楽しいお産のススメ
生命と出会う感動の48時間
自然出産から学ぶ

永井 雄彦



 なぜ自然出産なのかと言うと「できれば、自分がとりあげたい」という気持ちが最初にあった。それに、「お産は病気ではないのに、どうして、みんな病院で産むのだろう」という素朴な疑問も抱いていた。



 植物も動物も人間も自然な営みから生命は造られ育まれる。すべての生き物は、例外なくその偉大な本能の力をもとに、この世に生まれてくる。人類の長い歴史から見ても、つい最近までは、妊婦に負担のかからないよう、座ったり、立ったり、四つんばいになったり、自由な姿勢で産んできたという。現在の日本では、99パーセントの妊婦が病院出産を希望し、近代的な医療設備のもとで「おまかせ出産」をする。あお向けに寝かされ、腕には点滴、お腹には分娩監視装置のベルトを巻き、初産のほとんどにされてしまう会陰切開、陣痛の誘発や促進剤を投与されて産まされることになる。さらに、赤ちゃんの出が悪いと鉗子分娩や吸引分娩など、器具を使って引っぱり出される。当然のごとくこの場に夫はいない。

 こうして、ひとりの人間の誕生は諸々の病院の都合(医者は日曜、祭日、正月など休み)により徹底して管理され、妊婦中心から病院中心のお産に変わってしまった。にもかかわらず、病院においても赤ちゃんをとりあげるのはつまるところ助産婦さんの仕事で、医者にはその権限はない。それならば、そもそも助産院でうめばよい。特別な事情がないかぎり、病院で産む必要はないのでは…?調べれば調べるほど病院出産が、オソロシイコトに思えてきた。

「自分にとって大切な女性がモノのように扱われるのは不愉快だ!病院で産ませたくない。自分たちで産みたいなぁ」などと口にしていると、「万が一、何かあったらどうする。いざという時のために病院なら安心。それに妻は夫には自分の出産を見られたくないのが普通…」と病院崇拝者達の攻撃の的になり、とてもいやな気分になった。

 生命の強い意志や親の自由なものの考え方がそがれてしまうような病院出産は、やはり納得がいかないと、彼女が妊娠6ヶ月を過ぎるころ、ようやく自然出産を提唱する黄助産院にめぐり会えた。自分から産まれ出ようとする本来の力を信じて「自分たちで産んでみたい」が、「自分たちで産もう」になったのである。


 予定日から12日が過ぎた日のことである。10分間隔の陣痛が5分間隔にせばまらないまま、ヒーフーと呼吸法を続け、徹夜で彼女を摩り続けて、とうとう3日目に突入。助産院から「陣痛が5分間隔になったら本番。そしたら来てください」と言われていたので、このときは、お産が始まったかどうかわからず自宅でガンバッテいた。

 突然!彼女が「アソコがへんだ…」と言いだした。後ろから膣を覗き込む。「こ、これは、なんだ?何か出てきているゾ!」即刻助産院に電話。「それは胎膜です。すぐに来てください!」とあわてる杉山(助産婦)さんに、こちらはビックリ、気絶するほどの眠気もふっ飛んだ。お産は教科書どおりにはいかないとよく自然出産では言われるが、まさにその通りだ。「なんてこった!」と、出産を撮ろうと用意していたビデオカメラも持たずに、大通りに飛び出し、大通りをひた走って、タクシーをつかまえた。「妊婦がタイヘンだ!」とタクシーに一方通行をバックで、おもい――っきり入ってもらう。彼女は商店街を、下半身スッポンポンにタオル一枚まいて歩き、妊婦とは思えぬ速度でサササッとタクシーに飛び乗った。蒼ざめた運ちゃん、朝刊の新聞少年が行く街道をすっ飛ばし、一目散に助産院に駆け込んだ。

 分娩台に上がるとすぐに破水。普通は破水が先で胎膜は後に出るのだが、彼女は異常に強い胎膜の持ち主であったため逆になってしまった。珍らしいそうだ。彼女の身体を摩りながらフーウンの呼吸法で息む。妊婦自身にとってより産みやすい姿勢を探す。陣痛の波とともにしゃがんでフーウン。四つんばいのワンワンスタイルでフーウン。一様試しにあお向けでフーウン。あお向けはメチャメチャ苦しいらしくすぐに体勢を入れ替え、立ってフーウン。立ち膝(膝をついて立つ)でフーウン。彼女の場合はコレに落ちついた。おぶるような恰好で、彼女の体全体を支える。が、しかし、この体勢だと肝心な産まれる瞬間ってものが見えないではないか。少し残念に思いながらもフーウンといっしょに息んでしまう。もう一人、助産婦さんも加わって四人一体となってフーウン、フーウン、出てこいフーウン。

