サヘルの森について

この原稿は、(財)日本緑化センター発行の「グリーン・エージ」2004年1・3月に掲載された原稿と武相友の会「地球に未来を」に2004年3月に提出した原稿を編集し、加筆したものです。

4.活動目標の設定とその展開

これまでの活動場所は1988年からトンブクトゥ州のファギビンヌ湖の北岸にあるティンナイシャ村や南岸のムブナ村で、植林を中心に苗木の配布等も実施してきた。その後、1992年から南部のモプチ州のニナグー村やジャンウェリ村でも井戸掘り、植林、農業支援等を行ってきた。また、1997年からはトンブクトゥ周辺の村々を対象として、小規模多拠点方式(1村10本100か村運動)の植林活動を展開している。

通常の事業の進め方では、目的があり、調査検討をして、具体的な事業展開がなされると思われる。当会の場合、最初に現地調査をしたものの期間がわずかであり、気候変動の大きな乾燥地帯であり、遊牧民の移動する生活スタイルは一回の調査では明確に把握できなかった。かといってわかるまでは何もしないということでは、会員の熱意を失わせることにもなりかねない状況であり、現地の人々と同様の生活をしながらに、砂漠化防止の植林、農業支援が始められた。このため、砂漠化防止でどのように展開していくかは当初漠然としていた。そのなかで現地での小さな単位での植林、農業支援の活動をしながら、調査見聞、人々との交流を行ない、試行錯誤して、目標が設定されていった。

1)小規模多拠点の多段階モデル

1988年の活動当初はティンナイシャ村に住み込んで、苗づくりと植林帯づくりであった。さらに周辺の村を訪ねて少量の苗木を配布してきた。うまく育てられれば、さらに配布量を増やしていく。ムブナ村の低地の小さな菜園は、女性たちの手で植林された樹木が生育して森のようになっている。これらの樹木はそのまま大きく生育させるばかりでなく、トゲのある枝が伐採されて、菜園の柵として利用されている。

このように多くの村の中や菜園の周囲に植林することにより、多くの場所で、さまざまな植林木の生育段階が見られるように目標を設定した。ムブナ村やビンタグングの町の郊外に苗畑を設け、周辺の村や住民に苗木の配布を行った。

これらの活動は内戦のため、3年余で中断したが、植林は現地スタッフで進められた。

2)村おこしと植林

1992年からは南部のモプチ州の村に住み込んでの村おこしの活動が実施された。このニナグー村、パパラ村、ジャンウェリ村は、トンブクトゥ州より250kmほど南部にあって、農業や牧畜で定住的な生活が営まれている。ここでの活動は、住民の多彩な要望もあって植林や農業支援ばかりでなく、穀物銀行、女性グループ支援、識字教育、保健衛生、生活改善など生活全般に及んだ。

畑の防風林や共同林の植林、マンゴーなど果樹苗の植栽、タマネギの栽培、菜園用の井戸掘りなどと共に、村人を組織化しての穀物銀行やグループ支援、教師となる人材を探しての教室の開設、そしてこれらの運営というソフトの事業に関わってきた。

この地域での活動は2000年8月まで継続した。

3)1村10本100カ村運動

1997年より、トンブクトゥ州での活動を再開した。活動の内容は苗木を配布、あるいは苗木づくりを指導し、村人が中心となって植林に取り組む、小規模・多拠点方式の植林活動、「1村10本100ヵ村運動」である。ここでの「1村」は1カ所、1コミュニティーを、「10本」はごく少ない本数で地域住民の参加の第一歩を、100カ村は数多くの場所、コミュニティーで始めるといった意味で使用している。

つまり、日常生活に負担をかけない形の活動を住民に働きかけて植林活動への住民の参加を促し、小さな緑の拠点を多数作り、それらの緑を連続させて砂漠化を防止することを目的としている。

