性への疑問。予防原則に基づいた科学性を持たないこと。
・規格決定に至るまでの過程が、各国における民主的手法に則っていない点。コーデックスは一部官僚によって運営されている。

■ バイテク特別部会の誕生
 コーデックスに1999年より、2003年までの期間限定の特別部会として「バイオテクノロジー応用食品特別部会」(以下バイテク特別部会)が設置されました。コーデックスの各部会は、議長国という存在があり、部会運営に強力な影響力を持っています。バイテク特別部会の議長国は、初めて議長国の役割を担う日本です。このバイテク特別部会は、前記で上げたコーデックスが持っている問題点を、最も典型的に表していると言って良いでしょう。
 バイテク特別部会は、今年3月に第3回会議が開催され峠を越えてしまいました。本書は、その第3回バイテク特別部会で採択された3つの文書(*)をもとに、バイテク特別部会で何が論議されているのかを明らかにし、抱えている問題点を探ったものです。2002年3月、パシフィコ横浜で開催されたバイテク特別部会第3回会議に、国内から参加した山浦康明(日本政府テクニカルアドバイザー)、真下俊樹(国際消費者機構)、近藤恵津子・清水亮子(国際協同組合同盟)(以上( )内は参加母体)に、天笠啓祐(遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン)、倉形正則(市民セクター政策機構)が加わり、コーデックス研究会(市民セクター政策機構の調査研究に位置づけ)をつくりました。その研究会でバイテク特別部会で論議され、ステップ8へと進んだ採択文書の和訳と評価に取り組んだ活動の成果が本書です。
 本書を、日頃の生活からはなかなか見えにくい、"国際食品規格"の持つ問題点を探る一助にしていただけましたら幸いです。

*:採択された3文書=本書「10.資料 バイテク特別部会採択文書」参照

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1.コーデックス規格で、安全性評価はどう変わるか

天笠 啓祐

1)組み換え実験の規制緩和から始まる
 1970年代前半、遺伝子組み換え実験が始まった際に、生命の設計図の基本である遺伝子を操作するため、二つの問題点がクローズアップされました。一つは、予期せぬ問題が発生して、大災害を招く恐れがあるという安全性への懸念であり、もう一つは、人間が神の領域に踏み込むことになるという、倫理的な懸念でした。
 当初、大きな議論となったこの二点は、現在もなお未解決のままだといえます。前者は作付けが広がった作物で大きな問題となっていますし、後者は医療の現場で大きな問題になっています。
ところが先進国政府、研究者や企業は、「遺伝子組み換えによる生命の設計図の変更は、当初危惧されていた、予期せぬ問題を引き起こすことはない」と主張してきました。この考え方の延長線上に、遺伝子組み換え食品の安全性評価の基本である「実質的同等性」の考え方がでてきました。
 はたして予期せぬ潜在的な危険はあるのか、それとも単なる危惧にすぎないのか。予期せぬ潜在的な危険性の指摘に対して、有効な反論ができないまま、いつのまにか「予期せぬ問題を引き起こすことはない」という結論が出されてしまいました。なぜこのような当初の指摘から「変更」が起きたのか、今日の遺伝子組み換え食品の安全性を考える際の原点とも思えるテーマから考えてみたいと思います。

2)遺伝子組み換え実験をめぐって
 1975年2月、米カリフォルニア州アシロマにおいて、遺伝子組み換え実験の安全性にかかわる会議が開かれました。この会議で、潜在的な危険性を防ぐために、実験に用いる生物が環境に漏れでないようにする(物理的封じ込め)ことと、万が一漏れでても環境中で生息できないような生物を用いる(生物学的封じ込め)、という二つの封じ込め原則の必要性が確認されました。
 この原則に基づいて、76年6月に米NIH(国立衛生研究所)が、遺伝子組み換え実験の指針をつくりました。各国が、この米国の指針を参考にして、指針づくりに入り、日本でも、文部省と科学技術庁(現在は文部科学省に一本化)が実験指針をつくりました。
しかし、科学者の間では、最初から、NIHの実験指針は厳しすぎるという声が大きかったのです。転換点は、77年6月21〜22日に米マサチューセッツ州ファルマスで開かれた会議でした。米政府の遺伝子組み換え実験諮問委員会が勧告してつくられた、実験用微生物のリスクアセスメントに関するワークショップでした。
このファルマス会議で科学者は一斉に反撃を開始したのです。そして遺伝子組み換え実験に関して、「当初懸念されていた潜在的な危険性は誇張されたものである」という意見が、全会一致で可決されました。実験はまだ始まったばかりであり、このような結論がいえる段階ではありませんでした。実験を進めたい科学者たちが、束縛を除去するためにとった行動だといえます。
しかし、この会議の翌日、政府の遺伝子組み換え実験諮問委員会によって、実験指針の大幅緩和が提案され、これ以降実験指針はなし崩し的に緩和されていき、「懸念されていた潜在的な危険性は誇張である」という声だけが大きくなっていったのです。
応用段階が始まった時、この声はさらに大きくなりました。遺伝子組み換え作物に関しては、OECD(経済協力開発機構)が中心になって検討を進めました。OECD科学技術政策委員会の中にバイオテクノロジー安全性専門委員会(GNE)が創設されたのは、1983年、そのGNEが「組み換えDNAの安全性に関する考察」をまとめたのが1988年でした。
この「考察」の中で、遺伝子組み換え技術を用いて遺伝的に改変された生物について、「組換えDNA技術は従来の育種法を拡大したもの」である、という認識が打ち出されました。これは、「懸念されていた潜在的な危険性は誇張である」という声を受けたものでした。この考え方の延長線上に、食品としての安全性評価の基本である「実質的同等性」という概念が打ち出されるのです。

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3)安全性評価指針がつくられる
遺伝子組み換え実験は、物理的封じ込め・生物学的封じ込めの二つの封じ込めを原則に、指針がつくられました。その後この指針は大幅に緩和されましたが、その原則はかろうじて生きています。
実験段階から応用段階になり、各国で利用指針がつくられる段階になり、その際、問題になったのが野外での利用でした。野外での利用の場合、封じ込めの原則が適用されなくなるからです。
世界各国、とくにヨーロッパでは、この野外実験が出てからは環境問題として扱い、遺伝子組み換え野外実験を法律で規制する方向がとられ始めました。実験段階では、封じ込めを原則に指針がつくられていました。ところが作物は、野外で栽培するため、その封じ込めの原則が適用できなくなるからです。
この野外実験の問題を積極的に取り上げたのがヨーロッパで、90年にEC(ヨーロッパ連合)閣僚理事会はEC指針を出し、実効力のある規制を求めました。それに基づいて法制化をはかる国が出始め、ドイツ、デンマークで遺伝子組み換え実験の規制が法律化されました。
日本では環境庁(当時)が、法制定に向けて動き始めたのですが、結局、企業や研究者によって、その方針は最初の段階で潰されてしまいました。現在、生物多様性条約でカルタヘナ議定書がつくられ、環境への規制問題が復活しましたが、日本ではそれまで、遺伝子組み換え作物が、環境問題として取り扱われることはありませんでした。

4)実質的同等性とは
次に食品です。遺伝子組み換え食品に関しては、まず1991年7月に厚生省によって、「組換えDNA技術応用食品・食品添加物の製造指針」と「同安全性評価指針」の二つの指針がつくられました。最初この二つの指針は、対象が遺伝子組み換え体に生産させたキモシンのようなものに限定されており、組み換え体そのものを食べる、作物などの食品は入っていませんでした。
遺伝子組み換え作物の指針ができたのは、輸入が迫った96年1月のことでした。91年の指針に遺伝子組み換え体そのものを食べる食品が加えられた形でスタートしたのです。この指針が、2001年4月から法的規制となり、指針が基準になりました。問題は安全性評価の中身です。
これまで食品そのものの安全性を評価することは行われてきませんでした。遺伝子組み換え食品でも、その前提から出発しました。その結果、従来の食品と比較することが、評価の方法として採用されました。
それが、実質的同等性という考え方です。従来から、それに類似の作物があれば、それと実質的に同等かどうかを考察することです。例えば、遺伝子組み換えトマトの安全性を評価するためには、従来のトマトと比較することです。
その評価で、実質的同等と判断されたならば、安全性への懸念はほとんど問題ない、という考え方です。これは、安全性を評価する方法ではなく、単なる比較に過ぎません。ところが、この考え方が大手を振ってまかり通っていったのです。
遺伝子組み換え食品の安全性で、最も争点になってきたのが、この「実質的同等性」です。これは、OECD(経済協力開発機構)が打ち出した原則です。OECDは、先進国29カ国の政府間協議の機関です。経済の活性化を主目的とする国際組織であり、第三世界など多くの国が排除された組織です。
遺伝子組み換え食品のような、安全性や生態系への影響が懸念される問題を議論するには相応しくない機関が協議したことになります。すでに述べたように、GNEが1988年に遺伝子組み換えによる品種の改良は、従来の育種法を拡大したものである、という認識を打ち出しました。
そのGNEはさらに、遺伝子組み換え食品の安全性に関する検討を始め、その考え方をまとめたのが1992年で、翌93年に発表されました。その考え方の中で打ち出された最も重要な概念が、この「実質的同等性」でした。同じ作物がある場合、既存の作物と実質的に同等と考えられれば、「さらなる安全性又は栄養上の懸念は重要でないとみなされる」としたのです。従来の育種法を拡大したもの、という考え方の延長線上に誕生した概念です。
遺伝子組み換え食品の、日本への輸入が認められたのは、96年9月のことでした。表示なしで輸入が始まりました。表示が行われなかった理由は、安全性評価と深くかかわっています。安全性評価で、従来の大豆と遺伝子組み換え大豆を比較して実質的に同等と判断されれば、同じ大豆として扱ってよいという考え方によります。こうして、表示も不要になったのです。実質的同等性は、とても安全性評価の原則にはなり得ないものですが、この考え方に基づいて、従来の作物と分けることも、表示も必要ないとされ、消費者の怒りを買ったのです。

5)コーデックス規格と実質的同等性
2000年3月から千葉県幕張でコーデックス委員会バイオテクノロジー応用食品特別部会が始まりました。テーマは、遺伝子組み換え食品の安全性評価の方法の再検討です。これまで、米国NIH、OECDというように、さまざまな国際組織がかかわってきましたが、いまは作物がもたらす環境への影響に関しては生物多様性条約、食品の安全性や表示に関してはコーデックス委員会が担っています。
このコーデックス規格で、従来厚生労働省が行ってきた、遺伝子組み換え食品の安全性評価は、どのように変わるのでしょうか。
コーデックス特別部会は、FAOとWHO合同の専門家会議で示されたリスクアナリシス(危険性分析)の概念に基づいて、生命操作食品の危険性評価の国際的な統一基準をつくることが目的です。従来の遺伝子組み換え食品(GMO)ではなく、新しく生命操作食品(LMO)という概念で括って検討することになりますが、これに関しては、後で触れることにします。
ここで遺伝子組み換え食品に対して初めてリスクアナリシスという概念が登場します。このリスクアナリシスは、リスクアセスメント(危険性評価)、リスクマネージメント(危険性管理)、リスクコミュニケーション(危険性情報交換)の三つの要素から成り立っています。従来は安全性(危険性ではなく)評価だけだったのですが、これからは体系だてられた危険性の分析が求められるようになりました。
例えば、リスクコミュニケーションが入ったことで、厚生労働省は、いっそうの情報公開や消費者との対話などが求められることになります。全体的に、いまの厚生省の審査基準より厳しい内容になっています。しかし、骨抜きになったところも多く、けっして消費者よりとはいえません。
ではこの中で、実質的同等性は、どのようになったのでしょうか。『遺伝子組み換え食品の危険性評価実施のための指針草案』(以下、指針草案)の「段落13」で、次のように書かれています。「実質的同等性という概念は、安全性評価のプロセスにおいて鍵となる段階にある。しかしながら、この概念は安全性評価そのものではない。そうではなく、新規性のある食品の安全性評価を、従来の同等物と比較して組み立てるための出発点である。」
安全性評価そのものではなく、出発点にすぎないということは、何を意味しているのでしょうか。この見解を受けて、厚生労働省は、最近、この実質的同等性に関して見解を修正しています。同省は、コーデックス委員会バイオテクノロジー応用食品特別部会の資料に中で、次のように述べています。
「遺伝子組換え食品の安全性評価の際には、既存の食品と比較して、同程度に安全であるかを確認していく方法をとる。」
ここまでは従来の見解のように思えます。しかし、この後で次のような文章が出てきます。「安全性評価は、遺伝子組換え技術によって付加されることが期待されている性質だけでなく、それによって発生する可能性のあるその他の影響についても評価する。」「実質的同等性は、それ自体が安全であることを意味するものではない。」「実質的同等性は、安全性評価の入り口でしかなく、比較の対象とできるということであるから、成分や性質は必ずしも同じでなくてもよい。」
厚生労働省が、コーデックス規格に合わせて見解を修正してきていることがよく分かります。
以前厚生省の担当者や研究者が繰り返しいってきた「遺伝子組み換えトマトも、通常のトマトも同じトマトではないか」という表現は、いったい何だったのでしょうか。
しかし、指針草案を読み進めていくと、結局、あれはできない、これはできない、という表現で、従来からの同等物との比較が最も重要な評価になり、実質的同等性が最も重要な概念になってくることが分かります。出発点としながら、結論になってしまう構造です。実質的には、従来の安全性評価と変わらないといえます。

6)GMOからLMOへ
これまでの指針との違いは、「モダンバイオテクノロジーから誘導された食品」という言い方で、遺伝子組み換え食品に加えて、細胞融合食品を加えたことにあります。従来は、遺伝子組み換え食品(GMO)に関する審査基準でしたが、これからは生命操作食品(LMO)という概念が導入され、範囲が広がりました。
細胞融合では、トマトとポテトの細胞を融合してつくった「ポマト」が有名ですが、さまざまな異なる作物の細胞を融合することが可能になってきています。ところが、このポマトの場合、従来の食品と著しく異なり、実質的同等性が適用できないため、食品として認められてきませんでした。
ところがコーデックス規格では、細胞融合での食品の範囲を「科の範囲を超えた」ものに限定したため、種の壁を越えて一体化した食品は、制限なく容認されることになりました。この場合、重要なポイントは、細胞融合の食品が「科の範囲を超えた」ものに限定されたことです。例えば、同じイネ科のトウモロコシとイネを細胞融合させても対象外となり、安全性評価は不要になるのです。同じナス科のナスとトマトも同様です。安全性を確認しないでもよい細胞融合食品が多数に上ることを意味します。この点は、実質的に規制の緩和にあたります。

