WTO次期交渉に向けた意見と要請

1999年3月21日

     

市民フォーラム2001
APECモニターNGOネットワーク


前文

 私たちは、環境・社会的に持続可能かつ公正な社会システムへの変革を目指す立場から、国内および国際レベルで実施されている、規制緩和・自由化を柱とする現在の経済政策が、国内外の環境と社会全般に与える影響について懸念しています。こうしたグローバル化を促進する諸政策のもとで、概して一部の巨大な多国籍企業への富と権限の集中が進み、FDI(海外直接投資)や金融取引などを通じて内外の民間資本が各国政府の政策決定に過大な影響力を及ぼすようになりました。その結果、各国政府は「富の再分配」や環境保全、労働者保護、社会福祉などの政策目標を達成することが困難になってきていると理解しています。

 しかし今、環境・資源的制約や生活者の福利を無視した産業構造そのものを変革しなければならないことが明白になってきました。つまり、既存の「経済成長」の概念や、経済の目的自体が問い直されるようになってきたのです。また、大企業だけが利益を寡占していくことを可能とするような現在の「貿易・投資の自由化」は、名目上の経済成長や雇用創出にさえ貢献しないことが証明されつつあります。こうした中、本来の政府の役割である、富の再配分や規制、セーフティ・ネットの整備などを放棄し、その代わりにグローバリゼーションの下で生き残れるような一部の大企業を各国が国を揚げて応援していく姿勢に、私たちは大きな疑問と不安を感じています。

 このままでいけば世界的な気候変動や砂漠化、森林破壊、土壌劣化、水質の低下や水不足、およびこれらによって引き起こされる世界全体の食料不足や大量の失業などの事態は避けられず、人々の生存が脅かされることは必至です。このような状況のもとで、食料自給を始めとして、地域循環を基本とする社会・経済システムの構築に向けた具体的な政策を実施していくことは、各国に課せられた最低限の責務です。また、援助や貿易・投資の自由化などを通じ、政治・経済大国が自国の経済利益のために他国の資源や市場を搾取することはもはや許されません。「先進国」は、各国が文化・伝統の多様性を尊重し、それぞれの国・地域が独自の発展パターンを選択することを可能とする世界ルールの確立に努力しつつ、その原則に則った国際協力を推進していかねばなりません。

 こうした認識から、私たちは、地球環境と地域環境の両方を守り、地域社会の主権と活力を取り戻すため、以下に現状認識を詳述し、これまでの経済のあり方を根底から変革していくことを要請すると共に、WTOの次期交渉に関連した要請を記します。

I. 基本認識

1.国際分業を進めることによる、地域環境および地域社会への影響
 国際分業の深化および規模の経済による集約型生産体制の拡大によって、生産地と消費地は地理的にますます分断され、生産の局所化がすすんでいます。特に集約型農林水産業の拡大によって、地域環境に適合した小規模な永続型農林水産業は駆逐され、地域生態系内での物質循環、多様性維持、安定性の崩壊が起きています。
 このように局地的な集約的資源利用による地域環境許容量を無視した生産によって地域環境の安定性が脅かされている一方、輸入地域でも、地域環境の保全に貢献していた永続型農林水産業が崩壊し、地域生態系内での物質循環、多様性維持、安定性などの機能が失われています。さらに、地域環境の処理能力を越える消費によって廃物の蓄積が発生し、環境コストの問題が顕在化するようになりました。これは、貨幣評価が優先される中、公益的機能への評価が軽視された結果として、地域環境、地域社会の維持のために農林水産業が果たしてきた多面的な機能が失われていることを意味します。

2.地球環境への影響について
 貿易の自由化により、消費総量が拡大することで、温暖化の加速、原生林の喪失、水産資源の減少、生物多様性の喪失といった影響が引き起こされると考えられます。消費の増大が、生産と廃棄のそれぞれの面で環境への負荷を高め、地球全体としての物質循環体系における永続的地球環境許容量を越えててしまい、再生可能資源さえも枯渇させてしまいます。これは、いわゆるグローバル・コモンズを失うことで、結果として単に現在世代の生活を制約するというだけでなく、将来世代の資源利用の権利を奪うことを意味します。

