炭焼き隊帰国報告
隊長 杉野二郎の炭焼き隊レポート

あついあつい雨季のマリで計8回の炭焼き
窯から立ち上る炭焼きの煙は雨雲を呼ぶのか??
植林地の利用法を考えるため8月に派遣された第二次炭焼隊・杉野隊長の報告です

炭焼隊

 2003年8月、炭焼隊として上田隆島岡良治のボランティア2名と 杉野がマリで炭焼ワークショップを行なってきました。 短期派遣でプロジェクトを進める中で、新しい人材がマリを体験したことは、 今後の活動の広がりが大いに期待できると思っています。

 ボランティアで参加した2名は、炭焼ワークショップの手伝いに軸足をおいて、 自分の感性でマリを見てきてもらいたいという、サヘル独特のチョッと解りにくいロジックでの参加で、 戸惑いもあったかもしれませんが、炭焼ワークショップもボランティアの見聞も大きな成果を得て帰ってきました。

 また、前回の炭焼に研修として参加したスレイマンが、 今回15日間の短期間でしたが、炭焼窯の作成、炭焼の助手として手伝ってくれました。

雨季のマリ道中

落葉したアカシア・アルビダ
落葉したアカシア・アルビダ
 これまで短期派遣で現場に入るとき、最短のルートでとにかくトンブクトゥを目指すという移動でしたが、 今回は、マリが始めての2名のボランティアに色々な物を見てもらいたいということで、 雨季ということもあり、沿道に続くミレット畑やアカシアの疎林(アグロフォレストリー)、 大きな水溜りなどを見ながらマリの農業を垣間見ての移動でした。

 途中で車を止め、花の咲いたバオバブの木を見上げ雌雄異花だった事に驚いたり、 アリ塚を蹴飛ばしてシロアリを見たり、きれいなコバルトブルーの小鳥の写真を撮ったり、 完全に落葉したアカシア・アルビダに感激したりと、 モプチ周辺の事情に明るくない杉野も新鮮な驚きや感動を皆と共有しながら時間をかけての移動になりました。

 天候は、雨季ということもあり移動の3日間の内、 2日間は鉛色の空から時折大粒の雨が降り出すという雨模様で晴天に恵まれたとはいえませんでしたが、 雨季と言うものを実感できた移動行程でトンブクトゥに向かいました。 しかし、上田、島岡両名への日本での事前の説明では、雨季とはいえ、それほど雨が降らないとしていたが、 移動中の車内で上田君は、サヘル地域といってもこれではガーナ辺りの雨季と大して違わないとつぶやき、 杉野は、空を見上げながら、内心では北も雨が多いのかなと思いながらも、 「北に上がれば青空と乾いた風が待っている、むこうは快適だよ」と適当な弁解をするような道中でした。

 最後にトンブクトゥを目指し、幹線道路から離れ北に進路を取ると、徐々に樹木の密度が減り、 草地の広がりが続くようになり、疎林と草地、砂丘というサヘル地域の景観に変わり、 確かに雨量が少なくなっていることが分かると同時に、 ミレットやソルガムなどの雑穀農業が中心となる地域から牧畜(遊牧) が中心になる地域へ来たことが実感できる行程でした。

炭焼ワークショップ

窯作り
窯作り
 現地で炭として流通している物は、焚き火から取り出した「消炭」 から伏せ焼きで生産される炭まで様々なものがありますが、 炭窯で焼かれる炭は無いようです。 その為、炭窯で炭を生産する為の共通認識がなく、 多くの人を前に炭焼の講習をすることが難しいのが現地の状況です。 そこで、1つの村で炭窯を作り、 その窯で炭焼をしながら興味のある村人にデモンストレーション的に炭を焼いてみせることから 「ワークショップ」として始めています。

 炭窯で炭を焼くとき、焚き口からの熱が内部でどのように対流するかで、 炭の出来具合や歩留まりが変わってくる訳で、 職人さんなら焚き口や排煙を細かく調節しながら理想的な対流をコントロールできます。 しかし、それは難しいので細かい調節なしにそこそこに対流がうまくいく窯を作ることが重要になります。 そのような窯では炭焼は排煙の様子を見るだけで、窯を閉めるタイミングを計ることができます。 要は排煙の変化さえ理解できれば誰でも無難に炭焼できると言う事になります。

 炭窯の作成は、現地で手に入る資材で作ることが前提になっていますが、 トンブクトゥで時間をかけて色々な資材を探すことは可能ですが、短期の滞在では、 やはり物資が豊富な首都バマコでそろえて現地に入る事になります。

