私の出会った子どもたち

長倉 洋海



−戦乱の中で−

 アフガニスタンの田舎では小学校が少なく、イスラム寺院がそのかわりを果たしていた。昔から大切に伝えられてきたコーラン(イスラム教の聖典)が読み書きの教科書だった。その学校もいまは戦火で閉じられてしまっている。私の馬を引いてくれた馬追いのロゼフは字が読めなかった。「将来、どうするの?何かなりたいものがあるんだろう」というと、「戦争でおいらの未来は破壊されちまったのだ」と寂しそうに答えた。本当は学校に行き、彼も学びたいのだ。多めのチップに顔をほころばせ、足取りも軽く帰っていくロゼフの姿が思い出される。


−市場の子どもたち−

 熾烈な内戦が十年以上も続いた中米エル・サルバドル。戦争中も、中央市場には大勢の子供たちが働いていた。「玉葱、安いよ。トマトはどう」−。朝早くから日没まで、ビニール袋につめた野菜や果物を声をからして売っている。買い物客に商品を売り込む表情は真剣そのもの。売れると笑顔を浮かべ、売り上げの小銭を手に露天の母親のところに駆けていく。

 母親と一日を過ごし、仲間たちと助け合うことを教えてくれる市場がこの子たちの“学校”だ。つらいこともあるだろうが、子供たちの表情の奥には、「ぼくも家計を支えているんだ」という誇りがうかがえる。


−思いやり−

 下町のバス・ターミナルで出会った少年カルロス。彼は二時間ほどバスにゆられて、首都まで物乞いにきていた。父親は貧しい農民だ。それを知ってかバス運転手は少年からお金を取らない。私が半ば、強引に「撮影のお礼に」と連れていった食堂では、料理に少ししか手をつけず、「弟に持って帰りたい」という。隣に座っていたおばさんは黙ってビニール袋を持ってくると料理を袋に入れてくれた。

 私が訪れた国々は、貧しくても、思いやりと分かち合うことを知っている大人たちがいた。子供たちはそんな大人の生き方を見ながら育っていった。


−祖先から子孫へ−

 最近、取材を始めたアマゾン先住民のヤノマミ族。大人たちは祖先からの伝統を受け継ぎ、子どもたちに伝えている。「お金ではなく、森さえ残せば子孫たちは生きていける」とも彼らは話し、ここでも大人たちが生きる鏡で、子供たちはゆったりとした川の流れのような生活の中で自由奔放に育っていた。学校はなくとも先生はいっぱいいる。わからないことがあるとおじいさん、おばあさんが森に生きる知恵を教えてくれる。

 一緒にアマゾンの旅をしたクレナック族のリーダー、アユトン・クレナックは「生まれた時に何も特別なことが起きなかったように、死ぬときも特別なことは起きない。私たちの生も死も、過去(祖先)から未来(子孫)につながる大きな川の流れの一部」という。彼らは、「自分たちのお祭りに、祖先がやってきて楽しむように、自分たちが死んでも、子孫のお祭りに行けるから死も恐くない」と子どもたちに語り継いでいく。

 インディオの子供たちは外で遊んでいても、お腹が空けば近所の家に上がり込み、ご飯をご馳走になる。私が子どもにリンゴ半分を上げてもみんなで等分に分けて食べている。ここでは村が大きな家族のようなものだ。クリカチ族など多くの村では、子どもは13、4歳になると外界と切り放され、一年近く孤独に耐える通過儀礼がある。子供たちは一つの家に縛られるのではなく、おおらかに村や人々の未来を考えるようになる。


−日本で−

 「時代の激変」を強調し、その底に流れる不変の人間の姿を見つめようとはしない現代社会。「昨日より今日は進歩し、明日はもっと進歩するはず」と考え、伝統や祖先からの知恵を旧いものとして切り捨ててきた私たち。価値観の混乱の中で、子供たちは迷い始めている。「人は死んでしまえば終わり。生きている今、若い現在を楽しまなくては」と刹那的になってしまう子供が増えているようにも思う。


−心の中の大切なもの−

 振り返ってみれば、私が出会ってきた子供たちは、みんな自分の中に大切のものを持っていたような気がする。そして、大人たちは心に痛みを持っているだけ、ほかの人に優しかったようにも思う。それがいまの日本に一番欠けているものではないだろうか。そんな気持ちこそが、これからの地球でさまざまな人々と「共に生きる」ための第一歩ではないかと思うのだが。


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長倉洋海(ながくら・ひろみ)

1952年、釧路市生まれ。1980年よりフリーのフォト・ジャーナリストとして、世界の紛争地を訪れ、そこに生きる人々を見つめ続けてきた。著書に「フォト・ジャーナリストの目」(岩波新書)、写真集に「南アフリカ」(平凡社)、「地を這うように−長倉洋海全写真1980〜85」(新潮社フォト・ミュゼ)、最新写真集に「人間が好き−アマゾン先住民からの贈り物」(福音館)がある。




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