MAIを巡る最近の動き
1998年4月〜5月


●OECD閣僚理事会がMAI交渉の半年凍結を決定

 4月28・28日に開催されたOECD閣僚理事会は、閣僚声明とは別に「MAIに関する声明」を採択し、MAI交渉を今年10月まで一時凍結するとの決定を発表した。以下はその声明からの抜粋;
-(OECD各国の)閣僚は、(MAIの)影響評価を行い、また交渉各国間およびこの問題に関心を持つ各国市民との協議を行うための期間を設けることを決定し、そのプロセスのサポートをOECD事務局長にお願いする。
-次回の交渉グループ会合の開催を1998年10月とする。
-閣僚は、WTOで現在行われている投資に関する作業を支持し、この作業の完了後には、投資ルールをWTOで作成するという次のステップに進むことを全加盟国が支持するよう求めていく。
-閣僚は、MAIが国内政策を実施する各国政府の主権を侵害してはならないことを確認する。MAIによって各国政府が法規を通常通り無差別原則に則って実施する能力を妨げられたり、そのような施行が「収用」と解釈されることのないようにする。
-閣僚は、(MAIの)交渉プロセスを透明化し、交渉に関連する問題について市民との対話を活発に行うことを約束する。
-OECD非加盟国でMAI協定への署名を希望しており、交渉にオブザーバーとして参加している国は現在8ヶ国・地域(アルゼンチン、ブラジル、チリ、エストニア、香港、中国、ラトビア、リトアニア、スロバキア)。


●交渉凍結は水面下で進められる二国間交渉の隠れみの?
 MAI交渉は再開される10月までの間、二国間交渉という形で非公式に水面下で進められることになる。最も対立の激しいアメリカとEUの間では二国間交渉でかなりの進展があるとの情報も入っており(EU側の主張する地域統合組織(REIO)の温存に関する議論や、アメリカの国内法の域外適用--ヘルムズ-バートン法・ダマート法など--についての議論も妥協点を見いだしつつあるとの噂も)、10月に交渉が再開された直後にMAI締結という話もないわけではない。今後の課題は、こうした非公式な二国間交渉の情報をどのように公表させるかということと、今後の6カ月間に国内でこの問題について政府と市民の間でどれだけ実質的な協議ができるか、という二点であろう。

●OECD事務局、次々に独自の関連レポートを発表
 MAIに対する激しいNGOの攻撃を受け、OECD事務局は次々と関連レポートを発表してそれに反撃している。まずは昨年末に出された「海外直接投資の環境影響」。そして最近「グローバリゼーションの恩恵」というレポートを発表し、近々「MAIの開発影響」についてレポートを発表する予定である。こうしたアセスメント・レポートは、明らかにNGOが要求している「独立した機関による、市民参加の下での影響評価」という基準を満たしておらず、欧米のNGOはレポートが発表されるたびに痛烈な批判を展開している。

●「ネットワーク・ゲリラ」
 世界の市民・NGOによるMAI反対キャンペーンは、NGOがインターネットという最新兵器を駆使し、関連情報を瞬時に世界中に流すことによって、MAI交渉に多大な影響を与えることができた絶好の事例であるという記事が「ファイナンシャル・タイムス」に掲載され、話題を集めた。今後もこのメディアを最大限に利用しつつ現行のグローバリゼーションに対抗するための市民運動のグローバリゼーションを継続していかねばならない(?)。

●「MAIにNO!」日本キャンペーン・キャラバン終了
 「MAIにNO!キャンペーン」キャラバンは、4月11日に大阪を出発し、京都、瀬戸、名古屋、長野、松本、甲府、横浜、東京の8カ所で街頭行動と学習会を開催、20日に外務省に申し入れを行った。外務省への申し入れではMAI交渉グループの副議長を務めている経済局国際機関第二課の石川課長および児玉課長補佐に対し、日本語による条文、および交渉内容の情報公開(特にインターネットなどを通じて)を要請するとともに、キャンペーン・キャラバンを通じて集約された市民のMAIに対する懸念を伝えた。
 今後のキャンペーン活動の焦点は、現在実施している署名活動では1万人を目標に7/10までに集約すること、参院選前に各政党に対するアンケートを実施すること、および地方議会(焦点は6月議会)に対して東京都江戸川区議会で採択されたようなMAIに関する意見書の採択を働きかけることなどである。

