「WTO次期交渉に関する説明会」(1999年3月9日)報告


 3月9日、「民間団体」を対象にした外務省のWTO(世界貿易機関)次期交渉に関する説明会が2時間にわたって開催された。これは、MAI(多国間投資協定)に対する国際市民キャンペーンや、WTO本部が市民社会に対してオープンになってきたことが反映された結果であろう。
 説明会には55名が出席し、生産者団体やNGOの他、製紙業界やプラスチックメーカーの代表、税理士など16人が質問や意見を述べた。それらに対する外務省のコメントを以下に紹介する。


今後のプロセスについて

●民間団体からの意見は聞くが、憲法と国会法・内閣法が定めるとおり、政策決定はあくまで国会および内閣で行われる。しかし今後、より「建設的な」議論を行うためには信頼醸成が必要であり、このような協議は今後も継続するつもりだ。

●情報公開のレベルの向上と手段の改善については、努力するが、確約することはできない。また地方でこのような協議の場を持つことについても約束はできない。ウルグアイラウンド協定の影響評価については、OECDおよびWTOレベルである程度行われており、日本政府として実施できるかについては確答できないし、それに関する情報を一般に提供することも今後検討する。


日本政府の立場について

●WTO次期交渉に向けた日本政府立場については、現在各省庁間で調整を行っている。各省庁内での立場を明確にした後に閣僚間で討議し、日本政府の立場を作る。

●国によって利害は異なり、自由化できる分野も国によって異なっていることから、包括的交渉が合理的な方法だと考えている。

●非貿易関心事項については重要な問題だ。日本政府はEUとともに、「多面的機能」の概念をWTOルールに盛り込むよう主張している。しかし同時にそれを名目とした保護主義は排除されなければならない。

●外務省としては、WTOルールで定められている国境措置や補助金政策などといった国内農業保護のための施策については目標も戦略も決定していない。(しかし輸出補助金については日本とEUとの間に明確な違いがある。日本はこれに反対している。)むしろ日本としては、(日本のような)食料輸入国が、安定した食料輸入とそのための外貨獲得ができるような環境づくりに焦点をあてた主張を行うべきと考える。

●環境保全は重要であるが、貿易および貿易ルールは環境問題の主な解決手段にはならないと考える。

●サービス分野に関しては現時点では統計も実証的研究も少なく、現実には(日本政府の希望としては)サービス分野の自由化はそれほど進まないと思われる。

●投資ルールは、途上国も参加できるようなものでなければならない。「投資家対国家」紛争解決メカニズムはもはや現実性が低いと考える。

●林産物自由化交渉についてはWTOで行うべきと考えており、APEC(アジア太平洋経済協力会議)における交渉に対しては今後も反対していく。

●遺伝子組み換え製品の貿易に関してはまだ明確な立場を決めていない。


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 今回、日本政府の立場について外務省は明確な説明を行わなかったが、すでに他省庁では、いくつもの重要なプロセスが開始されている。重要分野についての立場は関係省庁が作成するものであり、外務省の役割は国際交渉のためのとりまとめといったところだ。例えば通産省は主に産業界からなる審議会の部会で意見聴取を行い、その意見を決定に反映させようとしている。また農業分野では、与党議員、農林水産団体、農水省からなる三者会議が公式な立場を決めていく。これらのプロセスはWTO次期交渉開始後も継続されるだろう。一方でNGOなど他の力のない社会セクターがこれらのプロセスに参加する機会はほとんどない。
 参加者の一人が疑問を呈したように、最近増加している各省庁による特定の政策や法律に関するインターネット上での意見募集と同様に、この種の一般からの意見聴取は、まるで大海に石を投げるようなものだ。外務省や環境庁などは、徐々に市民社会に対する態度を変えつつあり、部署によっては、いまやNGOを、巨大な予算を持ち、数多くの利益団体に支えられている開発官庁との闘いにおける新たな味方と位置づけているところもある。しかし同時に、潜在的な味方であるNGOや市民との協力が容易ではないことにはこれらの省庁も気付きはじめており、また、市民社会に対してオープンになればなるほど、彼らの求める市民社会の不在に気づかされるというのが現状のようだ。
 結局、実質的な国内の利害調整に発言権を持たない外務省と、NGOとの協議は、弱いものどうしの協議にすぎないとの見方もできる。そして真の駆け引きは別の場所で行われているのである。通産省の交渉担当者が、次期交渉では農業を自由化の対象として取り上げることによってサービス分野の自由化を遅らせようとしていると言われている一方で、通産省の産業構造審議会WTO部会では現在、WTOレベルにおける投資ルールのあり方について活発な議論が行われている。そこでは、OECDでかつて交渉されていたMAIに類する投資ルールをWTOで策定することが、ほぼ合意されている。日本政府としては「投資家対国家」紛争解決メカニズムについては反対しているが、その裏には、WTOの投資協定とMAIとの異なる点を強調することによって、途上国の支持を取り付けようという狙いがある。
 最近、農水省が国会に提出した「食料・農業・農村基本法案(新農業基本法案)」は、国内農業に破滅的打撃をもたらした1961年の農業基本法の致命的な欠陥を、そのまま引き継いだ内容となっている。法案の前文では農業と農村の「多面的機能」の保全を謳っているが、具体的な施策を述べた章には、この概念がほとんど反映されていないばかりか、その逆といってよい内容が、多く含まれている。これは、農村出身議員・全中・農水省などが、これまでの支持基盤であった農民層の利権擁護を放棄し、加工食品業界や食料輸入業界などの新しい支持層とともに、農業自由化を正当化する「フード・システム論」という新しい概念を導入しようとする動きを反映していると考えられる。フード・システム論とは、海外での食料生産と加工、流通を一本化し競争力を強化することによって、日本人への安定した食料供給を保障するというものであり、見方によっては日本資本による新しい経済植民地化を押し進めるものだ。
 こうした状況を見ると、こうした協議プロセスの有効性だけでなく、今後も参加する価値があるのかどうかについても疑問を持たざるを得ない。むしろ、政府に対しては情報提供と市民社会の真の参加を要求するのみにとどめ、他方で国内・国際レベルで市民キャンペーンをたちあげ、内外から政府に対し圧力をかけていく方が、個別具体的な意見を言っていくよりもよいのではないだろうかと思われる。

(佐久間智子・市民フォーラム2001) 



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