|
2002年6月10日発行171号ピースネットニュースより
棉を通して考える真の平和・変革の課題
『ガンジー自立の思想』とは
鴨川和綿農園 田 畑 健
2002年5月25日、鴨川に於いて
文明を根底から変える
僕の基本的な考えとしては、反対運動やアンチ運動というのは問題が次から次へと出てきて追いつかないというものです。ガンジーさんもそうなんだけど社会を根底から変えていく、そこが問われていると思うんです。いわゆる体制じゃなくて文明を根底から変えていく必要があると思うんです。現在の自然を破壊して物を得る物質文明、それを変えていかない限り問題は続発すると思うんですね。
今日は肝腎なところだけ話をしたいんですが、それは戦争と平和という問題なんですね。何で戦争がおこるのか、どうしたら平和を築けるのか、というのをガンジーさんは実現しようとしたと思うんです。
僕が『ガンジー自立の思想』を出したのは、いろんな市民運動、環境問題を考える人に対して、ガンジーは根源的な提起を20世紀のはじめにしたんだけど、みんな正確に理解しないで無視してきたというのがあって、いま一度評価してほしいし、再評価すべき時なんじゃないかなというのが僕の考えなんです。
ガンジー思想にとってのチャルカ
僕がガンジー思想に出会ったのが、綿のことを調べにインドに行って、ガンジーさんが糸を紡ぐことが独立につながる、と考えていたというのを僕が知ったのは、17年位前なんですね。ガンジーさんのインド独立のためのメインの思想がチャルカ(糸車)だったのです。
インドの国旗には丸がついていて、その丸が最初はチャルカが書いてあったのが丸だけになったということなんです。それが国旗としていまも通用してるんです。、
僕も最初はガンジーさんのチャルカというのはインドだけの特有のもので、日本でいまさらチャルカということもないだろうなと思っていました。僕が綿のことを始めて、一番初めに出会った日本人の先生が戦争のあったところに、激戦の後や聖地といわれるところに綿の種をまいて歩く人だったんです。その人が綿を大事にしないから、金儲け主義の日本になって駄目になったと言ってたんです。一方ガンジーさんは綿を育てて糸を紡ぐことで、真に人間らしい文明を作ろうとインド国民に必死になって最後まで呼びかけてたんですね。どちらも一見「この人はおかしいんじゃないか」って感じで、ガンジーさんの綿を紡ぐことが新しい文明を築くんだっていうこともよく理解しないと「あの人は相手にしないほうがいい」って思われがちな思想なんですよ。
最初は僕もよくわからないで、二人の言うことがつながったのは、インドでそのことを知ってずっと気にかかっていて、帰ってきてから一年くらい世界の歴史を調べに東京の図書館とか綿関連の会社から資料を取り寄せたりしてからです。ガンジーさんが言ってることがどういうことなのかと、歴史的な流れで見ていこうと思って調べたんですね。そのとき僕は山奥の築百五十年くらいの家で子どもが三人いて、女房は亡くなっていて、それが分かったときに小さい子どもたちを集めて「おまえたちこういう事なんだ。世界はこういう風にして成り立ってきて、新しい世界をこうすればできるんだ」って話したことがあるんですよ。子どもたち三人まだ小さくて「お父さん気が狂ったんじゃないか」って思ったって、後になって言われましたけれど。
こういうことを「綿とチャルカ」という文章にまとめたんですね。メインは日本綿がなぜ作られなくなったのかっていうところで、それからイギリスにおける産業革命と綿、インドにおける綿、ガンジーさんとチャルカの思想ってことで、ここで僕が書いたのは、イギリス産業革命が誰もが認める近代の起こりで、そこから機械ができて工場ができ、資本主義社会になる。機械がなければ資本主義は生まれなかったというのは、誰もが知っていることで、資本主義社会が生まれてから労働者が厳しい労働条件の中に置かれて労働運動が生まれ、資本主義と社会主義の二つのイデオロギーが生まれた。