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この原稿は、(財)日本緑化センター発行の「グリーン・エージ」2004年1・3月に掲載された原稿と武相友の会「地球に未来を」に2004年3月に提出した原稿を編集し、加筆したものです。
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6.ティンナイシャ村での活動と効果ティンナイシャ村はトンブクトゥの西部100km付近に位置する小さな集落であったが、干ばつによる環境難民の援助拠点となり、人口が増加して、1970年代に学校や診療所、定期的な市場の開催される村となった。当会が1988年から植林を始めた場所である。当初は幅100m、長さ2kmの植林帯をつくったが、その後スタッフの植林協力と家畜等による種子の拡散で天然更新も起こり、現在では幅5km、長さ10kmの三角形の大きな森が成立している。 1)ティンナイシャ村と民主化(1)村の行政単位1991年ごろよりマリ国内でのクーデターや民主化を求めた民族紛争・内戦が起こった。トンブクトゥ州でも武力衝突があり、当会の現地活動も1994年から一時中断することもあったが、1997年から再開している。 内戦後のマリの民主化により、地域の行政単位が内戦以前とは変わって、行政の最小単位がクミン(コミューン)という組織となった。住民4,000人以上でクミンが成立し、4,000名に満たない場合は周辺の村や町をまとめる形でクミンを形成している。 ティンナイシャも例外ではなく、ファギビンヌギ湖岸沿いの小さな集落であるシェリフェン、ケルゲッザフ、ティワルティン、アルカシェン、イダカカマン、ティンガタの各村が合併され、クミン−ティンナイシャとなっている。 現在ティンナイシャ村の管理下になっている植林地(当会の植林)の利用は、これらの村の全住民に認められた権利となっている。ティンガタ村を除く他の全ての村が、ティンナイシャ村の東側に移ってきており、それぞれの村が集落を形成して暮らしている。 ティンガタ村は、学校や井戸などの援助を受けて、村の基盤整備が進められたことがあり、簡単に村を放棄してティンナイシャに移住してくることが困難であるようだ。 クミンの長はメイヤーとよばれ、住民の選挙で選出される。 (2)援助依存の問題マリの民主化と内戦の終結(1996年)でティンナイシャがこの地域の援助拠点となり、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)やGTZ(ドイツのODA)などの援助が集中した。以前のティンナイシャ村も干ばつによる環境難民のキャンプとして成立した経緯があり、依存傾向の強い村であった。周辺の村はティンナイシャに援助が集中することをうらやみながらも、それぞれの場所で暮らしが維持されていた。 しかし、クミン−ティンナイシャとしてひとつにまとまったことで、それらの村々も援助の恩恵を受け、援助プログラムの終了後も援助に対する期待が強くなっている。それは、ティンガタ村以外の各村がティンナイシャに移動した理由の一つにあげていることからも推察できる。 2)ティンナイシャの暮らし当初植林を始めた頃のティンナイシャ村は、砂丘の中に住居地があり、連日のように強い風が吹き、砂が舞っていた。砂に埋まりかけたブグー(現地式の丸い小屋)が大半で、砂漠化の最前線、村人は砂風に吹き飛ばされないようにして何とか生活していたという印象が強かった。 今回(2002.12)ティンナイシャ村の滞在で目にした村人の暮らしは、かつての村の暮らしとかけ離れ、「森の村・ティンナイシャ」というような様相で、その変貌には驚かされた。村人の暮らしには「豊かさ」のようなものが感じられた。これは、一度内戦で放棄された村が、内戦終結後に当会が植林した旧湖岸付近に再建されたことによって、視覚的に「緑の村」と見えるという単純なものではなく、この村を取り巻く施設整備等の環境が大きく変わっていたことによる。 内戦終結後、援助拠点として再建された村は、学校、役場、診療所、援助物資倉庫、多くの井戸などが作られ、生活基盤の整備がなされた。これに加えて、村人の生活に大きな変革をもたらした要因として、当会の植林による森づくりがある。この森は薪炭材、ブグーや日除けの骨組み資材、家畜飼料など様々に利用されている。 特に家畜飼料としての木の実や枝葉は、餌としての供給が通年可能であり、各戸でのヤギの飼育頭数も多くなっている。その他の家畜(ロバ、ラクダ、ヒツジ、ウシなど)も数多く目にするようになっている。このことでは、植林帯は薪炭や資材の供給とともに、遊牧民の生活基盤の安定維持に大きな役割を果たしている。 3)森の位置付け現在、ティンナイシャ村の管理下にあるプロソピスを中心とする森林(植林帯)は、村有林のような位置付けとされている。東側に隣接するティンナファラジ村はファラシのクミンで同様の位置付けである。当会が始めた植林による森づくりは、コミュニティーフォレストとして現地に根付いているといえよう。しかし、残念なことに、森の維持管理については、コミュニティとして主体的に管理しているといえる状況ではない。コミュニティーフォレストでは、クミンに属する村人が日常に必要な薪や建材を自由に手に入れ利用できると定められているようであるが、実際に自由な伐採が許可される条件としては、自家消費に限られている。 商業目的の伐採の場合、3ヶ月を1単位として、7,500cfを国の管理機関であるオーゼフォレ(森林局)に支払い、伐採許可を受けなければならない。この料金については、40%が地元のコミュニティ−に還元される仕組みになっている。