「各地の地域政治勢力の連携で1998-2001年地方 選・国政選挙を闘おう」全国会議がスタート!


 市民新党にいがたは97年総会(第6回総会)で、全国市民派政治勢力の連携と、それによる全国・地方選挙への挑戦を訴えた全国アピールを発しました。その後このアピールに基づき3回の全国会議がおこなわれ、私たちの提案内容に若干の修正が加えられながら、全国組織が発足しました。この経過と合意事項などを報告します。興味 がある方は、市民新党にいがた内全国会議事務担当(e-mail:KFR00474@niftyserve.or.jp)まで。
97年3月市民新党にいがた特別アピール
      97年度当初総会で採択された前文(説明文)、本文及び補助文書
第1回全国会議
第2回全国会議(全国組織発足確認)
第3回全国会議:全国組織としては初会合

97年3月市民新党にいがた特別アピール

前文
本文(アピール)
補助文書

<全国呼びかけアピールとと補助文書・資料について>

 私たちは、1997年2月15日に第6回総会を開催し、98年の参院選から99年の地方 選、2001年の参院選、さらにはその間におこなわれる衆院選について全国各地の仲 間達が協力して闘うための呼びかけを発することを決定した。「市民新党にいがた・ 第6回総会特別アピール 各地の地域政治勢力の連携で1998年-2001年地方選・国 政選挙を闘おう −全国の仲間達への呼びかけ−」は、その決定に基づき作成された 文書で、市民新党としてのいわば「正式な」文書である。
 「呼びかけ」の趣旨は私たち共通のものだが、さらに私たちの訴えと呼びかけにつ いてより深く、具体的に議論してもらうためにいくつかの討論文書と資料を用意し た。
 その幅を正直に示すことが、私たちの内部ばかりでなく各地の議論を深めるために むしろ有効なのではないかと考え、それぞれの文責を示して個人文書という形のま ま、ここに収録した。 山田の「選挙で借金を返す!」は、「新幹線を自転車代わり に」と人に言わせしめるほど各地を飛び回って地域の市民運動や政治グループと議論 してきた彼の分析と気分が簡潔に記されている文書である。
 中山の「今私たちはどこにいて、誰と、何を目指すのか」は、現代社会に対する認 識とその変革の必要性を、「社会主義」を目指す運動や労働運動、市民運動、地域運 動に関わる人々との対話という形で、彼らと私たちの共同性と違いを明らかにして議 論を深めるために用意された文書である。
 武田の「日本市民党(仮)をつくろう」は、各地の市民派地方議員の集団である 「LOPAS」に提出した文書をベースにしたもので、LOPASなどの中で議論されてい る「99年地方選への500人統一リスト構想」に対置して、その共通点と違いを述べな がら、全国的な地域政党・地域政治勢力の連携を呼びかけ、具体的な選挙構想につい て述べた文書である。
 また、高見の「21世紀に向かっての市民政党の戦略」は、この数年間の全国選挙に おける投票動向を分析し、私たち「市民派」政治勢力が決して少数派ではないこと、 全国で連携して選挙区選挙を各地で闘うことによって1名の国会議員を実現すること は夢ではないことを明らかにし、さらに政党と市民運動、地域政党の役割固定論など について論じたものである。また、「市民新党にいがたの挑戦」(白順社、高見優 著)も併せて参照頂ければ幸いである。
 これらの個人文責の文書は、議論を深めるためのいくつかの役割をうまく分担した ものになっているが、同時に、読んで頂ければわかるとおり、現状認識、全国政治主 体のイメージ、方向などについては私たち自身、微妙な違いや幅を有している。さら に、この「呼びかけ」をすること自体に私たち自身、迷いがなかったわけではない。 ここに収録できていない、若干の消極論も内部にはあることも明らかにしておきた い。こうした幅や違いがあることも、正直に明らかにすることが、より深く議論を進 めることになると私たちは考えている。一枚岩ではないことは、政党の柔軟性を保障 するものでもあり、私たちは内外の多くの人と議論を深めていきたい。


