
<気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)前後の国際交渉>
気候変動枠組条約第3回締約国会議(以下COP3)が、97年年12月に京都で開催された。議長国である日本は、97年夏には実質的に排出量が増加する提案、秋には先進国が平均3.5%削減(日本は2.5%削減)する提案を行うなど、消極姿勢に終始してきた。予備会合で、EU、G77+中国(途上国連合)は2010年までに温室効果ガス排出を90年比15%削減することを求めた。しかし日米など太平洋OECD諸国は高い削減目標に反対する一方、削減の抜け穴となる枠組みを次々に提案し、米国は途上国にも削減義務を課すことを求めて途上国の強い反発を買った。密室での政治的駆け引きが続いた結果、COP3終盤には、EU8%、米国7%、日本6%との案が示されたが、日本はこれに対しても最後まで反対し、米国に説得されて承諾した形だ。
採択された京都議定書は、2008〜12年に温室効果ガス(CO2や代替フロンHFCなど6ガス)排出を先進国平均5.2%削減(各国毎に差異化)するという内容だが、抜け穴となる多くの制度(吸収源や排出権取引など)を盛り込んでおり、削減に向けた一歩を踏み出したとは言えない内容である。またアメリカは国内の反対勢力を抱え、批准の見通しはたっていない。
会議終了間際に持ち込まれたこれらの抜け穴制度についての具体的な検討は、98年11月のCOP4に先送りされた。日本は吸収源の拡大解釈を進めることについて省庁間で合意した模様である。この他、排出量取引などの国際制度対応の検討会が環境庁、通産省で別々に開催されている。
<温暖化防止に向けた国内対策>
日本は1990年に、2000年までに1人当たりCO2排出を1990年レベルに安定化することを目標に盛り込んだ地球温暖化防止行動計画を閣議決定している。しかし温暖化防止の国内対策は進まず、結果、日本のCO2排出は5年間で8.3%も増加した。同計画には温暖化防止に逆行する政策中止の権限がなく、しかも同計画の関連施策の大半が、道路建設などの公共事業や原発増設などCO2削減に無関係あるいは逆行する施策であるため、増加は当然と言える。
ところが政府はCOP3前に政策の見直しを行うどころか、政策見直しを主張する環境庁や中央環境審議会を抑え込むべく、通産省・建設省などの審議会からなる合同審議会を設置した。合同審議会では、通産省のモデルが採用され、2010年までCO2排出削減は不可能と結論づけた。
京都議定書で6%削減が決まった後も、政府は国内では2.5%削減が限度とする方針は変えず、国内では削減策を追加しないとし、残りの削減義務については、吸収源の拡大解釈や排出権取引など、国外での「削減」で対応する方針を決めた。温暖化防止の具体的な国内対策については、地球温暖化対策推進本部(本部長:橋本首相)が1月9日の会議で、通産省の主張(省エネ法での対応、産業界の自主計画尊重、原発増設など)、建設省の主張(道路建設)のみを盛り込んだ方針を決定した。通産省は省エネ法改正案を国会に上程。通産省・化学品審議会は代替フロン増加は不可避として業界の自主目標まかせの方針を決定した。また通産省・総合エネルギー調査会は原発20基増設を軸としたエネルギー需給政策の議論を6月まで続ける予定だ。いずれの審議会も、業界代表が委員の多くを占めており、市民意見を聞く日程はない。建設省は1月30日に78兆円にのぼる道路計画を閣議決定させた。中環審の地球温暖化防止促進法の議論は、これらとの妥協を図るために内容に後退を重ね、結局、最後まで残っていた工場・自動車対策もすべて削除された法案が、98年4月28日に閣議決定され、国会上程された。
気候フォーラムへの参加
【期間】1997年4月〜1998年3月
【担当者】畑直之(活動委員)
【背景・内容】
気候フォーラムは、COP3に向けた市民とNGOのネットワーク組織であり、1996年12月の設立からCOP3までの期間中、温暖化防止の世論形成と海外(特に途上国)のNGOの受け入れを中心に活動した。市民フォーラム2001は運営委員団体として参加、畑が常任運営委員として、発表文書の取りまとめやイベントの企画運営などに協力した。97年5月には、ネットワークとしての気候フォーラムの基本的スタンスをCOP3に向けてまとめた「気候フォーラム10の主張」を作成し、畑が策定ワーチングチームの取りまとめ役を担った。その後、COP3百日前、50日前にはキャンペーン・シンポジウムを開催した。