7)「科学的」という言葉について
はたして遺伝子組み換え技術は、予期せぬ潜在的な危険性があるのか。リスクアナリシスの中にしばしば登場してくる「科学的」という言葉が、その判断の材料を提供してくれます。
『モダンバイオテクノロジーから誘導された食品のリスクアナリシスに関する一般原則草案』(以下、一般原則草案)では、「データは、適切な科学に基づくリスクアセスメントの手法を用いて評価されるべきである。」(段落14)「その手続きは科学的に確実な根拠を持ち…」(段落15)というように述べられています。
ところが、その科学的という言葉が実に「非科学的」で「政治的」なのです。動物実験を行う必要がないことを長々と論理展開しています。これは明らかに英国での動物実験の結果(プシュタイ博士の実験)を意識したものと考えられます。同博士が動物実験の手法を提示したにもかかわらず、それを無視する論理展開は、とても科学的態度とはいえません。
また、遺伝子組み換え食品で起きた最大の食品公害事件である「トリプトファン事件」に関して、一言の言及もありません。言及がないどころか、微生物を用いた食品に関しては、まったく議論がないまま、いきなり最終結論が出されようとしているのです。これも実に非科学的です。
アレルギーに関しても同様です。かつて厚生労働省の指針がつくられる際に、「このような指針で大丈夫でしょうか」とアレルギーの専門医に聞いたことがあります。その時、専門医は、「アレルギー自体がよく分かっていないのだから、確かなことは何もいえない」と答えたのです。これが科学的な態度だと思います。ところがいまの指針やコーデックス規格での評価は、アレルギーが分かっていることを前提にしています。実に「非科学的」な態度といえます。
どうやら実質的同等性という考え方は崩したくない、遺伝子組み換えに関して、「当初懸念されていた潜在的な危険性は誇張されたものである」という意見を継承したいという意図がうかがえます。

8)食卓の安全を評価する科学は不在
指針草案では、最後に次のような文章が出てきます。「安全性評価は、最初の安全性評価の結論を疑問視するような新規の科学的な情報に照らして、見直すべきである。」
モンサント社が提出した除草剤耐性大豆「ラウンドアップレディ大豆」の安全性審査に提出した書類が、まったく不備だったことが繰り返し指摘されています。最近では、今年3月27日に開催された厚生労働省、薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会で、新しい問題点があることが発覚しました。導入した遺伝子の読み終わりの部分に欠陥があり、そのまま読み続けてしまう可能性がある、というものです。
これはまさに、この文章のケースにあたり、厚生労働省は、認可をいったん取り消して再評価すべきです。ところが同省は「長い蛋白質が見つからなかったから問題ない」としています。この時同時にトウモロコシに関しても、認可時とは異なるアミノ酸の変化があり、さらに分析すると大豆同様に読み終わりの部分に欠陥があることが分かりました。これも問題なしという結論です。
これが科学的に安全だとされた遺伝子組み換え食品の審査の実態なのです。このように科学とは、企業や政府にとって都合のよい科学といえます。
科学の問題は、これにとどまりません。いま、消費者が最も切実に求めているものは、食品の安全と信頼です。消費者が、食品の安全性に敏感になった理由は、さまざまな「問題の食品」があるからです。安全性が問題になってきた食品及び食品に混入してくる物質は、食品添加物、残留化学農薬、重金属、放射線照射食品、放射能汚染、抗生物質、ホルモン剤、抗菌剤、寄生虫駆除剤、環境ホルモン、ダイオキシンなどで、数え上げていけば切りがありません。これらはすべて、1950年代から、加算される形で食品に使われたり食品の中に混入してきました。
いずれも、現代の生産効率主義や企業の都合がもたらしたものであり、消費者の要求で登場したものではありません。そこに、さらに遺伝子組み換え食品やBSEが加わりました。消費者は、それらがすべて食卓に登場して、毎日のように食べることに対して、不安や不信を持っているのです。
「予防原則」に立って考えれば、この積み重なるリスクの引き算が求められているはずです。少なくすることが必要であるにもかかわらず、むしろ増加の傾向にあります。遺伝子組み換え食品に対して、消費者が反発して、反対運動が世界中に広がった。その理由は、これまでさまざまな「不安な食品」を作ってきた企業や、「科学」の名の下にそれを認めてきた政府に対する、強い不信感があるからです。
現在の科学の名の下に行われる「安全性評価」は、一つ一つのものに対して行われます。しかし、消費者はまとまった形で体内に取り込みます。食卓に上がる食材を、食事の安全性として評価する科学は存在しません。現在の安全性評価は、実際の食卓とはかけ離れています。「科学的に安全」といっても消費者の感覚は受けつけないのです。
年々、アレルギー性疾患や過敏症が広がり、がんなどの成人病が増えています。とくに子どもの健康が冒されています。その影響は、次の世代、さらにその次の世代へと受け継がれています。子どもたちの健康を出発点にした、食品安全行政が求められていますし、遺伝子組み換え食品の安全性評価の基本になるべきなのです。それこそがリスクアナリシスの原点であり、科学的な態度といえないでしょうか。

註:

●アシロマ会議
バイオハザードへの懸念が高まり、開かれた国際会議。73年1月に最初の国際会議が開かれ、がんウイルスの扱いがテーマになった。75年に遺伝子組み換え実験をテーマに開いた会議は、第二回目に当たり、一般市民はもちろん、哲学者や宗教関係者も排除して、科学者だけで行った会議である。一般市民などを締め出したことに、不満をもった人は多く、エドワード・ケネディ上院議員は、米連邦議会・上院保健小委員会で公聴会を開き、法律での規制を行う姿勢を示した。法規制を恐れた科学者たちは、指針づくりに取り組み、アシロマ会議から16カ月後に最初の指針がつくられた。

●生物多様性条約
生態系は多様な生物によって成り立っている。熱帯雨林の破壊など地球規模での環境破壊は、その生態系を危機に追い込んできた。1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)で、熱帯雨林などの保護を目的に、157カ国が署名して成立した国際条約である。

●カルタヘナ議定書
バイオセーフティ議定書ともいい、生物多様性条約の実効性を確保し、生物を守るためにつくられた議定書。遺伝子組み換え作物の貿易が拡大し、国際間を頻繁に移動し始めたことで、生物の多様性が危機に瀕する可能性が強まってきたことからつくられた。1999年にコロンビアのカルタヘナで開かれた締約国会議でいったん継続審議となったが、2001年1月29日、カナダのモントリオールで開かれた会議で採択された。

●トリプトファン事件
1988年から89年にかけて、米国を中心に起きた食品公害事件。昭和電工が、遺伝子組み換え技術を用い生産したトリプトファンを原料にした健康食品で、多数の死者・病人が発生した。原因を探っていくと、遺伝子組み換え技術で改造したバチルス・アミロリクファキエンスというバクテリアがつくり出す物質が、除去しきれずに製品の中に不純物となって混入し、それが人間にとって有害性を発揮し、起きたことが分かっていく。この事件で、好酸球増加・筋肉痛症候群(EMS)による被害者が推定6000人発生、少なくとも38人が死亡した。昭和電工は、累計で2,113億円(90〜97年)という多額の和解金を積むことになった。

●遺伝子の読み終わり
遺伝子は、アミノ酸をつなげて蛋白質をつくっていくが、その遺伝子本体を構造遺伝子という。その構造遺伝子を作動させる遺伝子をプロモーター、終了させる遺伝子をターミネーターという。このような遺伝子を調節遺伝子という。モンサントの大豆では、そのターミネーターに欠陥があった。遺伝子組み換え技術の応用では、強いプロモーターと強いターミネーターを用いると、生産効率がアップする。

●予防原則
毎日たべる食品ほど、安全性が求められている製品はない。危険性があると分かっている領域(ブラックゾーン)と、ないと分かっている領域(ホワイトゾーン)の間にグレーゾーンがある。そのグレーゾーンの領域に位置する食品が増えつづけている。このグレーゾーンにあるものは、後で危険性が明確になった際に対策を立てても、手遅れになるケースが多い。そのため事前に回避しておくことが予防につながるということで打ち出された原則。遺伝子組み換え食品を含め動物実験などによって疑いが強まった食品に関しては、クレーゾーンの領域にある食品の中でも、より積極的に回避する必要がある。

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2.遺伝子組み換え食品を巡るコーデックス議論の経過と概要

清水 亮子

1)コーデックス委員会とは
「まえがき」にもあるように、コーデックス委員会とは、FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)との合同で食品の世界規格を策定する機関です。1962年に設立されましたが、重要な意味を持つようになったのは、WTO(世界貿易機関)が1995年に設立されてからです。WTOの設立を定めた「マラケシュ協定」に含まれる「衛生および植物検疫に関わる措置に関する協定(SPS協定)」と「貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」では、科学的に証明される特別な理由がない限り、加盟国がコーデックスの食品規格を採用するよう定めています。つまり、食品貿易で何らかの紛争が起こってWTOの紛争解決パネルに持ちこまれた場合、判断の基準となるのがコーデックス規格ということです。2年に一度開催される総会が、最高決議機関です。

2)バイテク特別部会の設置
1999年、ローマで行われた第23回コーデックス総会で、「バイオテクノロジー応用食品特別部会」の設置が採択され、日本が議長国となりました。コーデックスの部会は通常、10年以上もかけて一つの規格を作っていきますが、特別部会は期限を区切って持たれます。特別部会として設置されたのは、このバイテク特別部会が初めてですが、現在では、他にも「動物飼料」(議長国デンマーク)と「果汁・野菜ジュース」(議長国ブラジル)の二つの特別部会があります。

3)バイテク特別部会で何を決めるのか
バイテク特別部会は、4年以内(2003年まで)に報告書を総会に提出することになっています。第23回コーデックス総会で採択されたバイテク特別部会への委託事項は、以下の通りです。
・バイオテクノロジー応用食品について、必要な基準、指針、あるいは勧告を策定すること。
・コーデックス委員会の他の部会との間で、それぞれがバイオテクノロジー応用食品に関して委託された範囲内において、必要に応じ調整および密接な協力を行うこと。
・各国政府機関、FAO、WHO、他の国際機関および関連する国際的な議論の場において現在行われている取り組みに充分に考慮すること。
コーデックスは通常、図 2-4のような8つのステップにそって進められます。バイテク特別部会では、「近代的バイオ技術由来食品の危険性評価に関する一般原則草案」(以下原則案)と「組換えDNA植物由来食品の食品安全性評価実施のためのガイドライン」(以下植物ガイドライン案)の二つの文書が、第2回会議でステップ5に、第3回会議でステップ8に進みました。また、第3回会議では、植物ガイドライン案の付属書「アレルギー誘発性の評価」がステップ飛ばしでステップ8に(第6章参照)、「組換えDNA微生物由来食品の安全性評価実施に関するガイドライン」(以下微生物ガイドライン)がステップ5に進みました。
これら原則案、ガイドライン案については、FAO/WHOの合同専門家会議のつくった文書が下敷きとなっています(図 2-1&2-2参照)。

4)バイテク部会以外で決められること
バイテク特別部会で決められることは、上述の点に限定されており、他の部会でも遺伝子組換え食品について、テーマごとに議論されています。
・遺伝子組換え飼料について現在、畜産飼料特別部会で議論されており、[遺伝子組換え体とその派生物は表示しなければならない]という一文が、継続論議を表す[ ]内に残っています。
・遺伝子組換え食品の表示に関しては、カナダが議長国の「表示部会」という別の部会で話し合われていますが、ほとんど何も決まっていません(第7章参照)。
・遺伝子組換え添加物(チーズを作るのに使われているバイオキモシンなど)は、食品添加物・汚染物質部会で話し合ってほしいところですが、今のところ議題になく、今後議論される予定も今のところないようです。
・肉・魚など遺伝子組換え動物に関しては、FAO/WHOの合同専門家会議が設置される予定ですが、今のところ設置の見とおしは立っていません。いずれにしても、バイテク特別部会の枠外で実施されることになります。
・トレーサビリティについては、以下の4つの部会を中心に議論されています。

5)トレーサビリティは4部会で論議
バイテク特別部会では、リスク管理の手法としてトレーサビリティが含まれるべきか否かで議論が紛糾し、製品追跡(プロダクト・トレーシング)というあいまいな表現を使うことで、妥協が図られましたが(第5章参照)、2001年の第49回執行理事会において、「一般原則部会」「食品輸出検査・証明システム部会」「食品表示部会」「食品衛生部会」の4部会でトレーサビリティについて議論すること、特に一般原則部会でリスク管理の手法として議論することが勧告されました。
それぞれの部会は今年(2002年)既に会議を持っていますが、さほどの進展は見られません。
●一般原則部会:事務局が叩き台を作り、次会合までにコメントを求める。
●食品輸出検査・証明システム部会:スイスを中心とする作業グループが議論の叩き台をつくり、次回の会合までにコメントを求める。
●食品表示部会:カナダが用意した「食品表示とトレーサビリティに関する背景文書」について、次回会合までにコメントを求め、トレーサビリティを次回の議題とすることに。
●食品衛生部会:時期尚早として議論は先送り。

以上からわかるとおり、遺伝子組換え食品についての規格がすべてバイテク特別部会で決まるわけではなく、いろいろな部会・特別部会で、それぞれの分野のことが決まろうとしているのと同時に、話し合われるべきだと思われる事項の中にも抜け落ちているものがあります。
トレーサビリティや表示について粘り強く取り組んでいくと同時に、遺伝子組換え動物や遺伝子組換え添加物、遺伝子組換え飼料を食べた動物など、コーデックスでカバーされていない分野にも注意を払い続ける必要があるでしょう。

資料編 コーデックスあれこれ
● コーデックス規格には大別して以下の3種類があります。
1)コーデックス・スタンダードといわれる食品規格。
2)リコメンデーションといわれる勧告、たとえば「勧告(推薦)食品衛生規範」など。
3)ガイドライン
これらはいずれもコーデックス規格ですが、1)はいわゆる規格基準を決めるためのもの。2)はこのようにするのが望ましいという勧告で、衛生規範が主体です。3)は文字通りのガイドラインで、一部の表示、HACCPの実施方法などがあります。
● CAC加盟国はアフリカ41カ国、アジア21カ国、ヨーロッパ40カ国、ラテンアメリカとカリブ海諸国31カ国、近東19カ国、北アメリカ2カ国、南西太平洋諸国11カ国、合計165カ国です(2002年3月現在)。加盟国は書面によってコメントを提出することや、会議への出席と意見を述べることができ、また1国1票の投票権があります。
● 国際機関、非政府機関、非加盟国などは認められればオブザーバーとして会議に出席して意見を述べたり、コメントを提出したりできますが、投票権はありません。
● 国連で実際に使われている3つの言葉を討議や資料で使うことになっていますが、通訳と翻訳の費用を負担すれば自国語を使うこともできます。これまでの会議では英語、フランス語、スペイン語が使われ、ワーキング・グループではほとんど英語が使用されてきました。
● 2001年の第24回コーデックス総会からはアラビア語と中国語が追加され、使用言語は5カ国となりました。

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3.リスクアナリシスとは何か

山浦 康明

 

