『ユタカノキ』     (22号掲載)

高橋 和奈枝



 毎晩、勉強机にむかう子どもたちに英語や数学を教えている私が言うのも変だなぁと思うのですが、机の上の学びももちろん大切ですが、机から一歩はなれて、新しい人々と出会ったり、新しいことに挑戦したりするなかにも、すてきな学びがいっぱいかくれていると思います。この『ユタカノキ』という私の初めての作品を発行してくださった「校舎のない学校」もそんな学びがいっぱいあふれる学校です。この絵本はそんな方々に支えられ助けられながら完成しました。

 さて、私がなぜこの絵本をかくことになったかと言うと、以前プラッサにも少し紹介したことのある、「Kenyan Children」という私の新聞を読んでくださった方の一人が、この「校舎のない学校」に私を推薦してくださいました。初めは絵だけでということでお話をいただき、絵本を描いたことのない私はどうしよう…と思いましたが、大変そうだけれど、やってみようかなと思い、挑戦することにしました。それから、都内で文を書いてくれる予定の方と打ち合わせをしました。「校舎のない学校」のお話を伺い、絵本のイメージを伺いました。すると私自身もすごくわくわくしてお話のイメージもいろいろわいてきて、そうこうするうちにお話も書くことになってしまいました。こうして、なにもかも1年生の私の絵本創りがはじまりました。

 お話も書くことになった私は、まずお願いして「校舎のない学校」の研修を受けさせていただくことになりました。豊かさ・本当の学び・いのち・人生の主人公として生きる、多くの大切なメッセージを私はこの「校舎のない学校」の研修で体験を持って感じたのですが、そこにはある大切なヒントが共通してかくされていると思いました。私がこの研修を通して得たことは大きく二つあります。一つは出会うすべての人々の生き方の一つ一つに、私自身が自分の人生を豊かに育てるためのヒントがかくされているということ。もう一つは人生をより豊かに深くするためには、物事を一面だけでなく、いろいろな角度から見たり感じたりできることが大切であるということです。

 研修から帰り、私自身学んだことを、どのようなお話にしたら子どもたちにも伝わるのか模索の日々が始まりました。そんなとき、私自身が今まで体験したことなどをいろいろ思い出しながら過ごす日々が続きました。

 私は小さいころから苦手なものがいろいろありました。とくに、マラソンが大きらいで、小学校や中学校、高校のマラソン大会が近づくと、本当にどんよりした気分になったものです。大学に入ってからは走ることもなくなり、そんなどんよりした気分も忘れていましたが、塾の先生をするようになって、テストごとにどんよりする子どもたちに出会うようになりました。そんななかで、本当に数学がきらいな子がいました。私は自分もマラソンがきらいだったことを思い出し、二人で「苦手克服ごっこ」をすることにしました。彼は数学で目標点以上とること、私はマラソン大会にエントリーして時間内にゴールするというゲームです。しかし、ただ目標のために時間を費やしても目標を達せられるわけではありません。まずは苦手意識を克服することから二人ではじめました。彼は、どんなに学年が戻ってもできる問題から始めること、私は笑ってしまうほど、短い距離からはじめて、だんだん距離を伸ばすことから始めました。すると私自身は、学生のころのマラソンは、つねにタイムを気にしなければならないことや、友達と争わねばならないことがきらいだったのだということがわかりました。走ることやそのあと風に吹かれることは大変気持ちよく、すてきなことだなぁと思うようになりました。こうして私たちは二人で目標を達することができました。思えば彼も私の「ユタカノキ」だったのかもしれません。そんなことを思いながら、「ユタカノキ」という絵本づくりがはじまったのです。

 また私の人生の中で最も衝撃的だったことの一つにストリートチルドレンと呼ばれる子どもたちとの出会いがありました。メキシコからはじまり、フィリピン、インド、ケニアでの彼らとの出会いを通して、私自身の思いも変化してゆきました。一番最初に感じたのは「良心の痛み」が最も強かったでしょうか。まだ彼らを環境の被害者としか見ることができず、ただかわいそう、しかし自分は何もできない、自分はなんて贅沢なのだろう、彼らのために何かしたい、という相手を被害者のようにしか見られない狭い気持ちでした。ところが、インドのストリートで働く子どもたちが来日し、彼らの話を聞き、逆に多くの力をこちらがもらいました。彼らの勇気、自信、アイディアなどに感動し、とても楽しい時間をすごせました。ストリートチルドレンと呼ばれる子どもたちの別の一面を自分自身にとりいれることができて、私自身もまた勇気を培うことができました。絵本の中にもそのような子どもたちが一部登場します。とてもすべてを書くことはできませんでしたが、そんな思いを込めて書いたつもりです。

 絵本『ユタカノキ』は、主人公のゆたかが木との出会いと冒険を通して、いろいろな見方があることを少しずつ学んでゆくというお話です。未熟な作者ですが、いろいろな思いを込めて初めての作品を完成させました。これから2巻、3巻と続けていく予定です。そのためには自分自身、多くのことを見、感じながら自分のなかで受けとめてゆくことが大切だと思っています。ぜひみなさんに楽しんで読んでいただけると幸いです。

 最後になりましたが、この絵本は私だけでなく、校舎のない学校の方々に夜遅くまで校正していただいたり、わかりにくい表現をなおしていただいたり、絵のなおしをしていただいたり、また介護関係、赤ちゃんのお母様がたにもいろいろな指摘をいただいたりと、多くの人の助けをいただいて完成しました。この場を借りて感謝を申し上げたいと思います。



 子どもは自分自身のユタカノキと出会えますように…!

 大人の方もユタカノキに出会いながら、誰かにとってユタカノキになれますように…!



そんな願いを込めて1巻、お届けします。



(プラッサ注:すでに3巻まで発行されています)