開発途上国における
  社会変動下の子ども

〜タイ東北部の都市・農村部を
             事例として〜

連載第一回


柳原 さつき



 みなさん、こんにちは。プラッサメンバーの柳原さつきです。

 学生のときに書いたタイの子どものことを今号から少しの間、プラッサに掲載していただけることになりました。なにしろ1年以上前に書いたものですし、その間社会は相変わらずすごいスピードで変化し、また私の考え方も少し今のものとは違うかもしれません。でも子どものこんな見方もあるんだ、こういう子どものライフスタイルがあるんだ、というのを知っていただくのもいいな、と考えて書きました。

 論文から抜き出していますので、堅苦しい印象を与えてしまうかもしれませんが、みなさん読んでください。



◎ 経緯と目的


経緯


 今日までの情報・交通網の発達に代表される近代化の中で、世界中の国々の関係は密接になり、ほとんどすべての国がその他の国々と相互に影響し合うようになった。したがって現代の社会は、自国のことのみを考えるだけでは、対応できないことが非常に多くなった。


 このような社会の変動の中で、現在発展の途上にある開発途上諸国の変化はめざましい。特にタイ、マレーシア、インドネシアに代表される東南アジア諸国の急速な変化には、世界中が注目している。その中でも日本は、同じアジア地域という地理的、また歴史的な理由から、これら諸国とのつながりが深く、お互いの影響力も他地域の国々と比較すると大きいといえる。そして経済の停滞が続く日本に比べ、年7〜8%の経済成長を続けるこれら開発途上諸国の日本に対する将来的な影響力は、強大になることが予想される。例えば、拡大するタイの食料市場は日本の市場にも参入し、私たちが日常購入する食品の中にはタイのものが非常に多くなっている。安価なタイ産食料品のシェアは、今後も増えることが予想され、タイ国の日本におけるこの分野の影響力はさらに大きくなるであろう。


 しかしながら我が国における一般論は、このような現実とは多少異なってくる。多くは同じアジア地域にある諸国であるという認識やお互いの影響力の大きさの理解に欠け、同じ工業先進国である欧米諸国とのつながりに比べて、東南アジア諸国とのつながりは軽視される傾向にある。日本が、アジア各国からリーダーとしての役割を求められていながらも、いまだにその役割を果たせずにいるのは、このような日本全体の姿勢があるからである。私たちはこれら開発途上の国々をいまだ「貧しい被援助国」とひとくくりで見てはいないだろうか。そしてそれは、物理的には身近に感じている国々であっても、おそらく意識的には自分たちには関係のない、あるいは自分たちへの影響力は小さい、遠くの国々として認識しているのではないだろうか。


 そこで冒頭のような現状を考えると、現在の延長線上にある社会の将来像を考えるにあたって、このような認識はいささか時代遅れであり、先見性のないものである。なぜならば、現在までのタイ国の日本に対する影響力の増大を考え、また次第に密接になる世界各国の状況を考えると、日本にあるこれまでの認識では、刻一刻と変化する現在の社会には適応せず、将来的な見通しも期待できないからである。そしてこれは、常にその社会において何らかの発展を遂げていく人間にとって致命的である。


 そしてもう一つ、ここで私が発展を続ける社会を考える上で注目したいのが、「子ども」の存在の重要性である。先にも述べたように、人間社会の将来を考える場合、その担い手となるのは言うまでもなく子どもたちである。しかし、どの国においても社会的弱者とされる子どもたちは実際の身体的な力のみならず、社会的発言力も弱く、その姿が正確にクローズアップされることは少ない。


 「三つ子の魂百まで」と言うが、人間が成人して適切な判断のもと、さまざまな活動を行うには、子ども期の環境が重要であることは多くが認めるところであろう。一般的に子どもを見て、現在の状況が子どもたちにとって適切なものからほど遠いという場合、将来の社会の担い手として子どもたちは成長し得るのだろうか。