イギリスにおいて発明された機械が瞬く間に世界を変えていったのはなぜだったのかというのが、僕が徹底的に調べたところなんです。まず機械って言うのが何かっていうことなんですけれども、機械の機はハタなんですね。機織(はたおり)の道具なんです。械はからくりという意味なんです。ハタを改良したものが機械なんです。ジョン・ケイっていう人が飛び杼というのを発明したんですけれども、それで織る能力が二倍になる。イギリスでは寒いんで綿は栽培されなかった。イギリスの伝統的な織物は羊毛だった。しかし綿を機械で織った。その以前イギリスはずうっと赤字だったんですね。貿易によって茶を中国から輸入する、砂糖を西インド諸島から輸入する、そして紅茶を輸出という、イギリスは寒いからろくに輸出できる産物がなかった。貿易によらないと成り立たない。綿もインドから買っていた。イギリスの伝統的な織物の毛織物は世界的に売れないんです。世界製品ではなかったのです。というのは綿だったら東南アジアでもどこでも買うんですよ。羊毛は高いし、チクチクするし、暑いものは着ないし。ということで世界商品になり得るものは綿だったんですね。機械がなぜ爆発的に売れたかっていうと、衣食住、それまで人が生きていく時に欠かせないもの、世界中の誰もが必要とするものだったんです。その必要とするものを手にするには相当な時間、日本でもそうですが糸を手で紡いで、機を織って、服を仕立てて、自分でやってみればわかるんですけれども、たいへんだったし、それができないと一人前でなかった。それが簡単に手に入るようになって、世界中の誰もが飛びついたんです。それで生活が一変したんです。そこを見逃しては産業革命の意味が見えないと思います。また、イギリスで綿が使われたということで世界が変わったんですよね。アイルランドの人たちがイギリスに連れてこられ、工場の中で長時間・低賃金で働かされた。子どもたちまで労働させられたことを取り上げ、それが労働運動になって社会主義が生まれた。ところが、そこにはもっと大きな問題があったんですね。
問題は「大量生産」の思想
一番の問題が資本家と労働者の問題以外に潜んでいたとはっきり指摘したいと思うんです。それはどういうことかというと、「大量生産」ということなんですね。ガンジーさんは機械で大量に生産するということがいけないんであって、近代文明の悪の本質は機械でたくさん作ることなんだと言っているんです。それが本質的な悪であり、そこからすべての矛盾が発生していくんだということがわからないと、ガンジーさんの思想は理解できないんです。
工場で大量生産するには原材料が必要なんですね。それとたくさんの製品をさばく市場が必要だということを見ないと、イギリス産業革命の世界的な影響を理解できないんですよ。ひとつには原料をどこから手に入れていたかというと、アメリカ南部。アメリカ南部で綿が作られるようになってから奴隷制度が定着した。アメリカはイギリス産業革命以前は奴隷制度というのは一切なかった。産業革命が起きて綿をつくるようになってからアフリカから大量の奴隷を連れてきたわけです。綿をつくるのになぜ奴隷が必要かというと、一番大変なのは綿摘みなんです。綿を摘むってのは本当に僕がやっててそうなんですけど、一つ一つ摘まなきゃならない。畑を作ったり除草をしたりとかはたいした仕事じゃないんです。イギリスの工場で必要なのは安くて大量の綿なんですよ。それが絶対条件なんです。それにまともな賃金を払ってたら、高くなって工場では使えない。そのために安い労賃の人=奴隷が必要で、最初はアメリカインディアンを従事させようとしたけど、体力が持たない。もっと体力があるがっちりした人をということでアフリカから働き盛りの人たちをねこぞぎ連れてくる、っていうことで奴隷制度を定着させた。ヨーロッパが奴隷制度を廃止しても、アメリカは一番最後まで続けて、それは経済的な必要性から来ています。その中でアメリカの黒人問題が起こりましたし、アフリカの貧困が起き、人口過疎地帯ができるくらい連れてきちゃった。働き盛りの人を連れてくるから、当然貧困になります。その奴隷を連れてきたのはイギリス王立の会社ですし、アメリカも大儲けをします。コットン イズ キング、綿はアメリカの王様だといって、アメリカの初期資本の形成はほとんど綿の交易によるものだったというくらいです。それが今の地位を築いていく最初だったんです。それはちょっと歴史を紐解けばどの本にでも載っていることです。