日本政府の国内政策の背景となった通産省のシュミレーションモデルについては情報の非公開性とともに内容面の問題点も多く、気候フォーラムを中心にいくつかのNGOで分析を行い、97年11月25日には記者発表を行った(岩崎、畑参加)。COP3期間中及び前後は気候フォーラムを中心に京都で様々な活動が行われ、11月30日のCOP3一日前の様々なイベントや12月7日の市民大行動は大きな盛り上がりを見せた。
COP3期間中には、気候行動ネットワーク(CAN)が発行するニュースレター「eco」の日本語版とオリジナル記事を編集した気候フォーラムのニュースレター「kiko」は会期中好評を博した。その翻訳にあたっては地球温暖化研究会メンバーの吉村純・吉村敦子が協力した。
COP3後、市民・NGOによる今後の方向の提案として「今後の気候変動/地球温暖化問題への取り組みについての提言」を98年2月21日の運営委員会で決定し発表した。4月に気候フォーラムは解散し、その後継組織である「気候ネットワーク」が、COP4に向けてキャンペーンや途上国の参加支援などを行っていく予定である。
【期間】1997年7月31日〜8月7日
【場所】ドイツ・ボン
【参加者】大久保彩子
【背景・内容】
AGBM7では、前回会合で採択された議長草案をもとに「実質的な交渉」の段階に入ることが予定されていた。@数量目的、A政策と措置、B全締約国の義務の履行の推進、C組織的事項についてノングループが設置された。交渉はほとんどが非公開で行われたため、NGOは議場にはいることができなかった。最終的には各ノングループごとに交渉テキストが出されたが、テキストにはいくつかの案が併記されており、数量目標値の議論等は前進せず終わった。枠組みの議論では、削減の抜け穴となるバスケットアプローチやネットアプローチ、排出権取引の採用が大勢に支持されるなど、全体として後退の気配であった。
日本政府は具体的な削減目標値を提案していなかったが、8月2日、「日本政府はアメリカ政府に対して非公式に2010年からの5年間に、一人当たり排出量を3トン以下にする;総排出量を1990年レベルに安定化する;のいずれかを選択させる、との提案を行った」という新聞報道がされた。これが事実である場合、先進国全体の排出量が増加する恐れもあり(温暖化研究会の試算)、現地の日本のNGOは共同でこれを批判する緊急声明を発表した。日本政府の提案はeco紙でも厳しく批判され、日本政府代表が「附属書1締約国に排出量の大幅な増加を許すような提案はしていない」と全体会合の場で異例の弁明を行った。温暖化研究会は、こうした共同声明に対応したほか、ニュースレターを発行し、米国追従の外交政策のあり方について批判した。また、最終日には日本のNGOとともに共同記者会見を行った。
【期間】97年10月22日〜31日
【場所】ドイツ・ボン
【参加者】米本昌平(理事)、住野節子(共同代表)、朴恵淑(温暖化研究会代表、活動委員)、大久保彩子(温暖化研究会)
【背景・内容】
COP3前の最後の準備会合であるAGBM8では、温室効果ガス排出量の削減目標の各国案が出揃い、ようやく交渉の出発点に立ったが、日・米・EUの先進国間の対立や途上国と先進国の間の利害が激しく対立した。アメリカは2010年までに1990年レベルで安定化、日本は2008年〜12年に5%削減という極めて消極的な提案を行い、EUは2010年までに一律15%削減を主張した。一方途上国は、EUを上回る高い削減数値で足並みを揃えた。各国の意見調整は難航し、結局数値目標に関する議論は先送りとなった。また排出削減の枠組みについては、「バスケット・アプローチ」や「繰り越し」など削減を曖昧にするシステムや、自国で削減せず他国の排出枠を買い取るシステムである「排出権取引」や途上国などとの「共同実施」など、環境NGOが議定書の実効性を低めるとして反対している仕組みが京都議定書に盛り込まれる見込みが強まった。
「地球温暖化問題への国内政策に関する関係審議会合同会議」での意見表明と抗議の声明
【期間】1997年10月27日、11月11日
【担当者】岩崎駿介(共同代表)
【背景・内容】