 これらに目を通し、議論して頂ければ、私たちが何を考え、どうしようとしている のか、理解できると思う。そして、「運動」の観点から「政治」へどう関わっていく べきか、あるいは「地方」と「国政」についてどう考えるべきか、選挙や議会活動は 本当に重要なのか、といった、この種の議論の中で各地で必ず行き当たる課題などに ついても、私たち自身の悩みや苦闘の中から生み出された一定の結論と回答が、おぼ ろげながらここでは出されている。
 ぜひ、積極的な討論を望みたい。
【連絡先】
市民新党にいがた
〒950-21 新潟市真砂1-21-46
電話025-230-6368 FAX025-267-8602
e-mail:nnpp@ppp.bekkoame.or.jp
URL:http://www.bekkoame.or.jp/~nnpp/



市民新党にいがた・第6回総会特別アピール

各地の地域政治勢力の連携で1998年-2001年地方選・国政選挙を闘お う

−全国の仲間達への呼びかけ−

 私たちは1997年2月15日、第6回総会(97年度オープニング総会)を開催し、以 下のような呼びかけを発することを決定した。

 94年10月、私たちは総保守化・総翼賛化へと向かう当時の政治状況に危機意識を 抱き、そしてそうした政治状況をつくり出してきた責任が、政治家や利権集団ばかり ではなく、傍観者としてそのまま見過ごし自ら遠ざかってきた私たち自身のありよう にもその一端があると考えた。そして「政治の主人公であり責任者である私たち市民 自身が行動し、声を上げなければならない時が来た」と結論し、新潟の地域に根ざし つつ現在の政治のあり方の全面的な変革を追求していくための政治主体として、地域 政党「市民新党にいがた」を結成した。
 結成以来、私たちは統一地方選、参院選、そして初めての小選挙区制度で行なわれ た衆院選をたたかい抜き、さまざまな活動を展開してきた。全国の仲間達にも、それ ぞれの地域に自立した政治主体の結成を願い、連携を求め、この2年半を駆け抜けて きた。

 住専、薬害エイズ、官官接待などに見られる政・財・官の癒着と腐敗、その一方で 切り捨てられている老人や障害者、あるいは国や自治体からも見離される阪神大震災 の被災者達の暮らし、そして世界経済のために国内産業をつぶし、日米軍事戦略のた めに沖縄をまるごと犠牲にしている状況を見れば、この国の政治の根本的行き詰まり が露になっている。さらに消費税増額の過程は、国民の多数の声すら反映できない現 在の国会の姿と「民主主義」の貧困を明らかにしている。まさにここで求められてい るのは、「政治構造」の全面的・根本的な変革である。
 ところが今、私たち「市民派」は、国民の目の前に新しい政治勢力として登場でき ておらず、国政にほとんど手をつけることができていない。

 私たちは全国の仲間達に繰り返して訴える。政治の、社会の主人公は私たち自身で ある。このあたり前の考えを受け入れるなら、その考えを「政治的に」表現する手段 と戦略を持たなければならない。そのために私たちは、まずそれぞれの地域に根ざし た政治主体の形成とその全国的な連携の必要性を訴え、そしてその共同の連携によっ て、98年の参院選、99年の統一地方選、2001年の参院選などに挑戦することを呼び かける。
 ここに私たちは、私たちの訴えと呼びかけを各地で議論してもらうために、さらに いくつかの文書と資料を添えて、全国の仲間達に提案するものである。私たちの考え を理解する人々はただちに連絡されたい。私たちは、そうした人々と共同の議論を積 み重ね、新しい展望に向けて、本年夏、各地域の仲間達に集まってもらい、新潟で会 議を開催したいと考えている。各地の人々の主体的な参加を強く呼びかける。地方選 と国政選挙を共同で闘い、新しい社会のオルタナティブを大胆に提案するような政治 主体を形成し、新しい市民の時代の幕開けを全国で声高らかに宣言しよう!

                     1997年3月 市民新党にいがた


【補助文書】

選挙で借金を返す!(新潟市議 山田 達也)
今私たちはどこにいて、誰と、何を目指すのか(中山均)
日本市民党(仮)をつくろう(新潟県議 武田貞彦)
21世紀に向かっての市民政党の戦略(高見優)

選挙で借金を返す!

