盗聴法案 Q & A

Last Modified on: Friday, 25-Jun-1999 11:23:58 JST

ここにない質問があれば priv-ec@jca.apc.org まで。


Q.捜査機関が会話を聞くだけで口外しなければプライバシーは侵害されないのでしょうか?

[図]プライバシーはのぞいてはいけないA.プライバシーは人間の人格に深く結びついた権利です。私生活をのぞかれるだけで私たちの人格的利益は深く傷つけられます。

例えば、風呂に入っているところをのぞかれれば、それが公表されなくても安心して私生活を営むことはできません。一家団欒の場を他人にのぞき込まれるのだってとてもイヤなものです。電話や電子メールの中には、悪いことではなくても他の人には知られたくない内容がたくさん含まれています。

これらを盗聴することは、公表されなくてもプライバシー侵害となります。

Q.盗聴法案によれば犯罪と関係ない一般の人の会話も盗聴されるのですか?

A.むしろ、犯罪と関係ない人の会話が盗聴されることのほうが多いといえます。次のような例を考えてみましょう。

例.1
家族の中に真面目な妹と少し道をはずした兄がいたとします。不幸にも兄がピストルを不法に入手したり、覚醒剤に手を出すなどの犯罪の容疑を受けると、この家の電話が盗聴されます。その結果、真面目な妹と友人・恋人の会話も盗聴されます。
妹はもちろんですが、その友人・恋人はまったく犯罪とは関係がありません。

例.2
一般に企業で使われているビジネスフォンではたくさんの電話回線を社員が共有するかたちで使用しています。そこで社員の1人が万一、覚醒剤に手を出したり、テロ的色彩があるカルト集団に入ってしまうと、その社員が使用する可能性がある電話ということでその会社のビジネスフォンにつながっているすべての回線が盗聴されます。犯罪とは関係がない多くの一般社員の会話が盗聴され、企業情報の多くが捜査機関の耳に触れてしまいます。
同じような電話の仕組みが独身寮などで使用されている場合は、その寮生の1人が容疑者になるとほかの寮生の友人・恋人などとの会話も盗聴されます。
[図]ビジネスホンで企業の情報が警察に渡る

Q.犯罪と関係ない会話のときは盗聴をやめるそうですが?

A.会話の内容はどんどん変化するのがふつうです。さっきまで遊びの話をしていたのに、次の瞬間には仕事の話をするという具合です。そのため、捜査員が熱心であればあるほど「次に犯罪のことをいうかもしれない」と盗聴を続けることになります。
また、犯罪関連通信では、犯罪者たちは盗聴されていることを前提に、通常の会話に偽装した通信を行うと予想されます。捜査機関もこうした偽装した通信が行われることを前提に盗聴しますから、「デートの約束をしているけれども、実は、取引の約束かもしれない」とか、「ラーメン屋への出前の注文にみせかけて実は覚せい剤を注文しているのではないかなどいくらでも疑えることになり、結果的に全く無関係な通信の盗聴が続けられることになります。
したがって盗聴を途中でやめることを期待するのはむずかしいでしょう。

Q.盗聴には立会人が付くそうですが、この人が不当な盗聴を止めてくれるのですか?

A.盗聴は捜査員がヘッドホンをつけて行い、立会人はその内容を聞くことができません。また、立会人にはどのような犯罪で盗聴するかも知らされません。要するにその場にいるというだけです。

したがって立会人は不当な盗聴の歯止めにはなりません。

Q.盗聴された人には後から連絡が来るのでしょうか?

A.ほとんど来ません。盗聴法案では盗聴内容を裁判に使用するなど刑事手続きで使用する場合のみ本人に通知することになっています。容疑者以外の家族・身近な人の会話も盗聴されますがその人たちやその電話の相手には全く通知されません。また、住所がわからなければ通知しなくてよいことになっているので、本人にさえ通知されないこともあります。

盗聴以外の刑事手続きでは間違いを是正するため不服申し立ての手段が認められています。憲法の適正手続きの保障は、このような不服申し立ての機会も保障しているのですが、盗聴に関しては無視されています。

Q.この盗聴法案にはナチスや戦前の全体主義時代の考え方が含まれているといわれていますが?