「地球温暖化問題への国内政策に関する関係審議会合同会議」(委員は関係する9つの審議会の代表)は、地球温暖化の国内対策の基本的な方向付けを行う目的で設置され、8月から11月にかけて会議は5回開かれた。その間東京と大阪において、市民・NGOからの意見聴取が行われ、10月27日に行われた東京での意見聴取で岩崎駿介(共同代表)が意見発表を行った。しかし18人の委員中、4名しか出席しないなど市民の意見が軽んじられていること、また意見発表を政策に反映させるプロセスが不在であり、合同会議の位置づけがあいまいであるなど、会議のあり方自体に大きな問題があった。そのため11月11日に、合同会議のあり方と、11月7日に発表された「合同会議・報告書骨子(案)」における新エネルギー対策や対策の基本的方向が政府案とほぼ同一であり、合同会議が政府案の追認に終わったことに対する抗議の意見を合同会議事務局と橋本首相に提出し、同時に記者会見を行った。
気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)への参加
【期間】1997年12月1日〜11日
【場所】京都国際会議場及びその周辺
【参加者】石井敦(温暖化研究会)、岩崎駿介(共同代表)、大久保彩子(温暖化研究会)、沖村理史(温暖化研究会)、キム・ライマン(温暖化研究会)、住野節子(共同代表、温暖化研究会)、田中優(共同代表)、朴恵淑(活動委員、温暖化研究会)、畑直之(温暖化研究会)、吉村純(温暖化研究会)、吉村敦子(温暖化研究会)、米本昌平(理事)他
【背景・内容】
COP3期間中、海外の政府代表団及び日本政府に対してロビー活動を行うと同時に、展示、プレスリリースの発行、記者発表、ワークショップの開催などを行った。京都国際会館内イベントホールに2001のコーナーが設置され、会議進行中も関係者が集まって情報交換や作業の場となった。COP3期間中に行った主な活動は以下の通り。
・紙風船exhibition「地球は紙風船」:多くのアーティストに白い紙風船を地球に見立てて作品にしてもらい、約500個を展示。
・環境庁主催ワークショップ「地球温暖化対策に関する日本の経験」:住野がパネリストとして出席し、日本のエネルギー政策と、市民の取組として自然エネルギー推進市民フォーラムの取組などについてプレゼンテーションを行った。
・東アジア大気ネットワーク「東アジアの気候変動」:朴が基調講演を行った。
・自然エネルギー推進市民フォーラム主催ワークショップ「市民エネルギー自給の試み:企業と市民の自己責任」:大阪ガスエネルギー研究所長の山藤氏、住野が司会進行をつとめ、NTT、東電など多くの企業や市民が参加した。
・国連砂漠化条約事務局との共催ワークショップ「気候変動と砂漠化の進行」:パネリスト:朴恵淑、国連砂漠化防止条約事務局長ハマ・アルバ・ディアロ氏。司会:住野節子
また、期間中多くのプレスリリース、記者発表を行った(「プレスリリース」の項参照)。
【期間】19975月〜1998年2月
【場所】文京シビックセンター、文京区民センター、労働スクエア東京ほか
【担当者】朴恵淑、住野節子、米本昌平、歌川学(活動委員)、畑直之、吉村純、吉村敦子、沖村理史、石井敦、大久保彩子
【背景・内容】
・5月10日(土)定例会「第二回国別報告書の分析」
・6月14日(土)定例会「第二回国別報告書の分析」
・7月12日(土)定例会 「気候変動交渉の今後の行方」川島康子(国立環境研究所)、「国連環境特別総会報告」住野
・8月21日(木)報告会「AGBM7報告」報告:鮎川・渡辺(WWFジャパン)、小倉(気候フォーラム)、大久保
・9月20日(土)定例会「日本の温暖化防止政策の問題点・改善点」畑、
・10月18日(土)「アメリカ議定書案」石井、
・11月8日(土)シンポジウム「大討論!!どうする京都議定書!?」
特別講演「地球温暖化問題−科学と国際政治の融合」米本昌平、パネル討論「AGBM8からCOP3へ」小林光(環境庁地球環境部)、松本泰子(グリーンピースジャパン)、小倉正(熱帯林行動ネットワーク)、朴恵淑、岩淵勲(新日本製鐵株式会社環境管理部)
・2月11日(水・祝)報告会「COP3での論点と今後の課題」
「COP3の成果と課題」朴、「COP3後の国際情勢について」住野、「COP3での論点と今後の課題」西村智朗(三重大学)、川島康子(国立環境研究所)、「気候変動交渉における吸収源問題」石井
・97年6月17日「環境NGOが地球環境関係閣僚会議報告を批判する声明〜11兆円は地球温暖化加速関連予算」