しかし、現地での聞き取り(杉野2002.12)では、これまでにオーゼフォレへ伐採料が支払われたが、その一部がティンナイシャ村に還元されたことはないという。 現地でのまとまった材の切り出し方法は、森に火入れして、枝葉や下に落ちているトゲのある枝を一度に0.5ヘクタールほど焼き払い、燃え残って枯れた枝幹を薪として伐採、搬出している。火入れは、林床に落ちているトゲのある枝、立ち木のトゲなどを燃やしてしまうので、伐採・片付け作業が容易になる利点がある。燃やされ伐採された樹木も、いくつかの活力のある根元からは萌芽が見られ、森が再生されている。 4)森の経済効果ティンナイシャの森について、現地でよく耳にする意見として、この森は住民の生活に何ら利益をもたらさないと言われるものがある。確かに商業目的で森の利用がなされているとはいえない。ただ、現金収入には直接結びつかないが、多くの点で利益をもたらしていることがわかる。 それらの利益は、家畜飼料となる木の実や枝葉が安定的に供給されることにより、地域での家畜の飼育頭数が確実に増加していること、また、日常的に消費される薪や資材が無料で、比較的容易に入手できることなど住民生活の利益となる利用が行われていることからも推測できる。 今回(2002.12)のティンナイシャ滞在は気温の低い12月で、日没後、気温が下がると各家(ブグー)の前では、暖を取るために焚き火がたかれていた。ここで消費される薪だけでも町の市場で売られている薪の値段(3本で100CF)に換算すると、1晩で500CFほどになる。月にすれば、15,000CFとなって、低賃金労働者の月給の半分以上に該当する。 また、日除けに利用される細い柱材もトンブクトゥでは1本500CFで売られている。小さな日除けでも20〜30本ほどの建材が使われており、日除け一つとっても決して安価ではないが、ティンナイシャ村では各家に1〜2棟の日除けが立てられている。 5)天然林の回復かつてのティンナイシャ村は、植林帯から2kmほど離れた疎林の砂上に位置していた。この村が内戦で放棄され、内戦終結後、旧湖底に植林した森に沿って村が移動し、再建された。このことで、日常の生活に必要な薪炭材、資材を近くの森から調達が容易になった。反面、これまで利用してきた天然林の伐採が減少し、目覚しい回復を遂げている。既存のアカシアトートリス、バラニテスなどの樹木は枝を切られることなく、枝をのびのびと広げている。また、旧湖底と旧ティンナイシャ村の間に広がっていた砂丘地帯にも東部からレプタデニカ(現地名アナ)という低木が侵入してきており、砂丘の幅も徐々に狭くなってきているようだ。移動する砂丘にレプタデニカが侵入すると、砂が止まって安定し、そこへ他の植生が侵入してこの地域の樹木が生育するという植生の遷移が見られる。これはこの5〜6年の変化である。 6)天然更新1990年のティンナイシャ村の植林は、幅100m、長さ2kmの帯状、部分的に群状であった。植林後は家畜除けのために見張りをつけたり、囲いをしたりして生育を図った。成林後は林内放牧により、家畜が植林木の木の実を食べて、未消化の種子が糞に混ざって植林帯の周辺に撒き散らされ、その種子が発芽して、植林帯の周りや家畜の移動通路周辺に樹林が広がっており、その拡大は現在も続いている。 これまで種子の拡散を行う家畜として、飼育頭数の多いヤギが考えられていたが、反芻動物のヤギの場合、食べた木の実に含まれる種子が未消化形で糞に混じる割合は非常に低く、どのような仕組みで増えるのか未解明になっていた。 今回のティンナイシャ滞在で、植林帯の周辺を検分すると、崩れたロバ糞に多くの種子(豆科のプロソピス)が混じっていることを確認した。ロバ糞は長径5〜6cm、短径3cmほどの楕円状で、植物繊維が多く、ラクダやヤギに比べて柔らかい。プロソピス林はティンナイシャの市場から、南のムブナ方向、東のズエラ方向への伸びが顕著で、村の市場を起点とした人の移動と重なることから、市場付近で餌としてプロソピスの実をロバが食い、それぞれの村に帰る道中で落とす糞によって種が散布され、うまく発芽して広がっているといえる。植林が行われていない時期には、家畜の食圧が大きく、天然の植物が発芽しても、かなり食われてしまっていた。しかし、広大な森が形成され、おいしい木の実がふんだんに供給されると、若木は食われることが少なくなり、更新が助長されていると考えられる。 7)生態系1本の木が育つことから、生態系が見えてくる。多種多様な生物が生息する自然の中では、複雑な生態系の解明はなかなか困難である。砂漠のような厳しい単純な植生条件の中では、相互関係が見えやすい。 1本の木をめぐる動物の動きを見ると、昆虫類は植物体から養分を摂取している。葉を食い、花の蜜・樹液を吸い、種子を食う。また、集まる虫を他の小動物が食う。野鳥が飛来し、種子を食う。花蜜を吸う。木にくる昆虫を食う。枝に止まって獲物を狙う。巣を作る種類もある。 葉を食うのは毛虫、バッタの飛来もあった。幹にはカミキリムシが穴を掘る。花にはミツバチ類、ハエ類が蜜を吸いに飛来し、森の中に羽音が響く。種子にはゾウムシ、小甲虫が穴をあけ食している。家畜除けの柵の支柱地中部にはシロアリが繁殖している。 ベニスズメが播種した種子を狙う。小さな樹でも泥と草の塊のような巣を作る野鳥がいる。フクロウが樹上からネズミや野鳥を襲う。ヒキガエルの仲間の大カエルが苗木ポットに入り込んで苗を傷める。ノウサギが若木の新芽をかじる。 大きな問題として、森林が肉食獣の隠れ家になることがある。ハイエナやジャッカルに家畜が襲われる話も聞いている。トゲの多い密生した林内では追跡はままならない。 住居の周辺では、日陰は必要であるが、草などの植生はないほうが快適という。草があるということは虫だらけで、危険な動物もすんでいる。 |