TOPバックナンバー目次

2002年4月10日発行169号ピースネットニュースより

私が見てきた世界で起こっている戦争の真実と原因
今こそ市民が主役となって国家の戦争を止めよう!
「ユーラシア紛争地特別フォーラム」2002年3月9日 早稲田大学小野講堂に於いて

日本山妙法寺 寺 沢 潤 世

●冷戦崩壊後の世界
 日本山妙法寺の寺沢潤世です。今回のユーラシア紛争地域特別フォーラムにお招きをいただきまして一昨日インドから急遽帰らせていただきました。アフガン問題について世界中がこれからどうなっていくのかと流れを見守っているわけですけれど、9・11以降この間およそ5ヵ月以上ですが、パキスタに滞在しておりました。インドではヒンズーの極右勢力がいよいよインド社会全体の根幹を揺るがすような動きをはじめています。
 今まさに冷戦後、軍事的にも経済的にも政治的にも技術的にも情報掌握の上でもまさに世界史上最大の帝国が生まれようとしているわけです。それが米国ですが、その米国が冷戦後も激動の動きの中の一番大きな座標軸じゃないかと思います。私は遊行僧としてここ10年、旧ソ連邦、ユーラシアの各地を遊行して廻っております。私は冷戦直後、湾岸戦争中もバグダットの空爆の下にいましたし、サウジアラビアとイラクの国境で世界中から集まった人たちとともに人間の鎖を作ってピースキャンプを設立し、そのあとスカッドミサイルがイラクから飛んでくるイスラエルのエルサレムの方にも行きました。その後ソ連崩壊から今日までの10年間、自分の脚と自分の目と自分の耳を頼りにして巡業してまいりました。その間、この冷戦後10年間の激動はただごとでは終わらない、かならず大変なことになっていくという予感を抱きながら紛争地を廻ってまいりました。その予感が本当に見える形で世界を揺るがしたのが9月11日の同時多発テロでした。民間航空機が大量殺戮兵器となって世界最強、世界最大の経済大国の中心部を攻撃するというショッキングな事件が起きました。それ以降今日までの動きを見て私が一番感じましたのは、これだけ情報技術が発達していながら世界の本当のものが何も見えないというところに現代社会はおかれているということです。私は自分の脚で歩き、自分の目でみて自分の耳で聞きました。第一次情報をそのまま知ることができた。紛争各地をめぐってその場の声を聞き、その場の人の苦しみをわが目で見た時、それがほとんど世界中の人たちに共有されないもどかしさを感じ、そしてそれがやがて大変なことになっていくと予感していました。

●市民の犠牲と紛争解決の課題
 ひとつ例をあげればチェチェン戦争は今も続いています。それはソ連崩壊後のもっとも悲劇的な戦争ですけれども、それはバルカン戦争以上に核兵器以外のあらゆる現代兵器が駆使されています。攻撃を受けるのは一般市民です。戦闘員ではありません。そして19歳以上、最近では子ども含めて男という男はほとんど強制収容所に連れていかれるか、あるいは家族の目の前で銃殺されています。そして強制収容所に連れていかれた後には、地獄のような責め苦、拷問がされているわけです。それはずっと続きながらそれを解決するすべがない。これはチェチェンの問題だけではありません。この10年間の紛争地のほとんどにおいて起きています。
 今、国際政治では戦争の始まる前の早期警告が重要だと言われています。そして紛争が勃発して暴力になる前に何とか防止することが求められています。それには外交的な方法もありますし、人道的な方法もありますし、あるいは武器を入れて鎮圧させるという方法も考えられる。それからもうひとつは戦争が起きてしまって殺し合いが始まっている時それをなんとか解決する。しかし、湾岸戦争、チェチェン戦争、バルカンの紛争、アフガン戦争も含め、それから今も燃えている中東問題も含めた上で、国際政治は問題解決にはまったく失敗している。成功例が一つもないという中でテロリズムというものが生まれてきている。この5ヵ月ばかりインドを廻っておりましてショッキングだったのは、今、インド・パキスタン国境の軍事的緊張は独立以降かつてないほど高まり、紛争・戦争勃発直面の緊張対立がここ数ヵ月続いています。そしてこの2ヵ国は核兵器を所有しました。CIAも一ヵ月ほど前にはっきり言ってますけれど印・パの関係は戦争を起こす可能性がもっとも高くなっていることを警告している。一旦戦端が起きれば圧倒的な通常兵器を保つインドに対して、パキスタンは防ぎようがありません。防ぎようがないだけに先制核攻撃をしかける可能性があります。核戦争にエスカレートする可能性はほんとうに高い。それを欲する勢力があるわけです。