・97年5月24日 Global Warming Research Newsletter「アメリカ提案の排出権取引 現代文明の運命を市場メカニズムに委ねてよいのか?」
・97年8月4日「環境NGOがAGBMに関連す『日本政府提案』の動きを批判するアピール」
・97年10月6日「日本政府の議定書案への声明」
・97年10月22日「アメリカ政府の議定書案への声明」
・97年11月7日「国別報告書素案に対する意見書」
・97年12月6日「日本の削減目標はもっと高くなるはず」
・97年12月8日「橋本首相のCOP3演説:議長国、「環境大国」への転身なるか?」
・97年12月8日「橋本首相のCOP3演説:議長国、「環境大国」への転身ならず」
(英語版「Prime Minister Hashimoto's COP3 Speech: COP3 Chair Country Japan Fails
to Transform Itself into an "Environmental Superpower」)
・97年12月11日(COP3最終プレスリリース)「京都議定書の意味する『排出削減』とは?」
【期間】1998年3月
【担当者】温暖化研究会メンバー
【背景・内容】
COP3終了にあたり、温暖化研究会にこれまでの研究をもとに資料集を発行、市民団体、マスコミ関係者、研究者に配布した。「気候変動の現状」「京都議定書」「国内政策」の各テーマについて温暖化研究会が執筆し、巻末には各種発表資料を付けた。A4版約150ページ。
環境と貿易プロジェクト
「環境と貿易」プロジェクトは、1995年、11月に開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)大阪会議に向けて開催された連続セミナー「アジア太平洋地域の環境と貿易」、および国際市民会議をきっかけに始まった。1996年には「環境と貿易」研究会をスタートさせ、世界貿易機関(WTO)やアジア太平洋経済協力(APEC)会議の促進する「貿易・投資自由化」が、南北格差や各国内で起きている不均衡の問題、および地球環境や地域環境の劣化の問題とどのように関係しているのかについて、食料・農業、森林・林業、工業、サービス業などの分野から考察してきた。また、こうした不均衡問題および環境問題を解決していくための方策について、国際法、経済学、環境政策などの専門家の話をきき、国際機関や政府間でのアプローチや各国政府の国内政策と、市民・NGOによる取り組み方の違いなどについて理解を深めている。こうした活動を通じて、市民・NGOによる包括的な共通認識となるような理解のベースを提供し、具体的な取り組みにつなげることを目指している。
1998年には、2000年に予定されているWTO農業協定の再交渉に向け、食料・農業分野の貿易について食料安全保障を実現するオルタナティブを提示していくためのプログラム、および現在OECD(経済協力開発機構)で交渉が進められている多国間投資協定(MAI)に反対するキャンペーンを継続して行っていく。
【期間】1997年5月10日、9月23日、11月2日
【担当者】田中優、佐久間智子(事務局)
【背景・内容】
環境と貿易を巡る最近の情報と議論の場を市民に提供することを目的に、ワークショップ形式の研究会を三回開催し、NGO関係者、市民ら約100名が参加した。各回のプログラムは以下の通り。
・第1回(97年5月10日):昨年度の環境と貿易研究会レビュー(斉藤、田中、佐久間)、「開発協力の現場からの問題提起「市場化の動きと持続可能な開発のはざまで」谷山博史(日本国際ボランティアセンター)
・第2回(97年9月23日):「『グローバリゼーション−進む環境破壊、広がる格差』を読む」田中、「WTOの貿易自由化と環境保護主義」高瀬保(東海大学法学部)、「環境と貿易を巡る最近の動き−OECD・MAI(多国間投資協定)、WTO・
CTE(貿易環境委員会)とNGOとの対話セッション他」佐久間、「討議:MAIに対する市民の戦略をどうするか」
・第3回(11月2日)「WTO・CTE(貿易と環境に関する委員会)での議論」竹中雅子(外務省経済局国際機関第一課)、「OECD・MAIに関する『OECDとNGOとの協議』」報告
【期間】97年10月〜98年3月
【担当者】大野和興(理事)、佐久間智子、古沢広祐(活動委員)
【背景・内容】