狙われたインド
それともう一つはどのようにして綿を売っていったかということなんですが、大量生産ですとイギリスの小さい島国で機械をどんどん動かしていけば、イギリスの市場はすぐ一杯になります。何枚もそんなには買いませんから。そしてヨーロッパの国々も機械化を果たしていくし、世界に市場を求めたときに目をつけたのがインドだったんですね。それ以前はインドが世界中に手紡ぎ、手織りの製品を送り出していたんです。イギリスも買っていました。イギリスの東インド会社は手紡ぎ・手織りの綿製品を買い付けるための会社だった。それがいつのまにかインドを支配する機関に替わっちゃうんですが、なぜインドに目をつけたかというと、インドとか中国とかがその当時世界で一番豊かで、購買力があった。イギリスは中国からお茶や磁器を買っていました。中国は自給できていて輸出をする一方くらいの国だった。インドもそうなんです。しかも世界中に良いものを送り出していた国です。その中で一番目をつけられたのがダッカです。いまはバングラディッシュ、その前は東パキスタン、その前はインドだったんですけれども、バングラディッシュは当時織物の栄えた地域だった。そこの職人が織った布は高価で世界中に輸出されていた。その手紡ぎ・手織りの手工業的なものに機械製のものが負けていたんですね。ただ値段が安いというだけで、繊細な織物は作れなかったし、それに打ち勝たないと市場が得られない、そこで目をつけられたのがバングラディッシュだったわけですね。『産業革命の群像』という岩波新書に記されているんですけれども、引用しますと、
「19世紀はじめまでインド、現在のバングラディッシュのダッカは、その美しい織物で世界に名を知られていた。その織物がいかに高級で繊細な美しさに満ちていたか。インド婦人が身に着けるサリーは今では5メートル半の一枚のプリントを腰に二巻きするだけだが、昔はそれを七巻きしたものである。それほど美しい蝉の羽のように透き通った織物であった。とてもイギリスの機械製綿布をもっては太刀打ちできるものではなかった。
しかしこの優れたインド織物工業を潰さないかぎりイギリス綿布はインド市場に入り込むことができない。そこでイギリス人は何をしたか。インド綿工業を絶滅させるためには優れた職人の技術をこの世から完全に消してしまうことである。「邪魔者は殺せ」これがイギリス人のやり方であった。ダッカの職人はやってきたイギリス人によって両腕を切り落とされた。それでも足りないときは両目をくりぬかれたのだ。この話はインド人の間で先祖代々語り伝えられているのか、私は同じ話を何度も聞いた。それを語るときインド人はきまって興奮に打ち震え、こぶしを握り締めながら顔面を怒りでこわばらせた。確かに文献によればインド最大の綿業の中心都市ダッカの人口は18世紀末の15万人から1840年ころにはわずか2万人に減少している。」
