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この原稿は、(財)日本緑化センター発行の「グリーン・エージ」2004年1・3月に掲載された原稿と武相友の会「地球に未来を」に2004年3月に提出した原稿を編集し、加筆したものです。
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1.マリの概況1)自然環境![]() (1)位置マリ共和国は、アフリカ大陸西部内陸の北緯10〜25°、西経12°〜東経4°付近に位置する。北東はアルジェリア、東〜南東はニジェールとブルキナファソ南はギニアとセネガル、西はモーリタニアと国境を接する。 (2)地形・地質・水系マリの国土は、中央が平坦な沖積平野で、周囲が盛り上がった形態を呈している。山地は周辺部に分布している。南部と北部の標高400〜800mの低山性山地は大部分が古生代、中生代、新生代の各時代に形成された堆積岩からなっている。これはこの地方が何度も海底に没したことのある証拠とされている。堆積岩の下には古い地質時代の結晶質の岩石があり、山地では地上に露出している。 東部のカイエス地方流れるセネガル川と中南部に広い流域を持つニジェール川がマリの二大河川である。 ニジェール川は南西隣国のギニアの山岳高地に水源を発し、北東のサヘル地域に進入し、大きく南に向きを変えて、ニジェール国、ナイジェリア国を経て、ギニア湾に流出する。 首都のバマコと北東に約1千キロ離れたトンブクトゥの標高差は116mと極めて小さく、この間には季節的に広大な湿原・湖沼が形成される。 (3)植生北部のサハラは砂漠と半砂漠、その南側のトンブクトゥ一帯が有棘低木林(トゲサバンナ)、中央のモプチやセグーがミオンボ林(乾性疎林植生)、バマコの南側一帯は湿性サバンナに区分される(植生地理学p119)。 (4)気候マリの気候は降水量の分布によって、南部のスーダン、中部のサヘル、北部のサハラに分けられる。南部では年間降水量が1,000mmを越える場所もあるが、北部のサハラでは0mmに近い。雨季は南部では7ヶ月、中部では4〜5ヶ月、北部では数週間である。全国的に雨が多いのは8月である。 北部の砂漠地帯では、気温は夏及び日中には25〜52℃の高温を示すが、冬及び夜間は0〜5℃の低温になり、湿度も極小である。南部では、気温は北部よりもやや低いが、湿度が高い。 季節による気候の変化を見ると、北部では一年中北東の貿易風が吹くが、11〜4月にはハルマッタンと呼ばれる乾燥した熱風が全国に吹く。5〜10月には南西の季節風が降雨をもたらすが、年によっては降雨が遅れたり、時期が短くなったりすることもあって、農業や牧畜に被害を与えることもある。
マリと東京の気象比較
バマコ(緯度12°32′N、経度07°57′W、標高380m) トンブクトゥ(緯度16°43′N、経度03°00′W、標高264m) 東京(緯度35°41′N、経度139°46′E、標高5.3m) 出展:理科年表H16/H4(国立天文台ホームページより) 2)社会環境(1)人口等広大な国土に人口は1千万人強であり、大きな都市に集中する傾向がある。
マリの面積・人口等
(2)交通マリは内陸国であるため、首都のバマコから貿易の窓口になる南西のコナクリ(ギニア)の港までの距離は約1千kmである。西のダカール(セネガル)まで1230km、南のアビジャン(コートジボアール)まで1300kmである。 鉄道はバマコ北東のクリコロからセネガル国境のキディラを経てダカールまで通じている。バマコ−ガオなどを結ぶ幹線道路、大都市内は舗装が進んでいるが、定期的な大氾濫もあり、路盤の不安定な道路も多い。 都市には自動車があふれているが、地方には少なく、ラクダやロバが運搬の主役の場所も多い。ニジェール川は増水期には大きな船が運航できるようになり、運送に大きな役割を果たす。 (3)マリの政治体制・内政2002年4月から5月にかけて行われた大統領選挙(4月28日:第一回投票、5月12日:第二回投票)で、トゥーレ前暫定国家元首が選出された。同氏は、1991年のクーデターでトラオレ軍事政権を打倒し、1992年にコナレ大統領への民政移管を成功させた後も、地域紛争の解決に積極的に取り組むなど、マリ国民のみならず、国際社会からも高い評価を得ている人物。上記選挙が民主的プロセスに基づいて実施され、コナレ前大統領からトゥーレ新大統領に政権が平和裡に移行したことは、マリにおいて民主化が定着した事実を示している。 なお、マリ北部の治安を揺るがしていたトゥアレグ族問題については、コナレ前大統領の指導のもとで解決の方向に動きだし、1996年には和平式典が開催され、一応の解決を見た(外務省ホームページ)。
政治体制
出展:外務省ホームページ
(4)経済概況1982年より世銀・IMFとの協力の下、構造調整を実施した。コナレ政権は、1993年9月緊急財政措置の発表等、構造調整計画の推進を強化した。1994年1月CFAフラン切り下げ後、政府は右通貨切り下げに伴う物価抑制付随措置を実施し、インフレ抑制に成果がみられた(1994年上半期フラン圏諸国中最低の21%)。1998年9月HIPCイニシアティブ適用。今後は構造調整を進めながら、生活水準の向上に取り組むことが課題となっているが、2000年以降、原油価格の上昇、主要輸出品である綿花の国際価格下落により、経済は大きな打撃を被っている。
経済指標(単位 米ドル)
出展:外務省ホームページ(2004.2)
3)歴史古い歴史のある国であるが、植民地化され、独立は1960年である。
マリ歴史年表
出展:ミリオーネ全世界事典第11巻アフリカU 学習研究社 S56.2 / 外務省ホームページ(2004.2)
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