以下は、反論の続きです。(1999年12月13日提出の準備書面には入れてありません)
四 原告ら準備書面(10)について
原告らは、15ページ10行目ないし13行目において、「『思いやり予算』の支出は、……それまで履行されてきた日本の負担範囲を超える米軍の駐留費用を支出する措置であったことは被告も認めるところである」と主張するが、そのようなことを被告が認めた事実はない、と被告は述べる。
基地従業員労務費の一部負担は1978年度の約62億円から始まった。さらに1979年度から、代替でない新規の施設整備費の負担を開始している。「それまで履行されてきた日本の負担範囲」とは地位協定第24条に規定された日本側負担の施設・区域あるいは路線権の借り上げ料と補償費である。労務費・光熱水費・提供施設整備費などそれまでの負担を越える支出であることは、予算として公表されている事実である。それ以前にそのような負担がなく、しかも地位協定上規定もされていない支出であったからこそ、当時の防衛庁長官金丸信らは必死に知恵を絞ったのである。「私(金丸)の指示に、丸山事務次官、亘理施設庁長官も深くうなずく。われわれは極秘のうちに、地位協定の思い切った柔軟解釈による、在日米軍に対する財政援助を実現する決意を固めたのであった(文献10 80ページ)」という。だからこそ、金丸をして「思いやり」と言わしめたのである。被告が認めた事実がないとは、それまでも同様の支出があったということを意味するのか。
労務費の一部負担について当時の菊池防衛施設庁労務部長は、「日本政府が持つことにした法定福利費、任意福利費……は、いずれも地位協定上の解釈としては、米側が負担すると言うことが義務づけられていない経費である」と答弁した(1978年4月20日、参議院社会労働委員会)。地位協定に関するこの解釈を認めるものではないが、彼の言う「日本政府が持つことにした」は、それまで負担していなかったものを負担することにしたという意味である。また、格差給・語学手当などの肩代わりに対し藤井宏政府委員は、「……格差給、語学手当などの支払いにつきましてはこれは日本政府が負担するという解釈に到達したわけでございます」と答弁している(1987年5月18日、衆議院外務委員会)。「解釈に到達した」というのだから、それまではそのような解釈をしていなかったということであり、当然そのような負担はしていなかったという意味だ。
なるほど、地位協定第24条二項の規定を越える施設整備は1979年以前におこなっている。それは、代替施設の建設を口実にした岩国・三沢における米軍用兵舎の新・改築費の日本側負担である。当時の大平外相は、この新・改築費の日本側負担を、「こういう前例はない」ことを認めながら(1973年2月7日 衆議院予算委員会)、「地位協定第24条の解釈に付きましては、先般来御説明申し上げたところでありますがこの際、政府としては、その運用に付き、原則として代替の範囲を超える新築を含むことのないよう措置する所存であります」と弁明した(1973年3月13日 衆議院予算委員会)。代替施設の建設に対し「前例はない」と言い、「代替の範囲を超える新築を含むことのないよう措置する」と外相が答弁しているのだから、新規の施設整備費が「それまで履行されてきた日本の負担範囲を超える米軍の駐留費用を支出する措置」であることを被告・国が認めたことは明らかである。
以上で、被告・準備書面(一)に関する反論はすべておこなったが、「地位協定二条に基づき、米国より施設・区域の提供について要請がある場合には、我が国は安保条約の目的達成との関係、我が国の財政負担との関係、社会経済的影響等を総合的に勘案の上、決定することとなる」(被告・準備書面(一) 11ページ)との部分について、若干付け加えることとする。
地位協定第2条において施設及び区域に含まれる設備、備品及び定着物は現存のものと定義され、従って新規の設備等については日本側が負担する規定はないこと、第24条一項で日本側が負担すべきものを除くほかは米軍が負担することが規定されていることから、「思いやり予算」の支出は明らかに地位協定に反した支出であることを論述した。しかしながら、上記文章が建物の構築等の整備について述べられた文脈であることを考えると、米国の「施設・区域の提供について要請」は建物の構築等の整備をも念頭に置いて書いたものと思われる。さて、一歩譲って、そのような「思い切った柔軟な解釈(金丸信)」をするとしても、「安保条約の目的達成との関係、我が国の財政負担との関係、社会経済的影響等を総合的に勘案」した場合に、「思いやり予算」の支出は正当化できるのであろうか。