ということで、商業史上例を見ないほどダッカが壊滅的にイギリスにやられたっていうのは歴史の事実で、イギリスの提督自身が「この惨状は商業史上例を見ない。ダッカの地は白骨で満ちている」というほど滅茶苦茶にやられたことは歴史を調べていけば、確実に出てくることなんだけど、それがずっと隠されているのが事実なんです。東インド会社がその手先になってやったということなんですけど、他の東南アジアの国々はそんなにひどく、結局インドが植民地としてねらいをつけられたんですね。なぜかというと、綿製品を世界中に送り出していた対抗する国を抑えること、自分達の製品を売りつけるネックになっていたのがインドだったということなんですね。中国にアヘン戦争を仕掛け、それに勝ってアヘンをどっと送っていき茶でマイナスになっていた収支をアヘンで一気にプラスにし、今は返還されましたけれども香港まで盗る。そういうことをずっとやっていたわけですね。イギリスは産業革命以降これをやることができた。産業革命前は弱い、海軍は強かったけれども、一気にのし上がったのは産業革命でぼろ儲けする構造を作り上げてしまった。世界の工場といわれ、軽工業から重工業、鉄を作りインドにも鉄道を敷設していくとか、自分たちの商売をやりやすいようにしていく。でもイギリスが自分たちの商売の核として考えたのがインドと中国であるのは間違いないんです。インドを長い間全面的に統治したのは、自分たちの作り出したシステムを円滑に活かすためにインドの支配は欠かせないものだったということなんですね。そこら辺が近代の機械が登場して以降の大きな流れです。
富国強兵と結びついた日本の綿工業
もうひとつ、日本なんですけど、日本の近代化、江戸時代が終わり明治になって、初めて機械を導入して、資本主義の国になっていく。そのときに一番最初に導入されるのはどこの国でもそうなんですけれど、綿工業なんですね。『女工哀史』『ああ野麦峠』『職工事情』だとかの本を読むと、繊維産業なんですね。日本では明治の中期くらいに機械が導入されて、富国強兵、殖産興業が一体をなしているということなんですね。インドと同じように機械で製品をたくさん作り、日本国内では需要が満たされてしまう。
紡績産業の歴史は操業短縮の歴史であるといわれているんです。明治20年頃に機械が登場して大量生産が行なわれるようになった。明治23年に恐慌が起こるんですね。恐慌で供給が需要を上回ってしまうとそれ以上売れないから工場で操業短縮をするんですね。それで明治27、28年に日清戦争が起きて、清国が日本の領土になる。そうすると市場が増えて輸出も明治29年以降は急激に増加します。それと同時に中国の綿を安く買う。それまでは日本の気候・風土に適した日本綿が日本人の衣料の中心で自給していたんですけれど、以降はほとんど生産されなくなります。中国の綿を安く買い、日本で加工して売る加工貿易、日本のパターンですね。それでも明治33年位には清国の需要も一杯になってまた操業短縮をする。明治38年には日露戦争を起こすんですね。そしてロシアのほうにも市場を広げ、また工場がたくさんでき、たくさんの製品が作られる。どんどん拡大していくというのが紡績業の歴史だと書かれてあるんですけれども、そのようにして日本の工業の原型が綿工業で確立されていくんですが、必ず原材料が安く大量に手に入る、それと市場をたくさん得ることができなければ、たくさんの機械を持つことはできないんです。こんな当たり前な話はないんですよ。日本やイギリスの話だけではなく、世界中の国々が、フランスでも機械を導入した、ドイツもアメリカもみんなが原材料や市場を求めて始まったのが第一次大戦、第二次大戦です。原材料・市場のぶんどり合いです。資本主義の国々が侵略する側になった。アジアでは日本が唯一侵略する側になったけど、それは工業化を成功させたからなんです。
ガンジーさんは大量生産は自国での必要以上につくるから戦争になるというんです。必ず利害の衝突が起こる。自国の需要を満たす以上のものをつくる機械を世界中の国々が持ってはいけない、それを持つから戦争にならざるを得ないと、ガンジーさんはいち早く指摘しているんですね。当時この指摘は誰もしていません。資本主義も社会主義も機械はいいものだ、その製品をどう分配するのか、資本家が持つのか、労働者が持つのか、どちらも物質的に豊かになることを良いものだと考えていました。そのときにガンジーさんは機械は悪のシステムだ、この状態が続けば世界は破滅に導かれるんだ、これは確実にそうなるんだとはっきり指摘しています。僕はこの指摘が今でも平和や戦争の問題を考えるときに基本になる考えだと思います。そうしなければ本当に確実なものにならないと僕は思うんです。