1)ハザードとリスク
2002年3月のコーデックス委員会の「モダンバイオテクノロジー特別部会」において、A「バイオテクノロジー応用食品のリスクアナリシス原則案」と、B「組み換えDNA植物由来食品の安全性評価のためのガイドライン」が討議の最終段階(ステップ8)にのせられ、2003年のコーデックス総会で承認されると、ガイドラインとされます。また、2002年6月に日本政府が「食品安全委員会」構想を打ち出しましたが、この組織は食品のリスク評価を行う機関である、とされ、農林水産省や厚生労働省がリスク管理をするのだ、と説明されています。今、国内外で提案されている、この「リスクアナリシス」、「リスクアセスメント」とは、一体何でしょうか。
まず、この考え方は、社会には古くから健康に悪影響をもたらす潜在的な素質を持つ食品中の生物学的、化学的または物理的な物質、または食品の状態が存在する、としてこれを「ハザード(危害)」と呼ぶことから出発します。そして、食品中にハザードが存在することからそれが社会に与える影響を検討します。すなわち、その食品に人がかかわる程度、かかわる集団の規模などを、人への健康の悪影響の確率とその程度の関数という形で「リスク」と称するのです。そして、国民またはある集団がハザードにさらされる可能性がある場合、その状況をコントロールするプロセスを、リスクアナリシス(分析)と表現するのです。
これは「リスク論」として第一次大戦後のドイツの経営学理論、アメリカの米軍用規格や工業製品の事故の発生予防や保険会社の経営戦略として用いられた考え方からきています。これが原子力発電の建設などにさいしても、発電所における事故の可能性、それが都市のような密集地にあるか、過疎地にあるかで異なる被害の規模などを数値化して安全性の評価を出すといった用いられ方がされるようになりました。それを、安全性の確保のための理論として科学者が取り上げるようになり、コーデックス委員会においても1990年代から用いられ始めたのです。

2)リスクアナリシスの3要素
このプロセスには、リスクアセスメント(評価)とリスクマネージメント(管理)、そしてそれぞれにおいてリスクコミュニケーションを実施することという3つの要素があります。リスクアセスメントはリスクの評価を行う手続きであり、リスクの評価者が食品や飲料中の添加物、汚染物質、毒素または病原性生物・微生物などに起因する人に悪影響を及ぼす潜在性素質の評価を行うことを意味します。遺伝子組み換え食品など人工的な新規食品においてもまずこのリスク評価を行い、人間社会への危険性の評価を行うことになります。ただ、ここで気を付けなければならないことは、ここには、ハザードとして私たちの身の回りにある様々なものごとを同一平面で共通の因子として量的にとらえ、それをリスクの高低という物差しで測った結果、許容限度を提案するという考え方が、潜んでいるということです。遺伝子組み換え食品の有害性やBSEの危険性などを交通事故死の確率などと対置させ、その結果社会的な許容度を提案する、といったことにもなりかねないのです。ハザードの質的な側面、例えばこれまで自然界に存在しなかった、バイオテクノロジー応用食品の生物学的な未知の危険性など、消費者にとって不安要因となるハザードをしっかりと認識し、リスク評価において特に吟味することが大切なのです。
リスクマネージメント(管理)とは、リスクアセスメント(評価)とは峻別され、リスク管理者がすべての関係者と協議しながら、政策の選択肢を慎重に考慮するプロセスです。この過程では、リスクアセスメントと消費者保護、公正な取引に関連する因子などを検討します。もし必要ならば、防止、管理の選択肢も決定することになります。
リスクコミュニケーションとは評価機関や行政機関や事業者団体、消費者団体など関連団体が、お互いに双方向の連絡を取り合いながら、リスク評価を行い、リスク管理の実施方法を検討し、社会的合意を確立することに協力していくことを現しています。

3)リスクアナリシスの簡略化を強調
このたびのバイテク特別部会において、「遺伝子組み換え食品のリスクアナリシスの原則案」がステップ8に進められましたから、来年のコーデックス総会で承認されますと、世界各国でリスク評価を行う体制が作られることになり、日本においてもこれから設置されようとしている、「食品安全委員会」においてこの作業を行うことになります。これによって、日本においてこれまで厚生労働省が審議会などをかくれみのに安全性評価を行ったとして使用基準を打ち出したやり方は独善的であるとして退けられるのです。リスク分析の手法では、リスク評価とリスク管理に分割されなければなりませんから、食品安全委員会がリスク評価機関となり、厚生労働省などがリスク管理の作業を行うという、役割分担をすることになります。そしてなんといってもリスクコミュニケーションの重要性をコーデックス基準では強調しますから、役所による単なる情報提供では不十分であり、パブリックコメントを求める場合にも、寄せられた意見をどのように生かすかが重要となります。こうした点は別稿(第4章)でふれます。
さて、今回のバイテク特別部会でのリスクアナリシスの内容は上記の考え方と照らし合わせてみるとどうだったのでしょうか。Aの「リスクアナリシスの原則案」では、本書の第10章の翻訳版に見られるように30の段落(パラグラフ)からなります。その内容として、「モダンバイオテクノロジーと、従来からの同等物、の定義」(段落7)「リスクアナリシスを遺伝子組み換え食品に用いる方法」として、「リスクアセスメント(評価)>安全性アセスメント」(段落9〜15)、「リスクマネージメント(管理)として、食品表示、販売認可時と販売後のモニタリング、トレーシング(追跡すること・段落21)」(段落16〜21)、「リスクコミュニケーション」(段落22〜24)、「途上国がリスク分析を行えるようにする能力形成の必要性」(27〜28)、「リスク分析には常に見直しの必要もあること」(段落29〜30)などが含まれています。
この中で段落9以降を読んでみると、コーデックス委員会(CAC)が推奨するリスクアナリシスの手続きとは趣を異にし、簡略化された手続きが強調されている点が気になります。すなわち、「リスクアセスメントを安全性アセスメントとして行えばよい」、とすること、そして「安全性アセスメントを遺伝子組み換え食物で行う場合には、従来からある同等物とどこが同じでどこが違うかを考えて、両者を比較する」(段落10)、というのです。この中では、開発者が意図しなかった影響や新たなハザードの確認などにも言及はするものの、安全性アセスメントで確認できた場合(段落11)に限定されています。商品を市場に乗せる前に行う安全性アセスメントにおいては、統計学的に処理された科学的データが必要とされ(段落12)、遺伝子組み換え食品に対する消費者の不安感は俎上に上らないかもしれません。またリスクアセスメントの実際の方法は、B「組み換えDNA植物由来の食品の安全性評価のためのガイドライン」の方法に委ねている(段落13)のです。
リスクマネージメント(管理)についてはAの段落16以降に述べられています。ここでは、リスク管理はリスク評価の結果に基づいて、コーデックス委員会の一般規定およびリスク分析のためのコーデックス作業原則に従って、当該リスクに釣り合うものとされなければならないとされます(段落16)。リスク管理の様々な措置は、人の健康に及ぼす安全上の影響と栄養学上の影響に関するリスク管理双方に役立つようなものとなる、とも述べます(段落17)。リスク管理の実施者はリスク評価において不確実さを考慮し、こうした不確実さを管理するために適切な措置を実行すべきとされます(段落18)。リスク管理の措置は、食品表示、販売認可の条件、及び上市後のモニタリングなどです(段落19)。このモニタリングの目的は消費者に起こる健康影響の可能性とその影響の程度を検証すること、栄養素の摂取レベルを調べて人への健康影響を判定すること、とされます(段落20)。リスク管理の措置の実施を容易にするために特別の手段が必要とされるかもしれない、として以下3つのものを挙げました(段落21)。
それは、適切な分析手法、参考資料、そして「追跡」(トレーシング)です。この3つ目が、「人の健康に対するリスクが確認された時に市場からの製品回収を促進するため、段落20で示した上市後のモニタリングを支援するために追跡すること」(段落21)というものです。
リスクコミュニケーションについては、段落22から24にかけて記載されています。ここでは、すべての利害関係者がリスク分析においてもリスク管理においても双方向のコミュニケーションが重要だと強調しています(段落22)。
そのほか、リスク分析には一貫性が必要だとして、バイテクの食品と従来からの食品との間のリスクのレベルにおける正当化されない差異は回避されるべき(段落25)、として限定しています。その他、能力の形成と情報交換が各国で必要とされること(段落27)を述べ、また、各国はコーデックスの連絡先を作り情報交換を行うこと(段落28)、リスク分析は常に見直す必要があること(段落29、30)を述べています。
こうしたコーデックス基準が世界標準化すると、今後そうした基準の上で遺伝子組み換え食品の是非が論じられることになり、遺伝子組み換え食品反対運動にとっては、一定の枠をはめられる恐れもあります。リスクコミュニケーションを実質化させ、予防原則の発想を重視することが必要となります。とくに上記段落21の中でトレーサビリティという言葉が退けられ、製品回収などのための技術的方法という側面だけが強調され、予防原則を重視した内容が盛り込まれなかった点が、今後のコーデックスの各部会での議論に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されます。

4)「ガイドライン」中のリスク分析の実際
また、B「組み換えDNA植物由来の食品の安全性評価のためのガイドライン」(段落1〜60)もステップ8となりました。この内容として、第1章「対象範囲」は、人類が食品としてきたものを遺伝子組み換え技術によって改変した場合の食品の安全性と栄養学的な側面を扱うものとされ、遺伝子組み換えの動物飼料、それを食べた動物、環境的側面は除外されるとしました。遺伝子組み換え食品のリスク分析においては、開発の意図的効果と意図されなかった効果を問題にしますが、そのさいその食品の危害(ハザード)の確認には従来からの同等物と比較する方法を用いるとされました。
第2章では「組み換えDNA植物と従来からの同等物」の定義づけがなされました。
第3章では「安全性評価」の方法が論じられましたが、その方法は枠をはめようとするものであり、実質的同等性の考え方を重視し、厳密で広範囲な商品試験手続きを退けようとする意図がちりばめられています。すなわち、品種改良などでは動物実験などは行われてこなかった(段落9)、動物実験は技術的にふさわしくない(段落11)、などとされたのです。とはいえ、実質的同等性という考え方は安全性の評価そのものではなく従来からの同等物と比較する際の出発点ではある(段落13)、遺伝子組み換えによる非意図的な効果の確認も安全性評価にあたっては重要である(段落14〜17)との指摘もあります。また、「安全性評価の枠組み」については段落18〜21でその段階的なプロセスが記述されています。
第4章では一般的な検討事項として次のようなものを記述することとしました(段落22〜53)。すなわち、新規の変種、宿主植物、ドナー生物、形質転換の情報、マーカー遺伝子の情報、遺伝子組み換えの特性です。そして安全性の評価においては、組み換えによって生み出された新規のタンパク質などの毒性評価の方法、また新規のタンパク質のアレルギー誘発性の評価、が重要となります。さらに生成された組み換えDNA植物の成分の分析を行い、代謝物の評価をし、食品加工における安全性評価や栄養学的評価を行うことも重要である、としています。
第5章では「その他の検討事項」として段落54〜60にかけて、遺伝子組み換え植物が人の健康に影響する有害物質の蓄積をもたらすかもしれず、その点について安全性評価を行う必要があること、抗生物質耐性マーカー遺伝子の利用を避けること、安全性評価は科学の発展とともに見直す必要があること、を述べています。

5)「アレルギー誘発性‥」を巡って
この遺伝子組み換え植物をめぐってはタンパク質について「アレルギー誘発性の評価」という附属文書が採択され、コーデックスでは異例の飛ばしステップによってステップ8としました。ここでは遺伝子組み換えによって作り出された新たなタンパク質について、それが食品アレルゲンではないかという安全性評価をおこなう方法が詳述されています。すなわち、アレルギー性タンパク質の起源をもつものかどうか、アミノ酸配列がアレルゲンと相同性を有するかどうか、ペプシン(胃液)で消化されてなくなるかどうか、アレルギー患者の血清による試験の必要性、などを評価するというものです。
このようなリスク評価の方法の提案は西洋風食品にウエイトが置かれ過ぎているとはいえ、実際に厳格に実施すれば、安全性を確保するためには役立つ提案もあります。このようなガイドラインが来年成立した場合、日本政府はこれにそってすでに承認した、遺伝子組み換え食品を再審査すべきでしょう。
そして2003年度から具体化する日本の「食品安全委員会」体制の中で、このリスク分析手法が国内においても安全性評価の基礎的考え方になっていきます。私たちは日本政府が引き合いに出すコーデックス委員会のリスク分析の内容は上記のように不十分なものに過ぎないことを認識し、リスク分析とは安全性確認のための一つの手法に過ぎないこと、消費者が不安を訴え、いらないと思う新規食品は予防原則に立って、安易に市場化すべきでないこと、リスク分析の重要な要素は双方向のリスクコミュニケーションであることを確認したいと思います。

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4.食品安全行政をめぐって−EU諸国と比べてみると

山浦 康明

 

1)転機を迎える日本の食品行政
日本の食品安全行政は、今大きな転機を迎えています。
6月11日、政府は「食品安全行政に関する関係閣僚会議」の第4回会合を開き、内閣府に食品の安全性の評価機関として「食品安全委員会」(仮称)を2003年度に設置すること、03年度の通常国会に「食品安全基本法」(仮称)を提出する見通しを発表しました。これは2001年のBSE問題やその後続々と明らかになった食品企業の偽装表示問題などをきっかけに抜本的な改革の必要性がせまられたためですが、この新企画はどう評価できるでしょうか。
まず政府案では、新たにリスク評価機関として食品安全委員会を設置するとしています。しかし、農林水産相と厚生労働相両大臣の諮問機関である「BSE問題調査検討委員会」の4月2日の報告にあった「独立したリスク評価機関」の設置、安全行政の見直しという理念、とはかけはなれ、既存の省庁や農水族議員の既得権保持の姿勢がめだち、消費者の食の安全性の確保とは程遠い現状です。
すなわち、食品安全委員会は委員長と数名(5名ほどか?)の委員によって構成されるとしていますが、国家行政組織法第8条に相当する機関とされており、公正取引委員会のような独立機関ではなく各種審議会のようなもの、と位置づけられてしまいました。この委員会には担当大臣も冠し委員長には事務局の人事権はありません。肝心の安全評価チームにおいても、幅広い科学者の採用の保証はありません。この委員会の独立性を担保するためには国家行政組織法第3条に相当する機関とし、担当大臣は置かず、総理府の外局とするなどの工夫が必要です。またこの委員会の事務局には「食糧庁」の廃止に伴い、その職員が横滑りしてくる可能性があります。この機関設置の意義を考えれば、事務局メンバーは省内からの応募制や、民間からの公募制なども採用し意欲ある者が当たる必要があります。
リスク管理部門は従来どおり農林水産省と厚生労働省が担当するとされています。BSE問題や遺伝子組み換え食品問題において、縦割り行政の弊害、省庁内の責任部門の所在の不透明など数多くの問題点が浮かび上がったわけですから、この際、消費者保護を旨とする「食品安全庁」(仮称)といった組織をつくり、消費者など関係者とのコミュニケーションをはかりながら食品安全行政を行う必要があります。こうした問題点につき、次にヨーロッパ諸国の最近の行政の再編を考えて見ましょう。

