子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
941029 いじめ自殺 2000.9.10.
1994/10/29 鹿児島県出水市立米ノ津中学校の舩島洋一くん(中3・14)が、自宅の庭の木で首吊り自殺。
経 緯 夏休み前に、顔に怪我をしたり頭に大きなコブをつくって学校から帰ってきた。三者面談のときに担任に話すが、解決策はとられなかった。

洋一くんの訴えに、担任はいじめがあったかどうかをクラスでアンケートをとるが、何も出てこなかったため、みんなの前で洋一くんに謝らせた。
学校・ほかの対応 人権擁護委員会に訴え法務局が動くが、学校が情報を出さないためにわからない。「いじめ、認めず」と結論。遺書がないことから、校長は「怪我をさせた子はわからない、学校ではいっさい何もなかった」といじめを認めず、謝罪もなし。

校長は生徒に、「本当のことを言えば舩島くんのうちにとっても学校にも大変なことになる」と箝口令を敷く。
アンケート 生前のアンケートも、洋一くんの死後3年生全員にとったアンケートも開示せず、何もなかったから処分したと発言。アンケートに、「洋一くんはいじめられていたと書いた」という女生徒の証言もあるが、学校側はいじめは一切なかったと断言。 
学校・ほかの対応 PTA会長はもみ消すのに必死。会合で洋一くんのことで父母から意見が出るが、「定刻がすぎたので、意見のある方は校長室へ」と言って父母全体から切り離す。
その後 洋一くんの死後も、子どもたちはいじめにあっている。いじめられて意識不明になったり、ぶたれて病院にかつぎ込まれた子がいる。
参考資料 『せめてあのとき一言でも』/鎌田慧/1996年10月草思社



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