のじれん・通信「ピカピカのうち」
 

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公共性の《拡大》と《創造》

 

公共性の《拡大》と《創造》――EAE・個人的総括
湯浅誠

 以下は、野宿者運動関係者が参加するメーリングリストyoseba-MLに投稿された文章から、EAEに関する部分を抜粋して構成しなおしたものです。

*****

のじれん/フードバンク/東アジア交流実行委・湯浅です。但し、以下のメールは個人的な見解です。念のため。

》 Honda Jinan wrote:
》 行政が生活保護等でまっとうに下支えするならば、私たちは、行政の動きとは別
》に、運動のエネルギーを他に割くことができます。農業等の第一次産業等を、中山間
》地域をバッサリと切り捨ててきた資本に対して反抗する運動は、これから本質的な活
》動だと思っています。環境問題を、グローバリゼーション=世界資本主義は絶対に無
》視することができません。地球が終わりますから。これからは、京都の私たちの運動
》も、生活保護法等で行政の最低限の下支えが保障されるならばという前提ですが、新
》しく「(アルミ缶や雑誌収集等の仕事で)野宿で自立している」仲間とどう日常的に
》繋がっていくかに変わっていくとのかな、とも思えます。
》 コミュニティ形成やコミュニティ活動等、いろいろ大切な示唆をご教授願えれば幸
》いです。

以上の本田さんの出された論点にいくらかなりと関連する話を近況報告がてらに行いたいと思います。

以前にACHR―JAPANの穂坂光彦氏がのじれん通信『ピカピカのうち』に原稿を寄せてくれたことがありましたが(8号「自立とネットワークについての断章」)、その中で穂坂さんはインドとパキスタンで活動している二つのグループのスタンスの違いを取り上げて、以下のように書いていました。
「どちらも目指しているのは、住民の組織化―人々が自分の地域を共同的に管理するための相互関係作り―なのであるが、そこに至る道筋が異なっている。一方は、スラムを排除する行政に立ち向かって、正当な権利としての資源を獲得することで、公共性を《拡大》しようとしている。他方は、スラムに無力な行政を拒否して、自分らの物理的・社会的空間を対置することで、公共性を《創造》しようとしている」

南アジアのスラムと日本の野宿者の置かれた状況の違いは言うまでもありませんが、運動のスタイルの問題としてはこの「公共性の拡大」と「創造」という分類は非常に示唆的だと思います。本田さんが「行政が云々ならば、私たちの運動は云々」と言っているのも、この穂坂さんの整理に通じるものがあると思います。もちろん、《拡大》か《創造》二つに一つ、といった選択を決然と行う必要もその条件も現在の日本の野宿者状況および運動状況にはないと思いますが、本田さんが言っていることもその両方を見据える視点の重要性ということだと理解しています。

その上で、生活保護の積極的適用や仕事出し要求といった行政に対するパイの再分配要求(野宿者がそれらからこぼれおちていることの認識の上に立った《拡大》路線)とは異なる《創造》路線について、いくつか私の周りでおきている動き(「萌芽」と呼べるかどうかも怪しいものも含めて)を紹介したいと思います。これは、後者の話題があまりこのML上でも交わされていないためにこの程度でも紹介する価値があるかと思ってお知らせするので、両者の間に優劣をつける意図は全くありません。この点、読まれる方もくれぐれも誤解のなきようにお願いします。

1、(略)

2、先日の全国地域寄せ場交流会の枠も利用させてもらって東アジア交流(EAE)の第三弾として日本・韓国・香港の三カ国ワークショップを開きましたが、神戸でやったワークショップの最終段階では、当事者のみの議論の末、参加した日本の仲間はそれぞれの居住地域(渋谷宮下公園、渋谷代々木公園、新宿中央公園、大阪扇町公園)の中で自治会を作ることを自らの当面の課題として設定しました。(ちなみに野宿者運動が実質上支援者のみで行われている韓国と香港の仲間の当面の目標は、韓国の仲間が支援者が主催している夜まわりに自らが参加し、話し込みを通じて仲間を作っていくこと、香港の仲間が当事者のグループを結成する、というものでした。)

「自治会を作る」と言っても、何がどうなれば自治会を作ったことになるのか、そのビジョンは決定した仲間の中でも必ずしも共有されているわけではないようですが、それをさらに討議してかつ現場で実践する中で、より多くの当事者がそのビジョン作りそのものを共有する、というプロセスが重要なのだと思います。実際大阪以後東京で行われた会議では、自治会の規模や発足の目安が議論になり、ある仲間は「公園内の三分の一の仲間が自分たちの寄合に参加するようになること」を挙げ、また別の仲間は「合意できる仲間内でまずは発足させる。面白いことをやっていれば自然と仲間は増えていくはず」と言いました。こういう過程を共有していると、重要なのは定義や段取りではなく、自分の「腹に落ちる」ような形で課題を認識していくプロセスそのものなのだということを実感します。

