被災地で出会った少女

冨田 洋平



 冨田さんにとって、ブラジルへの帰国直前におこった阪神大震災。航空チケットをキャンセルしてまで参加した西宮市でのボランティアでしたが、そこで、ちょっと忘れられない少女と出会いました。小百合ちゃんです。



 公民館には八十人前後が避難していました。皆無表情で、着ている物も薄汚れていて、ブラジルの北東地方の避難民の姿を彷彿とさせます。十数人から四十人弱が三つの大部屋で直に布団や毛布を敷いて寝ています。食事や物資の配給のときを除いて、部屋にこもりきりの人がほとんどです。

 子どもたちにも活気がなく、母親のそばを離れたがりません。丸顔でおかっぱ頭。切れ長の目をして、いつも膨れ面の、小学校低学年と思われる女の子がいました。

 温かいだけでご馳走だったとき、彼女は電子レンジで温めた前の日の炊き出しの、形も大きさも不揃いの握り飯を一個両手で包み、頬擦りするように持っていきました。小百合ちゃんです。

 地震で水道管が破裂し、館内の水洗便所が使えないため、歩道上に設置された簡易トイレも、母親が一緒でないと、小百合ちゃんは恐がって入りません。両親が働いているため、いつも母親の仕事場についていきます。ある朝など、知らぬ間に母親がトイレにいったため、泣きっ面で探し回っていました。

 公民館の事務所の横の机の上には、お持ち帰り自由の缶コーヒー、ジュース、菓子などが置いてあります。ある晩、小百合ちゃんがジュースを取りにきました。両手に一本ずつ、こわきにも一本抱えています。

「ぎょうさん持って、大変やねぇ」

 小百合ちゃんは膨れ面で何も答えず、避難している三階への階段をのぼりはじめ、何を思ったか振り向きざま言いました。


「小百合のお家な、ここやないねんでぇ。本当のお家な、壊れてしもたさかいここにおるんや」

 事務室の横の机には、晩遅く帰ってくる人のために、その日配給された夕食が置いてあります。握り飯のほかに肉の缶詰があった日でした。小百合ちゃんが、缶詰を取りにきました。

「その缶詰はな、遅く帰ってくる人のもんやさかい、もってったらあかんでぇ」

「ママがな、缶詰もってきてゆぅたんや」

「ツナ缶ならなんぼでもあるさかい、それもっていきぃや」

「小百合、そんな缶詰知らへん」

「魚の缶詰や。鮪と同じや」

「小百合、知らへん。だって中国人だもーん」

 しばし押問答の挙げ句、一個だけと念を押して肉缶を渡しました。事務室に戻り、テレビを見ていてややもすると、小走りに駆け去る小さな音がします。机の上の肉缶が一個減っていました。

 二月の半ばになると、小百合ちゃんは毎朝、同室のお婆ちゃんに連れられて、再開した保育所に通うようになりました。この頃には街も徐々に活気を取り戻しはじめていて、公民館内にも日常生活らしき雰囲気が生まれ、子どもたちの顔も生き生きとなってきました。

 公民館の前には、避難者の飼い犬がつながれています。はじめの頃はワンとも吠えず、震えっぱなしだったムクも、犬らしくふるまうようになっていました。

 ムクの散歩が小百合ちゃん、同室のコージくん、そしてムク自身、大のお気に入りです。この角から次の角まで。交代でムクの綱を持ちます。匂いを嗅ぎ、おしっこのメッセージを残すのに夢中のムクに、話し掛けたり、命令したり、二人で喧嘩したり。

 小学校三年のコージくんよりずっと年下でも、小百合ちゃんが綱を握っている時間が多くなります。コージくんが我がままっ子はかなわないと私にこぼすと、小百合ちゃんは両足を踏ん張り、肩を怒らして、手に拳を握り、歌舞伎役者の見栄よろしくキッとにらみ、

「なんかゆうた」

 自分の番がなかなか廻ってこない、と泣き面になり、ムクの綱を渡してやると、

「べー、嘘でした」

 その間にも、ムクと一緒に這い回ったり、保育所の先生に目がきついと注意されたことや、日本国籍になったことを話してくれます。

 だんだん本性を現しだした小百合ちゃんは、保育所から帰ると事務室を頻繁に訪れ、絵本を読んでとせがみ、ひらがなの「いぃ」を覚えました。その内自分で本棚の鍵を開けて絵本を取り出したり、私の仕事を何かと手伝ってくれるようになりました。

 二月の末に、仮の住まいに越していった日、カレー用のご飯を電子レンジで温める手伝いを小百合ちゃんはしてくれました。

「小百合な、ぬくいご飯しか食べへんねん」

 子どもたちの顔がまだ沈んでいたとき、百円ショップで買った玩具を配ったことがあります。小百合ちゃんにはセーラームーンのプラスティックの皿をあげました。数日後、例によって彼女は私にこう見栄を切りました。

「わいな、セェラムンのお皿な、壊れへんのもってんでェ」



(とみた ようへい:サンパウロ在住/プラッサメンバー)



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