『フリッチス ふしぎな色の旅』

(29号掲載)





下郷さとみ


大胆であざやかな色づかいが魅力的なブラジルのベストセラー絵本。
アイデンティティをめぐる深いメッセージが込められている。



 フリッチスは、ふしぎな色。どこにもない色。世界はこんなに色であふれているのに、色えんぴつケースの中にも春の公園の花畑の中にも、フリッチスの居場所だけはどこにも見つからない。

 わたしは、だれ?

 わたしの場所はどこ?

 こたえをさがして色の世界に旅を続けるフリッチスが、最後に見つけたほんとうの自分とは――。



 ページをくるごとにあざやかに色が目に飛び込んでくる。幾何学的な形のいろいろな色、それだけを駆使したシンプルで大胆な絵の作風に、ブラジルらしい自由なスピリットを感じた。そして、ストーリーの根底を流れるメッセージ性も。

 一月末にブラジル大使館で開かれた出版記念会で、祝辞に立った女性書記官が、「なかまに溶け込めずにいた子どものころ、フリッチスに自分自身の姿を重ねて読んでいた。いちばん好きな絵本」と熱っぽく語っていたのが印象的だった。一九六九年の初版以来、発行部数はブラジルだけで一四〇万部を超える。手に取る人それぞれの思いを重ねながら、長く読み継がれ愛されてきた。

 私は、主人公のフリッチスが最後に見つけたこたえ(それは読んでのお楽しみですが)の意味は何だろう、と考えた。「ひとはいろんな色を持っている。どれも自分」ってことではないか? 光の当たり方や見る角度によって、ものはさまざまに違う色にも見えるだろう。けれど、それそのものの本質は同じ。そんなふうに受け取った。



 出版記念会では、翻訳者の松本乃里子さんから、この本に託した思いが語られた。

 松本さんは三〇年前にサンパウロの書店でこの本に出会って以来、「いつか日本語版を」と思い描いていたそうだ。三年前にブラジルへ飛んで、日本での翻訳出版権を取得した。長年の夢の実現を決意させたのは、「ブラジルへの日本人移民百周年」という節目の年の到来だった。

 百周年だった二〇〇八年は「日本ブラジル交流年」と定められて、両国で数々の交流プログラムが実施された。この本の出版も交流年の認定事業のひとつとなった。松本さんは「両国にとって特別なこの年を、ただのお祭りで終わらせたくなかった」と、出版の動機を振り返る。

 お祭りのいっぽうで、日本には約三〇万人の日系ブラジル人が在住し、雇用や子どもの教育などをめぐる社会制度は不備なままだ。

 松本さんは二〇年間、関東地域の公立小・中学校で日本語指導員として働いてきた。ブラジルやフィリピンなど、海外の国から転入してきた子たちに寄り添いながら、かれらが抱える孤独と居場所のない思いを感じてきた。子どもたちに、旅をするフリッチスの姿が重なって見えた。



 松本さんは、ブラジル人が多く在住する地域に出かけて子どもたちに絵本の読み聞かせなどを行う出前キャラバンを計画している。「この本をブラジルのなかまたちと手をつないでいく何かの手段にできれば」と願うからだ。三月には群馬県太田市で一回目が実現したそうだ。

 実は松本さんは、プラッサの発足当初からの編集委員でもある。いつか誌面でキャラバンの報告があることを、私も読者のひとりとして楽しみにしています。