2)省庁再編が進む欧州
イギリスにおいては、再編前は「保健省」が食品衛生の確保を管轄し、「農漁食料省」が農林水産業の振興、食品産業の振興、家畜衛生の確保などとともに飼料、農薬、肥料などの規制、食品の安全基準の設定、食品の表示基準の設定を行っていました。2000年4月「食品基準庁」が設置されました。この機関は「食品衛生の確保」とともに食品の安全基準の設定、食品の品質と安全性の表示基準の設定、飼料、動物用医薬品の安全性評価を行うことになりました。そしてこの機関は大臣を長とはしない独立した機関となっています。また、2001年6月からは「環境・食料・農村地域省」が設置され、農林水産業の振興と併せて飼料・農薬・肥料の製造、販売、使用に関する規制を行うことになりました。
ドイツにおいては、2001年1月に旧来の省庁が再編され「連邦消費者保護・食料・農業省」が設置されました。この機関は消費者保護、消費者政策、農林水産業の振興とともに、食品の安全基準の設定、食品の表示基準の設定、農薬・肥料の規制など幅広い管轄がありました。また同時期に設置された「連邦保健省」は動物医薬品の許可、家畜衛生の確保を管轄していました。それが2002年、リスク評価とリスク管理を分離し、リスク評価は「連邦リスク評価研究所」が担当し、同時にリスクコミュケーションも行うとされたのです。リスク管理部門として、「連邦消費者保護・食品安全庁」が設置され、食品の安全・監視、飼料の安全・監視、動物用医薬品等の監視を行うことになったのです。
フランスにおいては、再編前の「農漁業省」「雇用社会連帯省」「経済財政産業省」から1999年4月に食品の衛生安全性の監視・検査の強化のため、リスク評価機関が切り離されました。このリスク評価機関として「食品衛生安全庁」が設置され、食料、飼料等に関する安全衛生及び栄養上のリスク評価と、食物連鎖全体に係る研究、科学技術支援を行うことになったのです。リスク管理部門はこれまでの3省がそれぞれ、食品の品質管理、食品加工・流通に関する衛生基準の策定・監督、原産地呼称制度(AOC)等の食品表示制度の企画、飼料・農薬・肥料に関する規制、家畜衛生の確保、輸入食品・動植物の検疫、農水産業・食品産業の振興(以上、農漁省)、残留農薬に関する基準の設定(雇用社会連帯省)、食品の表示の基準の企画・監視、AOCの監視(経済財政産業省)を行うとされました。
アメリカにおいては、1998年、国立科学アカデミーの報告書を受け大統領府に「食品安全評議会」(共同議長は農務長官、厚生長官、環境保護庁長官)を設置し食品安全行政を一本化したものの、2001年1月ブッシュ政権発足により活動が停止しました。現状では4省が並行して食品等の管理を行っています。すなわち、農務省の食品安全検査局等が農畜産物の振興、肉・卵製品の安全基準策定、乳肉、果実、野菜等に係わる品質基準、格付基準を策定、と畜場の衛生確保、と畜検査、動物、植物、肉・卵製品の検疫をおこなっており、厚生省の食品衛生医薬品庁(FDA)が、肉・卵製品以外の食品の安全基準、表示基準を策定、飼料、動物用医薬品に関する規制の実施、肉・卵製品以外の輸入食品の検疫を実施しています。また環境保護庁が、農薬、肥料に関する基準を策定し、食品、飼料の残留農薬の基準を策定しています。さらに連邦取引委員会が不公正表示等の防止を行っているのです。

3)準備進むEUの「食品安全庁」
今やEUにおいては独立した食品安全庁の構想が具体化しつつあります。EU委員会は2000年1月、「食品安全性に関する白書」を公表しましたが、その中で2002年には独立した「ヨーロッパ食品庁」を設立することを掲げました。この食品庁は「食品安全性、迅速な警告システムの実行、食品安全性と公衆衛生問題に関する消費者とのコミュニケーションと対話に関するすべての側面、並びに各国当局と専門機関とのネットワーキングに関して独立した科学的な助言を行う」ことになります。リスク評価を主とするこの食品庁の分析結果は、ヨーロッパ委員会に提供され、そこがリスク管理を担当することとなり、分析結果への適切な対応について意思決定をすることになるのです。
こうしたヨーロッパの動きをみるにつけ、日本国内での食品安全体制の検討には、新しい行政組織設置の理念や既存官庁の既得権排除の考え方が存在しません。この体制づくりの段階から政府は消費者・市民との双方向のコミュニケーションを行い、関係者が納得のいくシステムを作り上げる必要があります。それが不可能であるならば、消費者・市民が自ら、在野で「食品安全委員会」といった監視機構をうち立てるしかないでしょう。

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5.トレーサビリティについて

山浦 康明

 

1)第1回会合から対立の焦点に
トレーサビリティ(追跡可能性)とは、「食品の原材料について川上までさかのぼって消費者に情報提供すること」をいいます。現在日本において、昨年のBSE発生や食品の偽装表示問題など、消費者の食の生産・流通に対する信頼は地に落ちていますが、それは日本社会で消費者の安全な食品を選択する権利が確立していないからです。コーデックス委員会でも今回の第3回バイオテクノロジー特別部会(CTFBT)において「トレーサビリティ」をめぐって議論がおこなわれましたが、それはどのようなもので、どういった結果になったのでしょうか。
このコーデックスバイテク特別部会(CTFBT)では2000年3月の第1回会合の時から、検討すべきキーワードとして挙げられたものの中にこのトレーサビリティの文言があり、2001年2月にはフランスが討議文書を作成し、各国がそれにコメントを寄せることになりました。この文書では、遺伝子組み換え食品について「人間の健康に対するリスクが明らかになった時に製品回収を可能にするため、人間の健康に対する開発者も意図しなかった影響や長期にわたって摂取したときの影響を確認したり、モニタリングすることを容易にするため、表示の管理を助けるため、また、特定の製品の素性を残しておくために」行われる、とされ、これは食品の安全性の確保と同時に商取引の要請にもかなうものである、と述べられています。また、トレーサビリティと食品表示はあいまって消費者の選択権を保障し安全性を確保すること、トレーサビリティを実施しなかった場合製品回収のコストは膨大になり消費者の信頼回復も難しいこと、などを指摘しています。コーデックス委員会の他の部会、「食品輸出入検査証明部会(CCFICS)」、「一般原則部会(CCGP)」、「食品表示部会(CCFL)」、でもこの年問題提起がなされました。しかし、議論は進みませんでした。

2)第2回会合でもペンディング
2001年3月に千葉・幕張で開かれたバイテク特別部会(CTFBT)では、リスクアナリシスの検討を行う中でこの文言が討議された際、アメリカやカナダの削除要求とそれにまさるEC諸国やNGOのフランス支持という対立関係の中で、日本政府が[リスク管理にはトレサビリティを含むかもしれない]とかぎかっこをつけることを提案し、この部分はペンディングとされました。
また01年のコーデックス第24回総会でも議題とはなったものの時間切れで議論はできず、01年9月のコーデックス執行理事会で議論がおこなわれました。しかしここでも議論は先送りされ、コーデックス事務局は、「一般原則部会」、「食品衛生部会」、「食品表示部会」、「食品輸出入検査証明部会」で議論してもらいテキストは各部会の判断としてはどうかと提案したのです。
2001年にはフランスの討議資料に対して各国から多くの賛否のコメントが寄せられました。CI(国際消費者機構)、ICA(国際協同組合同盟)、EC、スイスなどがフランス提案を支持し、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、ニュージーランド、アメリカなどがフランス提案をしりぞけようとする中、日本は「トレーサビリティは一般的な情報提供の方法としても有効である、しかしコーデックスの一般原則部会で引き続き議論すべき、」とのコメント文書を提出しました。

3)トレーサビリティーとトレーシング
2002年3月のバイテク特別部会(CTBT)において「バイオテクノロジー応用食品のリスクアナリシスの原則案」が討議されましたが、その段落21で、「リスク管理の実行・実施を進めるために特別の手段が必要とされるかもしれない」とし、その一つの例として「人々の健康のリスクが認められたとき、市場から容易に回収するためにあるいは市場へ乗せてからモニタリングを助けるために当該物を追跡すること(トレーシング)」があるとされたのです。また、このトレーシングには(注)が付けられ「製品の追跡には他の適用例もある。それはWTOのルールであるSPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)とTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)と一致しなければならない。その適用例はコーデックス委員会で検討中である、」と記されました。これは、各国がトレーサビリティの制度を作った場合、WTO上の貿易障壁にはしない、とのお墨付きを与えたという意味はありますが、トレーサビリティの内容を各国がどこまで広げることができるのかは、SPS協定とTBT協定の基準に制約されますし、今後のコーデックス委員会での検討の結果その範囲も決まるものですから、2001年2月のフランスの討議資料の内容が受け入れられたわけではなく、結論は今後のコーデックスの各部会や執行理事会、総会の討議の結果次第として先延ばしされたのが実態です。
その後、02年4月の「一般原則部会」では、コーデックス事務局が「トレーサビリティ定義案」及び「一般原則部会における検討に関する文書」を作成し、コーデックス参加の政府や団体にコメントを求めるとともに、03年4月の「一般原則部会」で議論すること、「地域調整部会」において意見や情報の交換を行い、これを事務局に伝達して文書の作成を行う、ことが決定されました。02年5月の「食品表示部会」ではこのトレーサビリティについてはこれまでの論点を整理するにとどまり、各部会での結論を待つこととしました。

4)国内での動き
このようなコーデックス委員会でのスローモーな動きに対して、日本国内では業界が必要にせまられてトレーサビリティのシステムを検討し、実施し始めています。また、政府も食品安全行政の改革を提案する中で、消費者の信頼感を取り戻すためにはトレーサビリティのシステムが必要である、と明言しています。
BSE問題をきっかけにして、農水省は2001年度から「食品生産・流通情報提供システム開発・普及事業」をスタートさせました。この具体化として01年度には、JA全農の「安心システム」による生産履歴、食品産業センターの「加工食品のトレーサビリティシステムの開発・普及」が開始されました。また、大手スーパーマーケットなどにおいては産地との提携を通じて独自にトレーサビリティのシステムを検討し始めています。肉牛の肥育と乳牛の飼養と流通においては牛の個体識別のための耳票の装着がおこなわれ、と畜場までの履歴が整備され始めています。そして食肉及び加工品については保管伝票、ロット番号、製品や容器包装への記入、オンラインによる取引記録、バーコードなどの利用が考えられています。しかし、と畜の過程をはじめ食品の複雑な流通過程、膨大な数の加工原料が問題点としてたちはだかってもいるのです。そしてHACCP導入の時と同じように、このシステムづくりには事業者において多くの資本投下も必要なため、中小の事業者にとってはコスト面で淘汰選別の壁ともなってしまうのです。
また、コーデックス委員会の議論でも対立のきっかけの一つは国際貿易におけるトレーサビリティの問題です。EUにとってはホルモン牛問題や遺伝子組み換え食品など、アメリカの製品がかかえる問題点を明らかにし、国内消費者保護や国内農業の保護のためにもトレーサビリティの考え方を広範囲に広げ、安全性が証明されていないものを排除するために活用したいと考えていると思われます。
このように、トレーサビリティのもう一つの重要な機能は、消費者の安全を求める選択権の確保のために国内外をとわず農場から食卓までの履歴を明らかにするということです。日本は食料の自給率はカロリーベースで40%ですから、この点でも極めて重要な問題です。食肉やその飼料ばかりでなく、遺伝子組み換えの穀物の輸入を制限・禁止するためにも国外の農場の栽培方法や種子そのものの情報を知る必要があります。食品の形となったものについては表示の厳密化と検査体制の強化が必要となります。このようにトレーサビリティは食品表示の厳格化とも結び付いているのです。この点ではコーデックス委員会の議論の中で「予防原則」の考え方をもってトレーサビリティを考える必要がある、ということになります。このように、トレーサビリティについては、単なる事後的な製品回収のための手段といった技術的手段に矮小化するのではなく、消費者の知る権利、安全を求める権利の実現のために、予防原則の視点から製造者を明らかにし、その生産方法を透明化する手段として活用する必要があるのです。
また、農産物・食料のトレーサビリティを考えるとき、国内の安全な生産体制と国内自給を実現する必要もあります。食品の危険性を監視・管理するということばかりでなく、国内の生産者と消費者の結びつきを強化し、かつ安全な農産物の生産の振興ということも必要となるのです。新たなトレーサビリティの"箱物"を作るということよりも、本当は地産地消を実践したり、信頼関係を生産者と消費者が築くことによって食の安全と安定供給は維持されるのです。

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6.アレルギー誘発性をめぐる論議

− WHO/FAO専門家会議とコーデックス -

真下 俊樹

遺伝子を組み替えることによって、在来品にはなかったような新しいタンパクが生み出され、それがアレルギーを引き起こす可能性があることはよく知られており、遺伝子組み換え食品の安全性を評価する上で重要な要素になります。コーデックス委員会の「バイオ技術に由来する食品に関する特別部会」(以下「バイテク特別部会」と略記)が検討している「組換えDNA植物由来の食品安全性評価実施のためのガイドライン」草案(以下「植物安全性ガイドライン」)でも、遺伝子組み換え食品のアレルギー誘発性は、当然、中心的な検討課題です。

1)「判断樹」アプローチ
バイテク特別部会は、その2000年会議(幕張)で、遺伝子組み換え食品のアレルギー誘発性について、コーデックス委員会の諮問機関であるFAO/WHO合同専門家会議(以下「専門家会議」)に諮問することを決め、質問事項のリストを作成して、専門家会議の召集を求めました。これを受けて、2000年5月に専門家会議が行われ、詳細な勧告を報告書にまとめてバイテク特別部会に提出しました。この勧告のなかで、専門家会議は、アレルギー誘発性の有無を判定する際に「判断樹(dECision tree)」を用いることを勧告しました。
この「判断樹」という考え方は、国際食品バイオ技術コンソーシアム(IFBC)と国際生命科学研究所(ILSI)が開発した評価方法で、評価対象となる食品をアレルギー誘発性の判断材料を提供するとされる各種の検査にかけるさいに、A検査の答えが「はい」ならB検査へ、「いいえ」ならC検査へというふうに、木の枝状に分岐する流れ図に沿って検査を行い、客観性の高い結論を導こうというものです。この方法を用いると、すべての検査の結果が「いいえ」で、最後まで関門を通り抜けたものだけが「アレルギー誘発性の可能性が低い」と判定されることになり、明確で確実な結果が得られます。
「判断樹」は1996年の専門家会議でも推奨されており、2000年専門家会議の勧告のほとんどは、バイテク特別部会の2001年会議(幕張)で検討されることになっていた「植物安全性ガイドライン」の草案に盛り込まれるはずでした。
2000年専門家会議は同時に、報告書に記した判断樹の内容はアップデートする必要があるとして、そのための作業を継続する必要があることも指摘していました。このため、2001年1月にローマで、アレルギー誘発性をめぐる2度目の専門家会議が開かれ、その報告書の中で、改良された判断樹が提出されました。またこの時の報告書には、判断樹の各段階を構成する検査のやり方を標準化した詳細な技術的方法、判定の仕方についての説明も記載されていました。

