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アフリカの水あたり
「アフリカの水を飲んだ者は再びアフリカへ帰る」という諺があります。
このコーナーは、アフリカの水を飲んで、ついでに水あたりまでしてしまった人たちによるアフリカこだわりのリレーエッセイです。
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−ジェンベの音色がわたしの"元気"を呼びさました― |
| 梶原弘行 |
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ご無沙汰しております。以前、事務局員を3年、現地スタッフを3年勤めさせていただきました、梶原弘行です。
会員の皆様、お元気でいらっしゃいますか? 私はサヘルの会(当時)・現地スタッフを退いた後、友人とともに 「プロジェクト・パパラ」というNGOを立ち上げて、 さらに3年間マリで現地プロジェクトを継続。昨年8月にプロジェクトを終了して、日本に帰国しました。 会員有志の方々には、プロジェクト・パパラに引き続きご支援、ご協力をいただきましたこと、この場を借りて御礼申し上げます。 さて、今回は、私がアフリカにかかわる理由であり、「サヘルの森」とかかわるきっかけともなった、 「ジェンベ」という西アフリカの太鼓との出会いについてお話ししたいと思います。 ジェンベの音色が わたしの"元気"を呼びさました そう、私がジェンベに出逢ってから、すでに12年が過ぎました。 学生時代のバンド仲間に誘われて参加したアフリカンダンスの体験教室が、私の人生をこんな風に変えてしまうことになるとは・・・!? 今の若い人たちもそうだと思うのですが(若い人ばかりじゃないですね!私の知り合いだけでも30才以上のジェンベ持ちは数知れませんから・・・)、 当時の私もこの太鼓の音色の「とりこ」になりました。31歳の時です。 少し歪んだ中に、芯のある音程を持つ高音と中音の響き。さらに腹に染みわたるような伸びのある低音。 これらがひとつの太鼓できれいに出し分けられ、踊る者の耳だけでなく体全体に響いて、どんどん踊りたくなってゆく感じ・・・、 しばらくお目にかかっていなかった自分の中の元気が、呼び覚まされていくようなそんな感じ・・・、 それが私のジェンベとアフリカンダンスに出逢った時の第一印象でした。 その頃は、普通の会社員をしていた私でしたから、ジェンベの教室がある日には有給休暇まで取って、せっせと習いに行ったものです。 ご存知の方も多いかもしれませんが、ギニアのママディ・ケイタという有名なジェンベ奏者が言っていた、 「ジェンベは人と人をつなぎ合わせる…」という言葉は、つくづく本当だなあと思ってしまいます。 何しろこのジェンベを演奏し始めてからというもの、私の人間関係の広がりは、半端でないものがありますから・・・! 私にこんな大きな元気と広い人間関係を与えてくれたジェンベへのお礼の気持ちが、 今までの、そしてこれからも私の活動の原点になっていると思います。 そう、実はこのアフリカとかかわろうとする原動力が、アフリカ文化への「憧れ」と、「敬意」だったということが、 私にはとても重要な意味を持っていたのです。 |
![]() 素顔のアフリカもっと伝えたい 一昔前まで、日本で耳にするアフリカの情報といえば、飢餓・干ばつ・砂漠化・病気・内戦などなど、衝撃的で悲惨なものに偏りすぎていました (今でこそ、タレントの体験旅行記などで、素顔のアフリカに近いものが紹介されるようになってきてはいますが・・・)。 この後遺症が、まだまだ日本人の心に根深く焼きついていて、 「あんなに可哀相な人たちに、何かしてあげなくては・・・」という「哀れみ」の気持ちから、 NGOや国連機関などの活動に参加し、支援している方がとても多いことが、気になっていたのです。 この純粋な気持ちはとても大切だし、ぜひ持ち続けてほしいと思う反面、偏った情報によってできてしまった気持ちだけに、 彼らは「してもらわなければダメな人たち」だから、私たちが「してあげる」という関係から抜け出せない人も多く見かけるのです。 相手の国や人に対しての「敬意」が抜け落ちているのです。これは、人と人の関係として決して「対等」だと私には思えない。 だからこそ、できるだけ多くの人に、アフリカ文化に触れてもらい、その素晴らしさに感動してもらいたい。 そして私たちが「敬意」を持ってアフリカの人々とより良い関係を築くための基礎をつくっていけたら・・・、 これが私の今の目標になりました。
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