高齢社会の生きがいづくりと情報ネットワーク化に向けて
JCA−NET代表 浜田 忠久
(1)ネットワークがもたらすもの
ネットワークは人と人を水平関係で結ぶことができる。通信回線を使用すれば、国境を超え上下貧富の差別なく時間と空間の制約を超えて人と人を結ぶことができる。インターネットをはじめとするネットワーク・システムは既存のピラミッド型社会システムに革命的な変化をもたらすことだろう。
この革命を担う市民をネチズン(Netizens ネットワーク・市民)と呼ぶ人もいるが、情報通信システムとりわけコンピュータ・ネットワークをツールとして環境保護、差別撤廃、社会福祉、政策提言などのためにコミュニケーション(情報交換)とコラボレーション(協同)に取り組むNGO(非政府組織)またはNPO(非営利組織)と呼ばれる個人や団体が注目されるようになった。
これまでのところ政府でも企業でもない存在であり、国家の指令も受けているわけでもなく、金儲けをたくらんでいるわけでもなく、自由勝手な活動をしているボランテイアに過ぎない存在である。
第1セクターの行政、第2セクターの企業に対して、誰にも束縛されない独立した第3の非営利市民セクターが成立し、日本にもその萌芽がみられるようになった。
21世紀は国家権力や大企業のピラミッド構造は力を失い、国家と企業の枠をこえて人と人が交流し、金とモノそれに膨大な情報がネットワークを通じて行き交うことになるだろう。欧米にはこの国家にも企業にも属さない第3の非営利セクターが行政、企業を凌ぐ存在になると期待している人もいる。
わが国では超高齢社会を目前に控え、急速に進行する少子高齢化社会は老人が充満する社会として高齢者の増加をマイナスイメージでとらえらることが多いが、高齢者はネットワーク・ノウハウのいくつかを身に付けることが出来れば、この第3の非営利セクターを担うにはふさわしい人達ということができる。
高齢者の多くは公務員やサラリーマン生活を引退した人達または家庭の主婦であり、現役の公務員、サラリーマンのように組織に縛られることもなく、時間に束縛されることもないので自由にボランテイア活動ができるのである。
NGO、NPOを担う人は高齢者だけではない。社会に対する問題意識を共有する人達であり問題解決またはサービス提供をめざす人達である。ネットワークを通じて社会参加することは、問題意識を共有する人達との交流であり、趣味などを共通にする従来の老人クラブへの参加とは全く異なるものであることを指摘したい。老人社会への参加ではなく、問題解決のための行動への参加であり、その活動を通じて自立し生きがいを見いだす効果も大きいのだ。ネットワークの相手になってくれる人も高齢者とは限らない。見ず知らずの他人との交流はオフライン・ミーテイングへと進展することも多く地域社会を超えた社会参加へと発展することも多いのである。
地域の老人クラブに入り毎日ゲートボールで遊ぶことも悪くはないが、生産的ではないし、経験豊富な高齢者を遊ばせておくのは社会にとっても損失である。
平成7年11月に制定された「高齢社会対策基本法」では「国民が生涯にわたって就業その他の多様な社会活動に参加する機会が確保される社会」が提示されており高齢者の社会参加の重要性が強調されている。
ネットワークを通じて高齢者の社会参加を促進するためには情報関連のインフラ整備と、それを支援するための法律制定や教育研修などの環境整備が不可欠である。特に通信ネットワークの観点から見たとき、わが国の通信回線のコスト高は問題であろう。一般道路のように利用料を無料とすることが理想であるが、少なくとも米国のように市内回線は格安の固定料金で利用できるようになることが望まれる。
さらに高齢者にとって使いやすい通信システムを構築することも重要な課題である。幸いにしてネットスケープ社またはマイクロソフト社の最新の閲覧ソフトはインターネット上のホームページを見る機能だけではなく、電子メール、会議室の読み書きもできるようになっているので、インターネットのユーザーは従来のように多くのソフトウエアを使いこなす必要は無くなっている。
通信回線への接続方法と閲覧ソフトの使い方さえマスターすればインターネットを通しての社会参加が容易となった。残る問題は高齢者の社会参加への意識変革のみといってもよいかも知れない。
高齢者の社会参加はインフラ整備と市民活動のためのNPO法や電子情報公開法をはじめとする環境が整備された米国がはるかに先行している。米国でも日本社会同様高齢化が進行しつつあるが高齢者に対する暗いイメージはなく、高齢者のNPO団体は政治的圧力団体として政策提言により行政に強い発言権を持つまでに成長している。
