サヘルの森について

この原稿は、(財)日本緑化センター発行の「グリーン・エージ」2004年1・3月に掲載された原稿と武相友の会「地球に未来を」に2004年3月に提出した原稿を編集し、加筆したものです。

2.半乾燥地の人々の生活

マリの国土は日本の3.3倍もあって自然条件や生活条件も場所によって大きく異なる。首都のあるマリ南西部のバマコでは年間降水量も900mmをこえており、農業や果樹栽培も盛んあるが、活動の中心地である中央部のトンブクトゥ付近では年間200mm以下で、継続的な農業生産には厳しい場所である。このような場所で砂漠化防止活動を行っており、対象となる人々は遊牧民の部族が多い。

1)資源の有効活用

遊牧民は、農業がほとんどできない場所で、わずかの降水量で生育する草木を、家畜が肉やミルクに変え、利用している。雨期(6〜8月頃)に降った雨が草木を育む。降水量はわずかである。この降水は不安定で、干ばつ時には全く降らないこともあり、地域の偏りも大きい。雨が降ると、平原は草で覆われる。草が花、実を付けやがて枯れると、干草になり、乾燥期の家畜はこれも利用している。

半乾燥地の農業としては、雨期のスイカ栽培、氾濫原でのソルガム(コーリャン)、ミレット(トウジンビエ)等の穀類、川沿いでの水稲、井戸水利用の野菜栽培などがある。

2)人々にとっての砂漠化とは

マリでの干ばつは繰り返し発生しているようである。1968年から干ばつが発生し、1972〜1973年にかけて頂点に達した。さらに1982〜1985年にかけて激しい干ばつが再来している。

遊牧を中心とする人々は、干ばつが続くと、餌の食い尽くしや水の枯渇などで、ヤギやヒツジ等の家畜が死に、生活の基盤を失う。家畜の遊牧は生活を成り立たせる生業であり、家畜は生きた預貯金、財産である。ヤギ一頭の価値は大人の一ヶ月の最低賃金よりも高い。

砂は昔からあるもので、生活と密着している。小屋の中の砂はきれいにふるってあり、柔らかいベッドである。砂だけの場所のほうが害虫も少なく、生活は快適なようだ。

砂漠化の進行は家畜を失って食べていけなくなることにつながってくる。遊牧民は気候が不安定な場所で、草木などの餌となる植物の生育のよい場所の情報を口コミで集め、移動していく生活である。ただ、どこまでも移動できるわけではない。南部には農業を行っている人々が居り、農耕との調整がある。収穫後は畑に家畜を入れて茎葉などの残渣を食わせているが、収穫までは、農耕のエリアに入れない。このため、餌や水が尽きて家畜を失うこともある。

農業も干ばつの影響が大きいが、雨量が少ないこの地域では、降水による天水農業の比重はわずかである。それよりもアフリカの大河の一つであるニジェール川の洪水による広大な氾濫原での耕作が大きい。氾濫の規模は変動が大きいが、長さ400km、幅50km以上で、四国の面積(18,256ku)よりも大きい。辺境部では氾濫域の変動が大きく、どこまで氾濫原に水が入るかが農民の関心事である。毎年同じ耕作場所とは限らず、冠水場所の変動が大きい。水が引き始めた場所からソルガム、ミレットなどの作付けが始まり、農地が広がっていく。灌漑施設のある場所では稲作も行われている。

3)人口の集中が砂漠化の一要因

現状のサヘル地域は、半乾燥地であるため多くの植物が生育できないという生態的な制約で、疎林の状態にある。このため、人間や家畜の集中した利用による緑の減少が起きやすい。

干ばつによる草木の減少は砂漠化の大きな要因である。通常、遊牧民はかなり分散して住んでいる。大干ばつや戦争の難民の場合、国際的な援助の集中する場所に人が集中する。食料が運ばれ、深い井戸が作られ、居住エリアが作られる。1988年の最初に植林を始めたティンナイシャ村は、そのような場所であった。日常生活に不可欠な燃料や資材、家畜の飼料は、居住地の周辺から調達することになる。周辺の自然植生は疎林状態であり、居住人口が少なければ、伐採採取の影響は小さいが、多くなれば、その影響は大きくなり、統制もとれなくなる。

都市の周辺では植生がほとんどない原野や切り株のある土地が広がっており、利用の圧力が感じられる。郊外へ行くと、低い疎林が連続している場所がある。それは生育できなくて小さいのではなく、細い幹や枝が切られ、低木林となっている。太い幹が切られにくいのは、現地での道具(斧の大きさ)や運搬事情、利用目的(薪炭や家畜の柵が中心)などが考えられる。

4)森づくりの意味

樹木の特性は、一度定着すれば、比較的変動に強く、一年単位の農業や草本類に比較して安定性が高い。干ばつが続いて農業や草本類が生育しなくても、樹木の枝を切って飼料として利用できる。また、根が深くまで到達するので、上部が伐採され失われても、有機質が深くまで入り、長期的には土地の改良に役立つ。

日本人にとっての砂漠化防止の森づくりは、たくさんの木が帯状や塊状に植わって、緑がよみがえる、環境が飛躍的に変わるというようなイメージがあると思われる。

現地の人々にとって緑の直接的な効用は、薪炭材が得やすい、農地を囲む資材・住宅の資材等の自給率が高まる、砂がとまる、家畜の飼料が得られるなどである。

ティンナイシャ村では、家の資材や薪炭材として、日常的に枝が伐採され利用されている。村人に配った苗木が畑の周辺に植えられ、枝を落として家畜よけの柵が作られている場所もある。

間接的な効用は、植林された樹木が伐採・利用されることで、自然植生の減少が抑えられることが大きく、さらにそれまで裸地化していた場所に、植生の回復も見られる。

これらのプラスの効用だけでなく、マイナスの影響も聞かれるようになってきた。

自然が回復、あるいは植林で森ができることは、野生動物の生息地にもなることである。家畜を襲う肉食獣(ハイエナ、ジャッカルなど)の生息も聞かれている。自然生態ということを考えれば、好ましいことかもしれないが、家畜の遊牧を行っている現地の人々にとっては財産を失うことであり、死活問題である。

日常的に利用する道路が植林木のトゲのある枝で覆われて通行の障害になっている場所もある。このような場所の整備も要請されている。

5)住民のニーズと植林

住民の望みといえば、金をくれ、仕事をくれというのが多い。砂丘の村につれていかれて、ここであなたは何ができるかというような問いかけもある。このような中で、住民の植林のニーズはあるのか。答えはあるである。ただ、その優先順位はあまり高くないし、植林の効果を理解するには、長い時間がかかる。また、植林しておけば、役人に受けがよくなり、薪取りで支払う税金にも影響があるのかも知れない。川沿いに植林したユーカリが高く売れたことから、ユーカリの植林ブームも起こって、苗木を欲しがる人は多い。ただ、植栽の条件を考えず、水のかなり少ない砂丘地への植林も見られ、必ずしも成功してはいない。

果物や実物、有用樹には関心を示すが、日常の生活に追われ、なかなか自分から進んでの植林は進まない。苗木は森林局(オーゼ・フォレ)でも生産され売られているが、苗畑はトンブクトゥでは町から10km以上も離れており、重い苗木の運搬手段がない住民はなかなか入手が困難である。