●エネルギー源の支配が紛争の原因
 このようにユーラシア各地で局地的におきている紛争に対して、早期警告、紛争防止、あるいは紛争後の平和的回復への動きは国家間では期待できません。その中で難民となった人たち、紛争の犠牲者たちの苦しみはほとんど国際社会から関心を持たれていません。国際社会が関心を持つのはソ連崩壊後だれが世界を制覇するかということです。21世紀は生き残りの世紀だと言われています。現代文明が生き延びるならば、欧米日などの先進国の文明を維持して行くためにはそれを維持するエネルギー源が必要なわけです。そのエネルギー源は21世紀においてすでに秒読み段階で枯渇に向かっております。ここ100年、イギリスの産業革命以来今日までの間にロケットが空に飛ぶような形でエネルギーの消費が増えてきたわけです。この21世紀で中国やインドや他の後進国が欧米並みの文明生活を確立しようとすれば、われわれの次の世代以内に今の形における文明を維持するエネルギーはなくなってしまう。そのため冷戦後のあらゆる紛争の一つの座標軸はこの紛争を利用して誰が残った世界中のエネルギー源を制覇するかということにあります。
 そしてその本質的な問題は紛争問題の報道の中で語られないんです。チェチェンでもそうですし、今のアフガン戦争もまさにそうなんです。そしてコーカサスの紛争もソ連崩壊の後の力関係の崩壊の中で、中東にも勝るとも劣らない石油資源、天然ガス資源をどのように誰がコントロールし誰が商品化し市場に出し、そのルートを誰が押さえるかということが一番大きな動機となっています。アフガニスタンも一番最初のソ連侵攻もそうなんです。このアフガニスタンのテロ撲滅という名目での米国のテロ撲滅戦争に、ロシアも中国も一緒に乗っかっております。それをある政治評論家たちは「冷戦後の新しい可能性が生まれたんだ、かつての敵は一緒になって現代文明の悪をやっつけるようになったんだ」と言ってます。しかし本音は天然ガスや石油資源があるユーラシア大陸のど真ん中を誰が支配するかということにあります。それを商品化するためにはパイプラインがどこにいくかということになります。かつては西側とロシアが取り合いをしていたんです。ロシアはそれを止めたんです。中国もアフガニスタンさえ紛争が治まれば、石油もガスも全部中央アジア、アフガニスタン、パキスタンを通してインド洋アラブ海に出せるわけです。ロシアもそうです。かつては取り合いしていたんですが、今度は一緒になって一番いいルートを確保しましょうということです。
 文明の悪と決め付けてアンチテロ世界戦争をやっているわけですが、なぜそれほどまでにアルカイダ、オサマビンラディンを悪玉に仕立てたのか? 本当に恐れているのは実に21世紀の地球のエネルギーを支配する生産地は皆イスラム国家だからです。そして冷戦後今日までの紛争処理はどれをとっても明らかなのは、欧米諸国のダブル・スタンダードです。人権という美名を使ってコソボでは空爆し、バルカン戦争では国連安保理にかけずに人道的介入を始め、そして今アフガンでやっているのは文明に対する敵であるテロをやっつける世界戦争だと言っています。どんどん変貌しておりますが、そのすべてがイスラムの民衆にとってはムスリムに対する攻撃であって、本当の正義でも本当の人権でもないということを見破っているわけです。そういう不満を全部集めて、欧米に牛耳られた現代文明に対抗するかぎをムスリムが持っているんだということをオサマビンラディンは知っていたのではないでしょうか。現代文明の大動脈を抑えてしまえば現代文明は崩壊する。イスラム圏にあるエネルギー源を全部我々の手に入れれば、欧米の偽善者や反イスラム勢力をやっつつけられるという論理をもっていることが、実はアメリカにとっては一番怖い。こういう流れでいけば文明の衝突が起こり、本当に第三次世界大戦という方向に人類の未来は向かっていくことでしょう。それじゃあどうしたらいいかというのがもう一方の問題だと思います。

