子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
891215 いじめ自殺 2005.7.新規
1989/12/15 福岡県福岡市東区で、中学校の光安真由美さん(中3・14)が列車に飛び込み自殺。
遺書・ほか 遺書には同級生数人の名前をあげて「学校で殴られたり、いじめられた 体が痛い」「死にたい」「22日までに十万円を用意しろといわれた」「おじいさんの財布から1万3千円を抜き取りました。ご免なさい」など書いてあった。
経 緯 1人の肉親の葬儀の際の真由美さんの行動が発端で仲違い。

12/13-14 女子生徒らは、真由美さんを自宅から呼びだして、顔や腹を殴ったり、けったりした。
被害者 真由美さんの遺体には、殴られたとみられる多数のあざが見つかった。
保護者の認知と対応 12/14 真由美さんが、殴られたように顔をはらして帰宅したため、家族が問いただしたが、「チカンにつけ回された」と答えた。
長かった前髪を眉毛のうえまでばっさり切ったことについては、何も答えなかった。
学校・ほかの対応 学校側は、「信じられない」「全く気づかなかった」と言う。
担任の男性教師(32)は、「自殺には全く心当たりがない」とし、「数日前に声をかけたときもにっこり笑って、何かに悩んでいる様子はなかった」と話した。
加害生徒 加害者として遺書に名前のあった女子生徒は、A子さんと仲の良い友だちで、運動会や修学旅行で一緒に写真を撮ったり、コンサートに一緒に行ったりしていた。
1990/2/4 同級生5人を書類送検
背 景 同校では一部の生徒たちが髪を金色に染め、毎日のように大幅に遅刻。教師の生徒指導はうまくいっていなかった。
3年生の数人の生徒が他の生徒から金品を恐喝することも珍しくはなかった。
参考資料 1989/12/16西日本新聞・夕刊(月刊「子ども」1990年2月号/クレヨンハウス)(月刊「子ども論」1997年3月別冊号/クレヨンハウス)、1990/2/4讀賣新聞(月刊「子ども」1990年4月号/クレヨンハウス)、ほか



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