のじれん・通信「ピカピカのうち」
 

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結成一周年総会
就労支援プロジェクト――その後


4月25日に正式に提起された「就労支援プロジェクト」は、その後一月あまりの間にさまざまな展開を見せています。それは、大きく分類すれば、次の三つになります。

  1. アパート、バラック構想の準備/始動
  2. 弁当屋班、フリマ班、草刈り班などの諸活動
  3. 就労相談の開始

今回は、そのうち(1)だけを取り上げ、あとの報告は次号以降に回させていただきます。

***

支援有志の資金貸与によって金銭的裏づけを得た私たちは、GW明けから、さっそく週払い・月払い仕事の就労活動を開始した。

まず最初にみんなで候補者を選ぶ。実はこれに一番苦労した。もちろん仲間には働く意志がある。しかし、アパートの契約やバラックの建設に使われるお金は、返すべき金=借金である。もし仕事が長続きせずにクビになって、支援の方から借りたお金を返せなくなったらどうする?――ここに至るまでの全員の苦労を知っているだけに、仲間たちの多くは二の足を踏んだ。結局、仲間たちからの信頼も厚く、返済と貯蓄、そして自らの生活を維持するに足る給料を稼ぐだけの力量があるだろう仲間が、アパート・バラックに付き、それぞれ3人と4人選ばれた。この計7人が、まずは栄えある一期生となる。

次は、就労活動と返済計画の確立、そして部屋およびバラック建設地探しを行う。予算とすり合わせつつ、繰り返し繰り返し計画を練り直した。のじれんは総会で「仕事と仲間の共同性の両立」を決めた。それは、候補者それぞれが相手の意向を汲みつつ、自分の意向とすり合わせていく、言ってしまえば面倒な作業を厭わないことを決めたということだ。最終的に、アパートに関しては二間+台所の間取りで5万円以下のところを渋谷から一時間以内の場所に、バラックに関しては三畳程度の広さを3万円程度で確保することが決まった。また、それぞれが給料の中から一定額を返済と積立に回し、半年から一年くらいをメドに自前の住居を確保し、真の「自立」をかちとるとともに、次の第二期生のために場所を開けて「プロジェクト」を回転させていくことも。

そうした議論を積み重ねている最中の5月中旬、最初の仲間(佐々木さん(仮名))の就労が決まる。慌てて物件の確保に動くが、不動産屋を回り、内見をし、大家と連絡をとり、結局契約と入居までに一週間かかった。その間、佐々木さんは児童会館から職場に通った。ダンスの練習をする若者たちの音楽がうるさくて眠れないこともあるような児童会館から毎日出勤し、慣れない仕事をしつづけるのは難しい。その意味で、ヒヤヒヤものの一週間だった。

以下は、その佐々木さんの文章である。

仕事のこと

私は、今、仕事をしています。以前は児童会館前で野宿生活をしながら就労活動をし、日払いの仕事もしていました。のじれんの方々と就職について話をしていくにつれて問題点が出てきたことです。たとえば、住民票が移せないこととか、面接に行く交通費がないとか、印鑑代がないとかの問題があり、月ぎめの仕事の場合、一ヶ月分の生活費、あるいは住む家(アパート)の問題等々があります。

私たちは、野宿しながら月ぎめの仕事ははっきりいって出来ません。野宿しながらでは、十分な睡眠時間が取れないからです。できる仕事といえば、休みの多い日払いの仕事あるいは週払いの仕事になってしまいます。いろいろな話をしていくにつれて、支援の有志の方からこんな話があったのです。「問題点二つがそろえば、仕事に就けるのですか。もし仕事につけることが出来るならば、支援しましょう」という話でした。

仲間約20人くらいで話をした結果、候補者三人の名前が挙がりました。名前を挙げれば、佐々木、船田(仮名)、後東(仮名)の三人です。もちろん私もその一人でした。私の場合、若いころ大工の経験が十年ありましたので、この仕事に就ければいいなあ、と考えていました。また、船田さんの場合は、以前はサラリーマンをしていましたが、元の仕事はしたくない、別に違う仕事がしたいと考え、その結果清掃関係の仕事で今面接までして、あとは結果待ちの状況です。もう一人の後東君は、これまた違う仕事で警備の仕事か、あるいはファミリーレストランで仕事がしたいという考えでいます。彼の場合は、とりあえず面接はしましたが、結果待ちとのことです。その後、私は職安に行き、仕事を決め、面接をして、無事仕事に就けました。

これから先、いろいろな壁にぶつかると思います。職場で職人さんたちとうまく仕事が出来るだろうかと思う不安や、仕事で分からないことが出てきたらうまく聞くことが出来るだろうか、という不安があります。しかし、それを乗り越えなくてはいけないと思っています。

今までいろいろなことがありましたが、私も何とか自立の道が少しは開けたか、と思います。これからは毎月預金をしていき、次のアパートへの資金を作ること、それと、今野宿をしている仲間の見本としてアドバイスを送ってあげていくことを、今後は逆の立場で考えていきたいと思います。

支援の方々からの暖かい気持ちを忘れないで、仕事に精を出してがんばっていきたいと思います。

私たちを応援してください。本当にありがとうございました。

佐々木 努

写真: アパート入居者2人(佐々木,後東)で乾杯. その後、さらに後東さんが月給仕事を獲得し、アパートへの入居を決めた。しかし、本当に大変なのはこれからである。しかも、50歳を超える大勢の仲間たち(いわば野宿者の主流)には、このルートは事実上開かれていない。言うまでもなく、就労が極めて困難だからである。

アパート組、バラック組(こちらは依然本格的始動には至っていない)が無事に「自立」を遂げ、「元」野宿者として他の仲間を支えていってくれるようになることを切に祈るばかりである。

 


(CopyRight) 渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連合
(のじれんメールアドレス: nojiren@jca.apc.org