本プロジェクトでは、1999年〜2000年に行われるWTO農業協定レビューに向けて、現行の「農業貿易の自由化」が社会・環境に与える影響を明らかし、社会的・環境的に持続可能かつ公正な農業(地域自給型農業)と食生活、そして暮らし方についてのオルタナティブと、それを支える(政策・社会構造・生活)のあり方を提示することを目的としている。
予定している活動内容は以下の通り。
1. 政策提案と世論づくり
今まで農民運動、消費者運動、NGO活動に関わってこなかった層(特に若年層)に対して、未来像が描けるような将来の選択肢を提示し、食料の地域自給の必要性を理解してもらう。そのために、現在の農業貿易自由化のマイナス面をわかりやすく提示し、農業政策のオルタナティブを検討・提案していく。同時にアジアから世界に発信することを目的として、地域の個々の運動や研究分析などの情報を集める。
2. 足もとの活動と市民をつなぐ
農家と消費者をつなぎ、相互の理解を深めるとともに、双方が一致して望むような農業のあり方、食べ方、暮らし方を考え、実践者の活動事例などを紹介していく。ニュースレターで事例紹介を行うほか、スタディ・ツアーの実施も検討する。
今年度は、10月にプロジェクト・グループを立ち上げ、98年2月にシンポジウム「食と農、そして暮らしを創りなおす〜WTOには邪魔させない!?」を開催した。また3月より、日本の新農業法(および日本政府のWTOレビューに向けた対処方針)の方向性について国内外に周知する独自の分析レポート(簡単なものを日英両方で)の作成を行っている。今後もWTO農業協定レビューに向けて活動を継続する予定。プロジェクト・グループ参加者は、御地合二郎(全日本農民組合連合会)、暉峻衆三(東亜大学大学院)、富山洋子・水原博子(日本消費者連盟)、大野和興(アジア農民交流センター、2001理事)ほか。
シンポジウム「食と農、そして暮らしを創りなおす〜WTOには邪魔させない!?」の開催
【期間】1998年2月15日(日)11:00〜18:00
【場所】江戸東京博物館会議室
【担当者】大野和興、佐久間智子
【参加者】約130人
農業プロジェクトを始めるにあたって、この問題に関心のある市民、農民、市民活動家、研究者が自由に意見を交わし、地域の問題と世界の問題との関連を理解した上で、それぞれの現場で何ができるかを探る機会として、シンポジウムを開催した。
午前の第一部では、アメリカの政府と企業(アグリビジネス)が進める農業貿易の拡大に向けた世界戦略についてキャサリン・オザーさん(全米家族農民連合)から、また、それによってアジアの農民が被る影響についてオミ・ロヤンドヤンさん(フィリピン農民研究所)からの報告を行った。午後の第二部では、足もとからの運動について、坂本勝さん(ぷらっと農園)、高部節子さん(地球市民食料クラブ)、伊藤幸吉さん(米沢郷牧場)の三名が報告、続けて、WTOを動かしている経済合理性の問題点とともに、現実に働いている政治力学と1999年に制定される予定の日本の新農業基本法の方向について、田代洋一氏(横浜国立大学)、富山洋子さん(ふーどアクション21)が報告を行った。
第三部では、第一部〜第三部でそれぞれ話し合われた内容から、食、農、暮らし、環境のあり方と、日本の農政やWTO農業協定の本来あるべき姿について、消費者団体、NGO、酪農業関係者、研究者ら22名の討議者と会場からの発言を交えて討議を行った。
アジア太平洋経済協力会議(APEC)並行会議「バンクーバー・ピープルズ・サミット」への出席とワークショップの開催
【期間】97年11月19日〜23日
【場所】カナダ・バンクーバー
【参加者】佐久間智子
【背景・内容】アジア太平洋地域の21ヶ国・地域で構成されるAPECは、1989年にスタートして以来、閣僚会議と首脳会議(こちらは1993年から)を毎年、域内各国で開催してきている。ピープルズ・サミットは1995年のAPEC大阪会議の際に京都でNGO会議が開催されて以来、96年のマニラ、そして今回のバンクーバーと、その年のAPEC主催国の市民・NGOが主催する形で継続されている並行市民会議である。
APECは当初、域内の経済問題を協議し、経済協力を推進するためのフォーラムであったが、1993年の米シアトル・サミットを機に、「貿易・投資の自由化」を促進するという具体的目標を掲げるようになった。その頃から、全く情報公開されないままに官僚と企業人とだけで進められているAPECに対し、域内の市民・NGOから大きな懸念が出され、APECをあくまで反対する立場から、情報公開・市民参加などを要求していこうとする改革派まで、幅広い市民・NGOが集り、独自に会議を開くようになったのである。