7月17日には、宮下公園にスリランカのスラムコミュニティ運動を実践しているCO(コミュニティーオーガナイザー)を招いて、仲間自身の手になる寄合も開かれました。どこで手に入れたのか机とイスも用意されていて、三時間にわたる意見交換が行われました。一緒に仕事に出かけた仲間たちで就労支援を目的とする共同貯蓄がスタートするなど、ここでも独自の空間を《創造》していこうという動きの萌芽が見られると思います。

EAEは半年間のプログラムを何とか終えて、以後しばらくはそれぞれの地元でそこで得た学んできたことをフィードバックする時期に入ります。のじれんでは課題探しと成果共有のためのワークショップと情報提供のための集いを、さしあたり今後半年間のプログラムとして設定しました。これらの動向については、また折に触れ紹介させて頂きたいと思っています。

3、若干脇道にそれますが、ここで関連する論点として、半年間の「ホームレス東アジア交流」を振り返っての感想を書きたいと思います。これも、あくまで個人的な見解です。念のため。

私たちは当初、運動の当事者性などにおいて立ち遅れた日本の野宿者および野宿者運動が韓国や香港からその手法や工夫を学ぶのだ、という位置付けでEAEの企画を始めましたが、実際に交流してみて明らかになったのは、韓国にも香港にも、野宿の当事者運動は日本ほどにさえないということでした。両国とも、テントすら張れないという状況の中、仲間たちは基本的に組織されることなく暮らしていました。

これにはいくつもの原因があるのでしょうが、一つ言えると思うのは、行政の対応の違いが路上の組織化にも影響しているのだろう、ということです。たとえば韓国の場合、特にソウル市はIMF危機の後にかなり迅速な対応をして、ソウル市内では百箇所を超えるシェルター(日本で言う一時避難所、緊急保護センターという狭い意味ではなく、施設一般と捉えていいと思います)が開設しました(市直営および委託運営、NGO・宗教団体運営に市が補助金をつけるなど、形態はさまざま)。他方で公園には「野宿禁止区域」を設けるなど路上での居住形態の発展には厳しく対応し、結果的に野宿者の90%以上が、大規模な排除を伴うことなく、シェルターへと移行しました。そして、支援活動の主力もシェルター運営や福祉活動などに注がれた結果、個々の主体が個別のニーズに還元され、また支援者と当事者が運営管理する側とされる側という関係に置かれることになり、一部に例外はあるものの、当事者の組織化や共同性といったことはあまり重視されてこなかったようでした。

他方で日本の場合には、大規模な撤去などを契機に野宿者問題が社会問題として顕在化した90年代以降ごく最近まで(多くの地域では今でも)、行政は野宿者に対して極めて冷淡であり、路上に追い込まれなおかつ常時排除圧力にさらされた野宿者たちの一部は、路上から抜け出る方途を持たないまま、路上において自力で自らの生活基盤を整備し始めました。現在も純粋に力関係のみに基づいて維持されている公園内の小屋掛け生活などは、行政の無策によって追い込まれた状態にすぎない、という側面を持っています。

しかしその半面、最低限にすら達しないながらも相対的には安定した居住形態と、定住による近隣との人間関係の濃密化を基盤に組織化が進み進められてきたのも事実で(もちろん、「仲間作り」や「共同炊事」などを主眼に掲げた運動体の果たした役割も大きかったと言えるでしょうが)、そこに、追い込まれ押し込まれたという経緯とは矛盾しない形で、野宿生活の(全肯定ではないにしろ)「積極面」とでも言えるものがあることも、また否定できないだろうと思います。「積極面」という言い方が穏便でなければ、生活の大部分が管理された行政施設よりも、生活のある部分においてより居心地がいいと感じられる面、と言い直せばいいでしょうか。

話を戻すと、以上やその他諸々の原因でこれまでの経緯をかなり異にしてきた日韓両国が、ではお互いの状況に異なるもののみを感じ取ったかというと、実はそうではない。むしろこれまで異なる経緯をたどってきた両国の状況は、現在クロスしつつあるのではないか、と思える節があります。

たとえば、現在韓国の多くのシェルター(施設)で認識されている課題の一つに「自活協同体」事業があります。これは、生産者または労働者協同組合をシェルター単位を軸に形成していこうとする動きであり、ここでは当然に当事者の組織化が事業の成否を握る重要な鍵として認識されることになります。言うまでもなく、協同組合事業は古くからさまざまな資源へのアクセスを持たない生活困窮者の生活防衛手段として一定の役割を果たしてきたもので、それを追い込まれ押し込まれたがゆえの試みと見ることも可能かもしれません。また、清掃や駅ラッシュ時の整理員などの「公共勤労」がシェルター入所者の就労形態として一般化している中で、行政がその負担を重たく感じ始め、かといって一般就労率も思うように上がらないという中で、行政自身が支出軽減の一方策として推奨している側面もあるかもしれない(これは一般的な憶測としてあり得る可能性を述べているだけで、韓国の場合が実際そうであるかどうか、詳しい事情を知っているわけではありません。なお、韓国貧困者の協同組合事業の取組についてのより正確で詳しい事情は、本号掲載の別稿、全ホンギュ氏の文章!を参照して下さい)。しかし,協同組合事業にはたしかにこのような「消極面」(強いられた側面)がある反面、共同出資共同運営というその形態が、一般就労形態における雇い雇われる側面とは異なる就労空間を創出(《創造》)するという「積極面」もありあます。