テリケン、モラ、ブキヤット、テーシャック、テデイニ、ジャリバング、タサカンなどトンブクトゥ周辺の村人、学校などを中心に苗木配布が行われた。

1998年11月から2001年9月にかけて、ムブナ村において、流動砂丘の固定植林が行われ、砂丘に緑の樹林が形成されている。

4)植林ワークショップと炭焼き

2002年の予備調査を踏まえ、セグー州のトミニアン村などを中心に植林のワークショップを開催している。岩石地、砂丘、畑地など様々な環境にあわせての適正な樹種を選択し、雨季や乾季などの季節に合わせた適地適木の植栽方法を試行している。

また、ティンナイシャやティンテール村などで、これまで植林して生長した樹木を利用しての炭焼きを実施している。現地で入手可能な資材(ドラム缶や日干しレンガ)で炭窯を作り、希望者ができるように指導してきた。伐採した場所は植林や萌芽で再生させ、再び森づくりを行うという循環利用をつくりあげるようにしたいと考えている。

炭焼きの普及で森林が破壊されるのではないかという質問があった。専業としての炭焼きは誰でも行うものではなく、比較的社会的地位の低い人々の仕事であること、使用されている道具は小さな斧だけであり、太い木を切るのは労力がかかること、点在する自然植生の樹木は通直でなく、炭焼き窯では扱いにくいこと、炭焼きは技術の習得に時間がかかることもある。急激な技術の普及拡大を目標にするのではなく、しっかりとした技術の理解と習得で、村の中で良質の製炭製造者として、生活が確立できればよいと考えている。

さらに立地条件にも左右されるが、森の薪炭材利用だけでなく、木材加工やハチミツ、果樹、油料作物(シェアバター)、アラビアゴムなど、森を生かしたさまざまな利用を探っていきたい。

サヘルの森活動の歩み
西暦事項
1987サヘルの森設立(1月)。マリへの現地調査隊派遣(6〜7月)
1988トンブクトゥ州のファギビンヌ湖北岸、ティンナイシャ村で活動開始。
1989〜90 ファギビンヌ湖北岸、ズエラ、ティンナファラジ、南岸ムブナ、ビンタググングと活動を展開。ティンナイシャ村では2kmの植林帯が完成。
1991トンブクトゥ州で活動継続。民族運動がくすぶり、一時日本人スタッフが反政府軍に拘束(5月)。
1992モプチ州周辺で新たなプロジェクト調査(3月)。ニナグー村で活動開始。
1993 南岸ムブナ村の活動はマリ人現地スタッフのみで継続。最後の日本人スタッフがトンブクトゥを引き上げ(12月)。
1994マリ国内で武力衝突。トンブクトゥ州での活動を中断(10月)。
1995モプチ州での活動はニナグー、サンベレ、パパラ、ジャンウェリと展開。トンブクトゥ州の活動は、組織的には行えず、個人がムブナを訪問。
1996ムブナの個人的な2度目の訪問。日本人スタッフの派遣(5〜6月)。モプチ州の活動は継続。
1997トンブクトゥ州のムブナで活動を再開(4月)。モプチ州の活動は継続。
1998トンブクトゥの町周辺を中心に多くの村で小規模のプロジェクト(1村10本100カ村運動)を展開(2月)。ムブナ・ケーズ砂丘への植林を現地スタッフにより開始(11月)。モプチ州の活動は継続。
1999トンブクトゥ州のプロジェクトは常駐日本人スタッフ帰国により、短期派遣に入る(2月)。特定非営利活動法人サヘルの森となる(11月)。
2000モプチ州のプロジェクトが中断(8月)。ムブナ・ケーズ砂丘の東側の植林を終え、 南側へ展開し始める。トンブクトゥの町周辺のプロジェクトは日本人短期派遣、ムブナのマリ人スタッフ支援により継続(苗木づくりと配布)。
2001トンブクトゥの町周辺のプロジェクト(井戸づくりと苗木配布)を短期派遣で活動(7〜9月)。
2002トンブクトゥ州に短期派遣(11月)。個人レベルでの南部の調査
2003南部のセグー州やトンブクトゥ州で活動(植林ワークショップと炭焼き)。
2004引き続き南部のセグー州やトンブクトゥ州で活動