今年のピープルズ・サミットは、カナダの主催者側が強いイニシアティブを発揮するのではなく、各参加者が自由に分科会を主催するという形が採られたため、関心領域の違う参加者同士の交流や議論の機会が減ってしまったこと、似たようなテーマの分科会が同時並行的に開催されてしまったこと、参加者全体の共通課題を抽出しきれなかったこと、などの問題点も見られた。その一方で、3回目の市民会議ということで、毎年増加していく参加者を無理矢理一つに束ねない、というある種の民主主義が貫かれたと言える。
内容的には、今までの「貿易・投資の自由化」に対する全体的な議論が一歩前進し、多国籍企業を中心に進められるグローバリゼーションにどう対抗していくか、といった共通課題が見えてくるような分科会も多かった。MAI(多国間投資協定)に対する反対運動が最も盛り上がっているカナダでの開催ということもあり、MAIについての議論も活発に行われた。
市民フォーラム2001は、タイやフィリピンのNGOとともに「Critical Issues in APEC(APECの重要課題)」というフォーラムを共催し、「WTOと農業」というセッションのコーディネーターを務めた。このセッションでは、1999-2000年に予定されているWTO農業協定の再交渉に向け、農業を巡る各国(バングラディシュ、フィリピン、韓国、日本、南部アフリカ、アメリカ)の現状分析を行い、世界中の市民・農民団体の間で共通の目標と戦略を立てていくために、情報交換・共同調査などを行っていく必要性を確認した。
世界貿易機関・貿易環境委員会(WTO/CTE)主催シンポジウム「貿易、環境、持続可能な開発」
【期間】1997年5月20・21日
【場所】スイス・ジュネーブ
【参加者】佐久間智子
「貿易、環境、そして持続可能な開発」に関するNGOとのシンポジウムには産業界と開発・環境NGOから約70名、およびWTO加盟国の政府代表とWTO事務局が参加した。シンポジウムの目的は、WTOと市民社会の代表との間で「貿易、環境、持続可能な開発」の相互関係についての建設的な対話を継続することである(WTO事務局報告より)。
GATT時代には全く想定されていなかったNGOというアクターを認識するようになったWTOでは、一般理事会が「NGOとの関係を樹立するためのガイドライン」を定め、96年12月の初のWTO閣僚会議にもNGOはオブザーバとして参加を許された。しかし実質的な交渉が少数の国だけで密室で行われるWTOにおいては、NGOだけでなく途上国政府でさえ意志決定に関与できず、また、産業界とNGOを横並びで扱うことで、NGOの意見をバランスしようという試みも行われており、市民参加についての課題は大きい。また、WTOの情報を提供する義務は主に各国政府にあるとするWTOの前提は、NGOの活動を大きく制約することになると思われる。
こうした中、このシンポジウムへの参加者の選定も、NGOとのつき合いが浅いWTO事務局が、各国政府から推薦されたNGOに招待状を送った結果でしかなく、効率を重視する事務局のあり方と、本来的な市民参加との間に大きなギャップが存在することは否定しがたい事実である。
なお、このシンポジウムでは、産業界と開発・環境NGOのそれぞれが、議題となったテーマについて発題するという形式で7つのセッションが行われた。それぞれのテーマについて、多くの場合にNGO側と産業界側の主張は全く逆であり、前提とされる情勢理解も異なっているため、ほとんどの点で合意点を見つけることができずに二極分化したままシンポジウムが終了してしまった。本来「貿易と環境」という分野は、国際法から国際政治、マクロ経済学、マイクロ経済学、開発学、科学といったあらゆる領域に及ぶ問題をはらんでいるため、角度を変えればいくらでも詭弁が通用してしまう危うさを実感させられた。 各セッションのテーマは以下の通り:
1.グローバリゼーション、貿易、持続可能な開発
2.貿易自由化と環境の統合
3.多国間環境協定とWTO
4.知的所有権の貿易関連側面(TRIPs)と環境
5.市場アクセス
6.関税、非関税障壁、および環境
7.NGOとの関係
【期間】97年4月〜98年3月
【担当者】佐久間智子、大澤晶子、田中徹二(運営委員)、岸本聡子(活動委員)
【背景・内容】
