子どもたちは二度殺される【事例】



注 :
被害者の氏名は、一人ひとりの墓碑銘を私たちの心に深く刻むために、書籍等に掲載された氏名をそのまま使用させていただいています。ただし、加害者や担当教師名等については、個人に問題を帰すよりも、社会全体の、あるいは学校、教師全体の問題として捉えるべきではないかと考え、匿名にしてあります。
また、学校名については類似事件と区別するためと、隠蔽をはかるよりも、学校も、地域も、事実を事実として重く受けとめて、二度と同じ悲劇を繰り返さないで欲しいという願いを込めて、そのまま使用しています。
S.TAKEDA
851120 いじめ自殺 2001.9.20 2001.12.7更新
1985/11/20 東京都大田区立羽田中学校亀田千春さん(中2・13)が高層マンション10階の自宅ベランダから投身自殺
遺 書・ほか ベランダの手すり近くにスリッパとともに並べて置いてあった大学ノートに遺書が書いてあった。

「私は、もう生きてゆけません。なぜならば、A子さんが私をこきつかい、友達まで、せいげんしてしまったのです。もう学校にいくのがつらいのです。しゃていしゃていといわれとてもつらくかなしかったのです。
しゃていにされた理由は好きな人をおしえなかったからです。それでむかつくなどといわれしゃていになりました。
B子さんは、私の性格がわるいのでむかつくといわれました。十一月二十一日の放かごタイマンをはれといわれました。
そして先生や三年のせんぱいにちくったら、ただではすまないといわれました。
私のほかにもしゃていの人がいっぱいいます。A子さんやB子さんたちがぜんぶしたことです。
きいてもゆわないかもしれないけど、むかつく人をなぐったりしています。

でも○○や○○、○○、○○たちがとてもやさしくしてくれました。いつもとても楽しかったけど。○○ちゃん。ごめんなさい。
もう生きていてもいやな毎日ばかりで。むかつくとかいわれ たえきれません。
高校にもいけないと思うし。
おやふこうですが、ゆるして。ごめんなさい。
人にはいえなかったのです。どうしても。
いじめられてる人しかわかりません。

○○○美もB子さんのしゃていです。どうかすくってあげて下さい。
ごめんなさい。○○せんぱいや○○せんぱい。そして○○せんぱいがいろいろそうだんにのってくれたし。ありがとうございました。
こんなことしてもしょうがないけど。おいつめられてしまって、もうにげられなくなってしまったのです。
○○さんもそうだんにのってくれて。うれしかった。
でももうかくしごとはいやになりました。
M先生には本当にめいわくをかけてしまい本当にごめんなさい。
N先生もとてもやさしかった。私はばかでべんきょうができないから、チャラチャラしたことしかできなかったけど。みんなをふこうにしたくありません。
てっていてきにA子とB子をついせきして下さい。じゃないとみんながかわいそう。
こんなことしてうれしいのかわからないけど。にどとしてほしくはありません。
わるいことはしたけど、でもぶっとばしたりは、しませんでした。
みんないえないからかくしているけど、私はもうそんなのいやなのです。

だから私が死ぬりゆうは、A子とB子のせいです。こんなことしかできないけど。みんながしあわせになれればそれでもかまいません。
ねっからのわるい人ではないのですが、私はあたまにきています。
もういじめなんてしてほしくはありません。あまりにひどすぎるのです。
本当にごめんなさい。ごめんなさい。みんなゆるしてください。
調 査 1985/8/上旬 夏祭りの夜、A子らつっぱりグループから千春さんは、他の生徒とけんかするよう要求されたが、断った。
9/ 2学期に入ってから、千春さんは「舎弟」にされた。
10/ 中旬から、グループを避けるようになったため、「なぜ、舎弟のくせに私たちを無視する。放課後、けんかしよう」などと脅されたりしていた。
10/ 中旬、女子生徒とともに補導された男子生徒2人は、A子らが「あいつは言うことをきかないので、むかつく」と言っていた女生徒を呼びだして、殴る、蹴るなどし、7日間のけがを負わせていた。
いじめの態様 「舎弟」にされた生徒には、
(1)毎朝、登校したときに、あいさつを強要。敬語を使うよう強要していた。
(2)他の仲良しグループなどとの交際を制限する。
(3)授業で教室を移るとき、学用品などの荷物を運ばせる。
(4)体育着などを洗濯させたり、自分たちに割り当てられた掃除をさせる。
(5)授業の時、ノートをとらせる。
(6)買い物などの雑用を言いつける。
などを押しつけていた。
これらに従わないときには、「タイマンをはらせる」といって、生徒間同士でけんかを強要していた。
加害者 A子(中2・14)ら女子生徒11人は、つっぱりグループを形成していた。内5人は使い走り。
6人の生徒は、同級生20人を「舎弟」という名前で自分の子分にしていじめていた。
1985/10 つっぱりグループは、「舎弟」にした同級生らを校内の階段踊り場や教室内に呼びだして、暴力をふるうなどのいじめをしていた。
背 景 羽田中学校で、この3年間に、警察が補導した事件だけでも、対教師暴力が6件、生徒間暴力事件が4件起きていた。
警察の対応 1986/1/10 警視庁少年1課の「いじめ特別補導班」と鎌田署は、千春さんの遺書を元に、名指しされていたA子、B子らから事情聴取。A子を含む2年生13人を補導(女子11人、男子2人)。使い走り役だった5人の生徒に注意処分。6人の生徒を、千春さん以外の生徒を殴ったり蹴ったりしていた疑いで、書類送検。2人を品川児童相談所に書類通告。
ただし、千春さんの自殺に結びつく立件はできなかった。 
参考資料 『いじめ・自殺・遺書』「ぼくたちは、生きたかった!」/子どものしあわせ編集部編/1995年2月草土文化、『醒めない夢 金属バット事件から女子高生監禁殺人事件へ』/青木信人/1991.3.20太郎次郎社、「いじめ問題ハンドブック」/高徳忍著/1999.2.10つげ書房新書



ページの先頭にもどる | 学校に関する事件・事故 1 にもどる | 学校に関する事件・事故 2 にもどる

Copyright (C) 2000 S.TAKEDA All rights reserved.