                          新潟市議   山田 達也
 ボクが朝日の論壇コーナーで「社会党沈没の後のボクたち」という題の「政党を 作って国政選挙もやろう!」という呼びかけをしたのは93年9月。以後、94年10月 にボク達市民新党にいがたを結成、全国行ける所にはどこへでも行って「やろうぜ! やろうぜ!」を連発してきた。「あなたは社会党をつぶそうとしている人に利用され ている」などというトンデモナイ反応は別格として、総じてとにかく選挙と政党を皆 さんが大嫌いなのだけはイヤというほど解った。もしかしたら戦争するよりも政党 作って選挙やるほうが「汚らわしくて悪い」と考えているのではないか、と勘ぐって しまいたくなる人が実に多い。しかも困った事にそうゆう人を改心させようと頑張る 人がこれまた多い、無駄なのに。
 「一緒にやろうよ」と要請するのは大事、やらなくてはいけない。しかしそれは多 くの場合、相手の信念を聞くまでに終わる。これを受忍できないと、悪く言えば、余 り詰めないイイ加減さに自分自身「寛容」でないと、議員・選挙・政治なんて攻める も守るも出来やしない。
 この間、ボクたちが外に向かって文章を出したのは、第一期として、先述した論壇 コーナーから市民新党結成の時まで。第二期が去年の高見の本、武田、中山の呼びか け・提案と続く今だと思う。ボクの経験で言えば、おしゃべりにはトンチンカンな、 文章には激しい反応が多くなる、と感じている。だからこれから、ボク達市民新党に いがたに対する反応も、前よりは激しいものとなるだろう。が、それはそれ、ボク達 は選挙をやりたがっているのだから、文章を持って人に合いに行く、行動・運動がな ければならない。勿論先程の「寛容」さをも懐に忍ばせて。
 時の流れと共に、97年都議選、98年参議院選、99年統一地方選、2000年までに は衆院選、2001年都議選・参議院選、と選挙スケジュールは否応なくボク達に押し 寄せる。と同時に、従前より「○○さん!」とボク達が頼りにしていた政治家は年老 いていく。もう「ボク達の政治家」を作る時から「ボク達が政治家」に成る時になっ た。そんなつもりでやらんば間に合わないのではないか。
 今、全国の地方議会では、従軍慰安婦の記述を中学校の教科書から削除せよとい う、まさに国辱的で危険な陳情が続々と採択されつつある。しかも政府・自民党国会 議員を支えている地方の保守系議員がこれをやっていることがかなり重大だ。ボクの 所属する新潟市議会も例外ではない。
 どういっても分かってもらえない、変わってもらえない戦争経験者の古参議員は、 いわば戦後日本の物心両面のバランスシート負債の部、長期借入金みたいなものだ。 その虎の威を借りて歴史を強引に数でねじ曲げていく若手の右派議員は、本来利子み たいなものだが、50年を越えて借入金を返していかないものだから、利子がまた借金 を生み、借金が利子を生む、つまり雪だるま式に借金が増えていくばかりなのが現状 なのだ。440兆を越えると言われる金銭的債務も大変だが、この歴史的・精神的債務 の破綻にもっとボクたちは怯えるべきでないか。
 ボクは今、この現実に怒りと絶望感でクラクラしながら次々の選挙へのファイト盛 り上げている。選挙だけでウマク行くといっているのではない。借金議員を減らした ほうが良い、そしてこれは地方だけで完結することでないと思うだけだ。
                            1997年3月20日彼岸


 

議論を深めるために
私たちの問題意識−
私たちは今どこにいて、誰と、何を目指すのか?

                        市民新党にいがた 中山 均

(一部改定済み)
■現代社会に対する認識
 私たちの暮らしや地域、そしてこの国の政治が抱える問題の背景と根源には、大量 生産・大量消費・大量廃棄経済の歴史、そして多国籍企業の利潤追求のための経済システムを各国に強制する、WTOを頂点とした「新自由主義経済」の問題がある。現在 の国家機構や、国連をはじめとした様々な国家間組織も、そうした経済体制を維持し 拡大するための政治的・暴力的支配システムとして動員され、あるいはその支配シス テムの中で利益を得ているいくつかの勢力の利害調整機関として機能しつつある。そ うしたシステムの中で、貧困・飢餓・戦争・内乱・環境破壊、そして人権に対する抑 圧や暴力が生み出され、それはとりわけ第3世界、女性、少年・幼児など社会的弱者 に強く向けられている。
 私たちは、こうした社会・経済・政治システムに対する根源的な変革が必要である と考えているが、現代社会に対するこうした認識とその変革の必要性という点では、 その強調のポイントと強弱の問題を別にすれば、多くの「赤」の潮流や労働運動、第 3世界の問題や人権・平和の問題に取り組む人々、そしてこれらの問題を意識しつつ 当面は地域の問題に取り組もうと奮闘している人々などと共通のものであると確信す る。
 しかし私たちの仲間であるこうした人々、すなわちあなた方と認識を共にしなが ら、私たちはまた、多くの点で違いを有している。その違いに向けて、私たちはあな た達に語りかけていきたい。