「国家のテロ」の犠牲となっている一般市民
 本当の犠牲者は一般市民です。それが今までの紛争の全部の例なんです。先日インドの国防大臣がとてもショッキングな声明をだしました。ほとんど注目されていませんが、「パキスタンが核兵器を使用してインドが核攻撃を受けたとしても第一撃は持ちこたえられる。そのかわり反撃の核攻撃でパキスタンを全面崩壊させる。」これがインド国防大臣の声明なんです。驚くべきことです。平然と核攻撃で一つの国を滅ぼせると一政府の国防大臣が公言しているわけです。そういうメンタリティーとニューヨークに国際貿易センターに一般の旅客機をハイジャックして突っ込んでいったメンタリティーとどこが違うんですか? 国家主権の名を持ってすればそういう恐ろしいテロリズムが許されるのか? これはインドの国防省の話だけではありません。今の米国ブッシュ大統領、英国ブレア首相が推進している世界テロ撲滅の戦争というものも結局同じメンタリティーに過ぎません。一般市民の命、生活をかえりみないで平然と攻撃している。そういうレベルではテロリズムと同格です。そういう国家の武力行使のありかたそのものが、ますます行き場のない犠牲者を生んで、そういう人たちがテロリズムに走っていく。それを解決する論理はブッシュさんやブレヤさんの中には無いんです。本音は語りませんが頭の中には、世界エネルギーの世界制覇しか思い描いていないのです。
 私は一旅僧として紛争地を廻って常々残念に思うのは、何十万という難民が生まれ、そしてその難民のほとんどが自分の目の前で家族を虐殺されてきているんです。一人の人が死ぬということは大変なことなんです。それが十万人、百万人となれば平然とできるわけです。それが今戦争を起こしている為政者達やインドの国防大臣のメンタリティなんです。それはテロリストのメンタリティとまったく同一線上にあります。

●「援助」の実態とこれからの課題
 世界中から無視されたチェチェンやアフガニスタンやコーカサスの難民の姿を見て私はいつも思うのですが、困っている人たちがいて食事も無い、服も無い、住む場所も無い、学校も無いから皆で援助しましょうというだけでいいんでしょか? 彼らはますますそういう援助にだけ頼っていく人間になっていく。そして憎悪の記憶は絶対に消えない。子どもたちの傷ついた心は癒されていない。それがそのまま新たなテロリストの世代を生んでいく。それに対して私たちはどういう処方箋があるんでしょう? 難民は難民であってはいけないと思います。自らの生命、自らの運命、自らの社会回復を自分たちの力で切り開き、紛争解決の場に自らの声を反映すべきです。しかし現状は難民は物をもらう対象だけです。国連やいろいろなNGOの人たちが助けるのはどうしても必要ですから人道上麗しいことかもしれませんが、どこを廻ってみても難民というのは絶望している。物をもらえば傷が癒されるわけではないんです。彼らは自ら生きていく、平和に生きる権利がある。そして平和に生きる権利を自ら行使するために国際社会に政治参加する必要がある。そしてそして我々は国際政治システムの中に彼らが自らの権利を行使することができるシステムを作るために援助すべきだと思います。そういう援助がまったく欠落しています。今の国家や国際機構の枠組みの中にそういうシステムがありません。だからテロリズムが起きていくんです。人間の憎悪が、暴力の連鎖が断ち切れないんです。それこそ一人一人の市民の仕事ではないんでしょうか?
 人道援助とかいろんな国際援助のNGOがありますが、全部国家の旗を持っているんです。自分たちは日の丸のNGO、イギリスのNGO、フランスのNGO、EUのNGOというようにです。これでは戦争している良心の呵責を少しでも和らげる緩和剤にしか過ぎません。そこでも結局国益擁護の人道援助、紛争解決になってしまう。そうではなく犠牲者になった人たちが本当の権利回復をするための機会を提供するために、一緒になって他の市民たちが動かなくてはならない。そのためにこそ文化理解、現状理解が必要なんです。第一次情報が必要なんです。そのシステムこそを我々が作っていかなくてはならないんです。
 それこそが、国家とか民族とか、宗教を超えた次の段階に見える理念ではないかと思います。今世紀は文明の衝突ではない。国家が人を殺してはいけない。主権国家対世界中の一般市民との衝突です。それが今の日本の憲法の課題ではないでしょうか? 日本は国家主権として認められている戦争権を放棄したんです。なぜですか? 日本人の生存権を認めたんではないんです。世界中の一人一人の生存権を認めたがゆえに国家主権としての戦争権を放棄したんです。そして陸海空の軍事力を持たないことに決めたんです。これが本当の意味での画期的な平和憲法です。今、アジアでもアフリカでも植民地から独立した国々でも結局同じ主権国家、近代国家のシステムを踏襲しただけで、これまでのヨーロッパで築きあげてきた近代国家を超えてはいない。だから印・パの独立後今日まで解決の糸口が見えない。日本の平和憲法の本当の画期的な意味は一人一人の人間の平和的生存権が国家主権の武力行使の上にいったんです。それを今こそ世界中の市民が主張すべきではないでしょうか?
 ユーゴのような小国に対してはNATOも軍事介入して前大統領を戦争犯罪人としてひっぱり出しましたよね。それをロシアでは、中国では、他の国ではやれません。それは国内問題だと言って無視するんです。その枠を越えなくてはなりません。それを超えさせるのは一人一人の我々市民しかいない。そして世界戦争を回避できる道があるととするならば、一人一人の人間、世界中の一般市民が近代国家から武力行使権を剥奪することだと思います。

TOPバックナンバー目次