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2002年3月10日発行168号ピースネットニュースより
コソボでのボランティア活動で感じた命と平和の尊さ
神奈川県在住・大学生
空が低いことに驚いた。標高が高いこの地では、雲は手でつかめそうなぐらい低い所にあった。山々に囲まれた長閑な田園風景。彼らは山が、そしてそこに流れる風が好きだと言っていた。戦時中は多くの市民が山の中に隠れていたという。
2001年8月、私はコソボを訪れた。春先、私の所属するゼミナールの中村教授からこの計画を知らされたとき、率直に参加したいと感じた。「命の尊さ」というものに興味を持っていた。前年母を病気で亡くした私にとって、「死」というものについて自分の心に問いを投げかけることが多くなっていた。たった一人の死、それだけでも私には耐え難い不安と恐怖が襲いかかってきた。心にぽっかりとあいた穴。自分でもどうすればよいのか全く解らなかった。もがいても埋まらない穴。ただ時間が癒してくれることだけをじっと待っていた。争いはたくさんの命を理不尽に奪っていく。ならば、たくさんの死を目の当たりしてきたコソボの人々は何を感じ、何を必要とし、その「死」をどう乗り越えようとしているのか。自分というちっぽけな存在。けれど、「関心」だけでは表せない、何かが私を突き動かしていた。そして私は、ADRA
JAPANという海外援助NGOを通じ学校建設のボランティアに参加することを決心した。
プリスティナ空港に到着すると、そこには軍用飛行機、戦車が並び、私たちの目を驚かせた。整備されていない空港。まるで難民のように人のごった返す様子と整備やパスポートチェックに携わっている有無を言わさぬ風体の国連兵士。このとき私たちははじめてこの地が紛争地であったことに、またそこに足を踏み入れることの責任を実感した。
しかし、首都プリスティナの街中に入ると、その思いは吹き飛んだ。街は賑やかで人々の顔は明るい。通り過がる車は、「KFOR」や「UN」といったロゴの入った治安維持の車や戦車であり、はじめ戸惑い感じたものの、それは2、3日もすると自然に日常として受けとめられるものであった。そして何よりも、街の中にはそれを吹き飛ばすほどの活気に溢れ、悲しみは全く感じられなかったことが印象に残っている。学校建設のボランティアにはコソボの学生も参加していたが、皆よくしゃべり、よく笑う。彼らは前を見ていた。生きる力を見た。そしてそれは私たちを逆に励まし、助けてくれさえした。
2週間、今思えばとても短い時間だった。しかしそれは同時にもう何十年もこの地に住んでいるかのように、多くの感情や経験を私にもたらしてくれた時間でもあった。残すところ2、3日、夕日に焼けたどこまでも続く田園風景。私は車の中で夜に向かって肌寒くなっていく空気を感じながら今までのことを思い返していた。ボランティアも無事終了し、今までのコソボでの出来事が自分の中で消化され始めていた。何かがひっかかった。無残に破壊された建物、水や電気の制限された生活、地雷の跡のでこぼこした道、これらすべてが私達のコソボにおける生活であった。そしてそれは同時にコソボに住む人々の日常でもあった。しかしこの「日常」という言葉が頭をよぎったとき、私は無性に悲しくなった。これを「日常」としてしまってよいのであろうか。私の中で何かがつながり、まるで絡まった糸が一気に解けたような感覚が流れ込んできた。彼らと私たちとで決定的に異なる点。その一つは私たちが戦争を知らないということ。もう一つは、彼らが他の世界を知らないということ。一見賑やかに見える街は働く場が見つからずに暇を弄んでいる失業者であふれていた。ボランティアに参加して、笑っていたコソボの学生たち、彼らの多くが紛争に関する話をしたがらなかった。その中でとりわけ明るかった俳優を目指していると語っていた青年は、あの紛争によって癒えないほどに心に傷を負い、その後遺症として、今の自分を保つために現在の明るさがあると聞いた。表向きの回復と、それでも癒えることのない紛争の傷跡。私たちがどれだけ今の生活を共にしようとも、それはけして彼らと同等ではない。もう戦争は終わったのだ。しかし「戦争」の反対は決して「平和」でないということをわたしは痛感した。
平和とは何か。何もかもを失ったコソボの人々は平和に向けて動き始めている。では、私たちの住む日本はどうであろうか。そこは「平和」なのかと問われれば、私は些か疑問を感じえない。物質的には世界有数の上位国になるであろう日本。しかし、その社会は様々な問題を生み出し、消化しきれずに私たちの心を蝕んでいる。そんな日本を振り返ったとき、私には「これが平和だ」とはっきり表現することは出来なかった。自分が自分らしく自由に生きられる世界、そんな世界を望みながら、そのことがどれだけ難しいか実感する。コソボを後にしたその日、皮肉にもアメリカではテロが起こった。「個を認める」しかし、一方では「他を許さない」空気が強く流れはじめている。私たちはその基準をどう判断し、どう進んでいくのか。その方向は大きく未来を変えるものとなるのではないであろうか。
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