糸紡ぎから世界の破滅を救う
例えば機械が今でもあるけれども、戦争がおこらないのはどうしてでしょうという問題ですけれども、昔は必要に応じて物がつくられ、買われていたのが、今は徐々にファッションとして、今年は青色が流行り、来年はミニが流行り、再来年はロングが流行るとか、着れるものを着れないように操作していく企業の側の論理というか作戦というか、大量の必要じゃないものまでもが売られていく。布団は東京都の粗大ゴミの毎年トップなんですが、打ち直しをすればほとんど一生使えるのに、そうする人がほとんどいない、捨てちゃう。それでまた布団をつくる。誰かが捨てないと工場は稼動できないんですよ。さっきの操業短縮と同じように、供給が需要を上回ってしまうとまずいから、みんなが大事に使ってると困るんです。市場がなければ工場は操業できないんで捨てさせる、リサイクルだとかもそういう形です。それで最終的には、例えばパキスタンだとかが原綿を作っています、アメリカのお古が日本に来て、日本のお古がパキスタンに行く、パキスタンの民衆は綿摘みをしても自分たちの服をつくることができず、日本のジャージやなんか格好いいだろうと着ているみたいな実態があります。そういうかたちでガンジーさんが一番言っているのはイギリスが自分たちを武力で支配しているから、支配されているのではなく、自分たちがイギリスの文明を良いものだと思いこんで、イギリスに自分たちを差し出しているから支配されているんだっていうことです。
日本では歴史上で縄文から弥生に入るときに農耕・稲作が入ってきました。縄文も自然採集だけではなかったという研究がありますが、稲作はそんなに計画的にはやられてなかった。稲作が朝鮮から入ってきて、富を蓄えられるようになって弥生になって貴族と耕作をする人が分離し、それを守る武士階級ができ、稲が社会の基本となりました。衣食住の基本的な、食べ物をどうやって得ていくのかというところで違ってきていて、耕作→カルチャー→文明といいますよね。それと同じように衣服を得る手段は機械によって楽になった、これを近代文明と言っている。どうやって衣食住を得るかという、手段の違いで社会が根底から変わってくるんですね。ここが僕は一番大事なことだと思うんですよ。衣食住を自給するという視点だけではなく、世界の歴史を根底から変えるものだという見方、大きな歴史の視点で流れを見てほしいと思います。ガンジーさんは糸を紡ぐことで世界を破滅へ導くシステムを根底から変えよう、単なるイギリスから独立する闘争とかそんな狭い視野じゃない、文明を根底から変えるプロジェクトを作っていた。いくらインド人が政権をとってもインドの貧しい民衆は変わらない、イギリス人だろうがインド人だろうが誰が頭に来てもインドの民衆は誰かに支配されつづけて、自立できず、貧困で何も変わらない、本当に変えるためには自分たちがそういうシステムから抜け出さないかぎり自分たちの運命は変わらないと最後までしつこく言い続けたんだけれども、みんなに理解してもらえなかった。
アヒンサー・スワデシ・スワラージ
それからもう一つ、アヒンサー=不殺生ということですが、それが英語でノンバイオレンスと訳されそして日本語でも非暴力に訳されています。しかし不殺生というのは自然と一体となって自分も生きていくという仏教概念です。これは僕の解釈でもあるし多分そうだと思うんだけれど、人間はいくらでも豊かに生きることができる、南が貧しいところではなくて、南こそ本当に豊かなところだと思います。これは確実に豊かなところです。今南が貧しく北が富んでいる、これは南の富を略奪しているだけの話であって、南の人たちは自然に恵まれていくらでも必要なものを手に入れることができる。貧困を解決するためにお金をいくらやったって豊かにはならないんですよ。