子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
960611 暴行傷害 2003.7.1新規
1996/6/11 愛知県北設楽町の全寮制の私塾・「黄柳野(つげの)塾・設楽」の塾内で、塾生のAくん(15)が、塾生2人に殴られて頭に大けが。
経 緯 1996/4 Aくんが入塾。
Aくの行動がゆっくりしていること、内向的なこと、仲間に迷惑をかけてもなかなか謝らないことから、入塾当初から、いじめが始まり、塾生からくり返し暴行を受けていた。

6/11 Aくんが仲間のギターを壊しても謝らないことから、塾生2人に殴られ、頭に大けがをした。一時、意識不明の重体になる。病院で、全身に打撲跡があったことから、事件が発覚。
警察の対応 愛知県警少年課の事情聴取の結果、直接大けがをさせた2人以外にも6人が、数日前に暴行を加えていたことが判明。2人を傷害、残る6人を暴行行為の容疑で書類送検。
塾の対応 5月の連休明けから3回、全塾生を集め、「暴力はいけない」と3回にわたって、説いていた。
6/10 事件の前日も、塾のスタッフや塾生が集まり、いじめをなくすための話し合いをもっていた。
背 景 1995/4/ 全寮制の私塾・「黄柳野(つげの)塾・設楽」は、不登校や中途退学など学校になじめない子どもを受け入れる兄弟校の黄柳野高校の入学試験にパスできなかった生徒の受け皿として開設。
黄柳野高と同様、生徒の個性を重んじるという「人間教育」を理念として掲げていた。
15歳から17歳の男子が、2人のスタッフ(指導員)の下で、農作業を中心とする共同生活をしていた。
その他の事件 1996/4/15 午前1時頃、別の寮生Hくん(高2・17)が、同学年の寮生3人から暴行を受け、全治1カ月のけがを負っていた。
発端は、X(16)がY(16)から、「おまえはおれの舎弟だとHが言いふらしている」と言われ、Hくんを起こし、寮の談話室に連れていき、Z(18)も加わって、真意を問いただした。Hくんが「知らない」と否定したところ、3人は寮内やテニスコートで無抵抗のHくんの顔を殴るなどして、口の中を11針縫うけがをさせた。
Hくんは5月初旬に復学。3人の生徒は7月までに自主退学した。被害届が出されなかったため、事件は表面化しなかった。
参考資料 1996/7/14毎日新聞・夕刊(月刊「子ども論」1996年10号/クレヨンハウス)、1996/9/19中日・夕刊(月刊「子ども論」1996年12号/クレヨンハウス)



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