2)FAO/WHO 2001年判断樹
この改良された判断樹で勧告されている検査の流れ図は以下のようなものです(図3-1を参照)。
1.遺伝子組み換え食品の元になった食品(起源食品)がアレルギー誘発性をもつことが分かっている食品である場合には、まず遺伝子組み換え食品中で発現したタンパクが起源食品中の既知アレルギー誘発物質と同じアミノ酸配列をもつかどうか(アミノ酸配列相同性)を調べる。結果が陽性の場合、その食品はアレルギー誘発性をもつと考えられ、通常はそれ以上の検査は行わない。
 結果が陰性の場合、免疫検定法を用いた免疫グロブリンE抗体(IgE)結合検査を行う。これが陽性の場合、その食品はアレルギー誘発性である可能性が高いと見なされ、通常は食品開発を中止する。
 IgE結合検査が陰性の場合、標的血清スクリーニング・ペプシン耐性検査・動物モデルによる検査を用いて分析を進める。場合によっては、遺伝子供与体食品に対してアレルギーを示す患者における生体検査を行うこともある。
2.起源食品がアレルギー誘発性が知られていない場合には、まず発現タンパクと食品・環境中の既知のアレルギー誘発物質とのアミノ酸配列相同性の検索を行う。既知のアレルギー誘発物質との有意な相同性が認められた場合、そのタンパクはアレルギー誘発物質である可能性が高いと見なされる。
 相同性が認められない場合は、標的血清スクリーニングを行う。標的血清スクリーニングが陽性である場合、タンパク質はアレルギー誘発物質である可能性が高いと考えられる。
 標的血清スクリーニングが陰性である場合、発現タンパクのペプシン耐性と適切な動物モデルを用いた発現タンパクの免疫原性評価を行い、タンパクのアレルギー誘発性を判断する。

この他、専門家会議は報告の中で、
a)検索するの際のアミノ酸セグメントの数を8個から6個に減らすこと(セグメントの数が減るほど相同であると疑われる可能性が高くなり、より慎重な判定が可能になる)、
b)判断樹の信頼性を高めるために必要に応じて判断樹を更新する努力をすべきこと、
c)上市後サーベイランス導入の実施可能性については未処理の問題(遺伝子組換え食品・食品成分の追跡可能性と表示、食品関連アレルギーの流行と発生率を裏付けるデータの不足、多くの食品・非食品関連要因の混在、食習慣の変化、主に発展途上国における訓練を受けた専門家と基礎設備の不足)が山積しており、上市後サーベイランスシステムの実行性をさらに追究する必要があること、
なども指摘しています。
専門家会議報告は、アレルギーについては分からないことが多く、結局は市場に出して「人体実験」をしてみないと本当のところは分からないことを暗に認める不十分な内容とはいえ、現状の不十分な知識の中で取りうる判定方法としては、かなり踏み込んだ内容をもっていたと言えます。
この判断樹アプローチは、2001年3月のバイテク特別部会(幕張)で検討されましたが、これをどのような形で安全性評価ガイドラインのなかに組み入れるかをめぐってアメリカやカナダが難色を示し、合意に至りませんでした。結局、カナダがそのための作業部会の設置を提案し、ホスト国を引き受けることを申し出ました。バイテク特別部会がこの作業部会に依頼した作業内容は明確で、アレルギー誘発性評価のための詳細な手続きを開発すること、そしてそれを判断樹アプローチに基づくものとすること、というものでした。判断樹を基礎にすることは、ステップ5の段階での「植物安全性ガイドライン」草案でも明示的に述べられていました(段落39)。

3)GM輸出国の露骨な「判断樹」つぶし
この作業部会は、2001年9月10〜12日にカナダのバンクーバーで開かれることになりました。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどGM食品の輸出国は、この専門家会議報告を最大の障害物のひとつと見ていたようで、露骨な手段を使ってこれを潰そうと画策しました。
その画策のひとつは、「判断樹」アプローチを葬り去ることでした。国際消費者機構(CI)の代表としてこの作業部会に出席したアメリカ消費者連盟のマイケル・ハンセン博士によると、アメリカ、カナダなどGM食品推進派は、民主主義を完全に無視したなりふり構わぬ策謀と力ずくの暴挙で「判断樹つぶし」に掛かったといいます。以下、ハンセン博士の報告にもとづいてその内容を見てみましょう。
カナダがアレルギー誘発性評価に関する付属文書の大まかな原案を提出したのは、作業部会前月の8月半ばになってからで、参加者は内容を充分に吟味し、コメントを提出するための時間を与えられたとは言えませんでした。しかも、やっと出てきたカナダ原案のなかには「判断樹」の文言が一切なく、単独の基準では十分にアレルギー誘発性を評価できないという理由で、代わりに「証拠比重(weight of evidenceまたはpreponderance of evidence)」のアプローチを持ち出していました。「証拠比重」アプローチとは、アレルギー誘発性を判定するさいに、判断樹のように各種のデータや検査結果を分岐構造の流れ図の上で行って結論を導くのではなく、さまざまな検査結果やデータ全体を見渡して総合的に判断するというもので、判定者(輸出国の企業や政府)の裁量や恣意が入り込みやすくなります。これで行けば、たとえばスターリンクコーンのような遺伝子組み換え食品でも、ヒトのアレルゲンでないという理由で安全性評価を通ってしまうことになります。カナダ原案は、それまでの専門家会議の勧告や2001年のバイテク特別部会の公式依頼を完全に無視したものでした。
多くの国は、カナダ原案が提出される前に、それまでの議論にもとづいてコメントを提出しており、コメントを出した11カ国中9カ国(イギリス、ベルギー、ドイツ、オランダ、フィンランド、イタリア、スウェーデン、ブラジル、タイ)が判断樹アプローチを支持し、専門家会議の2001年勧告を基礎にすべきとの意見でした。判断樹を支持しないとコメントしたのは、アメリカとカナダだけでした。
こうして、バンクーバー会議の議論は、強引にカナダ原案にもとづいて行われることになりました。CIのハンセン博士は、作業部会の開会のもようを次のように報告しています。

『[…]公衆衛生に対するしっかりした考えをもつ米国立アレルギー伝染病研究所のディーン・メトカーフ博士(米国アレルギー研究の最高権威)が、開会のスピーチでFAO/WHO合同専門家会議を代表して、その報告を強く推奨する紹介を行うはずだったが、変更になり(その理由は今なお不明)、代わりに業界から多額の資金を受けているスティーヴ・テイラー博士が専門家会議を代表して報告の紹介を行うことになった。
テイラーは、判断樹アプローチはあまり役に立つ方法ではなく、「証拠比重」アプローチを取るべきであるという点で専門家会議の科学者も全員合意している、と非常に偏向したスピーチを行った。さらにテイラーは、遺伝子工学の最初の製品群は何も被害を出していないなど、アレルギー誘発性の危険性を軽視する発言を行った。彼は、数種類ある判断樹についても、いずれも多かれ少なかれ「証拠比重」アプローチを土台にしているとした上で、2001年FAO/WHO合同専門家会議に参加した専門家も、自分たちが開発した判断樹を必ずしも実際に使うべきではないことに全員賛成するだろうと述べたのだった! 他の参加者に聞いてみても(また専門家会議の報告に照らしても)、この発言は事実を大幅にねじ曲げるものだ。
テイラーのスピーチの後に行われた議論で、私はテイラーに反論し、判断樹を土台に進められてきたこれまでの経緯を示した上で、「証拠比重アプローチ」などという文言はどの報告にも書かれていないと抗議した。テイラーは文言が書かれていないことは認めたものの、なおも、判断樹はあまり適当ではないというのが専門家会議全体の印象だったと述べた。
[…]しかし、専門家会議の「公式代表」となったテイラー博士の口から、「証拠比重」アプローチが専門家会議の科学者全員の合意事項だという発言が行われたことで、アレルギー誘発性評価ガイドラインに「証拠比重」の文言を入れることに対する抵抗は完全に押さえ込まれてしまった。こうして、その後の会議の議論は完全に乗っ取られてしまったのだった。』

テイラーの開会スピーチの後の議論で最大の争点となったのは、言うまでもなく「判断樹」と「証拠比重」の文言をどうするかでした。アメリカはカナダ原案をさらに弱体化させ、証拠比重アプローチをいっそう全面に出す修正案を提出しました。CI、スウェーデン、ベルギーは再三「判断樹」への言及の復活を試みましたが、アメリカ、カナダ、オーストラリアは頑としてこれを受け付けませんでした。そこでスウェーデンは「統合的、段階的な、ケースバイケースのアプローチ」という、判断樹の内容を示す文言を入れる提案を行い、CI、フランス、ドイツがこれを支持。アメリカなどもこれには反論せず、妥協が成立しました。こうして「判断樹」の文言は「植物安全性ガイドライン」草案から完全に姿を消してしまったのでした。

4)アレルギー判定検査の詳細を切り捨て
専門家会議報告では、重要なアレルギー誘発性判定検査の手続きを詳細に示していましたが、GM食品推進派は「植物安全性ガイドライン」草案では詳細な方法に言及しないとすることで、その縛りから逃れようとしました。オーストラリアは、専門家会議報告を「植物安全性ガイドライン」に盛り込む際には詳細な勧告を入れず、ごく概略のみに止めるべきだと発言しました。イギリスは国として判断樹を支持するコメントを提出していたにもかかわらず、イギリス代表はこれを無視し、判断樹で示されたデータの入手が難しいとして、アメリカ提案程度の概略のみ記述すべきだとしました。日本もオーストラリアとイギリスを支持する発言を行いました。オランダも、詳細すぎる規定は盛り込むべきでないと発言しました。これに対して、デンマーク、ベルギー、CIは、詳細な規定を盛り込むべきとして抵抗しましたが、結局容れられませんでした。
専門家会議が勧告した判定方法のなかで重要な項目のひとつは、アミノ酸配列相同性を検索するの際のアミノ酸セグメントの数を8個から6個に減らすべきとした点でした。しかし、アメリカ案は、これを無視して本文中で「8個」と明記していました。イギリス代表も暗にアメリカ案を支持し、「段階的比較で用いられるペプチド配列が小さくなるほど、偽陽性の可能性は大きくなり、比較の有用性は減少する」という文を挿入するよう提案しました。これに対して、複数の国からそれなら逆の場合も記さないとバランスを欠くとして、「ペプチド配列が長いほど、偽陰性の可能性は大きくなる」という文を加えるべきとの意見が出され、最終的に脚注に両方を併記することになりました。また本文中の「8個」の記述も削除されました。
専門家会議のもうひとつの重要な勧告は、GM食品が既知のアレルゲンを含むことが分かったときには、その開発を中止すべきとしている点です。カナダ原案には、これが入っていましたが、イギリスは「細かい規定が多すぎる」として全面削除を提案しました。また、アメリカは、既知のアレルゲンを含むことを表示すれば足りるとしましたが、CIの反論で表示への言及ははずされました。結局、「適切な危険性管理と危険性情報交換の措置が、生産物の市場売買と流通全体にわたって確保できない限り、またそのアレルゲンの新たな起源の同一性保存が実施困難または実施不可能でない限り」という条件付きで開発を中止するという表現になりました。
こうして、カナダ原案がもたらす被害を最小限に食い止める努力はいくつかの点で実ったものの、アレルギー誘発性作業部会による付属文書原案には、専門家会議報告の勧告はほとんど盛り込まれず、個別検査をバラバラに切り離し、概略のみ記した上で「証拠比重」アプローチの下で総合的に判定するという内容に改変されてしまったのでした。

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5)02年バイテク部会での失地回復
アレルギー誘発性作業部会の付属文書(以下「アレルギー付属文書」)原案は「植物安全性ガイドライン」草案のなかの「生じ得るアレルギー誘発性(タンパク)の評価」の節に付属する文書で、翌2002年3月に横浜で行われた第3回バイテク特別部会で議論されました。
バイテク特別部会では「統合的、段階的、かつケースバイケースのアプローチ」を用いるという点では合意しましたが、それを判断樹を用いて行うかどうかについて、やはり論争が繰り返されました。長い応酬の後、バイテク特別部会で判断樹の検討は行わない代わりに、「植物安全性ガイドライン」に脚注を付け、その中で専門家会議による判断樹の勧告に言及するとの妥協案がEU諸国などから出され、アメリカ等も折れざるを得ませんでした。
この脚注は「2001年FAO/WHO合同専門家会議報告は複数の判断樹への参照を含んでおり、本ガイドラインの付属文書[引用者注:アレルギー付属文書]を作成する際にこの報告書が用いられた」というものです。EU諸国がこの妥協案に込めた戦術とは、次のようなものだったと考えられます:証拠比重アプローチにもとづいて書かれた「アレルギー付属文書」原案を一文ずつ変えさせていくのは時間的にもムリ。かといって、これを根底から覆して議論を専門家会議勧告まで引き戻すのは、力関係からも叶わない。そこで、「アレルギー付属文書」を専門家会議勧告の代替案とするのではなく、専門家会議勧告に従属するものにしてしまえば、付属文書のもつ意味を逆転させることができる。つまり、「アレルギー付属文書」の中に判断樹への言及はないが、それが専門家会議勧告にもとづいて作られたものとすれば、付属文書のすべての記述は判断樹を前提としたものということになる(ただし、判断樹を構成する個々の検査で「はい/いいえ」の判定を行うさいには、付属文書に沿って専門家会議勧告以外のデータも勘案することになり、証拠比重アプローチが採られる可能性がありますが)。また同時に、専門家会議が勧告した判定方法の詳細や標準化も生き残ることになる。