そうじゃなくて自分たちの豊かな自然をどうやって自分たちが自分たちの手足を使って得ていこうとするのかが課題です。自分たちの文化・伝統・歴史、その中で培われたもので豊かになっていける、日本人もそれを放棄していると思います。東南アジアもインドの人たちも放棄していると思います。それを絶対放棄したらいけないとガンジーさんは言ってます。インドの文化・伝統・歴史を大事にするんだ、自分たちのやり方、イギリスや西洋からは鈍いとか勤勉じゃないとか言われても、それがいいんだ、例えば昼間寝ていてもいいんだって言うのです。当たり前ですよね、昼間寝なきゃ暑くてインドじゃやってられない。朝早く起きて働いて、昼寝て、また夕方起きて働けばいいんだから、一日中勤勉に朝9時から夕方5時まで働くことないってガンジーさんは言うんですね。それでいいんだと僕は思うし、自分たちのやり方で自分たちの手足を動かして自分たちの祖先が培ってきた文化・伝統・歴史を大事にしていくこと、その中でいくらでも豊かに暮らせます。
僕はよくみんなに言うんですけれども豊かさは無限にある。ちょっとやそっとのお金なんかどうってことないんですよ。1億や2億とか何兆円とか全然どうってことないくらい、何でも得られるんですね。この鴨川にいてもそうなんですけれども、食べ物はすべて得られるし、着るものも自分たちで綿を作って糸を紡げば得られる。
ガンジーさんの時代は自分が着るものも自分たちの手足を使って得ることができなくなっちゃってたんですね。それでガンジーさんが糸を紡ぐことを2年がかりくらいでようやくできる人を捜して教えてもらった。それまで糸紬やなんかの道具、伝統文化を焼き捨ててしまっていた。これほど貴重なものを絶やしちゃいけないということで広めていくんですけれども、大型機械に自分たちが生活に必要なものを委ねちゃうとそれを持つ人に自分たちの生活が支配される、自分たちが自分たちで自分たちの必要なものをいつでも得られるようにしておかないと、自分たちの自立・自治は決して得られないんだ、とガンジーさんは訴えています。それでガンジーさんの思想のなかでスワデシ、スワラージという言葉があって、スワデシは国産品奨励と訳されるんだけれど、必要なものを自分たちで獲得していくという経済的な意味合いのもので、その上にたって始めてスワラージ、自分たちで治める、自らを治める、自治が生まれる。それぬきにして自分たちの生活は、本当の自由・自治は作られないんだと言っています。
自分が変われば世界が変わる
僕はガンジー思想は一見するとかなり宗教的な、もしくは倫理的なものだと言われているんだけれど、ガンジーさんの本をかなり体系的に読んでいくと、これは経済的にも誰も指摘しなかったけれども、これは資本主義の分析にしてもそうだしあまりにも当たり前のことなんです。そんな難しい話じゃ全然ない、あまりにもみんなが見過ごしている問題、複雑な理論的な論理を積み重ねているんじゃなくて、あまりにもはっきりしている問題なんじゃないかと僕は思うんです。単純明快なことだと僕は思うんですね。ガンジーさんはスワラージ=自治っていうのは、誰かを倒して得るものではない、自分たちがやろうと思えばすぐできるもので、誰かに依存するものでもないし、誰かにお願いすることでもないし、誰かにやってもらうことでもない。自分たちがまず自分たちの暮らしとか毎日の生活を変えさえすればすぐに達成できるんだ、一人一人の問題なんだと言っています。これもガンジーさん一流の考えなんだけど、イギリスに支配されているんじゃなくて、自分たちがイギリス文明を良いものだと思い込んだ時から支配される。だからそれを止めれば独立はすぐ見えて来るんだと言っています。これは逆説的な言い方なんでここら辺がガンジーさんの面白いところなんだけど、自治というのは自分たちの手の中にあって、日々の生活や暮らしを変えさえすればそこにあって、すぐ手に入れられる物だって言ってるんですね。ガンジーさんは誰かが変わらなきゃならないんじゃなくて、まず自分が変われば世界が変わるんだと言っています。
