のじれん・通信「ピカピカのうち」
 

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 福祉行動ロールプレイの試み   野田博也
 
 この度、仲間の呼びかけにより福祉行動ロールプレイを2回に亘って試行した。その視点、経過、内容を振り返り、反省と今後の課題への足掛かりとしたい。

1、
ロールプレイとは何か
 
 実にさまざまな支援活動の分野でロールプレイ(=役割演出)が取り入れられている。DV被害者や非虐待経験のトラウマを抱える者への心のケアを目的とした心理療法や、長期入院者が退院後に自立して社会生活を営むための社会的リハビリである社会生活訓練(SST:Social Skills Training)のなかで、さらには参加型学習としての同和教育・人権教育においても従前のトップダウン的な知識の詰め込みから脱却し、各々の実生活でのアクションに連動していくことを狙った課題提起型の「教育」方法の1つとして注目されて久しい。近年のじれんが参考にしているCO(community organizer)の支援プロセスにおていも以前からその有用性は指摘されている。
 
 ロールプレイでは、特定の目的を達成するために、まず、その現実に直面した、あるいは将来的に直面すると予測される「場」と「場の課題」を想定する。そして、その場に登場する(した)人物やその人物の特徴的対応を参加者自身が自らの体験やそこから引き出される想像力を総動員して演出することがメインとなる。
 参加者各々が内観して体験を再現し、各々が考え、声に出して語り掛け合い、叫び、心身を動かし、感じる、プロセスである。五感をフル活用した演出を通じて、現実場面で行動するための心の整理と準備、あるいは実際の対応に欠かせない自信や具体的なスキルの習得を目指している。
 
 ロールプレイを通して獲得するものは活用分野やその目的によって相違があるが、先に挙げた活用分野から例示すると、心理療法ではカタルシスや「気づき」を、SSTでは相手を傷つけずに自己主張する(=良好な関係を構築・維持する)ための話し方・聴き方の技法(アサーティブネス)などを、同和教育や人権教育では

 @被抑圧者本人がエンパワメントして行動する準備
 A第三者が抱くその無意識下に抑圧された差別感への認識・振り返りを、COでは獲得課題を行政などと交渉する際の「迅速に反応する技術(quick
reaction skill)」などを培うことができるとされている。

2、
福祉行動とロールプレイ
 
 のじれんは、いくつかの運動団体と同じく福祉行動を日常活動として位置づけている。それは活動全体の循環構造の一部として機能しているが、部分としての福祉行動の目的は、社会福祉サービスの利用を希望する仲間の権利保障を法的に認めさせていくことであり、その機能は仲間のアドボカシー(代弁・権利擁護)である。そして、それはオンブズマン(第三者苦情処理)の役割も担っている。
 
 また、福祉事務所内での直接的な(最低限の)活動は、@生活保護を適正利用する要求、A仲間と役人の媒介、B生活保護を利用した仲間(施設入所者・入院者)の情報収集などがある。その一連の活動を通じて、@仲間同士の互助意識の醸成、A仲間(支援含む)との出会いや再会、B権利意識の高揚、C福祉を通じた組織化とエンパワー、などを促すことが運動としての拡大となる。
 
 しかしながら、現状は直接的・最低限の活動に汲々としている。さらに、その活動構成は、今年度以降では定期的に5人程の仲間と数人の支援者の参加で成り立っているが、その主体は生活保護などの知識が求められる場面においては特に支援者が中心となってしまっている。
 参加している仲間は、病院への案内や野宿の現状を訴えるなど、さまざまな形で活動しており、各々が可能な範囲で参加している側面も大事にしていきたいことは言うまでもない。その一方、福祉行動に参加しても取り組むことがなくただ座って暇をもてあましている姿や、何かやりたいけどその仕方が分からないなどの声を見聞することがあるのも事実だ。 
 
 当然のごとく、仲間が仲間の手助けをしていきたい、何かしたい」という気持ちを支持していくのが支援者の重要な役割である。最低限の活動を維持するのが手一杯でこの部分を手付かずにしていた。
 ロールプレイを活用することは、そのような状況を改善する可能性を秘めていた。それは、無論仲間が力をつけることで支援者の負担を軽減するためではなく、仲間の間で芽生えている互助意識と、大衆運動のみでは培うことが難しい「自己選択→自己決定→自己伝達」を身近な仲間同士で支えあう力―単独のエンパワーではない―を伸ばすことを目的としている。
 そして、この働きかけはロールプレイの認識を持つ支援者サイドからではなく、「ロールプレイ」という言葉こそ口にしなかったが、「本当の場面を想定して練習するのが最も効果的やないか」という仲間からの発想を端緒としている。

3、
ロールプレイ実行(第1回、第2回)
 
 この文章を書いている8月現在までに月1回のペースで合計2回行い、第1回目はのじれん単独(10人程度)で、第2回目は他の団体(四谷おにぎり仲間と国境無き医師団・日本)にも呼びかけて実施した(15人程度)。
 準備段階では、支援者は場のアレンジと必要な事務作業を担う一方、実行日時などを設定する打ち合わせや他団体との進行検討会においては提唱した仲間と共に行った。   
 
 この段階でロールプレイをする具体的な事象を決定することはせず、それは当日に参加した仲間が現に抱いている課題や困難、あるいは過去に経験した不合理で納得のいかない場面を各々に出してもらい、それに従って進展させていくこととした。現実的課題から発展させる方法論は、パウロ・フレイレ(ブラジルの教育学者、識字運動で著名)のそれと酷似している。冒頭で触れたが、単なる知識の注入ではなく、自己効力(self-esteem;自分がある物事を達成できるという確信と自信)の向上やその後の運動・行動に繋がる学習方法である。
 
