ホームレス NY 事情 試行錯誤続く 市民と行政スクラム 24 時間相談・住宅 あっせん・職業訓練… “声”に耳傾け社会復帰支援


大都市の抱える問題のすべてはいま,ニューヨークから始まりニューヨークで発展 していくように思われる.ごみ,犯罪,交通,疾病,多民族との混交,そして産業社 会の生み出すホームレスの問題もしかりだ.ただし,それに対する処方せんもまた資 本力と社会基盤と人々の善意とを背景に,ここニューヨークで芽生えている.強制排 除事件で世界に顕在化した東京の路上生活者問題.対策に苦慮する都関係者などに先 進地の実態を紹介しよう.(ニューヨーク・武藤芳治,写真・大山文兄)

「好きでこんな生活をしてるんじゃない.みんな仕事を探してるし,必要ならその ための勉強だってしたいんだ.“自由人?”そりゃカネのある連中のことだ」─── マンハッタン,ハドソン川岸壁に掘っ建て小屋が並び始めたのは二年前だ.アンクル ・スチーブン (45) がビルの売却に伴って管理人をクビになり,ここに初めて小屋を造 った.それが“仲間”を呼び,いまはその数二十ほど.

ハドソン川の桟橋には,捨てられた今月始めの大雪がいまも解けずに打ち寄せてい る.こんあ「シャンティ・タウン(掘っ建て小屋の街)」が,マンハッタンの川沿い に大小十近くある.みんな不法占拠の土地だ.

どれくらいのホームレスが存在するのか,実数はだれにも分からない.市の用意し た八十二カ所のシェルターには,冬だと毎晩七千人の個人と五千七百の家族が泊まる. 彼らだけで一万七千人.そのほか,路上,地下生活者,廃屋の不法占拠者,そして自 作小屋生活者などを考慮すると,人口八百万の NY では三万から八万人がホームレス かもしれないといわれる.

市はホームレス・サービス課 (DHS) を設置している.これはホームレスの人々 に市から何かを奉仕してやる課ではない.「ホームレスの代弁者として,市や州,連 邦機関や企業,地域に支援を働きかけ,実現する課です」と,政策調査調整役のアー ニー・セベリオ氏が話す.

行政だけでは対応できない.NY にはホームレス支援の大きな非営利団体が二つあ る. 「ホームレスのための連合(コアリション)」と 「ホームレスのための協力関係 (パートナーシップ)」だ.DHS はこれらと連携し活動を委託する.

「パートナーシップ」のコーラ・ウィルソンさんによると,活動は大きく六つ. 1. 教会などを利用したシェルター運営による,個人個人の希望や不安の把握 2. 新住居の開拓あっせん 3. 改装ホテルなどから出る家具の寄付募集 4. エイ ズ患者・感染者のための住宅あっせん特別活動 5. 職業訓練 6. 二十四時間相談 所の運営 --- だ.ほかに移動車両による食事の配給など行う.

ホームレスが急増したのはレーガン政権の 1980 年代からだ.終日開いていたグ ランド・セントラル駅や多くの公園が締め出しのために夜間閉鎖されるようになった. 前市長時代に“芸術”の域まで高められたあの手この手の地下鉄での物乞いは,検事 出身のジュリアーニ市長の登場で違法となった.

しかしその一方で,路上生活者の排除を担当する警察官にはそのための説得術の特 別訓練コースが設けられた.仕事や家を探すためには相手からの電話を待たねばなら ないが,隣のニュージャージー州の通信会社がこのためのボイス・メールサービスを ホームレスに無償で提供し始めた.

「行政が行うことはシェルター提供ではなく,その後のきめ細かな社会復帰プログ ラムの提供なのです」と DHS のセベリオ氏は言う.一方で冒頭のスチーブンは「三 月始めに,どうもここから強制排除させられそうだ」と耳打ちした.「特ダネだよ. そのときにも取材に戻ってきてくれ」

NY の澄み切った冬空の下,北風と太陽の試行錯誤は続く.


1 月 28 日,東京新聞