この脚注は、GM食品推進派によるバンクーバー作業部会の乗っ取りに対してGM食品慎重派が返した見事なカウンターパンチと言えるでしょう。しかも、「複数の判断樹への参照を含んでおり」と、明示的に判断樹(しかも複数の)に言及するというダメ押しも入りました。
さらに、「アレルギー付属文書」の本文に「この評価の終着点は、当該タンパクが食品アレルゲンである可能性について結論を出すことである」という1項が付け加えられました(段落3)。これによって、遺伝子組み換えで新たに生じたタンパクのアレルギー誘発性に必ず白黒をつけることが義務づけられ、証拠比重アプローチによって曖昧な結論を期待したGM推進派にクギを刺しました。
しかし他方、細かい点で規定が弱められた部分もあります。とくに血清スクリーニングの実施については、必要な血清が得にくいことを理由に「血清が入手可能な場合には」という限定が加えられました。また、「べき(should)」であったものが「ことができる(can/may)」などの弱い表現に変えられた部分も随所にあります。
とはいえ、2002年バイテク特別部会は、全体としてバンクーバー作業部会の被害をかなり修復することができたと言えるでしょう。
6)解釈の食い違いの可能性
他の文書もそうですが、アレルギー誘発性のように意見が対立した文書は、文言をめぐる激しい攻防の痕跡を留めて、玉虫色の非常に分かりづらい表現になっています。合意されたひとつひとつの表現の裏に、各国のどのような思惑が隠されているかは、正直いって誰にも分からないと言えるでしょう。
アレルギー誘発性をめぐる議論をここでざっと振り返ってみましたが、これはあくまで合意文書をNGOの立場から見た解釈であって、GM推進派の立場から見れば、同じ文書でもまったく違った解釈も成り立つはずです。また、各項目は大枠を定めているだけで、具体的な内容は未定のものがほとんどです。したがって、今後これらの合意文書を実施する際に、輸出国と輸入国の間、政府とNGOの間などで、解釈の違いから様ざまな軋轢や紛争が起きることが考えられます。
しかし、これは逆に見れば、コーデックス基準の内容はこれから作り出していくものだということでもあります。とくに、アレルギー誘発性については分からないことの方が多く、今後新たな事実を掘り起こして行くことで、より予防原則に近い形にコーデックス基準の解釈(あるいは基準そのもの)を変えさせていくことも可能なのではないでしょうか。
要するに、コーデックス文書の「正しい解釈」はまだどこにもないのであり、われわれNGOが今後これを使って何をするか、政府や業界の解釈とどのように闘うかによって、その内実は大きく変わってくると言えるでしょう。

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7.GM表示はどう論議されているか

清水 亮子

 

欧州議会は去る7月3日、「世界一厳しい」といわれる遺伝子組み換え食品の表示法案を採択しました。この法案は今秋、欧州理事会の審議を経て、来年にはEU加盟各国で実施される見込みです。
この法案は2つの文書(註)からなるものですが、「農場から食卓まで」すべての段階におけるGM食品と飼料のトレーサビリティを求めており、表示に関しては、最終製品に組み換え由来のDNAが含まれるどうかにかかわらず、GM原料を含む場合はトレーサビリティに基いて表示することを定めています。ですから、油などについても、原材料にGMナタネやコーンなどが使われている場合には、表示が義務付けられます。
また、偶発的混入の閾値(許容範囲)については、この提案が欧州委員会によってなされた当初は1%となっていましたが、その後、欧州議会によって0.5%と修正された上で採択されました。

表示部会での論議
ところで、このヨーロッパの新しい表示制度と日本の制度を比較してみるとどうでしょうか。それを示したのが次ページの表「遺伝子組み換え食品表示−日本とEUの比較」です。
では、コーデックスの中では、GM表示はどう議論されているのでしょう。食品表示についてはカナダを議長国とする「表示部会」で議論されています。GM表示についても、長年にわたって議論されていますが、決まっているのはアレルギーを引き起こす可能性がある場合は表示義務がある(2001年の表示部会で合意、同年の総会で採択)ということだけです。2001年の表示部会では遺伝子組換え食品の「定義」の部分をステップ8に進めたものの、同年7月の総会で合意が得られず、ステップ6に差し戻されました。
定義については、EU諸国や消費者団体が主張する「遺伝子組み換え食品」を使うのか、アメリカ等推進側の国々が主張する「モダン・バイオテクノロジー」を使うのかが、争点になっています。
「定義」以外のガイドライン(表示対象、表示の具体例など)についてもステップ3から進んでおらず、
a)表示対象を高オレイン酸大豆など明かに従来食品と異なるもののみ表示すべき−アメリカ、アルゼンチンなど組換え食品生産国。
b)最終製品に組換えDNAやそれから生成されるたんぱく質を含むものは表示すべき−日本など。
c)すべての組換え食品は表示すべき−ノルウェー、インド。
との間で合意に至らなかったのをはじめ、表示例についても、
・「モダン植物バイオテクノロジーによって得られた種によって育てられました」
・「遺伝子組換え大豆により製造」
などいろいろな意見がだされていますが、全てが合意に至っていないことを示す[ ]に入ったままです。
GM表示については2005年のコーデックス総会にかけることが目標とされていますが、これに先駆けて実施されるEUの表示制度が、コーデックスあるいはWTOにどのような波紋を投げかけることになるのか、注目していきたいところです。
註:「遺伝子組み換え食品と飼料に関する欧州議会およびりじかい規則のための提案」と「遺伝子組み換え生物のトレーサビリティおよび表示、並びに遺伝子組み換え生物から製造された食品および飼料のトレーサビリティに関する欧州議会および理事会規則のための提案」

表−遺伝子組み換え食品表示−日本とEUの比較
日本 EU(現) EU(新) 理想
DNAの検出しにくいもの 表示対象外 表示対象外 GMOまたはGMO由来と表示 全食品表示
成分比の上位品目限定の有無 上位3品目かつ重量比5%以上に限定 該当蛋白またはDNAが検出されたものに限り表示 すべて義務表示 全原材料で表示
許容混入率(註1) 5%まで混入を認め「非組み換え」表示可能 「不慮の混入」が証明された場合に1%未満が義務表示対象外 「不慮の混入」が証明された場合に0.5%未満が義務表示対象外(註2) 混入を認めず
レストラン表示 ナシ ナシ 表示対象 メニューに表示
高オレイン酸大豆 食用油も表示対象 未申請のため確認できず。 表示対象 全食品が表示対象
種子への表示 ナシ 表示対象 表示対象 表示対象
種子への許容混入率 設定されていない 設定されていない 0.3〜0.7%までの許容を検討中 混入を認めず
飼料への表示 ナシ トウモロコシのみ表示対象 すべて表示対象 すべて表示対象
肥料への表示 ナシ ナシ ?(註3) 食品同様全面表示
衣料への表示 ナシ ナシ 検討せず 食品同様全面表示
GM飼料をエサとした畜産品への表示 ナシ ナシ ナシ(註2) 全面表示
関連項目
トレーサビリティに関して 考慮ナシ 制度外 食品全般で確保。GM表示はトレーサビリティによる 食品全般で確保。GM表示はトレーサビリティによる
予防原則の考慮 考慮せず 考慮可能な場合もある 考慮することが認められる 考慮して疑わしきは認可せず
抗生物質遺伝子の扱い 許可 許可 検討中(不許可の可能性が高い) 不許可
註1:許容概念はあくまでも安全審査認可のものが対象。未認可GM食品の混入は認められない。
註2:EC委員会提案を受けたEC議会第一読会(2002.07)での議決。
註3:カルタヘナ議定書への枠内での対応を検討すると思われる。

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8.コーデックスバイテク特別部会 Q&A

倉形 正則

 

1)「食」の科学的安全性とは−長期試験・動物試験の位置づけ

Q1.GM食品の動物試験は義務づけられたか?
Q2.GM作物の安全性を何によって判断するのか?
Q3.従来の"安全性審査"方法との違いは?
Q4.バイテク特別部会における食品の安全性概念は?
Q5.遺伝子組み込みによる差異は明確であるか?
Q6.従来の経験、研究報告は考慮されているか?
Q7.「申請者データによる書類審査」は変わったか?
Q8.ステップ4だった「アレルギー付属文書」がいきなり8になったのはどうして?
Q9.コーデックス規格案への"コメント""政府見解"とはいかなるものか?
Q10.バイテク特別部会が設置された目的は何か?
Q11.コーデックスGM食品規格で何が変わるか?

Q1.バイテク特別部会ではGM食品そのものの安全試験、例えば動物試験は義務づけられたのですか?
A1.義務づけられていません。
「組換えDNA植物から誘導された食品の食品安全性アセスメント実施のためのガイドライン草案」の段落11では次のように述べています。「動物による研究は、食品全体にともなう危険性の検査に対してそのまま適用することはできない。これは、食品が化合物の複雑な混合体であり、成分や栄養価が大幅に変動するという特徴をもつためである。その容積と満腹効果のため、ふつう食品は、ヒトの食餌中に存在する可能性のある量の数倍しか動物に給餌することが出来ない。−後略」
薬品や添加物については、想定される摂取量が微量なため、動物試験の際にそれを大きな倍数として動物に給餌できる、ということです。しかし、食品そのものではそのような"大きな倍数"がとれないので「そのまま適用することはできない」としているのです。
しかし、この原案を作成している議長国日本では、2000年のスターリンク騒動の際にスターリンクコーンの「安全性確認」のために、牛、豚、鶏への「給餌実験」を押っ取り刀で行っています。その点では、日本政府のGM食品への動物実験に対する態度は終始一貫していません。スターリンクコーンの際の「実験」は意味のあるものではなくパフォーマンスでしかありませんでした。
一方、英国で食品添加物等の安全性試験を担当するローウェット研究所は、GM作物の動物による安全性試験を実施し、GMジャガイモによる成長障害他の結果を得ました。プシュタイ試験として有名なものです。"予測不能な非意図的な効果"が発生していた可能性が指摘されたのです。この研究成果は、予備実験の領域と言われていますが、プシュタイチームは、成長期のマウスを使うことによって、通常では見えにくい変化を際だたせることに成功しています。しかし、プシュタイ試験への追試験、他のGM作物への同種試験の導入などは行われていません。
バイテク部会の「安全性ガイドライン」では、動物実験の困難性が語られただけです。組み換え体そのものの摂取試験は、この論法だけで否定された形になっていますが、それはすり替えです。もし確実な試験法がないのならば、それは安全性が確認できないものとして差し止めるべき性質のものです。

Q2.バイテク特別部会はGM作物の安全性を何によって判断するのですか?
A2."実質的同等性"に頼っているに過ぎません。
"実質的同等性"つまり、組み換えられた作物は、"在来同等物"との比較によって安全性を確認すると言っています。日本や米国がこれまで行ってきた"安全性審査"の方法となんら変わるものではありません。
この場合、いくつもの問題が指摘されます。
@"在来同等物"が拡大解釈される
A比較はどのようになされるか
とりあえず上記の2点についてだけでも大いに疑問です。
@については、組み換えによる変化を比較するはずなのに、その作物種全体を比較対照とする行為がまかり通っています。
Aについて。@の前記のことを踏まえた上でも、"在来同等物"との比較は、さらに限定的です。
今回の「安全性評価ガイドライン案」で定義されている比較は、大体において大雑把です。比較の対象となるものは、従来通り、姿、形、"鍵となる成分"等とされています。さらに詳細に踏み込んだ表現もありますが(次項「従来の安全審査方法との違い」参照)、残念ながらそれらの詳細項目は、義務的表現ではありません。
「安全性評価ガイドライン案」では"予測不能な""非意図的な効果"の存在を指摘している(段落16)にも関わらず、上記の比較項目は、それを想定したものではありません。

Q3.従来の"安全性審査"方法との違いはありますか?
A3.概ね従来の踏襲ですが、いくつか強化される可能性はあります。
前述したように今回採択された「危険性評価一般原則案」「安全性評価ガイドライン案」ともに、従来の"安全性審査"から踏み出したものではありません。
しかし、EU諸国やいくつかのNGOからの働きかけによって、安全性審査が強化される可能性がある部分も存在します。
@危険性評価の不確実性とリスクコミニュケーションの重要視
・決定的に強化されるべき分野に、危険性分析(リスクアナリシス)の諸項目があります。
関連段落:「危険性評価一般原則案」段落11a)、b)、段落18、段落22、段落23、段落24、等。
・危険性分析(リスクアナリシス)の詳細に関しては、本ブックレットの第3章「リスクアナリシスとは何か」を参照していただくとして、概略以下の点が評価できる点です。
・「危険性評価において特定された不確実性を考慮し・・」(段落18)とその基本姿勢は、「予測不能な」「非意図的産物」に代表される遺伝子組み換えの不確実性を認識している点です。このような姿勢は、現行の「安全審査基準」には大変希薄なものです。
・また、危険性情報交換(リスクコミニュケーション)を、「すべての段階において不可欠」(段落22)とし、しかも「消費者を含むすべての利害関係者が参加する双方向的な過程である。」(段落22)としています。この点は、現行の政府の非公開性と手続き的な「意見募集」に比べ、雲泥の差のある表現といえます。
A組み換え前後の比較の詳細さ
・組み換え後の特性付け:「安全性評価ガイドライン案」の段落31、段落32、段落33、等。
・これらの関連する項目は、組み換えによって生ずる「非意図的産物」なかんずく「予測不能な」それを意識した言及となっています。
・例:「‥挿入物質および周囲域のコピー数量と配列データを含む各挿入サイトにおける挿入遺伝物質の編成、‥その食品中に存在する可能性のあるあらゆる新しい物質を特定するための転写物‥」(段落31のC項)「挿入DNA内部の、もしくは挿入によって隣接した植物ゲノムのDNAと共に生じたすべてのオープンリーディングフレームの特定。‥‥」(同D項)
・我が国の現行「安全審査基準」にも項目としては同様なものは存在しますが、その詳細さにおいて別物の観すらあります。もちろん「ガイドライン案」の各文章は「しなければならない」とは書いてありません。「すべきである」あるいは「「必要な場合もある」という表現となっています。
・その点において解釈次第ではどうにでも変化する存在ですが、その点を強調して、現行の"大ザル"安全審査を強化していくことが必要であると思われます。

Q4.バイテク特別部会における食品の安全性概念はどのようなものですか?
A4.従来食品を細切れに"安全"と評価

バイテク特別部会では食品の安全性について最初に規定しています。
"一般に食品は、開発や一次生産、加工、貯蔵、取扱い、調理の間に注意が払われれば、安全と考えられる。"(「危険性評価一般原則案」段落1)
"食品としての通常の使用に基づいて安全性を確立した経験がある"(同段落8)
というのは単純すぎる認識です。"確立された安全"やその反対存在があるわけではなく、"身土不二"という言葉で象徴されるように、食物は我々の体や健康に不可分の影響を与え続けている、と認識すべきです。
"安全使用の歴史をもつ在来同等物に比して相対的に評価されるという原則に基づいている" (「危険性評価一般原則案」段落4)これは2つの錯覚に基づいた議論ではないでしょうか。
一つは"安全使用の歴史"という点への極めて狭い理解です。
私たちが食の安全を確保してきたのは、それぞれの地域の食文化によってです。それは、様々な雑多な食品群と多様な食べ方、暮らし方、それに見合った体質、等々の総合的なものによって健康的な食生活が成立してきました。一つの食品や、作物を取り上げて"安全"か"安全でないか"を論じてもそれは極めて限定的な意味しか持ち得ないでしょう。
もう一つは"在来同等物"が充分に分析され理解されており、だからこそ差異が明確であるという希望的観測です。

