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2001年8月10日発行161号ピースネットニュースより
チーズにバターにひまわりの種、そして歴史教科書
ついでに小泉改革のあやしい関係
ピースネットニュース 青 山 正
最初のタイトルを見ただけでもう大体の中身を理解した方もいるかもしれません。まずチーズです。これはもちろんチーズそのものを指すのではなく、あのミリオンセラーとなった『チーズはどこへ消えた?(以下「チーズ本」と略)』という書籍のことです。皆さんもう読みましたか? 元々米国で2年間にわたりベストセラーとなった本の翻訳本ですが、これが昨年末の発行以来軽く百万部を超え、年内には400万部の発行を目指すという大変な売れ行きです。(ただし現在の実売は120万部くらいらしいが、それでもすごい。)
その中身ですが、一見すると単なる人生本のたぐいなのですが、それが爆発的に売れ、中には感動した経営者が自分の会社の全社員に配ったところもあるというのです。それほどすばらしいのかと読んでみると、確かにこれまでの人生本や自己啓発本に較べ、圧倒的に薄くてしかも中身は「ネズミと小人」が主人公の物語風になっているので読みやすく作られています。しかも物語の合間にいくつかの「格言」が順を追って入っていて、つい「なるほど」と思ってしまいます。しかし、表紙の帯には「この物語があなたの人生を変える!」とありますが、問題なのはどう変えようとしているのかです。そしてそう変えることで何をねらっているのか、についてもちゃんと考えた方がいいと思います。
この物語自体は、2匹と二人が「迷路」の中に住み、「チーズ」」を探すという話ですが、一言で言えば、この本は急激な変化にいかにして対応するかについて書いてあります。終わりの方の格言に「変化は起きる」「変化を予期せよ」「変化を探知せよ」「変化にすばやく適応せよ」「変わろう」「変化を楽しもう」「進んですばやく変わり再びそれを楽しもう」と、「変化」のオンパレードです。その裏返しとして「なんとしても変わらない人もいる。そういう人はその報いを受ける。」「変わらなかった人に対しては・・・・やめてもらうしかなかった」「変化に不平を言うより『チーズは消えてしまった。さあ、新しいチーズを探そうじゃないか』と言うようになった。・・・・抵抗していた人たちも変わることの利点に気づいた。」という文章を読むとはっきりとこの本の意図が見えてくると思います。
これはまさに現在の競争に明け暮れる市場経済の厳しい経済環境下にある現代の国際社会に生きる私たちを、さらなる競争に駆り立てようと言う考え方ではないでしょうか。この本の著者が住む米国では、この本がベストセラーになる一方、第2次世界大戦後貧富の差は現在が最大となり、富裕層の最上部の1パーセントの人々の財産は貧しい最下部の90パーセントの人々の財産を全部合わせた額より多く、マイクロソフトのビル・ゲイツ一人の私有財産は、最貧困層にいる米国人1億2000万人の私有財産を合わせた額に等しいという現実があります。(昨年の米大統領選の緑の党の候補者指名を受けるためのラルフ・ネーダー氏の所信表明演説より)
この本が米国同様大量に読まれた日本は、大量の不良債権処理と不景気にあえぐ一方、グローバル経済に合わせた「構造改革」を旗印とした小泉政権が今春に登場しました。そして、小泉首相に対する異常な支持率の下、先頃の参議院選挙も、自民党の圧勝に終わりました。この小泉政権のスローガンも「改革」であり、「痛みはあっても変化に対応せよ」ということです。まさに「チーズ本」の主張通りです。常に変化に対応し新しい物を獲得するために努力をし続けることが大事である、そして変化に対応できないものは落伍者となり、それは仕方がないことである、と説くこの「チーズ本」はまさに小泉内閣の登場とぴったり合う物でした。