3.社会の安定性への影響について
 国際分業によって輸出産業への特化が進み、同時に必需品の輸入が増加することで、輸出価格の変動や外貨収入に社会全体の命運がゆだねられることとなります。また、自由化による市場メカニズムは価格調整を重視するために、需給生産量の調整が敏速に働かないときには価格変化の不安定性が増大します。輸出価格変化によって地域社会の安定性に大きな影響を及ぼす構造を作ってしまいかねません。
 資本移動の自由化は、アジア経済危機で示されたように、為替レートの変動を不安定化するとともに、景気変動を激化させる恐れがあります。ところが外国送金規制や企業に対する国際収支均衡政策などの安定化措置が、自由化政策の中で禁じられるなどの動きさえあり、その影響が懸念されます。また、企業活動の移動可能性が高まる中で、不安定な雇用や失業への対応が放置されています。
 さらに、自由化の結果、不安定性が増大すると同時に、国内外での富の集中と格差の極端な拡大の中、生存権さえも満たせない階層が急増しており、社会的な公正が損なわれています。こうした公正性の欠如は、社会生活における排除と分断、モラルハザードを引き起こし、社会不安への対処に伴う様々な社会コストを発生させます。  
 以上の影響によって貿易の自由化は、社会の安全、安定性を損ないリスクを高めることになるのではないかと私たちは考えています。

4.健康および食糧安全への影響
 検疫制度におけるハーモナイゼーションによって低位平準化が進められることで、実質的に食品に関する安全基準が引き下げられるなどの影響が既に出ています。 
 所得・資産格差を背景としながら、汚染物質や廃棄物貿易が行われ、汚染者負担の原則を無視して、規制が弱く、低所得な地域へと、将来どれだけのコストとなるかも不明確な汚染物質、廃棄物の移動が加速しており、公正性の観点から大きな問題となっています。

5.国内産業セクターへの影響
 貿易および投資の自由化は、幼稚産業育成のための保護政策や中小企業や地場産業の振興政策、あるいは技術移転誘導政策などを制約することにもなります。同時に、伝統産業、文化的重要性を持った産業のための保護政策をも制約することにもなります。こうしたセクターへの様々な政策は、現時点の効率性を基準とするだけでなく、幅広く、長期的な視点から行われているもので、地域社会や国家レベルでの経済社会の多様性や独自性を保持する上で重要なものでもあります。こうしたセクターが単に採算が合わないというだけで失われていいものとは考えられません。



II.内容に関する要請

1.「多面的機能」を巡る理論と実証研究の積み重ねを
 現在、日本政府は農業が果たしている環境保全や地域社会の維持・振興といった側面を「多面的機能(Multi-functionality)」という概念によってWTOルールに反映させようと試みています。しかし、その主張に説得力を与えるような実証的な研究に裏付けられた理論構築はほとんど行われておらず、また今後行われる可能性も低いように思われます。
 一方で現在、内閣に提出されている「食料・農業・農村基本法(新農業法)」には、前文で農業の多面的機能に関連した記述があるのみで、各論の中では相変わらず規模拡大や企業経営を農業に持ち込むことなどによる生産効率の向上と、輸入と備蓄に基づく食料の安定供給が強調されており、多面的機能を保全していくための施策との矛盾が露呈する形となっています。
 これは、食品加工や食料輸入を行っている食品関連産業が国際競争力を維持すること、および経済界による農業補助金削減要求などを反映した結果であり、従って、健全かつ持続可能な農業を維持・再生していくための国際貿易ルールを作ることは、実際には政府内の最重要課題ではなくなっていることを現しています。
 しかし、世界全体が環境に過大な負担をかけるような大量生産・消費・廃棄パターンを脱して行かねばならないとの認識が広く共有され、また食糧不足の時代に突入していこうとしている今、各国政府は自国の産業構造を持続可能かつ公正なものとしていく責務が課されており、食糧自給や環境保全型農業、地域循環型経済の実現、および耕作者による土地所有を維持しつつ新規参入を促進することが求められています。国際ルールはそのような各国の努力を促進する形に作り替えられねばならず、WTOルールもまた、このような現実に即した形で抜本的な改革されねばなりません。
 その第一歩として、農業の「多面的機能」の議論は「工業の環境・社会コスト」の問題と並列して、WTOルール策定時に考慮されるべき重要な要素として、その実証と理論が確立される必要があります。この点について、日本政府にはどのような計画があるのかを知らせ、広範な議論を喚起していっていただかねばなりません。

