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2004年5月10日発行193号ピースネットニュースより

明るくユーモアにみちた非暴力行動の実践家
ガレス・スミスさんの紹介(在オーストラリア)

にしだまきこ 通翻訳者

 オーストラリア在住の市民運動家ガレス・スミス氏(市民運動家歴25年)が、ニューヨークで開催された国際会議にオーストラリア代表として出席する道中、トランジットのために数日間東京に滞在した。以下はガレス氏に伺った運動家としての活動の抜粋と、またその魅力的な横顔の簡単な紹介である。

 ガレス氏は現在週に3日スクールサイコロジスト(日本で言うスクールカウンセラーのようなものか)として勤務しながら、運動家との両立をはかっている。市民運動は彼の人生そのものであると同時に、それに翻弄されるのではなく、それをも巻き込んで人生をより楽しく豊かに生きる姿勢が感じられた。
 そのよい例が、彼と現在のパートナーであるマキシーンさんが行なった「ピースウェディング」。当時二人はすでにパートナーとしての生活を始めて7年ほどたっており、息子のタイビー(現在21歳)も生まれていた。マキシーンさん(もちろんフェミニスト!)はそれまで結婚の必要性を感じていなかったようであるが、テレビで公開ウェディングの参加者を募っていることを知ったガレス氏が彼女を説得。テレビ局に自らピースウェディングのアイデアを持ち込み、見事採用されたことから、二人の記念すべき結婚式はオーストラリア全土で放映された
 ピースウェディングの具体的な内容を挙げると、まずは二本の刀を組んだアーチの下をくぐる軍隊の伝統に対して、The Sydney Peace SquadronとPaddlers for Peaceの仲間が掲げる二本のオールのアーチの下を通って花嫁と花婿が入場。参加者は全員レインボーTシャツを着用して参列。そして結婚式のハイライトの一つであるウェディングケーキには、ミサイルケーキを採用。彼の出身地であるウェールズ(英国)では、結婚式に育成のシンボルとして花婿が木のスプーンを準備する伝統がある。ピースウェディングではその木のスプーンでミサイルケーキを破壊してケーキ入刀の運びとなった。
この放送ですっかり全国区の運動家となった彼は、キャンベラでのプロテストの際に警官達に気付かれると、「私へのウェディングプレゼントとして、逮捕なしっていうのはどうですか?」と冗談を飛ばすことも忘れなかったそうだ。
 このように、彼の活動にはいつも笑いとユーモアがあふれている。東ティモールへの国連派遣を阻止しようとする自国の政府にプロテストするため国会議事堂の屋上に上がり、外壁に「SHAME AUSTRALIA SHAME」(オーストラリアよ、恥を知れ)とペイントした際には、彼を無理やり止めようとする警官に対し、「そんなことをするとここから落ちる!」と逆に脅迫しながらペイントをやり遂げた。またアメリカの軍艦が寄港した際には、子ども達に銃を触らせて喜ぶ親達に向かってまたしても恥を知れ! と叫び、彼を捕らえようとやってきた警官に対しては「海に落ちるぞ。そうするとアメリカの軍艦からオーストラリアの運動家が突き落とされたと言って、テレビ局が黙ってはいないぞ」と捕らえられるのを最大限に引き伸ばし、さらに手すりにしがみついて抵抗したそうだ。そして彼を引きずる警官に向かってすかさず「私はこの日のために、きみのために、いっぱい食べて重くなってきたんだよ」の一言も忘れなかった(ガレス氏はなかなか立派な体躯。そしてとても機敏に動く)。
 彼の活動にはいくつかのキーワードがあるような気がしてならない。すでに「逆脅しパターン」を二件ご紹介したが、「ペイント」もキーワードの一つ。さきほどのオーストラリアの国会議事堂以外のペイントというと、イギリスのウェールズに住んでいた1991年にさかぼのる。
 当時は湾岸戦争が始まった頃であった。朝の3時に政府関連施設に向かった彼は、工事用の仮囲いに「MAKE LAW NOT WAR」(戦争を作るな、法律を作れ)と高品質ペンキでペイントした。最も夜中(早朝?)にも関わらず200m先の警察署から(徒歩ではなく)車でやってきた警官にペンキを取り上げられ、600ポンド! の罰金を命じられた。このアクションは地元の新聞に載ったそうだが、上司がそれによって当時サイコロジストとして勤務していた彼を解雇することはなかった。しかし彼はその罰金を払う前に、イギリスを離れた。
 さて次のキーワードは「首相」。まず自国の首相に対しては、飛行機着陸を地方化会議が開かれるツイード・ヘッズ・ボーリングクラブ前で待ち受けると、「イラクにおける戦争犯罪であなたを逮捕する!あなたの両手は血で汚れている!」と大声で叫び、彼の声ははっきりと首相の耳に届いたらしい。その後裁判所では彼を含めた複数の運動家が首相への批判を順繰りに大声で口にし、一人が連れ出されると次の運動家が……と叫び続け、審議を遅らせると共に批判の意を表した。
 またフランスのM・Rocqard首相がオーストラリアキャンベラを訪れた際には、ロックケーキと呼ばれる固めのケーキを心をこめて作ったそうだ。オーガニックの小麦粉を使用し、サフランで黄色く色づけされたケーキはフランスに売られたオーストラリアのウランを意味し、次々にフランス首相に向かって投げつけられた。しかも運動家達は警備の為に作られたフェンスの外からケーキを投げたため、フェンスの内側にいた警備には手が出せなかったそうだ。
 その他にも様々な方法と場所で垂れ幕を掲げたり、知恵と体を最大限に駆使して、社会と政治家にメッセージを送り続けてきた。1986年にはモスクワを訪れ、ゴルバチョフ大統領に核兵器テスト中止への賛同の意を表した。また1999年には国連が派遣するボランティアとして、紛争中の東ティモールにもでかけている。自分の信念に基づいて行動し、それに対する評価も反対もがっちり受け止めて、非常に明るくオープンに生きている。
今回の渡米のためのビザ取得に際しては、上記の国会議事堂ペイントアクションによって逮捕歴があったため、アメリカ領事館との面接が要請された(ちなみにペイントによる損害は、16,250ドル。)。そのアクションはオーストラリア政府へのプロテストであったこと、決して無意味に破壊行動を起こす人間ではないことを面接官に説明し、無事にビザは支給された。しかし彼のビザには、反社会的活動を行った者との記述がされている(器物破損は1回だな、2回以上ではビザは出せないと言われ、もちろんウェールズでの過去の偉業については申告を控えたらしい)。
 たった数時間彼と過ごし、話を聞いただけで、いかに市民運動に笑いとユーモアが大切であるかが分かった。また笑いは有効な武器にさえなりうる。「ユーモアはオープンであることのしるし。緊張すると人は閉じてしまう」と彼は言う。確かに逮捕されて名前を聞かれた時に「ガレス・ウィリアム・ノーモアヒロシマ・スミス」と言い張り、その名前が裁判所で朗々と読み上げられ、それに対して堂々と返事をし、またそれが記録として残ったことを喜ぶ彼には、こちらまで大いに笑わせられた。今回は短いトランジットのみの来日であるが、来年は日本の運動家とのネットワークを広げようと配偶者のマキシーンさんと共に来日を予定している。ぜひその際には日本のオープンな運動家との交流を楽しみ、また深めていただくことを、筆者も心から願っている。

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