■「赤」の潮流、社会主義・労働運動の人々へ
 「赤」の潮流の100年以上に渡る運動の経験は、社会を変革しようとする私たち に、大きな教訓を与え、またここから多くの貴重な財産や成果も生み出されている。 労働者達が今手にしているさまざまな権利も、この潮流の、時には命を懸けた闘いの 成果であるし、平和運動や国際的な反戦運動の中で、この潮流が果たした役割は決し て見逃すことはできない。しかし私たちは、労働者階級が権力を奪取する「労働者革 命」と、その革命政権の下での生産力の発展とその全面的な解放によって、労働者か ら資本家の、あるいは第3世界から帝国主義国家による「収奪」の問題がただちに解 決される、という立場に容易に立つことはできない。一部の社会主義運動がとってき たこうした立場そうした立場の単純化・教条化は、この地球の自然環境を破壊し、そ して自然との関わりの中で生活している多くの人々の人権を抑圧し続ける結果をもた らすだろう。また、従来、「赤」の革命運動の第2戦線的な課題として位置づけられ てきたフェミニズム、第3世界問題、環境問題などが、この「労働者革命」が成就することによって自動的に全て解決の方向に向かう、という考えにも賛同しかねるし、 あるいは「革命」までの時代は「人類の前史」であるなどと単純に考えることも、私 たちにはできない。そして現在の経済システム下の企業労働の実態の中では、社会主 義の先駆者達が依拠しようとした労働者の革命主体としての「共同性」ではなく、企 業利益への従属と相互の分断・対立が彼らを取り巻いており、組織された「労働者階 級」だけが革命の本隊であると考えることも、もはやできない。さらに従来の「革命 運動」の一部に見られた(中から生み出された)英雄主義、崇拝主義、男性優位主 義、ひとりひとりの個性を押しつぶす傾向、そして独裁政治などが、むしろ悲惨な粛 清、弾圧、差別、紛争などを生み出してきた現実を、私たちは歴史の中に、そして今 現在もなお、容易に目にすることができる。
 こうした見方は、「赤」の潮流から見ればあまりに皮相的であり一面的であるかも しれない。しかし現在この潮流が直面している限界と壁とさまざまな負の遺産から目 をそらすべきでないことははっきりしている。もちろん、こうした限界や負の遺産を 克服しようとする苦闘がこの潮流の内部にあることは、私たちはよく認識している。 そうした苦闘は、新しい市民の政治を目指す私たちの試みと相互に影響し合い、相互 の意見交換や議論はお互いにとって有益なものとなるだろう。

■市民運動、NGO、NPOの人々、そして「緑」の人々へ
 一方、この社会がさまざまな差別、抑圧、環境破壊、戦争、といった現実を生み出 しているために、その解決のために多くの運動団体やNGO、NPOなどが精力的に奮闘 しており、その活動の意義は極めて重要である。しかし、多くの問題や課題で、いく つかのNGOやNPO、市民運動は既に様々な形で政治的働きかけやロビー活動をおこな い、政治プロセスの重要性を認識している。それにも関わらず、あらかじめ政治的活 動を目的とした集団(すなわち政党)の形成の必要性を排除したり、政治・政党活動 そのものを忌み嫌ったりすることは矛盾であり、ある意味では不当であると言わなけ ればならない。
 地球環境を破壊し、低賃金労働者や第3世界の人々を現に抑圧し、そして戦争さえ 引き起こしている現在の市場システムの改革は、政治というプロセスだけで解決する ことはできないが、しかし政治プロセスを避けることはできない。また戦争や暴力の ない社会をつくっていくためには、あるいは性や障害や文化による不当な差別をなく すためには、個人個人への働きかけや告発や糾弾、ひとりひとりの意識の変革などと 共に、それを促し支援する社会環境を整備するための、あるいはその背景にある社会 的な原因を解決するための、政治的プロセスが必要となる。私たちのめざす社会に近 づけていくための法律や議会や政府を作ったり、無制限な企業活動をコントロールし たり、女性や若年労働者を取り巻く労働環境を改善し彼らを保護するような制度をつ くったり、人々の生活様式や集団・社会の経済行動をエコロジカルな方向に誘導した りすること、しかも場合によっては相互に対立や矛盾を抱えるさまざまな課題や要求 の優先性や重要性について評価・判断し、あるいはそれらを調整し、そして全体的・ 長期的な視野と展望の中でこれらを具体政策化させたりすること、これらはまさに 「政治」の任務である。ここに、利益階層に基盤を置かず常にこうした運動勢力の問 題意識を共有する市民派の政治勢力の必要性と、しかしその一方で、政治勢力が「運 動」の単純な「代理人」にはなり得ない現実的理由が明らかになってくるのである。
 また、「運動」領域の一部の中では、こうした政治領域の活動を忌み嫌うばかり か、その意義さえ全面的に否定する考えまで広く行き渡っている。私たちは現実の社 会問題を、個人個人の意識の改革や無政府的な共同体の建設のみに還元したり、特に 「ディープエコロジー」の一部に見られる、「ガイア」信仰や「地球共同体」といっ た抽象的なイメージによって解決しようとする立場には、もちろん立つことはできな い。