MAIとは、現在OECD(経済協力開発機構)において、先進29カ国だけで交渉されている「多国間投資協定」のことである。MAIは外国投資・投資家を国内企業と同等に扱うことを各国・各自治体に求める内容の協定であり、MAIのもとでは、外国企業が各国政府に対して直接、提訴を行い、賠償請求を行えるようになる。
世界のNGOは、MAIは企業の権利を拡大し、各国政府・自治体の民主的な権限を制約する一方的な内容であるとして、一致して反対キャンペーンを展開している(97年3月現在、世界67カ国、600以上のNGOがMAIに反対する共同声明に署名)。MAIは当初、98年4月のOECD閣僚会議での締結を目指していたが、NGOの強い反対や先進国間の利害のもつれによって、延期がほぼ決定的になった。カナダのブリティッシュ・コロンビア州はいちはやくMAI反対決議を挙げ、フランスでは3月に経済財務相がMAI交渉からの撤退を表明し、欧州議会もこのままの内容のMAIには署名できないとする決議を挙げている。
<MAIに関するNGOとの協議>
【期間】1997年10月27日
【参加者】佐久間智子
【背景・内容】
OECDパリ本部で10月27日、MAIに関する協議が開催された。協議に参加したNGOは、前日の26日、欧州・米国のNGO・コアグループが草案した声明案を基に「MAIに関するNGO共同声明」を作成した。声明では、
・増大する国際投資が社会・環境に悪影響を与えているにも関わらず、MAIはこれを規制するのではなく、政府の規制力を制限する内容であること、
・市民参加、情報公開が全く行われないままに交渉の最終段階に入っていること、
・MAIが投資家(企業)に新たな権利を与える一方で、企業責任については全くふれていない一方的な内容であること、
・MAIがアジェンダ21や他の国連の環境・労働に関する条約と矛盾しているだけでなく、既存のOECDの政治宣言や協定にさえ矛盾していること、
・途上国や移行経済国への悪影響が明白であること、
などについての懸念を表明して8つの要求を行い、これが受け入れられない場合にはMAIに反対する世界キャンペーンを続けることを明確にした。
NGOとの協議当日は、朝10:30〜午後6:30までOECD事務局長(部分参加)および事務局次長出席の下、OECD各国のMAI担当者(約60名)とNGO(23カ国65名)が協議を行った。協議では、ジョンストンOECD事務局のスピーチ、ムスカ氏(フランス)、グリフィス氏による解説が行われた。NGO側からは、9人が役割分担の下、声明文の内容に基づいてNGO側からの要請を行い、その後ディスカッションが行われた。日本政府からは、外務省経済局国際機関第二課の菅沼課長らが出席した。
翌日、午前中にNGOの会合が行われ、NGOの要求が明確に却下されたことを確認。世界規模のキャンペーン(Global
Campaign Against MAI)を各国で展開していくことで合意し、記者会見を行った。
<OECD/MAIに関する関係省庁との懇談会>
【期間】1997年10月7日、11月18日、98年2月18日
【参加者】佐久間智子ほか
【背景・内容】
10/7の会合では、外務省国際機関第二課の藤井氏よりMAIについての概略と、日本政府の立場などについて説明を受けた。11/18と2/18の協議には関係5省庁(外務・大蔵・通産・建設・環境)の出席者に対してNGO側の懸念と要求を伝え、情報交換・意見交換を行った。
<MAIにNO!日本キャンペーン>
市民フォーラム2001、アジア太平洋資料センター(PARC)、APECモニターNGOネットワークなどが中心となって、「MAIにNO!日本キャンペーン」を立ちあげた。キャンペーンでは、主に以下の活動を行っている。
・リーフレット作成・配布
・MAIの交渉打ち切りを求める橋本首相宛の署名集め
・首相宛、自治体首長宛、OECD事務局長宛にMAI交渉の打ち切りを求めるハガキキャンペーン
・98年4月に、大阪から東京までの各都市でキャンペーン・キャラバン(集会、ビラまきなど)
・カンパ集め
・自治体アンケート
<プレスリリース・意見書>
1997年7月7日 プレスブリーフィング
「MAI:多国間投資協定交渉において日本政府が出した留保条件の内容が判明」
1997年10月20日 声明文
多国間投資協定に関する日本のNGOの声明
(英語版;Statement by Japanese Citizens and NGOs on the Multilateral Agreement on
