145回-衆-本会議-51号 1999/08/10 平成十一年八月十日(火曜日)     ―――――――――――――   平成十一年八月十日     午後一時 本会議     ――――――――――――― ○本日の会議に付した案件  河野洋平君の故議員山花貞夫君に対する追悼演説  子ども読書年に関する決議案(肥田美代子君外二十名提出)     午後一時三分開議 <0001>=議長(伊藤宗一郎君)= これより会議を開きます。      ――――◇――――― <0002>=議長(伊藤宗一郎君)= 御報告することがあります。  議員山花貞夫君は、去る七月十四日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。  山花貞夫君に対する弔詞は、議長において去る五日既に贈呈いたしております。これを朗読いたします。     〔総員起立〕  元日本社会党中央執行委員長衆議院議員山花貞夫君は 多年憲政のために尽力し 終始政党政治の進展に貢献されました また懲罰委員長の要職につき さきに国務大臣の重任にあたられ その功績はまことに偉大であります  衆議院は 君の長逝を哀悼し つつしんで弔詞をささげます     ―――――――――――――  故議員山花貞夫君に対する追悼演説 <0003>=議長(伊藤宗一郎君)= この際、弔意を表するため、河野洋平君から発言を求められております。これを許します。河野洋平君。     〔河野洋平君登壇〕 <0004>=河野洋平君= ただいま議長から御報告がございましたとおり、本院議員山花貞夫君は、七月十四日、急性心不全のため、東京都三鷹市の病院で逝去されました。  山花君は、平成五年、三十八年間にわたった我が自由民主党の長期単独政権に一たん終止符を打つことになった細川政権の樹立に際し、当時の野党第一党、日本社会党委員長として決定的な役割を果たされましたが、曲折を経て、現在では民主党の選挙対策委員長として再び政権への挑戦に心血を注がれるさなか、現在の医学では治療困難と言われる難病を発病され、志半ばに倒れられたことは、まことに痛惜の念にたえません。  ここに、私は、御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し上げたいと存じます。(拍手)  山花さんは、昭和十一年二月二十六日、あの二・二六事件の朝、後に日本社会党結党に参画し副委員長、本院議員も務められた故山花秀雄先生の長男として、東京都本所業平橋に生まれました。  父親が労働運動でたびたび検束されたこともあり、小学校を五たびも変わるなどの子供時代を過ごされましたが、御苦労にも負けず頑張られたお母様てるみさんを初めとする、御家族の温かい情愛と多くの人々の励ましによって、少年時代のあなたは素直な優しい少年に育たれました。そのころのことは、児童作家であるあなたのお姉さん郁子さんの作品「わかれ道 おもいで道」に感銘深く描かれております。  早稲田中学、同高校と進まれたあなたは、昭和三十三年、中央大学法学部を卒業し、見事司法試験に合格され、「正義のために闘う弁護士になってほしい」というお母様の願いにこたえられたのであります。  弁護士としてのあなたは、最初に手がけた国鉄本社前デモでの労働組合員が警察官のピストルを奪ったとされた事件において、証拠とされた写真の解析により逆転無罪をかち取ったのを初め、後に高く評価される緻密な実務能力を既に遺憾なく発揮され、労働、公安事件などに取り組み、刑事事件で五つの無罪判決をかち取られました。  昭和五十一年、ロッキード事件のあらしが吹き荒れた年の総選挙で、あなたは二度目の挑戦で衆議院議員選挙に初当選、以後、連続八回の選挙を当選されたのであります。  初当選当時のあなたは四十歳、社会党のホープとの呼び声も高く、翌年、当時の飛鳥田委員長が当選一回だったあなたを中央執行委員に指名した際には、異例の抜てきと大変評判になったことを私は記憶いたしております。  その後も、高い実務能力が評価され、広報局長、国対副委員長などを歴任した後に、昭和六十一年には土井執行部で副書記長に就任、当時の土井たか子委員長が、「党務の上で山花さんの正確なメモがどれだけ役立ったか」と述懐されておられるように、五年にわたった在任中、党内では史上最強の副書記長と評判されたと聞いております。  さらに、旧ソ連崩壊の年である平成三年に田辺委員長のもとで書記長に起用され、自民党長期政権が東京佐川急便事件や新党ブームの激震に見舞われた翌年の平成五年一月には、日本社会党委員長に就任をされます。冷戦の終えんという国際情勢、国民の強烈な既成政党批判から日本社会党も逃れることができないという困難な状況の中で、あなたは、就任当初から「政治改革をテーマにした連立政権を樹立し、自民党政権に終止符を打つ」という方針を定め、しゃにむにその目標に突き進まれました。  当時、私は、宮澤内閣の官房長官を務めておりましたが、あなたが提出した内閣不信任案は、我が党内部の造反もあって可決され、解散・総選挙の結果は、自民党が選挙前の離党者の議席を回復することができず過半数割れとなり、政権の行方は連立工作いかんとなったのであります。  