●WTO閣僚会議におけるMAIの扱い
 日本政府や他のOECD諸国の一部は、OECDでは凍結されてしまったMAI交渉をWTOで継続することを望んでいた。多くのNGOは5月18〜20日にジュネーブで開催されたWTO閣僚会議の場で、MAIに関連するイシューがどのように取り上げられるかに気をもんでいた。しかし、MAIをきっかけに一気に世界に広がった「新自由主義(ネオ・リベラリズム)」に対する反対運動や、途上国のWTOに対する不満(その不透明性や非民主性、強国だけに利するルールと運営実態などについて)、アジア通貨危機による自由市場主義に対するバックラッシュなどの実態を前に、WTO事務局や米政府は、今この問題をWTOに持ち込めば、そうでなくても矛盾を抱えて難しい運営を迫られているWTOがさらなる困難を抱え、沈没しかねないと考えたのだろう。結局、閣僚宣言も、クリントン米大統領の演説も、「投資」あるいは「投資協定」という問題には全く触れずじまいで閣僚会議は終了した。したがって、投資に関するWTOのコミットメントは96年12月に採択された第1回WTO閣僚宣言(以下参照)が唯一の手がかりとなる。
 「投資および競争政策に関する問題について....省略....作業部会を設置することに合意する。これらの作業部会は、必要な場合には互いの作業を参考とし、また、UNCTAD及び他の適当な政府間フォーラムにおける作業を参考とし、これらフォーラムと協力していくとともに、(開発途上国にとって重要な)開発の側面に全面的に配慮する。...省略...この分野における多国間の規律に関する交渉を将来行うとしても、交渉についての明らかなコンセンサスによる決定がWTO加盟国間でなされて初めて行うことを明確に理解する。」(1996年12月13日採択「WTO 閣僚宣言」より抜粋)


●「電子商取引に関する宣言」
 WTO閣僚会議では、閣僚宣言にはほとんど具体的な内容が盛り込まれなかった一方、アメリカ主導で電子商取引についての作業計画を設定すること、および電子送金については現状のまま関税その他の障壁を設けていかないことや熕った宣言文が別途採択された。この宣言文が採択されるまでのプロセスの不透明さに加え、これがアメリカを初めとする一部先進国のコンピューター産業にだけ利する内容であることをNGOは批判した。しかも、この問題は投資、特に投機的国際マネーの動きを抑制するために提案されているトービン税などの実施を不可能にするという副作用が含まれている。

●新大西洋共同市場(NTM)および米州自由貿易圏(FTAA)などの協定文案にも投資自由化が含まれている!
 アメリカとEUの間で構想されている大西洋自由貿易協定(TAFTA;またの名を新大西洋共同市場(NTM))は、今後2年間の間に締結を目指して交渉がスタートすることになった。この協定は貿易・投資の自由化を目指しており、MAIに準ずる投資自由化のための条項が含まれていることが明らかになった。また、米州自由貿易圏(FTAA)の協定案にも投資自由化に関するチャプターが既に存在するという。しかも、MAIについての章は、FTAAの協定全文の交渉の終了を待たずに、独立した協定として先行して採択されることになりそうだという。こうなるとOECDレベルのPlurilateral(複数国間)協定と並ぶ複数国間投資協定となっていくことになり、複数の投資協定に対する参加を巡って最悪の国際競争が引き起こされることになるのではないだろうか。

●G8サミット、WTO閣僚会議に対し、およそ百万人の市民が世界各地の抗議行動に参加
 G8サミット(5月15日〜17日イギリス・バーミンガム)ではピープルズ・サミットという市民並行会議の呼びかけで途上国の対外債務の帳消しを求める5万人のデモが行われたのにつづき、ジュネーブではWTO閣僚会議直前から最中にかけて、欧州の青年が中心となって今年2月に立ち上がったPeople's Global Action against WTO (PGA)などのコーディネーションにより7000人規模のデモが実施された。神経をとがらせたスイスの当局はジュネーブ周辺の国境を一部を除き全て封鎖、残った検問所でも厳重な入国管理が行われ、デモに合流しようとしたドイツの「Money or Life」という市民団体など多くの青年が入国を拒絶された。ジュネーブ市内でも、500スイス・フラン(約4万8千円)以上所持していない外国人が理由もなく拘留されたり、投石1コに対して3〜4発もの催涙ガス弾が発砲され、また市内各地にバリケードが築かれた。WTO閣僚会議場に出入りするための通行証を市内では付けて歩かないよう(投石の対象となるため)、WTO事務局からインストラクションが発せられたほどである。
 こうした会議場周辺でのデモの他、世界の35都市で数千人規模のデモが同時に組織されたりと、ベトナム反戦運動以来の民衆デモとなった。

