子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
930707 いじめ自殺 2000.9.10. 2002.5.12更新
1993/7/7 京都府八幡市で、市立男山中学校の武部誠くん(中2・13)が、市内の空き家で首吊り自殺。
遺書・ほか 「一ヶ月後に殺したる」という自筆のメモがあった。
「ぼくなんかうまれてこなきゃよかったんだ」などと書かれた小学校時代の日記を男子生徒の死から約1週間後発見。
経 緯 生徒からは、使い走りをさせられたり、パンツ姿で廊下に立たされたり、「ボクシングごっこ」と称して殴られたりしていたとの声があがっている。
学校・ほかの対応 学校は「いじめの事実はない」と否定。
関 連 事件後、「だれがいじめたのか」とうわさが飛び交うなか、「Aくんが死に追いやった」とのうわさを流したとして、女子生徒がAくんの両親から謝罪を迫られた。少女は身に覚えがないとして、教師や自分の父親の目の前で校舎2階の職員室から飛び降り自殺未遂。
学校・ほかの対応 京都弁護士会・子どもの権利委員会が「人権救済の申し立てになる事案」として本格的調査に乗り出す。
その後 父母らが暴力追放運動をはじめる。
参考資料 いじめ・自殺・遺書 「ぼくたちは、生きたかった!」/子どものしあわせ編集部・編/1995年2月草土文化、ほか



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