ここで、山花委員長は、二つの道から一つを選ばなければならない大きな分かれ道に立たれました。  一つは、自民党を離党した人々が主導権を握る政権に参加して、自民党単独政権に終止符を打つという道であります。ただし、この道は、社会党内に多い中選挙区制維持や、比例代表のウエートがより大きい選挙制度を望む声とは異なった、小選挙区比例代表並立制の受け入れを選択することを意味したのであります。  もう一つの道は、選挙区制度について、党内の多数意見を尊重し、社会党の衰亡をもたらしかねない小選挙区比例代表並立制を目指す連立には参加しないという道でありました。  あなたは、迷わず前者の道をとられました。これは同時に、社会党の外交、安保などの政策の大転換をもたらしましたが、これは、あなたが社会党委員長就任直後に語った「自民党にかわる政権担当能力を持った政治勢力を結集するために、社会党が捨て石になるつもりで頑張りたい」という言葉が成就した瞬間でもあったのであります。(拍手)  あの決断については、当然、立場によって見方が異なりますし、「大衆こそが最後の審判者」というあなたの座右の銘のとおり、まだまだ後世の評価を待たなければならない問題でありますが、まさに、あなたのあの決断なくして細川内閣の誕生はなかったということについては、衆目の一致するところだと考えます。温厚な実務家として知られたあなたが、実に果断な政治指導者であったことが明らかになった場面でありました。(拍手)  ただ、いかにも山花さんらしいと思うのは、「山花の決断なくして細川政権の成立はなかった」にもかかわらず、そのことを吹聴するでもなく、細川首相や小沢一郎氏らに脚光が集まることに、何の不平も述べられなかったことであります。  細川内閣では、政治改革担当特命相として入閣されましたが、この問題でも、どちらかといえば、細川首相と野党自民党の総裁であった私とのやりとりに世間の目が集まって、山花さんは担当閣僚であるにもかかわらず、決して出しゃばらず、トップ会談で決まった変更を法案にする、極めて実務的な作業に黙々と専念されたのであります。  さらに、村山政権時に、自民党との連立を潔しとせず、社会党を離れましたが、菅直人氏、鳩山由紀夫氏らと旧民主党を結党する際にも、若手を前面に出し、みずからは目立つポストを求めるということはされませんでした。  そして、旧新進党解党後、今の民主党を結党する際にも、かつての野党第一党の党首にふさわしいポストを要求するといったことは一切なさらず、選挙対策委員長という現場に近いポストに就任し、ことしに入って病を得てからも、身を削って、亡くなるまで情熱を持ってその職務をこなしておられたと聞いております。  腐敗を憎む、温厚でまじめな実務家、しかし、自民党にかわる政権の樹立に向けては合理主義的な割り切りと執念で臨んだ男、これが政治家山花貞夫氏の肖像であったのであります。(拍手)  山花さん、あなたは二・二六事件の当日に生まれ、私は翌年の日中戦争開始の年に生まれた、いわば子供のころに苦しい時代を肌で知っている同年輩の政治家であります。ともに戦後第一世代を担った政党政治家を父に持ち、冷戦と五五年体制が終えんする時期に社会党と自民党の党首をそれぞれ務め、党派的にはいつもほとんど正反対の立場に立ちつつも、戦後我が国が築いてきた平和で民主的な国家をいかに継承し、新しい時代の発展を図るかを模索して必死に政治に取り組んできた同志でありました。  しかし、新しい日本の政治のあり方を切り開くことについては、まだお互い道半ばではありませんか。  あなたは、日本社会党委員長に就任したときに、憲法について、守りから攻めの憲法政策論を展開するとして、いわゆる創憲論を提唱し、軍事力強化を目指す改憲には反対する姿勢を示しつつ、「我が国の将来、世界の将来を改めて考える憲法論議には積極的に加わっていきたい」と語っておられました。ちょうど今、国会で初めて両院に憲法調査会を設ける国会法改正が成立し、次期通常国会から議論を始めるわけでありますが、そこにあなたの知的で論理的な弁舌が聞けないのは、まことに残念であります。  また、あなたは、朝鮮民主主義人民共和国への自民党・社会党合同訪問団の社会党側事務局長を務める一方で、現職の日本社会党委員長として初めて大韓民国を訪問するなど、朝鮮半島問題に並々ならぬ意欲を持っておられました。今、朝鮮半島と日本の関係は極めて重要な場面に差しかかっており、日朝間に正しい関係をつくり上げ、日本周辺の北東アジアに平和を構築するため、あなたの活躍が必要でありました。  山花さん、私たちには、新時代の日本の進路を定める上で、もっと意見を闘わせながらまだやらなければならないことが山積していたのです。私は、好敵手を失い、まことに残念です。  山花さん、あなたは、ことしの五月の連休、外遊を取りやめ、関西に家族旅行をされたと伺いました。あなたは、御両親と同様に、奥様の良子さんと労働運動の現場で出会われましたが、良子さんはかつて、仕事一辺倒だったあなたを見かねてか、「六十歳になったら政治家を引退してほしい」とおっしゃっておられたそうです。五月の関西旅行は、公人より私人を優先された最初で最後の機会でありました。  