A.犯罪は実行される前に阻止するのが有効であることはいうまでもありません。しかし、犯罪のおそれがあるというだけで強制捜査が行われると大きく人権が侵害されます。なぜなら「犯罪のおそれ」というのはとてもあいまいだからです。例えば友だちと些細なことで口論になって思わず「ぶっ殺したる〜〜」と口走っただけでも「犯罪のおそれ」があると判断されかねません。全体主義・独裁国家や戦前のわが国ではこの犯罪のおそれだけで身体を拘束する「予防拘禁」が認められ、実際にとてもあいまいな理由で多くの政治犯がその対象とされました。

この悲惨な歴史を反省して、現在では犯罪の事前防止が大切なことは当然ですが、強制力は現実に犯罪が行われたというはっきりした時点以後に行使するのが、自由主義国の刑事訴訟法の大原則になっています。事前の犯罪防止は、警察官の巡回など強制力のない方法に限ることで犯罪予防と基本的人権のバランスをとるのです。

ところが、盗聴法案には限られた条件のもとですが、まだ実行されていない犯罪も対象になっています。この点がナチスや戦前のわが国の法律の復活またはその予兆とされています。

Q.盗聴はNTTなどの電話会社の建物の中でおこなうのですか?

A.現在の電話の仕組みは私たちが考えている以上にコンピュータ化されています。むしろ国中の電話システム全体が一つの巨大なコンピュータ・システムだと言っても過言ではありません。そこで警察署の中にパソコンを一台もってきてこれを電話回線を通じてNTTなどの電話会社に接続するだけで盗聴を実施することができます。

逮捕された被疑者を警察署に拘束して取り調べる代用監獄制度が問題になっているのは「場所」が重要な意味を持つからです。それと同じことが盗聴でも生じます。自分たちのテリトリーである警察署の中での盗聴となればどうしても行き過ぎが生じやすいのです。また、その場合の立会人もNTTなどの電話会社の職員である必要もなくなります。

盗聴法案にはこれを禁止する規定がないだけでなく、通信事業者は機器の接続などについて協力する義務がありますから(法案11条)電話会社の人はこのような警察のパソコンへの接続にも応じなければならないのです。
[図]警察署の中で盗聴

Q.インターネットの電子メールの盗聴では関係ない人の電子メールも盗聴されるのですか。

A.インターネットの仕組みは複雑ですが、次のような場合は容疑者以外の電子メールも捜査機関の記録に取り込まれざるを得ません。その内容が犯罪に関係するかどうかとは全く関係なく全メールが捜査機関にわたり、それをどう利用するか、しないかは、捜査機関の判断に任されます。これはインターネットの仕組みとして避けることができません。

(1)企業が会社の中にメールサーバと呼ばれるメールを受発信するコンピュータを設置している場合に社員の1人に容疑がかかった場合。
電子メールはインターネットの世界から専用線と呼ばれる特殊な電話回線で一旦メールサーバで受け取って、メールサーバが各社員ごと(メールアドレス)に分類します。各社員はメールサーバに自分のパソコンを接続して自分のメールを取り出す仕組みになっています。
メールサーバと個々の社員との間は会社の中のLAN(ローカルエリアネットワーク)で結ばれています。法案では、不特定多数の通信を媒介する電気通信設備を備えていれば、通常の会社内でも盗聴できますからLANの盗聴も可能です(法案2条3項 3条3項)。しかし実際には、捜査員が令状を持ってやってくれば、盗聴の事実がたちまち社内中に知れ渡ることが多いでしょうから、容疑者はメールの使用を止めてしまいます。つまり、盗聴される人が勤務している建物内で警察官が盗聴することはむずかしいでしょう。そこで、警察官はメールサーバーに入る前の専用線を盗聴することになります。ところが、電子メールは受信しなければそれが容疑者宛かどうかわかりませんから、すべての電子メールを盗聴し、その場で捜査機関のハードディスクに記録されます。また、あまりよく知られていないのですが、電子メールでは宛先も内容も一つのデータに入っています。ハガキとよく似た仕組みです。このため、会社宛に来る電子メールの内容はすべて捜査機関の手元に記録されます。企業の情報が捜査機関に対して丸裸になるひとつの場面です。
企業の電子メールは丸裸状態