Q5."在来同等物"と遺伝子組み込みによる差異は明確であるのでしょうか?
A5.明確ではありません。

モンサント社のRR(ラウンドアップレディ)大豆(40-3-2系統)やRRトウモロコシ(NK603系統)に発覚し続けているように、現在の遺伝子組み換えは組み換え時に何が起きているかは、誰も判っていません。
RR大豆(40-3-2系統)の事例では、遺伝子組み換えによる非意図的効果、それも予期せぬ効果が連続しています。米国や日本において申請した際にモ社は、組み換えは「意図したこと」しか起きていないと主張していました。安全審査が終了した後に、モ社は「未知の断片が2カ所に存在する」と発表しました。ついで第三者の研究グループによってモ社が意図的に組み込んだ遺伝子断片の直後に未知の遺伝子断片が存在していると発表しました。モ社はそれに対してオープンリーディングフレームでないと反論し、非意図的効果はない、としたのです。しかしその公約もまた反古にされました。2002年に、まさにその未知断片由来の2次転写物(=mRNA)の存在が報告されました。
改めて明らかなったのは、"発覚・発見"がその時どきの検査技術水準に依拠すると言うこと。"発見"されないと言うことが"存在しない"ということとイコールではないことです。
また同様な予期せぬ遺伝子断片の存在と、それによる転写物の存在は、モンサント社の殺虫ワタであるインガード・ワタ757系統でも「追加報告」されています。RRコーンでも同様な予期せぬ遺伝子断片の追加報告がされています。こうして見てくると、予期せぬ遺伝子断片や転写物の存在は、決して特別な事例ではないことがわかってきます。むしろ、予期せぬ事は、日常的に起こっている。問題なのは、そうした予期せぬことを"検知"できるかどうかが不明なだけ、というのが現在の遺伝子組み換えの実態と言えます。

Q6.従来の経験、研究報告は考慮されているのでしょうか。
A6.されていません。

遺伝子組み換えの短い歴史のなかでも、数々の警告的な研究や発見がなされてきています。
いくつか上げるだけでも
・米国におけるL-トリプトファン事件
・ローウェット研究所(当時)プシュタイ博士チームによるGMジャガイモのマウスへの成長障害実験
・オオカバマダラへのBtコーン花粉の影響実験
があります。
しかし、コーデックスバイテク特別部会でも、その叩き台となったFAO/WHO合同専門家会議でも、それらの貴重な経験への言及はありません。"組み換え業界"はそうした懸念的な事件や発見には、無視や脅迫をもって臨んでいるだけです。世界的な権威となるコーデックス規格策定の際には、そうした危惧、示唆への科学的な追試、より拡大された再検証こそが必要となるはずです。

Q7.「申請者データによる書類審査」は変わったのでしょうか
A7.言及されていません。

コーデックスバイテク特別部会の論議のどこでも安全審査の手続き問題は触れられていません。リスクアナリシスの論議のどこにも、今日の食品にまつわる企業犯罪のリスクについて言及していないのです。
現行の安全審査での大きな問題の一つは、審査の基となる情報が全て申請者、開発企業によるということがあります。全てのデータは、審査する側で再実験や追試等は一切行われません。その一方で、ひとたび認可されたGM作物に関しては、"データが違っていました"と申請企業が訂正を申し出る詐欺行為が繰り返されています。
日本において安全審査の答申を出す「安全審査調査会」は、こうした度重なる申請資料の訂正がありながらも、未だに審査の根拠を申請者からの提出資料に頼ったままです。しかも追試験のような検証作業は一切ありません。丸きりの書類審査のみです。



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2)コーデックスの運営、決定の手法は民主的か
ステップを巡る恣意的運営−アレルギーANNEX・微生物ガイドライン

Q8.ステップ4だった「アレルギー付属文書」がいきなりステップ8になったのはどうして?
A8.ステップ6・7をとばした結果です。

コーデックスでは規格論議の進捗具合を表すために全体を8つのステップに分けています。(第2章2-4図参照)今回「アレルギー付属文書」は5・6・7のステップを飛ばしました。バイテク部会事務局の厚労省担当官に確認したところ、「部会参加国で合意を取れればステップ飛ばしは可能」とのことです。
しかし、これは内容から見ると大変無理な会議運営と言えます。それでなくとも「アレルギー付属文書」は、これまでの議論を大幅に変えた叩き台が提出されていました(詳細は第6章参照)。NGOからは全面的に反対意見が出されていました。今回の第3回バイテク部会でも1時間足らずのスピード審議でした。こうした行為が行われるのならば、コーデックスのステップや、「民主的運営」などには根本的な疑問がわき起こります。

Q9.コーデックス規格案への"コメント""政府見解"とはいかなるものでしょうか
A9."政府見解"は国会も閣議も確認不要!!担当省庁の見解を指します。

コーデックスでは国際食品規格を決定するまでに、事務局で作られた原案を加盟各国(に送付して原案に対する各国意見を2回求めます(ステップ3と6)。加盟各国はコメントを送付します。日本からも「政府見解」と言う名前の「コメント」が提出されています。しかし、その「政府見解」が、どこで誰の確認によって作られるのかを厚労省のバイテク特別部会担当官に確認しました。
厚労省担当官の回答は「それぞれの担当省庁で作成、省庁を超える範囲のものは省庁連絡会で決定」という回答でした。念のために「政府見解は国会、或いは閣議などにはかけられないのか?」との質問にも「担当省庁で作成します」とのこと。重ねて「例えば現行国内基準と異なる見解をコメントする場合があるが、それはどこで決めるのか」についても、「担当省庁で決めます」との回答でした。
現行の国内食品基準と異なる見解の表明も国会の議決にかけられないとすれば、WTO体制下の今日において、我が国の議会は結果として機能していないことになります。
コーデックス規格への「政府見解」を議会や内閣抜きに決めて良い、というのはどこで決められたのですか?また、それは明文化されているのか否か。これに対しても明確な回答はありませんでした。明文化されたものではないし、どこで決定されたかも曖昧でした。
代わって強い口調で帰って来たのは「コーデックス規格で決まったからといって、国内法規を変えなければならない、というものではありません。国内は国内法規で運用される。コーデックスとは国際条約ではない」との説明でした。
こうした見解は、現在のWTO体制下における貿易実態を欺くものです。コーデックス規格は私達の「食」を規定しつつあります。そして、そのコーデックス規格は、その会議の公開制の原則とは裏腹に、各国における議会等の従来手続きを無視できるシステムを、知らぬ間に形作っているのです。

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3)コーデックスGM食品規格によって何が変わるか

Q10.コーデックスバイテク特別部会が設置された目的は何ですか?
A10.世界、とりわけEUでわき起こる「食」の問題への関心の高まりが存在します。

1996年に米国で本格的な栽培が始まって以来、GM作物は驚異的なスピードで栽培面積を拡大してきました。たった数社の作ったGM種子が、北米の穀倉地帯を一変させました。数種類の種子が、大豆とトウモロコシ、ワタとナタネの畑の多くを占めるようになったのです。
それに対して世界各地でGM食品に反対する運動がわき起こりました。
とりわけ欧州では、BSEなどの他の食品問題の背景もあって、食の問題に大きな関心が集まりました。その反GMの力は、EUにおける新規GM作物の承認を凍結させ、今日に至っています。その動きは、今回の厳しいGM表示制度等へと結びついています。
欧州を中心に各地で盛り上がった反GMの声は各国毎に、徐々にGM食品の安全審査の義務化や、表示制度を現実化させていきました。
こうした動きに懸念を抱いたGM食品の推進者たちは、GM食品の各種国際基準を定め、より厳しさを増そうとしていた各国基準を「ハーモニゼーション」しようとコーデックスでのGM食品基準づくりを用意したのでした。
しかも時間のかかるコーデックスでの規格策定にスピード審議をさせるために、期間限定の特別部会という舞台を設定した訳です。当時2002から2003年頃に予定されていたEUでのGM基準作りを睨み、2003年までにコーデックスという国際規格−伝統的に非常に緩い基準として設定されてきている−を作ってしまおうとの目論見です。
コーデックスGM食品規格策定の欺瞞性は、その対象となるGM作物が、既に作物貿易市場の多くを占めてしまっていることを容認しながら、それを規制する基準作りを行っていることです。
不明なことの多いGM食品に対して、予防原則に則した少しでも厳しい規格を作ることは、何百万トンものGM作物貿易を少なからず規制する可能性があります。本来、GM作物の貿易は国際規格が成立してから実施されるべきです。少なくとも国際規格が論議中であるならば、その間はGM食品貿易は凍結すべきなのです。
しかも論議中に、スターリンクコーン事件という、様々な点でGM作物が制御困難であることを実証する事件が起きているにもかかわらず、その現実を基準作り論議に反映させない事を見ても、コーデックス論議のいい加減さが伝わってきます。結局GM食品行政は、開発企業に都合の良い部分だけを選択して、"現状追認"してきています。

Q11.コーデックスGM食品規格で何が変わりますか?
A11.各国のより厳しい基準づくりを牽制し、GM作物の貿易を拡大させる圧力になります。

現在でも日本のGM食品の認可は、米国での認可を踏襲しています。そして米国基準≒コーデックス基準ですから、コーデックスGM規格策定後は、実質的に米国における許認可が、GM作物にとって世界中への「通行手形」となることでしょう。
米国が、このコーデックス基準で"安全審査"したと言い張れば、ひとたび認可したGM作物は、国際貿易上断ることの出来ない作物となるでしょう。輸入しない行為は、輸出国側から「非関税障壁」としてWTOに提訴される可能性があることになります。何度も繰り返しますが、コーデックス基準と異なる各国基準そのものが、「非関税障壁」とされかねません。
一方、各国内部においても、消費者の安全を二の次とする国では、コーデックス基準を理由に、国内基準を変更しようとするでしょう。
EUはこうした動きにトレーサビリティと連動したGM食品表示制度で対抗しようとしています。
重要なのは、消費者の選択です。WTO体制だろうが、コーデックス規格だろうが、消費者が選択しないものは売れないのです。

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9.座談会/コーデックスどうすべきか

出席:

天笠啓祐

近藤恵津子

清水亮子

山浦康明

真下俊樹

進行:倉形正則

記録:福島啓子

 

●バイテク特別部会に参加した印象


倉形 まず、コーデックスバイテク特別部会の印象をざっくばらんにお聞かせ下さい。

 

山浦 今回バイテク特別部会は第三回目で、私も三回目の参加です。私は今回、テクニカルアドバイザーというたいそうな肩書きで、日本政府の枠で参加しました。今回は、傍聴を申し込んだ一般の方が同じフロアーで会議の様子を目にすることができて、去年より少しはオープンな感じがしました。ところが、実際傍聴していた人がどれだけ議事進行、書類など、会議の内容を理解できたかというと、これは疑問です。やはり、事前に政府代表なり、NGOがいろいろ準備して初めて、内容にふれることができたのではないかと思います。
 今回参加して、NGOの参加という意味ではWTOなどよりは進んでいる感じがしました。しかし、議事進行を含めて考えますと、特に今回は、遺伝子組み換え推進側の国々や、NGOとして入っていた推進側の企業が、積極的に議事を進めている印象を受けました。

 

倉形 今回初めて傍聴しました。これまでコーデックスバイテク特別部会の中身は、いくら報告を聞いてもよくわからないなという印象をもっていましたが、傍聴してみてもやはりわからなかったですね。決して、英語とか、専門用語の理解云々といった問題ではないんだ、という印象を持ちました。

 

近藤 私も、一・二回目は抽選で傍聴券が当たったのですが、びっくりしたのは、会場すら別で、テレビのモニターで会議を見ることです。あれなら誰が傍聴してもいいのに、わざわざ抽選をすること自体がとても不思議でした。今回、オープンになったのは、働きかけをされた結果だと思いますが、良かったと思いました。やはりモニターを通して見るのと会議場で見るのとでは、見える範囲が全然違います。モニターだとほとんど議長の顔が映っているものですから、会議全体の様子は、よくわかりませんでした。
 今回はICA(国際協同組合同盟)の枠でオブザーバー参加させていただきました。では、中身はどうであったかというと、大変なことを決める場で、いろんな賛成反対の意見があるわりには、あら、合意しちゃったの? さっき反対の意見を言った国は今の説明で納得したの? というような感じでどんどん進んでいく。「ああ、そうね、私も疑問だわ」と思っていると、もう次に行っている。合意の水準というのでしょうか、それがどうなっているのか、率直なところ疑問です。もしあれで合意しているのであれば、よっぽど裏で何かしているんだろうなという感じですね。当初、例えばEUが求めている、ある程度厳しいものに決まらないのなら決裂すればいいのに、と素人判断で考えていましたが、会全体の雰囲気は、どちらの考えを持っている国も、なんとかゴールに行くんだ、結論を出すんだというところで一致していたのが、とても不思議でした。


真下 今回急遽、日消連(日本消費者連盟)から、CI(国際消費者機構)としての参加要請を受けて、1カ月ほどしか時間がなかったのですが、にわか勉強で参加しました。資料の量が膨大で、すべて英文だったものですから、相当大変で、かなり苦労しました。
 充分に理解したうえでオブザーバー参加できたわけではなかったのですが、第一印象としては、むしろポジティブな感じを持ちました。地球温暖化会議などよりは、はるかにNGOの参加の機会が開かれている。NGOの発言も、各国の代表の発言と同じレベルで扱ってくれる点は、非常に民主的だなという印象を持ちました。これは議長の采配によるのか、あるいは制度的に確立されているのか、よくわからないですけども。
 もう一つは、こんなふうに決まっていいの、というくらい重要な案件がどんどん決められていく。それが各国に降りていって、その国の国内法として施行されていくわけです。我われの生活に直接影響のあることが、国際会議の場でどんどん決められていく。国際会議で決められることがいかに重要か、それを非常に強く感じました。
 日本の国内で、コーデックス委員会のような市民参加を達成するのは、ほとんど無理です。そういう意味では、NGOの参加が許されているのは良いことだと思います。ただ、NGOも参加したうえで決めたんですよ、とお墨付を与えることになってしまう、逆の危険性もある。今回決められたものも、今後順次見直されていくはずですから、その点で不充分な面を変えていくことができるかなと、全体としてはかなりポジティブな印象を持ちました。
 温暖化会議は、ビデオに撮ってインターネットで誰でもが見られる状況です。それに比べると、同じ部屋であれ、参加者を抽選して厳選したのは、ちょっと矛盾かなという感じがします。


倉形 前回まで一般傍聴は別室でモニターでしたが、これをインターネット上に流せば、誰でも見られる。


近藤 そうそう。わざわざ出向くまでもなかったという感じでした。


倉形 現に、国会などはそういうサービスを委員会ごとにやっていますよね。清水さんはどうですか?