2.国際投資協定の交渉は時期尚早
 昨年末、OECDで3年以上の年月が費やされた多国間投資協定(MAI)の交渉が正式に打ち切りになりました。その背景には、世界中の市民・NGOによるMAI反対世界キャンペーンの存在があります。
 私たちは、戦後初めてこのような国際的な経済協定の交渉がとん挫させられた理由について、深く分析することもなく、ただ単に交渉の場をWTOに移すことで同様の投資協定を成立させようとしている日本政府の姿勢に大きく失望しています。
 私たちは、多国籍企業が各国・自治体の立法・施策実施能力に与える影響や、環境・社会に与える影響を懸念しており、国際投資ルールは外国企業の国境を超えた活動に一定の制約を課すものでなければならないと考えています。従って、国際投資の自由化については、影響を被るあらゆる社会セクターとの継続的な協議や市民参加の下で公正な影響評価が行われない限りは、拙速な形でWTOで交渉が開始しないよう要請します。



III.交渉準備段階に関する要請

1.情報開示について
 WTO協定の内容と次期交渉に関する説明が外務省のウェブサイトに掲載されたことは大きな前進であり、大いに評価したいと思いますが、今後、このプロセスをさらに充実させるために、以下の点を要望します。
@WTO協定を批准したことで生じた国内法改正について、その詳細と、その影響についてまとめ、希望者に配布すること。
A次期交渉に向けた政府・国会内の意思決定プロセスについてウェッブ上で明らかにすること。
B次期交渉に関連する解説や情報については、日本政府の立場と、客観的事実をはっきりと分けてウェッブ上に掲載すること。変更や進展があった場合には速やかに内容を更新・追加すること。
C市民に対する説明および意見聴取のための会合を最低月に1回開催すること。
D東京以外の全国の各所で市民に対する説明・意見聴取のための会合を開催すること。

 特にWTO協定や関連国内施策などについての包括的な説明については、平易な解説をつけ加え、一般市民に理解しやすいよう工夫すること。

2.影響評価(アセスメント)について
 本来、WTO協定が世界および各国の経済・社会・環境に与えた影響について、きちんとした評価を行わない限り、新たな交渉を開始することはできないはずです。日本政府は、WTO協定と関連国内施策の経済・社会・環境影響について、最低限その国内影響について、次期交渉を開始する以前にアセスメントを行うよう要請します。さらに、この影響評価には、その評価方法の決定段階を含む全てのプロセスに市民・NGOを参加させるよう求めます。

3.市民参加のプロセスについて
 外務省が3月9日に「民間団体」に対する説明・意見聴取のための会合を開催したことは評価します。しかし、その場で外務省は、憲法と国会法・内閣法を理由に、この会合があくまで非公式であることを強調しました。しかし一方で、通産省産業構造審議会WTO部会には数多くの産業界の代表が委員として参加、サービスや投資に関する政府方針が産業界を巻き込んでまさに「官民一体」で作り上げられています。また、自民党議員・全中・農水省から成る農林水産問題三者会議は、農業交渉に対する政府の対処方針を実質的に決定する場となっており、自民党議員以外の国会議員は農業交渉に対する国内の意思決定プロセスに直接関与できないことになります。
 こうした実態を考え、社会的公正や環境保全のための活動に取り組む市民団体や消費者から意見を正式な形で聴取し、意思決定に反映していくことは、経済利益代表の意見とのバランスを考えても必要不可欠です。
 したがって、WTO次期交渉の問題に関心を持つ市民の意見が正式な形で意思決定に反映されることを保障するメカニズムを設置するよう要請します。

(以上)


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