(2)NTTのOCNエコノミーというサービスを使ってインターネットに接続しているパソコン等には個人や通信事業者以外の会社であってもメールサーバを設置できます。このメールサーバに友人などのメールアドレスを登録しているときにその設置者が容疑者となった場合。
その容疑者宛に来た電子メールを盗聴するためにはメールサーバに入る前の回線で盗聴しなければなりません。このためそのメールサーバを利用している友人などすべての電子メールが捜査機関の手に渡ります。

(3)プロバイダの社員が容疑者で社内からメールを受発信している場合。
インターネットの接続業者であるプロバイダの会員に容疑者がいる場合はプロバイダの建物の中で盗聴するのが原則です。しかし、プロバイダの社員が容疑者になったときは、捜査機関が盗聴に乗り込んでくれば、その社員はメールの受発信を止めてしまうでしょうから、プロバイダの社内で盗聴することは事実上効果がありせん。そこでそのプロバイダてはなく、そのプロバイダとインターネットを接続している回線を盗聴することになります。この場合にはそのプロバイダの全会員の電子メールが捜査機関にわたります。

Q.盗聴法案によってもっとも大きな影響を受けるのは企業だということですが?

A.盗聴法案は個人のプライバシーにも大きな影響を与えますが、企業の情報通信にも深刻な影響を与えます。その例が先に書いたビジネスフォンや電子メールですが、実はもっとほかにもあるのです。

一般にはインターネットでは電子メールとホームページが有名なのですが、元々インターネットという技術はコンピュータとコンピュータを接続するだけの技術であって、その接続するコンピュータの種類によっては実に様々なことができます。インターネットを使った電話・テレビ電話・テレビ会議など数えたらきりがないほどです。
[図]企業に普及するVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)
最近ではVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)という仕組みが普及しつつあります。本社・支社・工場・海外拠点などをインターネットで結んで企業内のビジネス情報のやりとりに利用するものです。しかし、これも社員の1人が容疑者になるとすべてが盗聴の対象になります。それらの各ポイントで受発信される情報は盗聴してみなければ犯罪に関係するかどうか分からないし、また、インターネットの仕組み上すべての情報を盗聴する以外に方法がないのです。

また、企業間で部品の仕入れ、商品の販売に利用する企業間の電子商取引は2003年には60兆円を超えるといわれていますが、その情報も盗聴されてしまいます。あるメーカーがどのような部品をどれぐらいの量を仕入れたかなどは企業秘密なのですが、その情報も捜査機関が入手できることになります。

そのほか、企業の新製品開発・企業戦略・M & A・リストラ(人事)などあらゆる企業情報が捜査機関の手に渡ることになります。

そのような膨大な情報では、分析するのが大変で捜査機関が使用できないのではないかという疑問があるかもしれません。しかし、すべてコンピュータのデータとして入ってきますから、コンピュータの検索機能や解析機能を使えば簡単に利用できます。

Q.コンピュータネットワークでは盗聴によってプライバシーや企業情報が捜査機関に大量に渡ってしまうのですが、これは今まで指摘されていないのですか?

A.コンピュータと社会の関係を考える人たちのあいだではかなり以前から問題があるとされてきました。日本で1977年に翻訳刊行された「監獄の誕生 監視と処罰」(ミシェル・フーコー著 田村俶訳 新潮社)は、コンピュータ・ネットワークはある種のカムフラージュされたパノプチコンを作り出すと主張しています。パノプチコンというのは18世紀に英国のジェレミー・ベンサムが言い出した最少の人数で全囚人を監視できる理想的な刑務所のことですが、コンピュータ・ネットワークを国家のなすがままにしておくとパノプチコンがコンピュータ・ネットワーク上に出現してまうというもので、コンピュータネットワークへの接続は自らの家庭に国家の盗聴手段を持ち込むようなものであるとされています(「バーチャル・コミュニティー」ハワード・ラインゴールド 会津泉訳 NTT出版参照)。また、1990年代はじめにはオスカー・H・ガンジー Jr. が、フーコーの論説を「パノプティック・ソート」という形でかなり詳しく拡張展開しています(「個人情報と権力」O・H・ガンジーJr著 江夏健一監訳 国際ビジネス研究センター訳 同文館出版刊)。

