在留資格のない外国人の国民健康保険被保険者資格に関する質問主意書

1999年6月3日

 東京地方裁判所民事第3部(青柳馨裁判長)は、平成10年7月16日、東京都武蔵野市在住の在留資格のない中国人女性を原告、東京都武蔵野市を被告とする国民健康保険被保険者証不交付処分取消請求事件に対し、在留資格のない外国人であっても、定住の意思をもって日本国内に生活実態を築くことがある現実を率直に認識して、そのような外国人に国民健康保険の被保険者資格を認めるべきであるとの判決(以下「第一審判決」という。)をした。私は、第一審判決は、従来日本の行政が外国人の人権、生命、健康といった諸問題を軽んじてきたことの一つの現れである国民健康保険の適用問題に対し、初めて理論的に当然な判断をした点で画期的であり、厚生省は、今後右司法判断を尊重すべきものと考える。
 平成10年7月24日、武蔵野市は、第一審判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが、右控訴判決までの間に、武蔵野市は右原告に国民健康保険被保険者証を交付した。それを受けて、平成11年3月24日、東京高等裁判所民事第15部(涌井紀夫裁判長)は、訴えの利益がなくなったとして中国人女性の訴えそのものを却下する判決をなした。
 本件訴訟の係属中も、厚生省国民健康保険課は、東京都等を通じ、各地方自治体に対し、在留資格のない外国人に対して国民健康保険被保険者証を交付しないよう指導を強化している。さらに、第二審判決後、厚生省は、右第二審判決により第一審判決が是正されたと解釈し、今後も「従来通り」の姿勢をかたくなに守ろうとしているようである。「従来通り」の姿勢とは、在留資格のない外国人に対する国民健康保険被保険者資格を認めない運用を内容とする、平成4年3月31日付厚生省保険局国民健康保険課長通知(以下「課長通知」という。)のとおりの取扱いをするということである。
 ところで国民健康保険被保険者証を発行されない外国人は、多額の治療費の支出を恐れて疾病の初期段階での受診を抑制することが多く、病院に運び込まれる時には重篤な疾病となっていることも少なくない。また、日本の医療現場は、健康保険が適用されずばくだいな治療費のかかる病気を患った外国人の受入れを拒む傾向がある。赤字覚悟で受け入れる病院があれば、その噂はたちまち同様の外国人患者を招くから、診療義務に忠実で善良な病院ほど経営難に陥る可能性が高いのである。
 厚生省が第一審判決の司法判断を全く無視するとすれば、それは医療現場でのゆがみに目を向けず、外国人の医療問題を放置し、ひいては外国人の生命、身体に関する人権を否定するだけでなく人道上も大きな問題であり、許されるべきではない。
 よって、次の点について質問する。

1、課長通知は、国民健康保険法第5条の内容を変更するものであるが、いかなる根拠で、課長通知が法第5条の内容を変更できるのか、また、一課長が通知を発出できる根拠を明らかにされたい。

2、厚生省は、今後課長通知の効力を維持するのか否か及び課長通知の法的効力はいかなるものであるかについて明らかにされたい。

3、厚生省は、第一審判決による司法判断を、今後、どのように行政に反映させるのか明らかにされたい。

4、厚生省が、今後課長通知を改めるとすると、いつから、いかなる基準で外国人の国民健康保険被保険者資格を判断するのか明らかにされたい。

 右質問する。  

 

在留資格のない外国人の国民健康保険被保険者資格に関する質問に対する答弁書

1999年7月6日

1、2及び4について
 厚生省は、厚生省設置法(昭和24年法律第151号)第5条第89号に基づき、国民健康保険の保険者を指導監督する事務を所掌し、この事務を遂行するため、同法第6条第70号に基づき、国民健康保険の保険者に対し、事業及び財産に関する報告をさせ、その状況を検査し、その他の監督上必要な命令又は処分をする権限を有する。当該事務については、厚生省組織令(昭和27年政令第388号)において、同令第13条第8号に基づき同省保険局が、同令第85条第2号に基づき同局国民健康保険課がこれをつかさどることとしている。したがって、厚生省保険局国民健康保険課は、その事務の一環として、必要と認める場合には、国民健康保険法(昭和33年法律第192号)の規定について解釈を行うことができるものである。
 御指摘の平成4年3月31日付け厚生省保険局国民健康保険課長通知(以下「課長通知」という。)は、国民健康保険課の所掌事務の一環として、保険者である市町村がその判断に基づいて国民健康保険法第5条を外国人に対して適用する場合における市町村の取扱いが統一されるよう、同条の解釈を示したものである。
 厚生省においては、3についてで述べる御指摘の訴訟に関する経過にかんがみ、課長通知の内容の変更や廃止を行う考えはなく、また御指摘のように課長通知が国民健康保険法第5条の内容を変更しているものとは考えていない。

3について
 御指摘の平成10年7月16日東京地方裁判所判決(平成8年(行ウ)第280号国民健康保倹被保険者証不交付処分取消請求事件。以下「第一審判決」という。)については、被告である武蔵野市は、不服であるとして控訴したところである。
 本件の第二審である平成11年3月24日東京高等裁判所判決(平成10年(行コ)第143号国民健康保険被保険者証不交付処分取消請求控訴事件。以下「第二審判決」という。)においては、第一審判決後の平成10年8月18日に、被控訴人が日本人の配偶者等の資格により本邦に在留する資格を取得したことに伴い国民健康保険の被保険者の資格を取得したこと、及び被控訴人に国民健康保験被保険者証不交付処分から被保険者資格の取得に至るまでの間に保険給付の給付原因が発生していないことから、被控訴人の訴えの利益がないものとして、第一審判決を取り消し、被控訴人の訴えを却下したところである。
 厚生省においては、このような経過から、本件訴訟における控訴人の主張が第二審判決において否定されたものとは考えていない。


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