Investment)
1997年10月24日 プレスブリーフィング
「多国間投資協定(MAI)に関するOECDとNGOの協議(10/27にOECDパリ本部で開催)に向け、日本の市民・NGOが声明を発表」
1997年10月31日 プレス・リリース
「世界のNGOが、MAI(多国間投資協定)に反対する世界キャンペーンを開始!」
1997年12月4日 プレス・リリース
「継続されるMAI(多国間投資協定)交渉に対し、世界各国で反対の声が広がる。5日正午にOECDパリ本部前で世界のNGOが抗議デモ!」
1998年2月27日 プレス・リリース
「フランスがMAI交渉からの撤退を表明。世界中でMAI反対の動きが激化」
1998年3月20日 プレス・リリース
「江戸川区が日本政府に対し、MAIへの慎重な対応を要請する決議を採択」
環境教育プロジェクト'97の実施
【期間】1997年4月〜1998年3月
【担当者】大澤晶子、渡辺雅樹(運営委員)、村上千里(活動委員)
【背景・内容】
この事業は、市民による主体的な環境教育の取り組みを支援することを目的に、94年度より環境庁、日本環境教育学会、日本青年会議所、NGOが参加する実行委員会形式で実行している。市民フォーラム2001は実行委員会に参加するとともに、95年度より事務局を担当している。今年は、昨年まで開催していた東京での環境教育シンポジウムを取りやめ、東京だけでなく北海道、東北、四国、九州からも実行委員を迎えて、各地の市民の活動をつなぐプロジェクトを行った。
5月から7月の間に、事業に参加する環境教育に関する市民のプロジェクトを全国的に公募し、同時に地域の実行委員が中心となって全国6ヶ所でワークショップ形式の説明会を開催した。その結果、北は北海道から南は沖縄まで、全国から60のプロジェクトの応募があり、その中から事業方針と照らし合わせて26のプロジェクトを選考した。このような公募は95、96年度にも行っていたが、これまでは内容を「シンポジウムの開催」に限っていた。今年はシンポジウムに限らず様々な取り組みを応募対象とした結果、公害反対の地域運動から発展した環境教育プログラムや、地域内でのリサイクルと国際協力を組み合わせた取り組みなど、型にはまらないユニークな活動に参加していただくことができた。
これらの地域プロジェクトへの支援として、「環境教育プロジェクト支援金」による財政的支援だけではなく、むしろ情報交換と議論の場を設けることによる支援を重点的に行った。各地域プロジェクトの実施期間中にはニュースレターの発行を行い、各地域のプロジェクトの内容を紹介。また終了後に開催した交流会(98年1月31日〜2月1日、代々木・国立オリンピック記念青少年総合センター)には各プロジェクトの担当者ら約50名が参加し、実行にあたっての問題点や今後の課題について、一泊二日のワークショップ形式で話し合った。事業終了後には、各プロジェクトの活動を記録し、今回参加しなかった市民に紹介する目的で、アクティビティ集を発行した。
今回の事業を通して、型にはまらないユニークな環境教育の活動を交流会やアクティビティ集を通じて全国に紹介できたことは大きな成果であった。しかしその反面、環境教育が陥りやすい、単なるレクリエーションや、問題の根元に体当たりすることを避けた自己満足的な活動に終わってしまう危険性がここでも見られた。98年度はさらに多くの、地域で活発に活動をしている方々が実行委員会に参加することになった。公募の呼びかけ方法にももっと工夫をこらし、既成概念を打ち破るような環境教育のプロジェクトを支援し、広めていくことができればと思う。
今年度の実行委員会参加団体・個人は以下の通り。
環境庁 日本環境教育学会 日本青年会議所 市民フォーラム2001 エコ・コミュニケーションセンター(ECOM) 関西国際理解教育情報センター 松山国際理解教育情報センター 環境・国際研究会 東和町空・山・川総合研究所 福岡アウトドアライフ研究会 伊藤正逸(岩手環境教育研究会) 小野寺卓司(北海道庁釧路支庁) 川村研治(環境パートナーシップオフィス) 鈴木優子((財)日本自然保護協会自然観察指導員) 林浩二(都市環境教育研究会) 村上千里(ジャパンエコロジーセンター)
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