−2001年夏の現地活動報告− 一歩下がって、二歩前へ

森 律子


 今回の活動目的のひとつは、通常マリ人スタッフによってトンブクトゥおよびファギビンヌ地域で行われている植林活動 (国土緑化推進機構の「緑の募金」から助成金を受けています)を促進すること、 もうひとつは“プロジェクト中断”という会の決定をマリ人スタッフに伝えることと、 それに伴う諸手続きおよびトンブクトゥにある事務所を閉めることでした。


テーシャック村に新しい井戸完成!

 前者に関してはまず、会の苗畑のあるテーシャック村に約18mの井戸を掘りました。

 この村は90年代半ばの内乱終結後、トアレグの帰還難民のために新しくつくられた村で、 その時に建設されたポンプ井戸が一つあるのですが、

「ポンプはよく壊れるが自分達の手では直せない。伝統的な汲み上げ式の井戸がほしい」

という村人の要望に応えて、地元の井戸掘り職人を雇い建設しました。完成した翌日から村人だけでなく、 遠くで遊牧しているアラブ人などもやって来て利用しています。今後のメンテナンスは村人が行います。



テリケン、ブキヤット村へ苗木配布

 植林活動のうち今回重点的に行ったのは苗木の配布でした。 現実的理由として8月末でプロジェクトを中断するに当たって苗畑にある苗木を可能な限り処分する必要があったのですが、 通常行っている、苗畑へ取りに来た人へ供与するだけでなく、車を活用して遠くの植林プロジェクト地へも運びました。

 テリケン村はテーシャック村同様砂の中につくられた難民の村で植林に熱心な村長さんがいるのですが、 私は会うたびに「1000本の苗木がほしい」と言われ、その熱意に応えて300本余りを託して来ました。

 またテーシャック村の隣にあるブキヤット村は戸単位の植林が盛んなところで、何度か車で苗木を運び、村人に配布しました。

 井戸掘り、苗木の配布の他には、トンブクトゥ市内で街路樹や庭木の剪定を行い、ムブナ村では通行の障害になっている樹木の整備を行いました。 また昨年ムブナで伐採したユーカリ材をブキヤット村のコーラン学校(簡易小屋)の建設資材として供与しました。


左写真はテーシャック村の井戸掘りの様子

 坂場さんのマリ滞在:8月2日〜9月13日、森:7月21日〜9月29日。 ここ十数年で一番雨の多かった首都のバマコとは反対にトンブクトゥの町は例年より雨が少なく、暑い夏でした(連日、日中の気温が37〜38℃!)。


10年の変化に感激!

 私のマリ訪問は1991年以来、ちょうど10年ぶりになるのですが、 トンブクトゥ地域でもファギビンヌ地域でも大きく育った木を見ることができ、感動の連続でした。

 市内や村人の植林プロジェクト地では「これはコジマが植えた」「フジイが植えた」「コウヅが植えた」と教えられることがたびたびでした。

 また市内の至る所で食害防止柵で囲われた苗木が見られ、10年前には無かった、人々の植林への意欲を感じましたが、 意欲を育てるのにサヘルの森の活動も貢献できたと思います。

 1991年以来、ハンマさんたちスタッフが活動しているムブナ村は白い砂の町から緑の森の広がる町へ変身していました。 最初に手がけた旧湖底部分だけでなく、1998年11月から始めた砂丘植林も順調に進み、ケーズ砂丘には大きな緑の塊が次々とできています。



厳しい任務を負って、ムブナへ

 一方、こうした現状に反してマリ人スタッフにプロジェクトの中断を伝えなければなりませんでした。

 昨年来、運営委員会では彼らとの関係の見直しをプラスの方向で検討してきましたが、 運営体制、財政状況、人的資源の諸問題が複雑に絡み合って迅速な動きがとれなくなり、現場での直接交渉に結論が委ねられました。

 結果的にはスタッフ全員に慰労金を支払い、日本側の事情を理解してもらいましたが、 突然な、プロジェクト中断の知らせが彼らの日本人に対する信頼を損なったことは否定できません。

 この10年余りの活動でこの地域でも木を植えれば育つことが分かり、地元の人にもそれが理解されるようになりました。 育苗、植林だけでなく森林整備も必要になってきています。まだまだ私たちが現地の人のためにやれることがたくさんあります。

「熱い思いを持ち、行動する人よ、出でよ」


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