また、ワークショップに参加した韓国当事者の当面の課題が夜まわりに参加して仲間づくりを行うというものだったことに示されているように、一部の野宿者運動関係者の間では、現在路上における当事者の組織化が一つの重要な課題として認識され始めています。これには日本の野宿者運動も一つの刺激を与えているようですが、より根本的には、どれだけシェルターを開設しても路上に止まりつづける一部の野宿者の「路上の人権」を獲得するにあたって、当事者自身の意識のありようや発声の重要性が認識されたためと思われます。

まとめて言えば、行政対策の充実(公共性の《拡大》)に重点を置いてきた韓国の野宿者運動が、現在当事者の組織化による独自の空間の獲得(《創造》)を視野に入れ始めた、ということです。それは当然に所与としてある従来の重点との緊張関係(対立とは限らない、両立・相互増幅といった関係までを含んだ広い意味での)をもたらさざるを得ない。

他方で、日本の状況もこの間急激な変化をきたし始めていて、一部の自治体だけの話ではありますが、急速に行政対策が整備されつつあることは、みなさんもよくご存知のことと思います。法律まで制定されるかもしれないという現在の状況は、行政対策の要求がこれまでの野宿者運動でも一貫した課題であり続けていたとはいえ、公共性の《拡大》という面が明らかに従来とは異なる段階に入ってきたことを意味していると言えるでしょう。ここでも課題は、従来のあり方との整合性をいかにつけるか、これまでに獲得されてきた「積極面」をいかに維持発展させつつ、いかなる形で公共性を《拡大》させていくか、という点にあるように思います。

そして、こうした両者の整合性の面でも、アジアのスラムコミュニティ運動の蓄積といくつかの実践例というのは、少なからず示唆的な点を持っているようです。詳しく知っているわけではまったくありませんが、いくつかの「成功例」として日本でも紹介されているものを見ると、それは少なくとも既存の公共性をそのままに受け入れて、それに手を付けずに《拡大》された公共性に合致するよう我が身を再訓練する、といったようなものではない。また同時に、《創造》に固執するがゆえに《拡大》された公共性の一切合財を拒否するようなものでもない。そこには、自分たちの力による公共性の《創造》が、それ自体として《拡大》の根拠になるような両者の接続の仕方があるように思われます。

しばしば誤解されていることですが、路上のコミュニティを強調することは、路上に開き直り路上を能天気に「謳歌」するようなことでは決してない。コミュニティやつながりは、路上でなければできないものではないし、路上でない、もっと適切な居住環境のもとで行われる方がいいに決まっている。しかし他方、コミュニティやつながりを含む「適切な居住環境」なるものが路上よりもハコモノだと決まっているわけでも決してない。ハコモノ(《拡大》)はそれが果たされる過程でコミュニティやつながりといった要素(《創造》)を包み込まずに、両者を別次元のものとして位置付ける限り、後者の要素を抑圧していくほかない。それは一貫してプロセスの問題です。たとえばニーズ調査は、ただ断片化された情報を集積するだけでは、《拡大》の根拠にはなってもそこにコミュニティやつながりを生み出すことはない。コミュニティやつながりを生み出し強めるような手法や工夫が採られてはじめて、両方の要素を兼ね備えることができる(現在、宮下公園自治会「宮下梁山泊」がのじれんと共同で行っている「コミュニティー調査」は、その一つの実践例です―次号報告予定)。それは!
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ホームレス東アジア交流は、先に述べたように現在は現場に還元される時期に入っていますが、その先があるとすれば、このようなプロセスとその意義を当事者が実感できるようなものになればいいな、と思っています。

さらに余談ですが、このようなプロセスを学べる対象は、国内にも、たとえば精神障害者の当事者運動などにもあるのではないでしょうか? 私は「仲間づくり」という言葉が精神障害者運動の中で二十年も前から使われていたことをつい最近知ったほどですが、ちょいちょい聞きかじるにつけ、私たちにはないユニークな実践がいろいろとなされているような印象を受けています。ごく最近に、友人から「自身野宿者になるかもしれないと思っていて、それゆえに野宿者関係の本などを読んだりしている友人から、『野宿者運動に当事者性があるのか?』と聞かれた」という話を聞きましたが、単なる誤解に基づいている可能性もあるとはいえ、他方彼らから見ればそう見えるのではないか、その意味ではごく自然な疑問なのではないか、と思いました。




 


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