(2)米国の事例に学ぶ
米国の高齢者を中心とするNPOの代表的な団体をいくつか紹介してみよう。
高齢者NPOで最大の団体はAARP(American Association of Ritired Persons 全米退職者協会)である。(URLは
http://www.aarp.org/)
会員3000万人を擁し、500億円という年間予算で機関誌の発行、保険、医薬品の通信販売、パソコン通信、インターネットなど豊富で多彩なの会員サービスを行っている。入会資格は50才以上、会費は年間8ドルである。
AARPは高齢者を対象にLifetime Connectionsと呼ばれるコンピュータ・セミナーをマイクロソフト社と提携して無料で提供しており、30の都市で500以上のセミナーを随時開催している。
会員を増やす原動力になったのは、高齢者向けのグループ保険の開発である。米国の医療保険は公的な制度としては65才以上の高齢者を対象とするメデイケアと低所得者対象のメデイケイドがあるが、基本的に民営であり日本のように政府が保障する国民皆保険制度がない。高齢者対象の健康保険はリスク大きいので当然のことながら保険会社から歓迎されていなかった。
AARPの創設者アンドラス女史は、その現状を打破するために多くの保険会社と折衝してニュヨークの約800人の退職教員を対象に1年間の実験を試み、1955年NRTA(退職者教員協会1947年設立)の会員のためのグループ保険を実現させたのである。NRTAはのちにAARPと合併し、この保険は今日でもAARPの会員サービスの主要な柱になっている。
AARPは多くのボランテイアをかかえ地域活動を行っている。自動車訓練、税金相談、各種トレーニング活動に15万人から40万人のボランテイアが従事しているといわれているがあまりに多くて正確な数はわからないようだ。
同時にAARPは調査研究活動、アドボカシー(政策提言)にも力をいれている。定年制撤廃運動に取り組み、1967年に雇用における年齢差別禁止法を連邦議会で成立させて以来、米国では年齢を理由に退職を迫ることはできなくなった。
性による差別、人種による差別、年齢による差別を禁止し、今では障害による差別も禁止されている。
政治の場で「シニア市民」が高齢者団体としてはじめて名乗りを上げたのは1960年の大統領選挙における「ケネデイを支持するシニア市民の会(Senior Citizens for Kennedy)」であろう。翌年ケネデイの支持を受けて結成されたのが全米シニア市民評議会NCSC(National Council of Senior Citizens)である。(URLはhttp://www.ncscinc.org/)
NCSCは洲、地方レベルの2000のクラブで活発なアドボカシー活動を行っており特にメデイケアなどの社会保障制度の維持に力を入れているようだ。
また高齢者向けのNPO教育団体に「SeniorNetシニアネット」がある。1986年サンフランシスコ大学で実験プロジェクトとして開始され、1990年独立してNPOとなった。2万人の会員を擁し、全米各地のコミュニテイーセンター、公共図書館、学校、病院などに125の学習センターを持ち、学習センターのいくつかは自身のホームページも開設している。コンピュータ・テクノロジーを身につけた高齢者のコミュニテイをつくることを使命とし、インターネットを通して意見交換や議論ができるようにMetlife Solutions Forum、SeniorNet RoundTablesなどを提供している。高齢者がより力強く社会に貢献できるようにすることを目的としているとのことである。(URLはhttp://www.seniornet.org/)
社会のありかたに対して問題意識を持つ高齢者は老人とよぶより「シニア市民」と呼ぶ方がふさわしい。政治に参加するためには余暇が必要であり、デモクラシー政治を支える市民として最良の条件を享受しているのが今日のシニア市民である。
AARPの調査によれば全米で1000の個別に組織されたシニア市民の団体が存在するとのことである。シニア市民団体の政治的台頭は高齢者と若年者の「階級闘争」の危険をはらみ「若年者を搾取する」ために用いられる恐れがあるとの指摘もあるくらいである。
行政が高齢者に振り回されるのも問題かも知れないが、欧米の高齢者の社会活動には学ぶべき点は多いように思われる。
(財)健康・生きがい開発財団 「平成9年度高齢者の生きがいと健康づくり活動のネットワーク化に関する調査研究事業報告書」より抜粋