●各国でのMAI反対運動、メディア報道が活発化
 現在カナダ連邦裁判所で係争されているカナダ市民によるMAI交渉担当大臣らに対する裁判の訴状には、「MAIは、自然人ではない外国企業に対し、カナダ国民の権利や、カナダ国憲法、カナダ国内法制、カナダ政府・自治体の権限などの全てに優先する主権を与えるものである。」と記されている。以下のリストにもあるとおり、カナダを中心に世界各国の自治体でMAI反対決議が採択されつつある現実も、こうした理解が各国において多くの市民に広がっていることを表すのものであろう。
 こうした中、メキシコやブラジル、イタリアやスウェーデンなどの国でもMAIに対する市民運動が盛り上がりつつあり、メディアも注目し始めている。カナダのように全国にMAI反対運動が広がっている国に続いて、イギリスでも各地の地方議会でMAI反対決議が採択されつつある。

 
■MAIに反対あるいは懸念を表明する決議を採択した自治体
*カナダ・ブリティッシュコロンビア州
*カナダ・サスカチュワン州サスカトゥーン市(4月20日)
*カナダ・オンタリオ州の自治体:・キッチェナー市議会(3月2日)・ウインザー市 (3月9日)・テクムシ(Tecumseh)町議会(3月10日)・トロント市議会(4月7日)・ オーウェンサウンド市議会(3月23日)・ウッドストック市議会(3月19日)・ピータ ーボロー郡議会(4月20日)・ハミルトン市(予定)・ピッカリング町(予定)・ウォータールー市(予定)・ミシソーガ町(4月22日) *カナダ・モントリオール市
*江戸川区議会(3月19日)
*アメリカ・カリフォルニア州バークレー市(2月24日)
*アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ市(4月20日)
*イギリス・オックスフォード市・オックスフォードシア郡・ボーンマス市・スティ ーブネッジ市・レイゲートアンドバンステッド市・ノースシュロップシア市・レディ ング市

MAIを巡る最近の動き・目次



 

MAIを巡る最近の動き
1998年2月〜3月

 
■MAIの4月締結は不可能に

 国際投資の自由化を目指して先進29ヶ国だけでOECD(経済協力開発機構)で交渉されてきたMAI(多国間投資協定)について、2月16・17日に開催された次官級協議では各国の利害が激しく対立し、この協定が4月27・28日のOECD閣僚理事会で締結される可能性はほぼなくなった。各国から提出されたMAIの適用除外項目(留保項目)は1000ページに上り、アメリカ1ヶ国だけでも200の留保項目と全ての州・自治体レベルの法制の適用除外を提案している。これを減らさなければ実質的な自由化は達成できないとして昨年5月の締結が見送られ、今年4月のOECD閣僚理事会が新たな期限とされたが、今回も締結が見送られることが決定的となり、「MAIは溺死した」とのフレーズが一人歩きを始めている。
 EUはヘルムズ−バートン法やダマート法など、不当に収用されたキューバ、リビア、イラン内の米資本を利用する外国企業を米市場から排除するとする米国内法の域外適用(一方的措置)を温存するMAIは認められないとしている。一方米国は、映画・美術業界の保護を文化的例外として温存しようとするフランスやカナダの主張、およびEU内で達成された自由化を域外に適用しないとするEUの主張に反発している。

 
■閣僚レベルで基本原則と条文骨子は合意される?
 しかし実際には、4月の閣僚理事会でMAIの基本原則や柱となる条文について、閣僚レベルで合意される可能性があり、そうなると、MAIの中身の軌道修正は困難になるだけでなく、1999年5月に向けて再度交渉が活発化していくことになる。今年11月にMAIを締結するためだけに閣僚理事会を開催する可能性も漏れ伝えられている。海外直接投資の85%を握るOECD諸国がMAIのような多国間協定を切望していることには変わりないからである。現在の対立は、各国が自国に都合の良い条件を引き出すために脅しという外交手段を駆使している結果に過ぎない。
 ところで日本政府は、世界ですでに1,800も存在する二国間投資協定(BITs)をわずか5ヶ国/地域としか結べておらず、この遅れをMAIによって一気に解消しようと、交渉では積極姿勢を貫いている。日本政府には、日系企業の海外進出を助けることしか念頭にないが、逆に国内の自治体の地域振興策や環境・社会条例が外国企業によってMAI違反として訴えられ、国家賠償を求められる可能性は大きい。 


■各国・自治体の立場に変化
 一方、世界各国で繰り広げられている市民・NGOによるMAI反対の運動は、各国内の自治体やいくつかのMAI交渉国の政府の立場にも変化をもたらしている。2月25日にはフランスの経済財務相がMAI交渉からの撤退を表明、3月10日には欧州議会が、内容の抜本的な改革なくしてMAIには署名できないとする決議を採択した。「規制緩和先進国」であるカナダやニュージーランドの議会でも、昨年から激しい議論が続けられており、カナダではブリティッシュ・コロンビア州を始め、数多くの地方議会がMAI反対決議を上げている(次ページのリスト参照)。