 そこで前述の、社会の急速な発展を遂げる東南アジア諸国においてはどうであろうか。我が国においてはその認識から、「貧しい環境で成長した子どもの将来性は明るくない」とする判断が多いのではないだろうか。これまで開発途上国の子どもたちを見てきて、自分が見た子どもの実際と自分の国(日本)で一般的に捉えられている子どもたちの現状とにギャップを感じ、疑問を感じることがあった。日本では、特に私が今回対象地としたタイ東北部の子どもについては、大方悲愴一辺倒の状況が語られている。親やブローカーに騙され、身売りさせられる子どもや農村部で絶望的な貧困の中に暮らす子どもの様子は、よく知られるところであろう。しかし同じ地方でも、親と暮らし、学校へ行き、友達と遊ぶ農村部の子どもがいたり、コンピュータゲームに凝り、受験勉強にはげむ都市部の子どもがいたりするのである。このタイの子ども(大きくは開発途上国の子ども)に対する認識のギャップは、個人的な誤解というような規模にとどまらず、国家間という大規模な問題になり、理解、援助、交流といった国家間の関係に深く関わってくる。前述のような今日の世界の現状をふまえ、また社会の将来を考えるに辺り、特に現在の急速な社会変動下にある、東南アジアの子どもたちの現状に関心を持つようになった。


 以上が本論文を作成するにいたった経緯である。


目的


 そこで上記の経緯をもとにした本論文の目的について述べてみたい。


 本論文でとりあげたタイ国は、その急速な経済成長から、開発途上国という枠を脱しつつある国の一つである。首都バンコクのみならず、地方都市にも経済成長に伴う開発の影響は及んでいる。そこでは、大型デパートや総合病院が建ち並び、自動車やバスが行き交う。その様子からは、貧しい開発途上国を見ているという実感は湧いてこない。このようにタイにおいては、開発と急速な経済発展に伴って、大きな社会変動の波が地方にまで押し寄せている。今まさにその開発の渦中にあるタイ地方部の人々は、地域(都市部、農村部)においてどのように在るのだろうか。


 そこで私が特に注目したのが、それぞれの地域で暮らす子どもたちである。子どもたちは、これら開発の途上にある国々の将来のために重要であるにもかかわらず、描かれることは少ない。しかしながら現在、開発とそれに伴う社会変動の波が押し寄せている開発途上国には、特に子どもたちの将来的な力が重要であることは明らかである。本論文では対象国として、経済の急成長が注目されているタイ国を選んだ。そしてその中でも、主に東北部の一県を事例として取り上げ、その社会的変動の中にある人々、特にその将来をになう子どもたちの現状を捉えてみたいと考える。


 したがって、この社会変動下における子どもたちの姿を、次の点から見てみる。第一に、現在に至るまでの子どもの姿というのは、タイにおいてどのようなものであったのか。そして第二に、開発の程度が異なる各地域間(都市部、農村部)では、子どもたちにどのような「差」が生じてきているのか。これまでにも、都市部と農村部を比較する研究は数多くなされてきたが、多くの場合「都市部=バンコク」「農村部=その他地方」という比較の構図が使用されてきた。本論文では、比較可能な「都市部」「農村部」が、一地方の県内にも存在するとして、その比較検討を試みる。(中略)第二の点については、主に1996年夏に私が実施したタイ東北部コンケン県の都市部および農村部における、アンケート調査の結果からの分析を試みる。まず都市部と農村部の子どもが暮らす各々の概要を説明した後、調査結果を「学校生活」「家庭生活」「食生活」「宗教」「その他意識」に分けて分析する。これらを分析した上で、開発が進み、変動する社会における子どもたちへの影響を見てみる。したがって、タイ東北部の一地方における子どもの現状の把握とその分析、またそこから予想される子どもたちの将来と社会の将来を考えるにあたっての問題を提起することを本論文の目的とする。




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