原告は甲第128号証において、「冷戦後の米国は唯一の超大国として、地球規模に広がった米国の権益を守るために、圧倒的に優位な軍事力を効率的(できるだけ金をかけず)に整備しようとしている」ことを説明した。在日米軍の存在理由が米国の権益を守る世界戦略の一環であり、日本の防衛が主たる目的ではないことは様々な文献に記述があるし、米国側発言でもそれは裏付けられる(例えば、文献7、20など 添付資料9、19)。「多くのアメリカ人は、米軍が日本に駐留しているのは日本防衛のためであり、撤退すると脅かすだけで、日本政府は在日米軍の駐留経費を大幅に増やすと考えている。実際には在日米軍の大半は地域的任務を担っている。日本以外の地域への侵略を抑止している米軍を、日本が進んでその領土に駐留させ、とのどの同盟国よりも多額の駐留経費を負担してくれていることに、アメリカは感謝すべきである」と言ったのは、当時米下院外交委員会アジア・太平洋問題小委員長だったスティーブン・ソラーズである(1991年9月6日、日本記者クラブでの講演 文献20)。江畑謙介はその著書で次のように書いている。「在日米軍部隊は、在韓米軍のように、そこに常駐していなければ日本の防衛が危うくなるというものではない。1991年当時ですら、時の米太平洋艦隊司令官のロバート・J・毛リー海軍大将は、「日本は、ソ連が再起してくるような場合を除いて、あらゆる状況において自分で防衛できる能力を持っている」と語っている。そのわずかに残っていた懸念材料であるソ連再起の可能性も、ソ連の崩壊により消滅した。したがって在日米軍と第7艦隊は「憂いを残す」ことなく、日本から世界のどこにでも進出できる(文献8 139ページ)」と。つまり、現在の在日米軍は安保条約の目的すらも逸脱した存在であることは明らかである。
「思いやり予算」の負担が始まった1978年当時、米国はベトナム戦争による経済的疲弊の中で軍事費の効率的運用を模索しており、その一つが同盟国による駐留軍経費の肩代わりの要求であった。しかし、原告・甲第128号証に示したように、ベトナム戦争終結後急激に減少していた国防予算と兵力を1970年代後半から徐々に増加させている。なるほど、当時、円高・ドル安で在日米軍の駐留経費の上昇があったことは確かであるが、日本の公債依存度が31.3%に対し、米国のそれは12.9%であった(いずれも1978年度 文献11 添付資料20、21)ことを考えると、日本が米国に対し「思いやり」をかける社会的経済的必然性があったとは考えられない。さて、日本側負担が在日米軍駐留軍経費の75%を越えている現在の財政・経済的状況はどうであろうか。1998年度における日本の公債依存度は38.6%、長期政府債務残高のGDP比は83.9%である。一方、「思いやり」をかけられている米国は、1998年度には公債依存度ゼロ、つまり財政収支が黒字となった。米国は財政黒字の使途として国防費の増額を計画している(2000年度大統領予算教書 文献11 添付資料21)。長期政府債務残高のGDP比は58.1%であるが、日本に比べるとはるかに少ない。
日本の財政破綻は顕著で、1999年度は、2次補正予算での国債増発によって、国債依存度は過去最大の43.4%になり、国債発行額は「純税収」を戦後始めて上回る(1999年11月19日、25日の新聞報道)。さらに、国債に短期の借入金を加えた国の借金残高は1999年度末には500兆を上回る見込みである(1999年12月3日の新聞報道)。国と地方を合わせると単年度の財政赤字の対GDP比が1999年暦年で10.0%、累積債務残高の対GDP比が108.5%と見込まれており(OECDエコノミック・アウトルック、98年12月号)、主要先進国中最悪の水準となっている(文献11 43ページ 添付資料22)。
「財政負担との関係、社会経済的影響等を総合的に勘案(被告準備書面(一) 10ページ)」した場合、財政破綻を来した国が、財政黒字の国に「思いやり」をかけるというのは、どのような詭弁を弄しても正当化できるものではあるまい。「国家経済が健全であることは、国力を維持し国家の安全を保障する上での要である」と1997年に発表された米国防総省の『4年ごとの国防評価報告』(文献21)にも書いてあるではないか。