アフリカの水あたり
アフリカの水を飲んだ者は再びアフリカへ帰る」という諺があります。 このコーナーは、アフリカの水を飲んで、ついでに水あたりまでしてしまった人たちによるアフリカこだわりのリレーエッセイです。

−ナイロビの理髪師―
久保隆一郎・サヘルの森運営委員
 10歳のとき、近所の床屋で左の眉毛を半分剃られた。

 相手が小学生なのをいいことに一言の詫びもなかった。「坊やが急に顔を動かすから・・・」。 鏡を見るたびに不快にさせるのは、恥ずかしさより、言い訳をする床屋のおじさんのゆがんだ表情だった。

 以来、床屋は僕の禁断の地となった。「2度と足を踏み入れない」という決意は固かった。 少年時代は母親、やがて姉、結婚してからは妻という具合に、 その時々、身近にいる女性に髪を切ってもらってきた。その禁を破ったのは、25年後のアフリカである。

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 誘惑の魔手は、ナイロビ郊外のスラムに潜んでいた。

 スワヒリ語の勉強を名目にナイロビに来て3ヶ月、僕の行動半径は広がり、ケニア最大のスラム・キベラ地区にも遊びに行くようになっていた。 そこで木の下の床屋さんに出会った。

 広場の一角、木立が並ぶあたりに床屋さんのエリアがあった。1本が1軒。 鏡と流行の髪型見本を打ちつけた木の前に、いすがひとつ置かれている。 刈られたばかりの縮れたアフリカンヘアが風に乗って、綿毛のように漂っている。 アフリカの陽射しと風の中での散髪、これは魅力的だった。

 しかし、僕はすぐに客になれなかった。 当時、僕たち1ダースの日本人学生たちは、卒業式恒例のスワヒリ語劇の準備に入っていたが、その役柄がネックだった。 演し物は、日本神話をアレンジした「オロチ」。ケニヤ人にはアクションものが受けるらしいヨ。 過去最高の評判をとったのは「一本刀土俵入り」、やはり和風でいくべきダ。 アフリカンの蛇の怖がり方はハンパじゃないよネ。 あれやこれやの検討の末、八岐の大蛇を登場させることになった。

 退治するスサノオ役は僕に回ってきた。髪を長く伸ばしていたので、それを後ろで束ねると絵になる。 それだけの理由だったが、主役を任された以上、髪を切る事はできない。それから2ヶ月、さらに伸ばし続けた。

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 卒業式の日、劇に幕が下りると校長は観客に問う、「この生徒たちを卒業させていいかな?」。 いっせいに大きな拍手。僕たちは、それぞれの衣装・メイクのまま一人ひとり卒業証を受け取った。

 翌日、僕は早速キベラに向かった。

「10センチくらいバッサリやってくれ!」

 床屋の青年は、はじめての東洋人を興味津々で引き受けてくれたが、直毛などカットしたことがない。しかも道具はバリカンのみ。 普通なら10分で済むところが、悪戦苦闘の30分。それでも青年は久しぶりの力作に満足気だ。僕は料金の3倍のチップをはずんだ。



 それから帰国するまでに、たいして髪が伸びたわけでもないのに3回も通った。 相変わらずバリカンひとつだが、手際はだんだん良くなった。最初のときは、黙々と取り組んでいたのが、世間話に応じる余裕も出てきた。 帰国直前には一緒に収まった写真を手渡した。

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 アフリカを離れて15年が経った。また床屋に行かない日々を続けている。そして髪がむさ苦しくなるたびに胸の中でつぶやく。

「ちょっとナイロビまで散髪に・・・」

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