今はただ、御遺族の皆様に心からお悔やみを申し上げ、故人の御冥福を祈るばかりであります。(拍手)      ――――◇――――― <0005>=岸田文雄君= 議案上程に関する緊急動議を提出いたします。  肥田美代子君外二十名提出、子ども読書年に関する決議案は、提出者の要求のとおり、委員会の審査を省略してこれを上程し、その審議を進められることを望みます。 <0006>=議長(伊藤宗一郎君)= 岸田文雄君の動議に御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 <0007>=議長(伊藤宗一郎君)= 御異議なしと認めます。     ―――――――――――――  子ども読書年に関する決議案(肥田美代子君外二十名提出) <0008>=議長(伊藤宗一郎君)= 子ども読書年に関する決議案を議題といたします。  提出者の趣旨弁明を許します。肥田美代子君。     ―――――――――――――  子ども読書年に関する決議案     〔本号末尾に掲載〕     ―――――――――――――     〔肥田美代子君登壇〕 <0009>=肥田美代子君= 私は、自由民主党、民主党、公明党・改革クラブ、自由党、日本共産党、社会民主党・市民連合、無所属の会、さきがけを代表し、ただいま議題となりました子ども読書年に関する決議案につきまして、提案の趣旨を御説明申し上げます。  人は、言葉で考え、表現し、人類の歴史を紡いできました。憂慮すべきことは、それが今、新しい世紀を担う子供たちの世界から失われつつあることです。キレるという表現に見られる衝動的な行動は、対話による問題解決の力が低下していることを示しております。  読書は言葉を獲得する有効な手段であります。子供が本を読む国の未来は輝くことを信じ、西暦二〇〇〇年を子ども読書年とすることとの本院の決議は、まことに意義深いものがあると存じます。  以上が、本決議案を提案する趣旨であります。  次に、案文を朗読いたします。     子ども読書年に関する決議案   わが国をはじめ世界七十一か国の元首、首脳が国際連合の「子どものための世界サミット」に集い、「子どもを政治の最優先に」と誓い合ってから、やがて十年が経過する。しかし、この誓いが、いまだ十分に果たされていないことは、世界の子どもたちの現状をみれば明らかであり、わが国はもとより、国際間のさらなる努力が求められている。   わが国は、平成十二年(西暦二〇〇〇年)五月五日の「こどもの日」に、ひろく世界の子ども文化に貢献し得る国立の国際子ども図書館を開館する。   本とふれあうことによって、子どもたちは言葉をまなび、感性を磨き、表現力を高め、創造力を豊かなものにし、人生をより深く生き抜く力を身につけることができる。   政府は、読書の持つ計り知れない価値を認め、国立の国際子ども図書館が開館する平成十二年(西暦二〇〇〇年)を「子ども読書年」とし、国を挙げて、子どもたちの読書活動を支援する施策を集中的かつ総合的に講ずるべきである。   右決議する。 以上であります。  何とぞ、議員各位の御賛同を心からお願い申し上げます。ありがとうございました。(拍手)     ――――――――――――― <0010>=議長(伊藤宗一郎君)= 採決いたします。  本案を可決するに御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 <0011>=議長(伊藤宗一郎君)= 御異議なしと認めます。よって、本案は可決いたしました。  この際、内閣総理大臣から発言を求められております。これを許します。内閣総理大臣小渕恵三君。     〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕 <0012>=内閣総理大臣(小渕恵三君)= ただいまの御決議に対しまして所信を申し述べます。  御指摘のように、世界の子供たちのために、さらなる国際的な努力が求められており、我々も最善を尽くしていく必要があると考えているところであります。  次代を担う子供たちが健やかに成長していくために、子供たちの体験活動の機会の充実を図ることが重要であり、中でも読書は、伝統的な文化遺産を継承するとともに、子供にとって豊かな感性や情操、そして思いやりの心をはぐくむ上で大切な営みであります。今日の子供は読書量が減少していると指摘される中で、政府といたしましても、関係者と手を携え、子供の読書の振興を図ることが肝要であると考えております。  政府といたしましては、ただいま採択されました御決議の趣旨を体し、関係各界の理解と協力を促すなど、この子ども読書年が、来るべき二十一世紀に世界に羽ばたく子供たちの健全な育成に向けた国民的努力の一層の契機となるよう、取り組みを進めてまいる所存でございます。(拍手)      ――――◇――――― <0013>=議長(伊藤宗一郎君)= この際、暫時休憩いたします。     午後一時二十六分休憩      ――――◇―――――     〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