■IMFがMAIに乗り出す?
 そして最近、アメリカのNGOが中心となって、IMF(国際通過基金)がIMF協定の条項(第8条と第14条)を修正することでIMFの権限を広げようとしていることに反対するキャンペーンが広がっている。この修正案が4月のIMF理事会で可決されれば、IMFが各国に資本移動の自由化を押しつける役割を担えるようになり、OECDでMAIが締結されようがされまいが、外国投資の自由化が実現されることになる。もともとWTO(世界貿易機関)レベルで途上国に反対されて実現しなかった多国間投資協定が、OECDでの挫折を経て、世界でも最もプロセスの不透明な、評判の悪い機関に移されて議論されることになってしまう。IMFは「1ドル1票制(拠出額に応じた投票権)」を採用することで先進国主導の国際機関となっており、また構造調整プログラム(SAPs)を世銀と共に債務問題を抱える途上国に押しつけてきたことや、アジア通貨危機に対する対応として、同様のSAPsを再び東南アジア諸国や韓国に押しつけていることで世界中のNGOから批判されている。IMFはこうしたプログラムを通じて、これらの国の福祉・教育・医療・環境予算を削減させ、国内の社会問題を深刻化させてきており、また国際競争力を持たないこれらの国に貿易や金融市場の自由化を迫り、外国製品のための市場開拓と外国資本の参入を後押ししてきている。

●MAI交渉からの撤退、あるいは署名しないことを表明した政府
*フランス(2月25日)
経済相は、仏議会において、MAIが以下の4点の要件を満たさない限り、MAIに署名することはできないと発言した。1. 国内の文化産業を優遇できること、2. アメリカの一方的措置(ヘルムズ-バートン/ダマート法)を温存しないこと、3. 私企業が国家を直接訴えて賠償請求を行えないようにすること、4. 欧州連合の内外を区別する待遇が認めること。
*チェコ(3月24日)
チェコ議会は、同国がMAIからの適用除外を求めて提出している「留保項目」が認められない可能性が高いという理由から、MAI交渉からの撤退を決定した。
*欧州議会(3月10日)
決議文では37の勧告を行っている。その中では、
1. EUが既に署名している他の国際条約との整合性についてECは調査を行うべき、2. MAI加盟国が途上国に対してMAIに加盟するよう圧力をかけるべきではない、3. UNCTAD(国連貿易開発会議)とWTOにおける多国間投資協定と途上国との関係についての知見を参照すべき、4. 海外直接投資(FDI)についてEUに(交渉)権限があるかどうか検討するべき、5. 社会・環境ダンピングを禁止する条項がMAIに挿入されるべき、6. 特に動植物やヒトの遺伝子に対する特許などに関連して、「投資」の定義を明らかにするべき、7. 知的所有権については他の協定で扱っているためにMAIからは除外されるべき、8. MAIの「地域経済統合機関(REIO)条項」において欧州統合が明確に容認されない限り、MAIは締結されるべきでない、(EU各国はEU内で適用されている最恵国待遇を域外国に対して適用することを強制されないとしているEUルールの尊重)9. 「スタンド・スティル条項」と「ロールバック条項」が今後のEU内のさらなる法制整合化を妨げるものであってはならない、10. 紛争解決では投資家の権利が国家の権利とバランスされるべきであり、「投資家対国家紛争解決メカニズム」の必要性を再考すべきである、11. 文化や言語の多様性を守る各国の権利が認められねばならない、12. MAIが「補助金獲得競争」を禁止している点は評価するが、多国籍企業に関する税制の問題はOECDで扱うべきではない。

■「 MAIにNO!!」キャンペーンと世界の動き
 MAIに対して、世界中の市民グループ、消費者団体、労働団体が反対キャンペーンを展開してきた。日本ではほとんど報道されないこの協定について、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、イギリスなどを始めとする各国のマスコミは、市民や議会の動きを頻繁に報じている。MAIの行方を懸念したOECD事務局は、企業代表との協議の場において「NGOがメディア上でMAIに反対する意見を頻繁に流している。企業はそれに負けずにMAIに賛成する意見をマスコミに載せて欲しい」と要請さえしている。
 日本でも2月初頭から「MAIにNO!」キャンペーンを開始した。市民フォーラム2001、アジア太平洋資料センター、APECモニターNGOネットワークが事務局となり、現在までに全国の50以上の団体が賛同している。キャンペーンでは、まずはリーフレットを広く配布し、交渉打ち切りを要請する署名を集め、同様の趣旨のハガキを橋本首相、各自治体の首長、およびOECD事務総長に宛ててそれぞれで署名の上、郵送してもらう活動の他、4月の11日〜19日に、大阪から京都・名古屋・瀬戸・長野・松本・甲府・横浜・東京の計9カ所でキャンペーン・キャラバンを行う。なお、自治体に対して実施したMAIに関するアンケートでは返答のあった83の自治体の77%がMAIについて知らないという結果が出ている。


