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月刊『社会運動』の表紙と「表紙からのメッセージ」を紹介しています。

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300号 2005年3月15日

299号 2005年2月15日

298号 2005年1月15日

297号 2004年12月15日

296号 2004年11月15日

 10月4日に渋谷のBunkamuraのオーチャード・ホールで新作能『不知火』が演じられた。それより約1ヶ月前の8月末に水俣病の発生地の水俣市で公演された同じ興行だが、東京では都市生活者が新作能に関心を抱いたようである。能についての解説はできないが、一般的に能と言えば古典的な世界の幽玄美であろう。しかし、このたびの『不知火』は、作家で水俣出身の石牟礼道子さんによる原作で、水俣病を素材にした社会的なストーリーと言える。あらすじは、人間によって汚染された海(不知火海)と陸の毒を浄化しようとする生命の鎮魂と再生への祈りの内容と言ってよかろう。前号に続いて水俣病事件に関する写真を表紙に選んだ事情は、関西水俣病訴訟で最高裁の判決が10月15日にあったことによる。最高裁は水俣病の発生から半世紀を経て行政の責任を認める画期的な判決を出した。もっと早く、1960年代に不知火海での魚介類の漁を禁じていたら、多くの患者を出さないで済んだのであろうと思われる。

295号 2004年10月15日

 来年2005年5月1日は、水俣病の公式的な発見の日から50年を迎える。この半世紀の歳月の中で2,000人余の水俣病の認定患者を出し、それ以外に10,000人余のグレーゾーンの軽症の水俣病患者を出している。いずれの患者に補償金の高低はありながらも支払われている。
 この20世紀は急速な近代化と経済の高度成長で、私たち日本人の暮らしぶりは豊かになったことは間違いない。しかし、その背後で犠牲をまぬがれなかった人たちがあったことを、私たちは真摯に受け止めなければならないように思う。認定された2000人余の患者は、既に半数以上の人たちが他界している。この後、さらに30年が経過すると、証人としての患者は数えるほどの人になることは間違いない。写真の患者は本網元の漁師で、病魔に冒され10年間を病床で過ごした。

294号 2004年9月15日

294号 2004年9月15日

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