それに対して「チーズ本」の類似本として次々と出版された中で、『バターはどこへ溶けた?』(以下「バター本」と略)は「チーズ本」の主張とは逆の中身となっています。この「バター本」では「チーズ本」と同じような体裁を取り「キツネとネコ」を主人公とした物語で「状況の急激な変化にうろたえず自分らしく生きる」ことをアピールしています。最後の格言は「確かなものなどない」「心から楽しめ」「移りゆく物事のすばらしさを知れ」「足をとめてしっかり自分を見つめよ」「自分らしくあれ」「清貧の志を持て」「ありふれた幸せに気づけ」と説きます。この「バター本」は「チーズ本」を出版した扶桑社が、外見のよく似た本を作られ損害を受けたとして、「バター本」を出した道出版に不正競争防止法に基づく出版差し止めを求める仮処分申請を、東京地裁に提出したことで話題になり、パロディー本としてそれなりに売れているようです。
ここで問題なのは、もうすでに大抵の方は気がついている通り、この「チーズ本」はあの扶桑社が出版しているということです。そうです。扶桑社とはあの「新しい歴史教科書」を出版したフジ・サンケイグループの出版社です。この「チーズ本」が売れると同時に「新しい歴史教科書」の市販本も本屋で大量に売られ、公称50万部以上と言われています。この「新しい歴史教科書」が検定に通り、中国・韓国などから批判が出ている最中に発足した小泉首相は、中国・韓国から批判は無視する一方、訪米の際は米国の軍事政策を支持し、そして靖国神社公式参拝を明言してきました。「チーズ本」と同様に「新しい歴史教科書」が訴える中身と小泉政権の主張は重なり合う部分が感じられます。
そしてそこで出てきたのが、『ひまわりの種は誰が食べた?』という本です。これは「チーズ本」と「新しい歴史教科書」を出版した扶桑社に真っ向から反論するために出された本です。やはり体裁は「チーズ本」を真似て、「ハムスターとウサギ」を主人公にした物語となっています。この本では「この世に生きるすべてが、そこに存在するだけでお互いに貢献しあっている」「すべての者が、他の誰よりも多くを手にするなんてことは不可能である。」「奪う者がもっとも怖れていることは奪われることである。」「変化も、変化に対する対応もいろいろある。大切なのは誰の幸せのためにどれを選択するかだ。」と説いています。まさに「チーズ本」と対極の道を示しています。
さらに今度は(8月6日発売)その続編として同じ中央アート出版社から『ハムスター村ひまわり学園』という本が出されました。これは表紙のイラストのかわいらしさからはちょっと想像できませんが、かなりラジカルにそして本質的に「新しい歴史教科書」をめぐる問題を、やはりハムスターを登場させた物語風に描いています。この本の格言は「みんなが一つの夢をめざすなら、その夢は必ず実現する。」「表面にあらわれたことよりも、その向こうがわに真実がある。」「進歩することはすばらしい、しかしそれで失われたものも必ずある。ときには、その失われたものに目を向けることも必要だ。」と説き、「新しい歴史教科書」と「チーズ本」の危険性に警鐘を鳴らしています。
皆さんはどれを読んでみたいと思ったでしょうか。今私たちのまわりで起こっていることは様々なつながりがあると思います。例えば扶桑社が「チーズ本」と「新しい歴史教科書」を出して、小泉政権がその流れの中に乗っているように。そしてその外側にグローバル化の巨大な波があります。先月イタリアのジェノバで行われたサミットは、グローバル化を推進するための巨大な道具でもありますが、それは「変化」を説く「チーズ本」が後押ししているようにも思います。サミットに対抗した反グローバルのNGOの象徴的な主張に「マクドナルド・ハンバーガー」に代表されるファーストフードよりスローフードをというのがありました。その地域に根ざした食べ物を大事にするスローフードの考え方と「チーズ本」の説く考え方は、はやり対極であると思います。
どうも日本ではあまり深く考えずに「チーズ本」や「新しい歴史教科書」が読まれ、そして小泉首相への熱狂的な人気が出ているように思います。しかし、確かに参議院選挙では自民党が圧勝しましたが、それでも事前に予想されていたようには投票率は上がりませんでした。冷めていた有権者も多かったということでしょうか。また、「チーズ本」と対極にある「バター本」や「ひまわりの種本」も売れているというのは、パロディ本とは言えまだ可能性はあると思います。これから吹き荒れる「構造改革」に踊らされることなく、日本と世界の新たな道を探っていきたいですね。
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