盗聴法ニュース 第9号

1999年6月15日
発行責任者
衆議院法務委員会委員 枝野幸男 保坂展人
参議院法務委員会委員 中村敦夫 福島瑞穂

参議院では今会期の延長が議論されています

シリーズNo3 盗聴法ここが問題だ

1 令状請求の疎明資料を裁判所保管に

現在の令状実務では逮捕や捜索押収のための令状請求のために警察が裁判所に提出している疎明資料は裁判所に保管されず、警察に返されてしまいます。ですから、事後的に令状の発布を争う際にも不服を申し立てるものはこの疎明資料を見ることができません。令状の請求・発布が適正に行われているかどうかを事後的にチェックできるようにするため、疎明資料は裁判所に保管することにすべきです。

2 歯止めないFAX・メールの盗聴

 電話については一応警察は無関係な通話は聞かないということを建前としています。しかしファックスや電子メールについては法務当局の説明でも無関係な通信を除外する手段がなく、結局すべて傍受して、すべてが警察のファイルに記録されることとなることは防ぎようがないのです。
 インターネットのプロバイダーなどの場合も常時立会人が立ち会うこととなっていますが、日常的な業務に対する支障やネットワークそのものの信用の低下など深刻な影響が危惧されています。

3 メディア・ジャーナリストに対する盗聴は取材源秘匿の原則に違反する

 法案は医師や弁護士の業務上の通話については傍受の対象から除外しています。しかし、メディア・ジャーナリストに対する盗聴は除外されていません。ジャーナリズムには様々な団体からの内部告発の電話があります。犯罪の内幕に対する取材も報道の目的のために必要とされる場合もありえます。しかし、メディアに対する盗聴が可能となれば取材源秘匿の原則が揺らぎ、報道・取材の自由の基盤が揺らぐ可能性があります。新聞労連、民放労連、出版労連、日放労などの労働組合は立法に反対の声を明らかにしました。さらに、6月10日には民間放送連盟も傍受の対象からメディアを除外するよう求めています。

4 NTT労働組合も法案反対の要請書を提出

 NTT労働組合は6月7日に民主、社民、公明の各党に対して「通信傍受法案はプライバシーの権利や通信の秘密といった基本的人権を侵害する恐れがあり、」「傍受の範囲が一方的に拡大される」として法案そのものに反対する要請書を提出しました。また、NTT職員が電話盗聴の立会人となることを予定されていることに関して、「社員としての責任の重さと過度の負担などが強く懸念され、民間人としての関与の域を超えたものである」として、NTT職員を立会人から外すことを求めています。NTTの最大労組のこのような意見表明は法案に根本的見直しを迫るものといえるのではないでしょうか。

<他の二法案にも重大な問題が>

1 立法の根拠が不明確

 通信傍受法案以外の組織犯罪の重罰化やマネーロンダリング、証人保護規定などの問題点を解明することも参議院審議の重要な課題です。組織犯罪の重罰化は刑法の個人責任の原則に例外を作ろうとするものです。なぜ、このような広範な犯罪について重罰化が必要とされるのか明らかではありません。また、マネーロンダリングの規制は広範な犯罪についてマネーロンダリングの規制が必要なのかという根本的な問題点から明らかにしていく必要性があります。

2 金融機関の疑わしい取引の届け出義務は経済的な混乱を招きかねない

 金融機関に「疑わしい取引の届け出義務」を課すことは、金融取引の萎縮と無用な混乱の原因となりかねません。完全に合法的な営業活動を「不法収益による経営支配の罪」等の名目で取り締まることを認めることは企業の経済活動に不測の打撃を与える可能性があります。金融機関の届け出義務はアメリカでは銀行などの経済界の声によってその実施が棚上げされています。今日本の銀行業界は不良債権処理に関して社会的な批判にさらされ、発言権を失っています。しかし、犯罪捜査のために金融秩序まで破壊してしまうことは日本経済と国民生活を防衛するという観点からも問題があるのではないでしょうか。

3 弁護人依頼権を侵害するマネーロンダリング規制

 犯罪収益収受の罪が弁護士報酬に適用された場合に、私選刑事弁護を受ける権利に重大な影響があります。マネーロンダリング規制によって導入される犯罪収益収受罪は弁護士報酬にも適用されるものであることを法務省ははっきりと認めています。被告人や家族から弁護士費用を得て行なう私選弁護は、刑事弁護の基本です。しかし、この法案の成立によって経済的な収益が考えられる犯罪については犯罪収益収受の罪による逮捕を覚悟しなければ私選弁護を引き受けることはできません。政治家の収賄罪も弁護士の引き受け手がなく、国選弁護人が弁護することとなるでしょう。実はこのような事態がアメリカでも既に現実に発生しているのです。アメリカでは逮捕直後から国選弁護制度が整備されています。そのような米国でもアメリカ連邦最高裁判所は1989年6月22日の判決でこのような規制の合憲性を5対4で肯定しました。しかし、4名はマネーロンダリング規制が弁護人依頼権と適正手続の保障に反するとしているのです。日本には被疑者に対する国選弁護制度すらありません。このような制度を導入することは刑事弁護の否定といわなければなりません。

4 証人保護規定は匿名証人の認容と暗黒裁判への道

 刑事訴訟法改正案では証人の保護のため証人の住所などの一定の事項について裁判所が尋問を制限することができること、検察官が開示した証拠の内証人の住所を被告人や関係者に漏らさないよう求めることができるとされています。このような規定は弁護内容を検察官と裁判所のコントロールの下に置き、最終的には匿名、覆面証人を認める暗黒裁判へとつながるものです。

<国際的な圧力は実際に存在するのか>

 法務省は6月のFATF(先進国だけで作る「資金洗浄に関する金融活動作業部会」)の国際会議までに法案を成立させなければならないと法案成立を急ぐ理由を説明しています。マネーロンダリングや、盗聴制度の立法化は日本が組織犯罪の抜け穴になることのないよう、国際機関からの強い要請によるものだというのです。しかし、それは事実に反します。
 法務省が国際機関からの要請としてしばしば引用するFATFの改訂された「40項目の勧告」があります。しかしこの勧告は条約ではなく、法的な拘束力はありません。さらに、序文5項では勧告は「措置の柔軟性を認めつつ、各国がそれぞれの状況および憲法の枠組みにしたがって実施すべきものである。」とされ、各国の独自性を認めているのです。そして、この勧告の中には盗聴制度を義務付けるような規定はありません。

 1999年4月28日から5月3日まで国連ウィーン代表部で「国境を越える組織犯罪防止条約」の審議が行われました。その状況をつぶさに傍聴した日弁連代表団の報告によれば刑事司法の諸原則に重大な変更を迫るマネーロンダリングなどの組織犯罪対策が話し合われていますが、その実施範囲については各国とも慎重のようです。条約の対象を国境を越える犯罪や組織的犯罪に限定する方向もはっきりとしています。

 また、この現在審議中の条約の中にも加盟国に盗聴制度の採用を義務付ける規定は含まれていません。まして、法務省の提案しているような組織犯罪に限定されない盗聴制度の採用に関する国際的な要請など全くないのです。少なくとも、この条約の採択を待って、その批准と国内法化を図る法制定を議論することで国際的な責務を十分果たすことができるのです。日本が組織的犯罪対策を怠っているというような批判は虚構にすぎません。