■MAIの今後
 MAI交渉グループの議長を務めているエンガリング氏(オランダ)によれば、MAIは内容的にまだまだ不十分なものであり、4月の閣僚会議で署名するのは望ましくないという。しかし一方で、フランスのNGOによると、一旦協定として締結してしまえば、条約法に関するウィーン条約に則り、コンセンサスがなくても3分の2の賛成で条約改正が行えるようになるために、条約化(締結)を急ぐ声も高いという。議論が分かれる部分についてはとりあえずは外しておいて、柱となる条文だけで協定を締結し、それから時間をかけて細部を詰めたり、一般的例外や各国の留保項目について交渉を進めればよいと考えている交渉者も多いと言えるだろう。MAIの影の推進者である多国籍企業にとっては、「投資家対国家」紛争解決メカニズムさえ設置できれば、その他は後でどうにでもなると考えていると推測できる。
 今後のスケジュールについては、米政権がファスト・トラック(一括承認手続き)法案の議会承認を得られず、また中間選挙を控えて八方美人にならざる得ないという国内事情を抱えていることからも、MAI交渉が再度本格化するのは夏以降になると言われている。

MAIを巡る最近の動き・目次



MAIを巡る最近の動き
1997年12月〜1998年1月


●海外直接投資(FDI)の環境影響に関する研究レビュー
 昨年12月、MAIを担当しているOECD/DAFFE(財政金融企業局)は「海外直接投資(FDI)の環境影響に関する研究レビュー」を発表した。これは「MAIの環境・社会影響について、市民参加のもとで独立のアセスメントを実施すること。これが終了するまでMAIの交渉を停止すること」、というOECDとの協議におけるNGOの要求に部分的に対応したものである。
 しかし、これはレビューであるという性格上、すでに存在する研究成果の寄せ集めに過ぎない。MAIによって変質する国際経済の枠組み(例えば外国投資家が現地政府・自治体を提訴できるようになるなど)における影響予測にはほど遠い内容であるだけでなく、社会影響については全く触れていない。さらにMAIは、FDIだけでなく株式などの債権取引までを自由化することになること、およびこの環境レビュー自体が市民参加のもとで独立した組織で行われなかったことを合わせて考えれば、このレビューは当初のNGOの要求を満たすものではない。
 ただし、このレビューではFDIの環境影響について、 今まで出されている文献を総合的にレビューしているため、多様な形態・目的ごとにFDIを分析しており、また、環境への好影響と悪影響の可能性の両面について記述しているという点では参考になる。(原文は2001事務局にあります)


●BIAC・TUACとMAI交渉グループ・OECD事務局との協議
 OECDパリ本部において今年1月15日・16日、OECDの公式協議組織であるBIAC(ビジネス産業諮問委員会)とTUAC(労働組合諮問委員会)がそれぞれ半日づつ、各国の交渉者から成るMAI交渉グループおよびOECD事務局とMAIに関する協議を行った。この協議は、95年9月から1カ月半に一度の割合で割合で継続して行われているMAI交渉の日程(今回は1月12日〜16日)の中で行われた。(報告を後述)

●NGOとの再協議の提案について
 12月、OECD事務局とMAI交渉グループの議長から、1月にBIAC・TUACとの協議を行う際、NGOとの協議も再度行ったらどうかという提案を受けた。これに対し、NGOの間で電子メール上で対応が話し合われた。多くのNGOは、前回の協議(10月27日)でNGOが提出した要求項目がほとんど実現されていない中、再度協議を持つことに否定的であった。そのため、今回はNGOとしては協議は行わず、BIAC・TUACの協議に数名がオブザーバとして参加することになった。

●「BIAC・TUACとMAI交渉グループ・OECD事務局との協議」報告(抜粋)
 これらの協議には数名のNGOがオブサーバとして参加し、協議内容およびその間に収集した非公式情報を報告している。主な内容は以下の通り;

▼非公式情報
MAI交渉のスケジュール:今年4月下旬に開催されるOECD閣僚理事会での採択が予定されていたが、現実にはそれまでに交渉を終えるのはほぼ不可能であるという。交渉期限をあと半年くらい延長し、今年11月頃にMAI調印のためだけに閣僚理事会を改めて開催するという線が強くなっている。