清水 私は前回、今回とICAの一員として参加しました。前回は初めてだったので、運営のあり方などに驚いたのと、せっかくNGOの代表として中に入れるのだから、きちんと意見を言えれば、と痛感しました。にもかかわからず、1年間ほとんど準備できないまま今回会議に臨んだのが一番の反省点です。この一年間、きちんと内容を検討していれば良かったのにと、すごく反省しています。
 一方、コーデックスの会議に乗っかってしまうことで、遺伝子組み換え食品のグローバルな貿易を後押しすることつながるのかと思うと、これでいいのかという気持ちもあります。自分がこの会議にどのように関われば一番いいのか、未だに見えないところです。

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●各国の思惑と発言力の差
倉形 外から会議を見ているときには、会議ではさぞかし中身の論議がされていると思っていましたが、今回傍聴してみて、中に入っても見えないというのが正直なところです。みなさんの印象もそのようですが。


真下 私はちょっと印象が違っていて、よく勉強していればかなりわかると思います。ただ、内容そのものが複雑で専門化しているものだから、我われのようなNGOが対応しようと思ったら、ものすごいエネルギーを割かなければいけない。我われのようにお金の無いなかで、専門的なところまで突っ込んでいかないと対等な議論ができないというのは、事象そのものが複雑だから、しかたないと言えばしかたない。
 だけど、先ほど対等な扱いをされていると言ったけれども、それは会場だけの話で、各国の代表団はそれ専門に一年中コーデックスばかりやっている。給料もらって、そればかりやっている。そういう人たちが原案を作って、同じような立場の他の国の人がコメントする。それに我われが同じだけコミットしようとすれば、力の差がありすぎる。毎回、世界のあちこちで開かれるコーデックスの委員会に参加するといったら、ものすごく旅費がかかる。これをNGOが出来るかと言ったら、それは出来ないわけですよね。そういうレベル、基本的なキャパシティビルディングの部分では、はるかに格差がある。政府代表団にしても、途上国には不利ですよね。


倉形 そうですね、一回ごとの参加国が30数カ国、40いっていない。全体は165カ国ですが。


山浦 ええ。絶対数から見ると発展途上国の参加は非常に少ないですよね。代表団の人数にしても、大国は二桁ですが、小さい国は一人とか二人しか来られませんので、会議における発言力も相当違ってきます。


倉形 今まで、米国はしゃかりきになって自国の利益確保を発言しているのだろうと思っていたら、今回、発言の回数は多いけれども、非常に悠然としていて、節目節目で「それも、よろしいんじゃございませんか」のような、おおような態度、コメントで進めていく。


真下 たぶんアメリカは、コーデックス基準をできるだけ早く作りたいというのが前提にある。そのためには多少の譲歩はしかたないと思っている。


倉形 一方で、日本政府が無言でしたね。


山浦 私は日本政府代表団のグループのテーブルに居りましたので、その点が非常に印象深かったのですが、日本政府代表団は、重要な議論についていっさい参加しない。それは初めから決めていたようで、トレーサビリティをめぐる議論においても、一言も発言はありませんでした。その点について政府の人に質問したり、注文をつけたりしましたが、言い訳ばかりで、議長国という立場から、積極的にどちらかの側に味方するのではなく中立的な立場をとるんだ、というふうな主張でした。
 ところが、事前に各国から出されたコメントペーパーには、日本政府も積極的に書いています。トレーサビリティをめぐっては、フランスのペーパーに全面的に賛成というわけではありませんが、ある程度理解を示すような、コメントを示しているわけです。
 それから、事前に国内で開かれた意見交換会におきましても、消費者団体からの意見として、トレーサビリティはフランス提案を尊重すべきではないかなど、私もコメントしましたが、それが会議にはまったく反映されていないことに非常に憤りを覚えました。


倉形 そもそも「日本の意見」というのが誰の意見なのか、大変疑問なわけですが。


天笠 去年はテクニカル・アドバイザーとして参加していた京都大学の宮城島一明助教授の発言が非常に問題になりました。日本政府が表に出て悪い方に引っ張っていくという流れがありましたが、それが批判されたので、今年は引っ込んだと考えていいのですか。


山浦 そうですね。宮城島氏の発言は、形式的なものが一回か二回あっただけです。


真下 全体としてはNGOのオブサーバー参加があって、一応市民の声が反映されるようになっている。でも、各国政府の代表団は国民の代表ですから、国民の声を反映しなければいけないわけですよね。正式には、どういう経路で国民の声を反映するシステムになっているんですか?


山浦 コーデックス委員会のルールがありまして、各国で国内コーデックス委員会を開いて、そこでそれぞれの政府の意見をまとめてくるべきだ、という考え方があります。多くの先進国におきましては、国内コーデックス委員会という、一種のコミュニケーションの場が設けられている。例えば北欧諸国ですと、こういったテーマについてどう思うかと関係団体に聞き、そこからの意見をまとめてさらに議論をして、最終的に政府の見解をまとめる、となっています。
 日本においては、国内コーデックス委員会自体存在しない。形だけの意見交換会、懇談会がありますが、これはたんに政府の側から経過報告をする形式だけの場です。例えば、消費者団体がこういうふうにしてほしいと注文しても、それが政府の意見に反映される保障はまったくない。


真下 一般的に、市民の意見がどう反映されるのか、その経路はまったく不明ですね。向こうの胸先三寸で取捨選択が勝手にできてしまう。それは非常にまずい。コーデックス委員会は、市民の意見が多少入っていますが、意見を切り捨てるのなら何故切り捨てるのかをきちんと言わないといけないだろうし、できるだけそれを取り入れる努力をすべきなんですけどね。そこのところが聞きっぱなし、あとは向こうの好き勝手というのはおかしいと思います。

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●議論にはめられた「枠」
倉形 市民がどう関わるのかについては、あとで集中的にご意見をお伺いしたいと思いますが、まずは合意形成の仕方について。
 GMをめぐる諸事件が世界で起きていて、プシュタイさんの発表だとか、オオカバマダラ蝶が死んでしまったとか、そういうことが会議でさぞかし話されているんだろうなと思っていたのですが、その種の話はなく、条文を一字一句推敲している。私の素朴な実感としては、そこに最大の違和感がありました。コーデックスは一応科学的ということがその基盤とされています。しかし論議の中身が科学的であるかどうか、私には疑問です。


山浦 議論の素材がFAO/WHO合同専門家会議で作ったペーパーで、それを条文化してガイドラインにする作業が、主要な中身になっています。今、倉形さんがおっしゃったような、世界で実際に科学者が問題提起している事柄が、少数意見であるとなかなか盛り込まれない。


真下 言ってみれば、専門家会議のペーパーが日本の官僚が作る法案みたいな物で、コーデックス会議は審議会、という感じですよね。本当のところを決めているのは、FAO/WHO合同専門家会議で、その中にはNGO側の学者は参加を拒否されている。そこが原案、全体の枠組みを作って、その枠の中でコーデックス会議は議論している。枠からはみ出るような議論はそもそも議論の対象になっていない。そこがコーデックス会議の一番大きな問題ですよね。
 オブザーバ参加しているNGOのひとつ「49thパラレル」(49th Parallel Biotechnology Consortium)など非常によく勉強していて、あそこが出す意見は採り入れられていましたが、コミットしているNGOは、全体の枠をはみ出すような議論はしないところが多い。そもそも、コーデックス委員会が依って立つ原理を問い直すことはやってこなかったのではないか。会議に参加しているかぎり、そういう枠からはずれるようなことをブチあげても、当然それは採り入れられないことがわかりきっているから、誰もそれをやらない。


山浦 第1回の会議のときには、予防原則(precautionary principle)とか、トレーサビリティとか、いろいろ多様なキーワードがありましたが、会議を経るにしたがって、だんだんとGM推進派の要望が重要視されるようになって、今回のペーパーを見ますと、そういう流れが明らかになっています。


真下 何なんだろう、それは。議長の采配なのかな。


天笠 予防原則について言えば、コーデックスのなかで原則的に否定されたと言われています。会議の文書を読んでいて一番印象的なのは、「科学的」という表現がよく使われていることです。遺伝子組み換えの問題は、不明というか予期せぬことが起きていることが科学的に問題なわけです。そうした意味なのに、科学的という言葉を他の論理を排除するために使っている。遺伝子組み換えのような予期せぬ問題を、議論しないような態勢ができてしまっているのがやはり問題だな、という気がします。


倉形 吉倉 廣 議長は高い評価を受けているようですが、今回の運営では、ちょっと投げやりだったような気がします。「これはみなさんが決めることです」みたいな表現で放り投げる。そもそも科学的、論理的に決めるのだったら、「みなさんが決めること」ではいけない。争点はここです、ではこれを明らかにしよう、という積極運営こそが科学的、論理的議事運営だと思いますが、とてもそういうものではなかった。その点、吉倉さんも科学者でありますから、ここで決まるわけではないからというのが、あの議事運営に表れていたと穿った見方を個人的にはしていました。


天笠 先ほど、お膳立てがあったみたいだと近藤さんが言われましたが、お膳立てがあるというのは、論理的科学的ではなくて政治的ですよね。ですから初めに前提があって、それに、ややみなさんの意見を聞いたような形で修正を加えていくというのが、全体的な流れという感じですね。


倉形 とにかくゴールに行かなくてはならないという話が先ほど出ましたが、やはりそんな感じでしたよね。


清水 昨年の会合なんか「これをステップ5に進めるんですか、進めないと今やっていることが全部ムダになります」って、おどすんですよ、議長が。


真下 それは裏表、二面性があると思うんです。推進したい側は、今後晴れてきちんとしたルールの下で遺伝子組み換え食品を取引したい、という強い願望がある。もう一つ、規制する側から見ると、これまできちんとしたルールがなくて各国バラバラにやってきたけれど、規制の網をかけなくてはいけない。だから、合意できるところで現実的な規制を、という考え方は当然あるわけですよね。
 どちらも既存のGM食品が流通できなくなるような規則は作らない、という暗黙の前提がある。それから遺伝子組み換え、バイオビジネスが成り立たなくなるような、これから成長できなくなるような規則を作ることもなしにしようね、という暗黙の前提がある。


倉形 市民運動の側でも、とにかく成果がある、何か文書が決まることを評価するきらいがある。
 ともかく何か決めなくてはいけないという傾向が強くて、大枠として進むものは何かということに対する評価が希薄になっている、そんなことを思いました。そもそも食品規格とは何か、国際的に一つのスタンダードを決めるのはどういうことを意味しているのか。まさにコーデックスの存立基盤の話ですが‥‥。


真下 結局、コマーシャリズムのうえに乗っかった議論で食品の安全性を考えるのか、それとも人間、環境への影響・被害をくい止めるために何をしなければいけないのかというレベルで考えるのか、その違いだと思います。要するにコーデックスの議論は、いわゆる近代経済学でいう均衡理論ですよね。安全性の追究と遺伝子組み換え食品の流通によって得られる便益。その釣り合いを計ってこれをやりましょう、そういう発想ですよ。実際にそれで被害が出るかもしれないけれど、それは最適レベルの被害だということになる。


天笠 食品規格を決める必要があるのかないのか、という議論がありますよね。食品規格を世界で、グローバルに決めようという発想自体が必要なのかどうかが最初に問われなくてはいけない。例えば有機農産物の食品規格などにしても、各国によって状況が全然違うわけですから、それを一律に国際規格として決める意味があるのか。遺伝子組み換え食品規格の場合、国際統一規格を作って一番喜ぶのはどこかって話ですよね。一番利益を上げるのは、モンサント社に決まっている。

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●安全性審査のまやかし
倉形 いわゆる実質的同等性は、従来食品は安全だから、その上に差異が生じたところだけ審査する構図ですが、その差異ということも問題ですが、従来食品がすでに安全である/安全でないと明確に線を引く認識のしかたが、まず疑問です。食生活の中身は各国で、あるいは一つの国の中でも各地方でまるっきり違う。日本人は大豆をたくさん食べるので、大豆の女性ホルモン作用を考えると外国人から不思議がられるほどですが、そんな違いがあるのを、一律にこれは安全性が確立されている分野/されていない分野とする、その線引きそのものが非科学的な感じを受けるんですけどね。


山浦 しかも、コーデックスではヨーロッパの食生活が議論の所在になっていて、日本の食生活における大豆やお米についての関心はあまりないのではないか。ヨーロッパ規格が世界基準となってしまう、そういう感じも受けますね。実際に参加した政府、NGOもヨーロッパ・アメリカが中心で、アジアの発言力は非常に少ない。そういう意味で、グローバリズムの中身はヨーロッパ・アメリカ、特に多国籍企業に代表されるような声がこの場にも反映されている。


真下 アレルギー性では小麦についてばかり議論されて、その他の食品についての言及は一行くらい。


山浦 日本政府はそばとか大豆とか、いろいろな日本食のことを積極的に提案すべきなんですが、一言もありませんでしたね。


真下 非常に限定されたリスク分析ですね。リスク分析というのは、言葉の概念そのものはリスク全体を解析してその対策をとることです。今回合意された文章の中で述べられているリスク分析の中身は、どんどんせばめられて、結局は、今できることをリスク分析にしようというやり方です。
 先ほどの実質的同等性の議論にしても、もともと合同専門家会議の報告書からきているのですが、そのなかで言っているのは、例えば、食品添加物や残留農薬の動物実験は、食品全体の場合には不可能である。なぜかというと、食品全体を実際に摂る量の数十倍、数百倍を実験マウスに与えて実験することはできない。だから従来やってきたような安全性の試験はできない。だから実質的同等性という概念でやるしか仕方ない、という言い方をしている。だけど、それで安全が守られるかといったら、全然そうではない。わからないことがたくさんあって、実質的同等性でカバーできない部分がたくさんある。そのことについては何の言及もなく、実際には実質的同等性を基盤にした安全対策しか取られていない。
 最後にフォローとして、リスク管理のところで、もし何かあった場合にはトレーサビリティで元をたどって原因を究明しようという。実際に何か起きたら元をたどることぐらいはやっておきましょう、と。
 ここで扱われたリスク分析以外の部分で何か必要だという人がいたら、その必要を科学的に証明しなければ取り入れられません。つまり、実際にわからないことがいっぱいある遺伝子組換え食品を市場に出して、まったく何も知らない人が食べて、それでいい、というのがコーデックスの基本的な立場です。


山浦 コーデックス委員会のペーパーでは、組換えDNA植物由来の食品の安全性評価のためのガイドラインの第3章に「実質的同等性の考え方は出発点で最終目的ではない」と書かれているものの、今真下さんが言われたように、その中にいろいろな制約をどんどん入れて、実際には実質的同等でいくとある。例えば、「9 品種改良」では、動物実験は行なわれてこなかったではないか、「11」では動物実験は技術的にふさわしくない、といった言い方で、だんだんせばめていって、安全性評価のやり方を限定していく。ですから、実質的同等性が出発点だというものの、それしかないという論理構成が各所、出てくる。


真下 出発点と言っても、結局はエンドポイント。


山浦 そういう論理矛盾がありまして、見た目には何か科学的に精緻化されているようですが、実質的にはまったく科学的ではない。


倉形 日本政府に対して、安全性に関するコーデックス内の論議の決めつけについて、具体的な反論をこちらはすべきだと思うんです。例えばプシュタイさんの研究で言えば、動物実験はできるということですよね。


天笠 プシュタイさんが何度も主張していたのは、遺伝子組み換え食品そのものを食べさ