 また、この段階ではいくつかのツール(道具)も用意した。これらは、実際の環境に近い雰囲気を創出し、また実際のアクションにも有効な手段である。今回は、@保護廃止通知、A同意書、B保護申請用紙(記入すれば実際に申請できる)、C保護変更申請用紙、D衣類、E乾パン、F受付の紙、を準備した。(今回のロールプレイでは活用されず)
 
 次の実行段階では、まず始めに、弁が立つ仲間や活動経験の長い支援者に呼び水として先導してもらった。繰り返すようだが、ロールプレイはお行儀良く椅子に座って聞いている(寝ている?)義務教育や講演会などとは類しない。慣れない初回は少々照れが残り、ぎこちなさが拭いきれない感はあったが、同じ仲間(支援も)がそれぞれの役割を面白可笑しく演じる一面が出れば、そのような堅さはいつの間にか雲散霧消してしまった。人の内面と向かい合う心理療法の類ではないので、このようなロールプレイでは和楽の雰囲気作りも重要である。
 
 そして、1人1人が自分のリアリティに沿って演出し、それぞれの場面が終了した後には、簡単な振り返りや評価を全体で話し合うことも心がけた。受動的な聴講生はいなかった。参加者のなかには毎日のように福祉事務所へ行って乾パンなどをもらっている仲間や福祉行動のベテランも多く、違う性格・特徴をもつ仲間の演出だけではなく、役人としての演出も見事であった。それとは対照的に、経験の浅い支援などは、仲間や役人の演出を求められても戸惑って沈黙してしまうこともしばしばであった。支援者にとっても非常に有意義な集まりであるのは間違いない。
 
 ひとつひとつのやり取りの詳細を述べることは割愛するが、俎上に載るトピックは以下のように整理できる。
 
 
A 福祉事務所で想定される場面

 @法外援護の利用(対 相談員) A生活保護申請(対 相談員) B生活 保護変更(対 CW) C生活保護廃止(対 相談員)

 
B 病院で想定される場面

 @病状の訴え(対 医師) Aミーンズ調査(対 CW) B保護廃止(対    CW)
 
そして、全体が終了した後の反省会では、「粘ることが大切だと思った」「生活保護のことをもっと知りたいから、実用マニュアルのようなものを書いてくれ」「面白かった」「今度実際にやってみる」などの感想・要望が仲間の間から挙がった。

4、
反省と今後の課題
 
 福祉行動や実際に仲間が福祉サービスを利用しようとする場面、特に困難なケースにおいて必要となる主要素は、@度胸(主張、交渉など)とA生活保護の知識、である。今回のロールプレイでは、主に担当員に臆せず自分の主張を伝えるという@に重きを置いた。現実の場面ではそれだけで成功することは多々あるが、Aの生活保護の知識があればさらに役立つ。今回は、実行段階の流れの中でこの知識の部分をどう組み入れていくべきか頭を悩ませた。
 
 また、仲間同士でロールプレイを演じる際、弁が立つ者が自己主張の苦手な者を言い負かすことが多く、そこからは弱肉強食と同様の関係性が見て取れる。それではいけない。自己主張が苦手な者をさらに追い詰めてより脆弱化することはあってはならない。それを防ぐためには、ファシリテーターの役割が重要であり、介入するタイミングや進行方法をより深く考察する必要を感じた。
 
 さらに、それと関連して、今回の福祉行動ロールプレイは基本的に1対1の場面が中心となり、どうしても「自分ひとりで立ち向かっていくための力」に焦点が置かれてしまった。このような個人的な力は必要であるが、より必要な力は、「連帯する力」であり、「連帯の力(集団的力)を認識し、連帯を呼びかける力」である。換言すると「小規模な団結の力」である。
 
 繰り返すが、新自由主義的な政策下で謳われるような「自立した市民」像を目指した、全て1人でこなすようになるためのエンパワメントが福祉行動ロールプレイの目的ではない。連携・団結・組織がもつ心強さや影響力を認識することが目的である。それは、10人、20人の団結とまでならなくても、福祉事務所で権利主張をする際には数人が傍で助けてくれれば十分である。その数人を呼びかけることができるかどうか、その呼びかけに反応できるかどうか、である。残念ながら、今回の福祉行動ロールプレイはそこまで踏み込むことができなかった。今後の肝要な課題として留めて置きたい。

5、
おわりに

 仲間が福祉事務所まで足を運んで法内外援助の利用を希望するとき、役人の窓口対応はその要望や担当する人間によって千差万別である。決して全てが悪質ではないが、「運が悪い」と小言や皮肉を言われて自尊心を傷つけられ、二度と行く気がなくなってしまう仲間も少なくない。福祉や医療を拒否して路上で死んでいった仲間もいるぐらいだ。福祉行動ロールプレイでは、そのような怒りや諦念観を吐露し、共有し、ある時はそれをネタにして笑い合う。そのような場が少しぐらいあってもいいだろう。
 
 また、「ロールプレイなどせずとも現場で鍛えればいいだろう」という声もある。それには一部賛成だ。しかし、上述したように福祉事務所にトラウマを抱える仲間、足を運ぶことすらもたじろぐ仲間は少なくない。この文脈で言えば、このロールプレイはそのための心の準備であり、実践の練習なのである。
 今回は試行的に2回のロールプレイを実行したが、僅か数回足らずでロールプレイの効果を評価することは非常に難しいことが結果として浮上した。何よりも、気張らず、楽しめる集まりとして継続することが望まれる。


 


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