OECD非加盟国(途上国)のMAIへの参加:MAIを交渉しているのはOECD加盟国の先進29ヶ国だが、非加盟国もMAI調印後に加盟することができる。OECD各国は、MAIの適用から除外する「留保項目」を各国がそれぞれがリストにして提出している(合計600ページにも上る)。しかし、非加盟国がMAIに加盟する際には、「留保項目」を提出することは認められていても、それが個別に検討に付されるため、譲歩させられる可能性が高いことが懸念されている。こうした状況の中、非加盟国がMAIに加盟する場合、その時期が遅くなればなるほど「留保項目」を譲歩させられる可能性が低くなるとの指摘がある。すでに600ページにおよんでいる留保リストだが、それに新規加盟国のリストが連なれば連なるほど、個別交渉が緩やかになるだろうとの予測による。

MAIに関する次官級協議:次回のMAI交渉の期間中の2月16日・17日にMAIに関する次官級協議が行われる。ここでは、労働・環境の面から検討してMAIの内容が適切であるかどうか、および労働・環境に関するMAI協定の文案が適切であるかどうかも検討される。MAIの今後を決める一つのやまばとなる。

OECD多国籍企業ガイドライン、今年中にレビュー:1976年に作成された「OECD多国籍企業ガイドライン(The OECD Guideline for Multinational Enterprises」は、法的拘束力を持たない、OECD諸国政府と企業との間のいわゆる紳士協定であり、1991年に一度だけ本格的なレビューを行われたきり、大きな改訂作業は行われてこなかった。今年は本格的なレビューを行う年となっており、今年後半にその作業が行われる。BIAC/TUACともにその作業プロセスに参加を希望しており、またOECD事務局はNGOからのインプットに対する要請も出されている。


▼BIACとの協議:
BIACの主な主張は以下の通り;
・投資家への無差別待遇の徹底と、投資家の保護のための基準の引き上げを望んでいる。
・税制は、投資を引きつけたり、あるいは投資に水を差したりすので、MAIに含められなかったのは極めて残念だ。少なくとも、紛争解決の対象とされる濫用防止条項が必要である。また、税制の条項には利益の本国への送還や、パフォーマンス要求、収用、透明性などが含まれるべきである。税の迂回を防止する条項も必要だ。
・効果的な「投資家対国家」紛争解決メカニズムを作ってほしい。この紛争解決メカニズムが入っていないMAIは受け入れられない。
・投資家が安心して投資できるよう、収用の概念は広げられるべきである。「しのびよる国有化(creeping expropriation)についても含められるべきだ。
・MAIが、支持するに値するほど質の高い協定かどうか疑問だ。
・各国の「留保項目」は交渉で減らされるべきである。さもなくばOECD非加盟国も加盟するときには同様の「留保項目」を認めさせようとするだろう。
・例外について-米国産業界はEUとカナダの提案している「分野による例外」は容認できない。EUが提案している地域経済統合機関(REIO)に関する例外規定は、もっと特定されるべきだ。産業界の支持なくしてはMAIが米議会を通過できないことを忘れないで欲しい。
税制は投資を引きつけたり、投資に水を差したりするため、MAIに含められるべきだ。税制の条項には利益の本国への送還や、パフォーマンス要求、収用、透明性などが含まれるべきである。税の迂回を防止する条項も必要だ。
・もっと水準の高い既存の二国間投資協定(BIT)が MAIによって無効化することがないよう、無効化防止条項(non-derogation clause:この場合は、既存の条約が新たな条約によって無効化するのを防ぐ条項)を含めるべきだ。
・WTOサービス貿易協定(GATS)の最恵国待遇(MFN)原則によって、MAI協定の恩恵が自動的に非加盟国に対しても適用されねばならないことは、非加盟国がMAIに加盟する必要性を減じる。
・公的債務についても含められるべきだ。
・多国籍企業ガイドラインが拘束力のない付属書になることを望んでいる。このガイドラインのレビューに参加したい。しかしMAI交渉の中でこのガイドラインをレビューすべきではない。
・環境に関しては3アンカー方式(前文で労働・環境に言及/本文に基準緩和禁止条約を設ける/多国籍企業ガイドラインを付属文書(法的拘束力なし)とする)を支持する。NAFTA1114(環境に配慮した投資を促進するための加盟国の措置を妨げない。投資誘致のために健康・安全・環境に関する措置を緩和すべきでなく、他の加盟国でそのような誘致措置が行われている場合には協議をすることができる)のような文書であれば容認できるが、あまり具体的な文書は、一部の国のMAIへの加盟を困難にするだろう。MAIは環境基準を設定するべきではない。(有害物質などの)特定部門について言及すべきでない。環境影響評価についての言及にも反対する。
・労働については、緩和防止の意味が不明だ。立法を容易にするための改訂なども緩和措置とみなされかねない。基準の実施をどう確保するかという問題は、国際労働機関(ILO)で話し合われるべき問題であり、これがMAIに入るのであれば産業界はMAIに反対する。