豊かな生活を問い直し、真理を示す
僕自身のことを言うと東京で三十年生きてきて、僕が学生運動をやめて、卒業すると会社に勤めて、僕は大学卒を隠して中小企業に入って、労働者と一緒に生活する中で運動しなければ意味がないと思って十年労働者になって労働運動をやったけど、ここには人間を本当に解放する力はないって確信した、そうじゃない思想・価値観を確立しない限りどうしようもない。それで東京を離れて農業を始めました。今カネは少ないです。毎日汚れた服で仕事をしてるけど、綿作って、食べるもの作って、本当に自分が豊かだな、すごいリッチだなって思って、満足しています。東京であのバブル期に50万円稼いでいた時より今の収入は少なくて、20万円もないですけど、今のほうがリッチだなって思ってます。若い女性とも結婚できたし、これ以上満足はないくらい、本当にこんな幸せでいいのかなっていうくらい満足しています。それは生き方を、社会に文句を言っていたんじゃ得られないんですよ。自分の生き方を変えれば世界が変わっていくんですよ。自分が変われば人も変わっていくんですよ、確実に。僕が変わったことをワークショップやなんかを通じてみんなに話していけば、またみんなも確実に変わっていくんですね。僕は真理がどこにあるかということだけが大事だと思うんです。最後に真理が勝つんですよ、本当のことが伝わっていく。例えばカネは紙切れなんですよ。実体がないんですよ。金をもうけようと思っても豊かさは得られないんです。これは経験していることなんで、札束50万円とか持ってたくさん使って豊かって僕は感じなかったけど、例えば卵1ケース400円で僕が飼って面倒を見た鶏が産んだ卵が売れて、お客さんがおいしいって言ってくれて、すごいうれしいですよね。僕のワークショップに遠くから来てくれた人が来て良かったって言って帰ってもらうこともすごくうれしいし、一人一人が今できる範囲の中でガンジーさんの言っているような、僕たちの生活自体が加害者になっている、これを変えないかぎりこの状態は続くってことがあまりにも明らかなんです。でも変えるのはなかなか難しいんですよね。そこが問題なんだけど・・・・・・。
僕はリッチになるにはどうしたらいいかとみんなに言っているんですけど、今銀行にお金を預けても利息は0.何%しか付きません。すごい儲かるものがあるんですよ。競馬の万馬券以上の配当がつくんです。投資するならこれっていうものがあって、それは種なんですよ。種って一粒千倍って言って、お米なんかそうですけれど、万倍になるんですよ。これは自然の無限のエネルギーを受けられるのは植物だけです。
無限に降り注いでる太陽の光をヒトは直接富に変えられません。光を富に換えられるのは植物の葉緑素がエネルギーにして蓄えることしかできないんですね。これがなければ酸素も得られないし、すべての動物が生きていけない。植物を大切にすればリッチになれるんですよ。手足を使ってよく世話をしてやればの話なんですよ。僕は農業は儲からないって今言われてるけれども、こんなに豊かになる生業はないですよ。お金になるかどうかは知らないですよ。でも無限に豊かになれるってみんなにお勧めしてるんです。これって当たり前のことだと思うんですけど、なかなかみんなできないんだよな。手足を使うことで体も健康になるし、生き生き生活できるし、いくらカネがあっても健康が損なわれてメシがまずければ生きててもつまんないし、ガンジーさんの言ってるのは人間手足があるんだから、それを正しく使いなさいってことなんですね。それで本当の豊かさが得られるんですね。戦争と平和の問題もあるんだけど、まずは僕らは少しでも始めていくことが大切です。いつまでも本当に大切なところで体と頭を使って欲しいって思ってるんです。

和棉のタネを守るネットワーク事務局
〒299-2856 千葉県鴨川市西317-1
鴨川和棉農園内
TEL/FAX 0470-92-9319
|