コンピュータ・ネットワークは世界中の人とのコミュニケーションを可能にする便利なものには違いありませんが、パノプチコンとしないために民主主義社会においては適切にコントロールしなければならないことがすでに1970年代から指摘されていたわけです。

Q.盗聴は社会に対してどのような影響を与えますか?

A.盗聴の問題のひとつは「盗聴されているかもしれない」という不安感です。犯罪と無関係な市民であっても、自分の周囲に見えざる容疑者がいれば盗聴されます。この結果「盗聴されているかもしれない」という不安感を生じます。そうすると自然に人に聞かれたくない会話は電話ではしなくなります。また、企業でも本当に秘密にしなければならない事項は通信を使ってコミュニケートすることを避けるようになります。

つまり、自由な言論とそれによる創造的活動や自由な経済活動が無意識的に抑制され、社会の発展が損なわれていきます。

Q.盗聴法案はCIAと関係があるという疑惑があるそうですが?

A.直接CIAとの結びつきを示す根拠はありませんが、米国が進めている世界的なスパイ用盗聴システムであるECHELONとの関係が懸念されています。

ECHELONというのは米国のNational Security Agency (NSA)という機関が推進している電子メール、電話での会話、ファクシミリ、衛星伝送、マイクロウェーブのリンク、光ファイバー通信などを盗聴するもので、政界・産業界・ジャーナリストなど幅広い分野を対象とする諜報用盗聴システムです。NSAは国防省に属する政府機関で、映画『エネミー・オブ・アメリカ』でその存在を知られるようになりましたが、この機関の大部分が機密扱いとなっており、全容は不明です。しかし、予算・職員数ともCIAをしのぎ、軍出身者が多数勤務していると言われています。米国はこのECHELONに協力するように各国政府に呼びかけており、英国・オーストラリアが受け入れを認めています。米国の呼びかけはEU諸国をはじめ多数の国に及んでおり、日本にだけ協力を求めないとは考えにくいでしょう。

通常このような諜報システムは極秘とされ、一般人が知り得ないものですが、次のようなEUの報告書や米国議会によって公知のものとなり、多くの国ではプライバシーの脅威と見られています。まず、昨年10月にEUは、ECHELONを適法な市民のプライバシーを恒常的に侵害するものとしています。また米国の議会は、そのプライバシー侵害の危険性からNSA及び法務長官に対して、ECHELONプロジェクトにおけるプライバシー保護について60日以内に報告するように求めています。

そこで米国の人権団体であるACLUのバリー・スタインハードさんが米国の情報公開法に基づき、盗聴法案について、日米政府の関係者のあいだで話し合いがあったかどうかについて公文書の開示請求を行いましたが、これに対して「CIAは、あなたの請求に係る記録の存在も不存在も確認することも否定することもできない。こうした情報は--中略--大統領令12958にもとづく国家安全保障の理由によって機密扱いとされる。こうした記録の存在、あたは不存在の事実はまた、直接諜報機関の情報源や情報収集の方法に関する情報と関わる」として情報の公開を拒否しました。

これは、いわゆる「グローマー応答拒否」と呼ばれる回答拒否で軍やCIAなどの情報機関が、その情報の存否を確認するだけで情報を開示した場合と同様に合衆国の国家安全保障に損害をもたらすとして、その情報の存在を肯定することも否定することも拒否する場合です。

この回答からは話し合いの存在は分かりません。むしろ、問題なのは、わが国の政府が盗聴法は純然たる犯罪捜査の手段としているにも関わらず、CIAは「直接諜報機関の情報源や情報収集の方法に関する情報と関わる」「合衆国の国家安全保障に損害をもたらす」と考えている点です。

この法案にはCIAが言う「諜報機関の情報」に都合がよい「予備盗聴」「歯止めにならない立会人」「記録のコピーの扱いの不明瞭」「犯罪に関連しない通信の削除が捜査機関の裁量」「コンピュータネットワークでの幅広い盗聴」などが含まれています。

Q.電話の会話以外の盗聴はむずかしいという意見もありますが?