OECD事務局と各国の返答

・私たちはNGOやTUACなどからも批判されており、その内容はBIACのものとは全く正反対である。我々は1947年にGATTが発足したときと同様、歴史的な第一歩を踏み出したばかりなのだ。GATSとMAIの関係については考えがあり、これから草案する。税金控除のための賄賂は問題だ。また、外国企業に対して企業の母国政府に対する報復を適用することから投資家を保護する必要がある。産業界は、NGOと比べてMAIについてのメディア上での発言が少ないので、どんどんMAIを支持する発言を行って欲しい。
・ドイツ-各国の「留保項目」をなくすことはできない。しかしMAIでは多国間の拘束力ある枠組みが実現し、また、やスタンドスティル条項(各国がMAIに反する法規を新たに設けないこと)やロールバック条項(MAI協定に国内法を整合化させること)の挿入も検討されており、例外についても締結後に継続して減らす交渉を行う予定だ。問題は一般的例外である。
・カナダ-NGOの意見とバランスさせる意味でBIACの意見を歓迎する。「域外適用(米のヘルムズ・バートン法を暗に指している)」についてどう扱うべきか?MAIは、この問題を見過ごすべきではない。
・日本-税制については国内でかなり討議してきている。二国間租税条約のネットワークを作ることはできなかった。産業界は二国間租税条約と、政府協議、内国民待遇原則などを利用しなければならない。
・フランス-MAIは税制についてもっとカバーすべきだった。しかし純粋な経済目的だけでなく、文化などのその他の分野への配慮も必要だ(フランスは「文化」を一般的例外にしようとしている)。「域外適用」の問題にも関心がある。公的債務については例外とされねばならない。パリクラブ・ロンドンクラブ(債務リスケや軽減を行っている)を尊重すべきだ。
・イギリス-「域外適用」と公的債務の問題はフランスと同意見。逸脱防止条項については議論中だ。収用に関しては、「国家の特権(prerogatives)」と投資家保護との間に適当なバランスが必要だ。これについてはNGOと一部の政府が多大な懸念を表明している。REIOの例外を適用する範囲についてはすでにかなり限定された。
・スイス-企業の権利はその他の権利と適切なバランスを保たねばならない。我々は多国籍企業のためだけにMAIを交渉しているのではない。中小企業の利益も擁護せねばならない。多国籍企業ガイドラインは重要だ。紛争解決については、(提訴の乱発を防ぐための)適用に関する事前措置が必要だ。
オーストリア-紛争処理については、決定は調停者が行うものだ。MAIで初めて採用されたトップ・ダウン方式(ネガティブ・リスト方式)には例外がつきものだ。「投資家対国家」紛争解決もMAIで初めて多国間協定に採用されるものだ。環境や労働に配慮することでMAIの真価が下がるとは思わない。
・メキシコ-OECDの非加盟国をMAIに加盟できなくさせる要素は何か考えて欲しい。基準の引き上げについても同様の問題がある。
・米国-貿易、投資、環境は関連した問題だ。適切な環境政策のもとでは環境保全と経済自由化は相互補完的な関係になる。MAIが改善されても批准できないかも知れない。ここで環境基準を決めるべきでないことは同意するが、環境と投資の関係について対処せねばならない。


▼TUACとの協議:
テーマはMAI協定文における環境と労働の扱いについてのみに絞られた。
TUACの主張は以下の通り:
・「OECD多国籍企業ガイドライン」は、「道徳上および実際上」拘束力を持つ形でMAIの付属文書とされねばならず、さもなければMAIは容認できない。
・国内基準の緩和防止条項とならんで、ILOの「基本的労働権」が拘束力を持つ要素として協定文の本文に含まれるべき。これらの基準は、基準が守れる範囲での開発(適切な開発レベル)の指針になる。これらの基準の緩和防止が、拘束力のない前文に挿入されることになれば、OECD非加盟国が貿易加工区では基準を棚上げにしている実態を改善できない。
・国内基準の実施を確実にするためのメカニズムが必要。
・企業の権利と責任のバランスがとれた協定になることが批准の前提条件である。
・MAIは社会権と地域開発に多大な影響を与える。
・環境問題も重要であり、MAIについてNGOとの対話が継続されるべき。