 自然出産にたずさわった夫たちには、様々なエピソードがある。妊婦さんが背後からダンナさんの首に両腕を絡めて息んでいるうちに、徐々に腕が喉元に食い込んでしめつけてしまった。このダンナさんこのときばかりは「こ、殺される!」と思ったそうである。酔っ払って出産現場にのりこんだツワモノもいる。が、まるっきしの役立たずで、赤ちゃんが産まれたころには分娩台の隣のソファーでガーガーいびきをかいてバクスイしていた。血を見て気絶してしまった気の弱い男もいれば、わが子の出産に感激しすぎてオイオイ泣いてしまい収拾がつかなくなってしまった男もいる。これらのように「笑うお産」になってしまったカップルの話は、自然出産体験者の間では語り草になっている。

 分娩台に上がって5時間後、ようやく頭が出た。顔を出して産声をあげている。「オギャー」と絶対音(A‐440Hz)で威勢よく泣くと思っていたのだが、ピヨピヨとまるでヒヨコのようであった。ファーファーファーの呼吸法をする間もなく重力に引っぱられ、人間から人間がぬるーっと出た。見ると、赤ちゃんが地球という手のひらに受けとめられていた。この瞬間、皆「ウワー!」と思わず声が出た。「ようく出てきたねェ」と言いながら、とれたてほやほやの赤ちゃんをかこみながら皆でほほえんでいた。

「それではおとうさん、お願いします」と杉山さんからハサミを渡された。わたくしこと新米おとうさんがへその緒を切るのである。まってましたとばかりに喜び勇んで、へその緒を切ったその緊張の一瞬をひと言、「へその緒って、カタ――イのだ!」

 後産を待つこと30分、ようやく胎盤も出てくる。「お持ち帰りになりますか?」と杉山さんに胎盤を手渡される。実は胎盤を料理して食べようと密かに計画していた。ギョッとされる方もいらっしゃるでしょうが、自然出産を標榜する人たちの間ではよくある話で、胎盤を食することによって子宮の収縮を早め産後の肥立ちをより確かなものとするのである。それに、胎盤は通常焼却処分となっているはずだが、本当のところは化粧品会社が驚くような安値で引き取っていく。つまり女性の化粧品の中には胎盤エキスが入っているわけだ。こちらの方がわたしはギョッとする。

 最後まで自分たちの手で始末しようと決めてはいたものの、いざ胎盤を手にしてみると、これが結構スゴイ。彼女の小さな体に似あわず、かなり大きく重い。しかも、日ごろの食生活が祟ってか?色が悪いのである。それで結局、手の中で胎盤をギュニュギュニュやりながら考えているうちに、気持ち悪くなって、「処分してください」ということになった。

 母となった彼女が、分娩台の上で赤ちゃんに初乳を与えている。48時間という難産を乗り越えた安堵感にぐったりとしているが、その光景は女性の一生の中で、最も美しい瞬間に見えた。

 杉山さんから赤ちゃんを手渡される。はじめてわが子を抱く――。もう感謝の気持ちでいっぱい。きっとお猿のようにしわくちゃの顔なんだろうな〜と想像していたが、長旅から帰った人のように、なぜかすっきりとして精悍な顔立ちをしていた。

 つぶらな瞳で、じいーっとこちらを見つめている。まだよく見えないのだけれども、心の中を覗かれているよう…。「不思議だな、お産には妙に懐かしい匂いがする。潜在意識の深淵で母の胎内の海にゆれていた、原初の自分があるからなのだろうか…?」と記憶をさかのぼっているうちに、ハッと気づいた。自分がこの世に産まれてきたことにも、今、自分が感謝しなければいけないということに――。

 結果的に自分がとりあげることはできなかったけれども、黄助産院の提唱する「自由に産むお産」に、もう十分に満足。二人して産院の勉強会に参加したおかげで、特に彼女はうろたえることなく終始冷静でいられた。何の知識もないままの生まされるお産にはない自分たちで生み落とすお産の楽しさ。病院では14日も待ってはくれないだろう。自然なお産と月の満ち欠けとは深い関係にあるらしく、赤ちゃんは満月の日か新月の日に多く集中して生まれてくるそうだ。予定日から2週間遅れのわが子の出産はズバリ、新月の日だったのである。


 子どもとは
 あなたの子どもは
 あなたの子どもではない
 待ち焦がれた
 生そのものの息子であり娘である
 あなたを経てきたが
 あなたから来たのではない
 あなたとともにいるが
 あなたに属してはいない
 あなたは愛情を与えても
 考えを与えてはならない
 なぜなら
 彼らの考えがあるから
 あなたは
 彼らのように努力はしても
 彼らをあなたのようにすることを
 求めてはならない
 なぜなら
 生は後戻りしないし
 きのうにとどまりもしないのだから
 あなたは弓であり
 あなたの子どもは
 あなたから飛び立つ矢である


   詩 カーリル・ジブラーン



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