A.盗聴法案が成立した段階で、すでに存在する仕組みを利用して直ちに実施できる盗聴としては、電話の会話があります。現在設置してある電話局の交換機をそのまま利用することができます。しかし、FAXをはじめそれ以外の通信の盗聴にはコンピュータのプログラムや器械を新しく作ることになります。その中には簡単に安くできるものもありますが、開発にかなりの費用を要するものもあります。そうはいっても、法案が成立すれば国の予算で開発することができます。数億円程度の機器の開発も国の予算からすればそれほど高価なわけではありません。また、お金さえかければ、高機能な盗聴器機の開発も可能です。インターネットなどのコンピュータ・ネットワークはこれからもどんどん発展し、さまざまな分野に取り入れられます。例えば、インターネット電話・テレビ電話・在宅看護・ホームセキュリティーなどなどは家庭と密接なつながりを持つことになりますが、それらのすべてについて盗聴器機さえ作れば盗聴が可能になります。

Q.電話盗聴よりもインターネットの盗聴のほうが無限定といわれていますが?

A.法案の3条1項は、盗聴の対象を「電話番号その他発信元又は発信先を識別するための番号又は符号によって特定された通信の手段」としています。電話では令状記載の電話番号について盗聴されますが、インターネットの盗聴はこの「符号」について盗聴されます。しかし、コンピュータはすべて「符号」で動くのであって、いわば「符号」の世界ですから「符号」というだけでは何を盗聴するのか分かりません。インターネットで不可欠なIPアドレスという符号について盗聴できるとすれば、プロバイダの会員の1人がテロ的カルト集団に所属していると、全会員の通信を盗聴することが可能になります。そして、コンピュータ通信では、その仕組み上すべての情報が一旦記録されます。

わが国の最大規模のプロバイダは約3百万人の会員を持っていますから、そこにたった1人の容疑者がいるだけで、捜査機関は3百万人のインターネット上の情報を入手することになります。それをどのように使うかは事実上捜査機関の自由な裁量にまかせられます。法案所定の刑事手続きにだけ使用する保障は何もありません。容疑者以外でも捜査機関が興味を持った人物がインターネット上のメールや電子会議、インターネット電話などでどのような言動をしているかをコンピュータを使って記録から簡単にチェックできることになります。個人のプライバシーの大きな脅威となるだけでなく、インターネットの信頼性がうしなわれ、インターネットの発展自体が損なわれるかもしれません。

インターネットの仕組みは複雑なため、これまであまり指摘されていませんでしたし、マスコミなども十分伝えていませんが、将来的には電話の会話よりも大きなプライバシーの脅威になる可能性があります。うがった見方をすれば、インターネットの知識が十分ではない市民やマスコミが気が付かない間に「符号」というコンピュータにとってはなんの特定にもならない言葉を忍び込ませて幅広い盗聴を可能にしようとしているとも考えられます。

Q.電話番号の特定だけでインターネットの盗聴もできるのでしょうか? その場合はメールアドレスの特定と比べて、どのような問題がありますか?

A.法務省や与党は、電話を盗聴する場合は電話番号、電子メールの場合は、受信者か発信者のアドレスで対象を特定し、プロバイダのサーバから取りだすかのように言っていますが、法案にはそのように限定する明文はありません。電話番号が特定できれば、電話回線を通るモデムの音でインターネットの利用も盗聴できるので、NTTの局内で盗聴する方法も可能です。

この場合には、この特定された電話番号をつかうインターネットの通信をすべて一旦警察の盗聴用のコンピュータに保管し、その中から、対象者の通信だけを選別することになるでしょう。たとえばある家で、太郎さんと花子さんがインターネットのアドレスを持っていておなじ回線を使っている場合、たとえ令状に太郎さんの名前しかなかったとしても花子さんの通信も無条件で一旦警察の記憶装置に記録されます。