OECD事務局および各国の返答
・カナダ-MAIは政府の規制能力を制約しない。労働に関してはNAFTAよりも配慮した文書にしたい。しかし基準緩和防止条項がどう実施されるのかが不明である。基本的労働権については、批准していない国もあるのでMAIにいれるのは困難だ。
・EC-国家主権と国際ルールとの適切なバランスを確保すること、および質の高いMAIルールを各国に遵守させることが難問である。途上国に不利にならないような協定にしたい。労働と環境に関する条項は拘束力のあるかたちにしたいと考えている。
・イギリス-社会全体に貢献する協定にしたい。イギリスは拘束力のある国内基準緩和防止条項を望んでいるが、基本的労働権は含めたくない。OECD多国籍企業ガイドラインについては改訂が必要であり、特に環境と労働に関する部分は改訂されるべきである。
・オーストラリア-MAIの主目的は世界の投資を拡大することであり、投資を減少させるような条項を設けることはその目的に反している。3アンカー方式と各国の留保項目を組み合わせるのが望ましい。緩和防止条約には拘束力を持たせ、基本的労働権は含めないのが望ましい。
・ノルウェー-労働と環境については本文中に別々の条項を設けるべきだ。
・ニュージーランド-質の高い投資協定を望んでいる。環境は他の協定で話し合われるべきだ。ILO条約は批准していないので含めて欲しくない。
・フィンランド-基本的労働権を含めなければ批准できない。
・ルクセンブルグ-拘束力のある基準緩和防止条項と、拘束力のない基本的労働権を希望する。
・チェコ-MAIは成長を促進し、小国に対する差別を排除する。拘束力のある基準緩和防止条項を望むが、基本的労働権については前文で触れる程度にしてほしい。基本的にこれは投資家への無差別待遇を徹底させる協定であり、労働については他の協定で取り組むべきだ。
・米国-批准のためには環境・労働を含めねばならない。
・ドイツとEU-MAIで追求できる労働と環境の達成目標について特定すべきだ。
・日本-基本的労働権に関して法的拘束力を持つ文書を挿入することは困難だ。ILO条約が遵守されているかどうか国会が精査せねばならなくなる。つまり新たな労働法制を立法しなければならなくなる。

●OECD「環境に関するハイレベル諮問委員会」のOECD事務局長に対する報告書
 OECD環境大臣会合の勧告にもとづき設置されたこの諮問委員会は、半年間のヒアリングと討議を終え、昨年末(11月)にOECD事務局長に宛てた報告書を提出した。この諮問委員会は、米国・世界資源研究所(WRI)所長のジョナサン・ラッシュ(議長)やドイツ・ヴッパタール研究所のエルンスト・ワイツゼッカー、環境文明研究所の加藤三郎(元環境庁)などの環境派から、鉱山会社や「持続可能な開発に関する世界ビジネス諮問委員会(WBCSD)」の代表を含む、政府・企業・研究者・市民団体の代表ら14名の「賢人」で構成され、OECDが「環境」や「持続可能な開発」に関してどのように取り組んで行くべきかについて進言することを任務としていた。
 11月に提出された報告書の中では、自然のシステムと経済システムが調和できなければ、環境と経済の両方が多大な被害を被るとし、OECDに持続可能な開発を促進する先導的役割を求め、実現のための指針を示している。その中では、以下のような「グローバリゼーション」と「自由市場経済」の批判を行っている。

*各国・各自治体間の競争が世界規模で激化する中、環境への配慮がなおざりにされる可能性がある。雇用と利益を生み出すという短期的目的が、環境配慮という長期的目標を圧倒してしまうこともあり得る。

*各国政府は、平等、健康、高齢者や貧困者に対する社会福祉、環境、税制など、国民の福利に深く関係する政策決定において、以前ほどの影響力を行使できなくなってきており、そのために、西洋文明の理想である「自由」を支えてきた民主的選挙は、その意味を失いつつある。

*自由市場経済は、市場において富と成功を手に入れることができる人々と、そうでない貧困者や弱者との間の力関係を適正なバランスに保つことで恩恵をもたらしてきた。貧困者や弱者は、過度の不平等が起きないよう、民主的な選挙を活用してきたのである。しかし、グローバリゼーションによって、この適正なバランスが崩される恐れがある。

 MAIについては、「持続可能な開発」の実現に重要な役割を果たし得る、としか記されていないが、上記の3点の批判は、MAIによって促進される「投資のグローバリゼーション」にも当てはまるものであろう。

●OECD環境大臣会合

 4月上旬にOECD環境大臣会合が開催される。ここでは、BIACとTUACにならんで、環境NGOによるECO(Environmental Citizens Organizations:環境市民団体)というOECDの公式な協議組織を設置するかどうかが討議される。ECOを設置するアイデアは、欧州環境連合(EEB)というヨーロッパの環境NGOネットワークが中心となって1995年頃からOECDと協議されてきているが、BIACやTUACとは違ってECOは資金面でのサポートがない限り実現が難しく、また、市民社会全体を代表しきれないことをどうするかなどの懸案もある。しかし、ECOがOECDに設置されることで、NGOはさまざまなOECDの会議や委員会に代表者および専門家を送り込めるようになる。

MAIを巡る最近の動き・目次



(市民フォーラム2001佐久間智子)