ティンテール村で

 今回はティンテール村で、2回目の炭窯作成ワークショップを行ないました。 ティンテール村は、トンブクトゥの西25キロほどのところに位置し、 小さな部族を率いるハッタイと言う部族長とは現地に滞在した日本人スタッフ達と旧知の仲です。

 昔から木を植えている人で、現在では6ヘクタールほどの植林区を持っています。 すでに大きな森に育っており、本業?は遊牧民ですが、水条件の良いところで稲作をしたりしています。 今でも植林を続けてながら植林区を広げ、育ったユーカリの丸太を日干しレンガの家の梁材として販売しています。 一度育ったユーカリは、 切り倒されても株からたくさんのヒコバエ(新しい芽)が出てきて殆ど枯れることはない訳です。 そこで、太い丸太を取る為に間伐される細いユーカリ材を使って炭焼をすることが可能なことから、 ワークショップの候補地として選びました。

 前回のティンナイシャ村での炭窯の反省点から、 遊牧民の村での日干しレンガの入手の困難さや日干しレンガを積み上げての炭窯では煙のもれることから、 ベニヤ板を方枠として練った粘土を流し込んで炭窯の壁面を一体構造で作る「方枠工法」での炭窯作りです。 ただ、この窯は、村人からのアドバイスで崩れた日干しレンガの家の残った壁面を利用して、 残りの三面を作るだけで出来ました。

 また、焚き口もペール缶(20リットルのドラム缶)で作り、焚き口の容積を大きくすることで、 炭窯の加熱がスムーズになるように改良を重ねて、 ティンナイシャ村の窯での製炭時の排煙平均温度60〜70度に比べ、90度代での製炭となり、 高温での製炭ができる炭窯が出来ました。

雨季の炭焼

カマダキ
カマダキ
 ただ、今回のワークショップは、雨季の最中と言うことで、この時期、遊牧民の村では、 家畜を放牧地に移っており、 村では4世帯が留守番をする形で残っている程度で炭焼の手伝いも殆どが子供達といったようすで デモンストレーションとしては、インパクトが少なかったと思われました。

 また、今年は雨が多く、炭焼の最中に雨(砂嵐)が降り出し炭焼を中断したことがありました。 それ以外にも炭窯を閉めた後に雨が降り、余熱で炭化が進む過程で窯の温度が下がってしまったこと、 炭焼の際に炭窯が雨水で湿っていて温度上昇の妨げとなっていたのではないかと思っています。

 特に、8回全ての炭焼の最中、或いは窯を閉めた後に、必ず雨が降り出すという不運な状況に見舞われました。 普段は、屋外で砂の上にゴザを広げ、蚊帳を張って寝ているのでのすが突然の砂嵐(雨)で、 蚊帳や寝具を抱えて日干しレンガの家に逃げ込んで、蒸し暑い家の中で雨宿りと言う事になります。 そこで、「炭焼の煙が雨雲を作り、100%の確立で雨が降るのだ。 これなら旱魃の地域に出向いて炭焼をすれば雨が降る」 ともっともらしい冗談を言いながら雨のやむの待つわけです。

最後に

 今回の炭焼は、雨季とはいえ気温もそれなりに高く(一番高いのは5月)日本の夏のように湿度もあり、 火を扱う炭焼作業にはきついものがありました。 当初の計画では、利便性を考えて植林区の中に炭窯を作成する予定でしたが、 植林区は雨水で水没している状況で、2キロほど離れた村の中に炭窯を作りました。 また、生活環境も「蚊」が多く、日没と同時に蚊の大群に襲われると言った毎日でした。 幸い、マラリアなどに感染することも無く、現地での滞在を送れました。 しかし、短期滞在の場合、生活資材も最低限で済ませるため、やはり12月〜3月までの比較的気温の低い季節で、 放牧地での遊牧も一段落して村に人が戻っている季節での炭焼が現地の状況に則していると思われます。

今後のスタッフ派遣予定−高津佳史
12月13日から2月29日の予定で小島通雅さんがマリに派遣されます。 今回は、織田慎治さんがボランティアとして現地に同行、小島さんの活動をサポートします。

[織田慎治さんについて]
 彼をはじめてみたのは、 上原社会教育館で在日マリ人のイブラヒムさんを招いてマリ料理会を開いた時だったと思う。 いつものメンバーの中で黒いスーツに肩までの長髪すがた、違和感たっぷりの若者が織田君だった。 その後は上原の事務所にも顔を見せるようになったが、なぜかいつも黒スーツ。 謎キャラの多いサヘルのメンバーの中でも、彼はかなり上位に位置するだろう。 そんな無口な織田君も今回が2度目のマリ行き(前回は杉野さんに同行)。 現地の様子もわかるようになったはず?マリの人から、 また小島さんからも色々と学んできてくれることと期待しています。

NPO法人 サヘルの森
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