このような無関係盗聴をしないというのであれば、電話番号の令状には内容が識別できる自然言語(人間の喋る言葉)しか記録してはならない、と法律に明記すべきです。こうしたことは、法務省や警察庁も技術的な検討を加えていて百も承知なのですから、法案に明記しないのは、意図的に無関係通信の盗聴をやりたいと考えているとしか思えません。

Q.「主要先進諸国では盗聴制度が整備がされており、このまま放置しておけば、日本が組織犯罪の"抜け道"となりかねず、組織犯罪対策の強化は、国際社会からの強い要請でもあります」という政党がありますが?

A.主要先進国の盗聴立法の性格はさまざまであり、例えばフランスの場合は、それまで盗聴が無制限に行われ、あまりにも人権侵害の弊害が著しいのでプライバシーを侵害する盗聴を抑制するために立法されています。わが国の盗聴法案のような積極的なものではありません。また、各国によって犯罪の状況は異なりますから、外国がやっているからわが国もという性格のものではありません。

わが国が組織犯罪の”抜け道”となるとの見解は詭弁です。例えば、米国とドイツのあいだの国際的犯罪組織の通信をわが国を経由させたとしても、両国で盗聴していれば、”抜け道”にはなりえません。

さらに組織犯罪については、国際会議が始まったばかりであって、現時点では何も決まっていません。盗聴捜査についてはまだ審議もされていません。「国際社会の強い要請」とというのは海外の事情に明るくない国民に不確かな情報を流していると言われても仕方がありません。[図]組織犯罪に関する国際会議は始まったばかり

Q.盗聴したことを通知しないほうが被疑者の利益になるという見解を出している政党がありますが?

A.国民は「知らぬが仏」でいれば良いという古い考え方と言えます。意に反し会話の内容を盗聴されること自体が人権侵害であり、憲法の適正手続きの保障(憲法31条)の元では通知した上で不服申し立ての機会を与えることが必要です。被疑者の利益は不服申し立ての中で法的に主張されてこそ適切に守られるものであって、隠すことが被疑者の利益とは言えません。
われわれ市民には知る権利があります。また、それでこそ、違法な盗聴の市民によるチェックが可能になります。そして、容疑者と同じ電話を使った人やその友人、取引先の盗聴されることの不利益は何ら考慮されていません。

Q.「警察が信頼できないので、プライバシーを侵害するおそれのある通信傍受を認めるべきでない」との意見に対して「国民が警察を信頼していないと言う指摘は、事実に反する」という政党がありますが?

たしかに市民が警察を信頼することは望ましいことです。しかし、市民に信頼されるべき警察が、実際には信頼できないという声があることは事実です。また、警察官の不祥事も残念ながら後を絶ちません。

しかし、問題はそこにあるのではありません。国家の仕組みにおいて信頼は濫用の温床です。特に刑事手続きでは国民の人権を侵害するおそれが高いため、単に法律で手続きを定めるだけではなく、手続きの内容自体が人権侵害のおそれがない適正なものであることが必要です。これが適正手続きの保障です(憲法31条)。

信頼に依存した刑事手続きを作ることは、この適正手続きの保障に反します。捜査機関が信頼を裏切った場合の人権侵害が大き過ぎるだけでなく、人権侵害が起きない保障がありません。すなわち、信頼関係があるなしに関わらず人権侵害のおそれがない手続きの保障が憲法の要請です。この法案では、犯罪に関連するか否か、盗聴記録の削除、盗聴内容の別件への利用など多くの点が警察官が裁量を適正に行使するだろうという信頼にゆだねられており、憲法の「適正手続きの保障」に反するものです。

また、このように信頼に依存した制度を先年の共産党国際部長宅違法盗聴をおこなった警察に委ねるのは一層危険です。過去の違法な盗聴を頑として認めないようでは、信頼以前の問題です。

「警察が信頼できるかどうか」という議論は問題のすり替えといって良いでしょう。



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