■「地域」で苦闘する人々へ
 一方、私たちが日常生活し、活動し、そしてささやかな民主的権利を行使する現場 は、現在、多くの場合、地域である。「地域」は、私たちが生物として、あるいは文 化的・社会的な存在として、いわゆる「顔の見える範囲」の信頼関係を築くことが比 較的容易に可能な場所でもある。世界大に拡大した自由主義経済・大量生産・大量消 費・大量廃棄型経済に対し、「循環型経済」を対置する可能性のある範囲としても、 「地域」は展望されうるだろう。そして「地域」は、実際に多くの市民にとって最も 身近な自治体とも重なっており、最も頻繁に主体的な権利を行使する現場でもある。 また「地域」は、肥大化し中央集権化して市民や地方を犠牲にしてきた政治のあり様 を変革する一方の主体そのものとしても位置づけ得る。それは沖縄や巻の人々の苦闘 と挑戦に端的に表現されているし、「地方分権」から「地域主権」、あるいは「地方 政府」を手にしようとする試みにも反映されている。したがって「地域」は、「社 会・政治を変える」現実的な可能性のある現場としても位置づけられ、しばしばそれ は社会変革の一つの戦略として「地域主義(リージョナリズム)」という概念でも語 られはじめている。
 しかし一方で「地域」は、世界規模の社会・経済・政治システムの矛盾が具体的に 貫徹する場でもあり、しかもその矛盾により地域同士が対立させられることも稀では ない。産業廃棄物や二酸化炭素あるいは放射性廃棄物、農産物、衣料品、そして移民 労働者が、国境や県境を越えて移動し、そこではしばしば軋轢や衝突も生まれてい る。また、紙や農産物・食料品などを浪費する私たちの生活様式や経済行動は、他の 地域の人々の、まさに「環境(破壊)問題」の原因をなしている。そしてひとつの 「地域」の中には、さまざまな階層、世代、民族、宗教、そして性の違いや障害の有 無などによる対立・差別・抑圧・矛盾といった問題が、まさに混然として存在してい る。
 こうした地域の問題の解決のための苦闘は、そのまま地域と中央や国際社会との、 また地域同士の、そして地域内のさまざまな矛盾と格闘しようとする挑戦とならざる を得ないから、ここにはありとあらゆる政治的課題に対する知識や経験や運動・研究 成果を、そして地域間の、あるいは全国的な、そして国際的な「政治」プロセスを動 員することが必然的に必要となるのである。
 私たちが、こうした社会・経済・政治システムの矛盾の噴出する、しかし一方でそ のシステムに対するオルタナティブな社会の実現のための不断の挑戦の場として「地 域」を位置づけその変革の主体として「地域政党」として出発し活動している一方 で、そうした各地の勢力の全国的な連携と、その共同の政治潮流として国政レベルで も登場することの必要性を訴えているのは、まさにこうした理由のためである。

■新しい市民政党が必要だ
   これまで述べたような「政治」プロセスを主領域として活動する、市民による市民 のための組織、いわば「道具」としての「政党」が、これまでほとんどなかった。
 現在の複雑で歪んだ社会の中から生まれている様々な問題に敏感に対応し、その矛 盾によって抑圧される人々と共にその解決を求める直接行動をおこない、そしてその 中から新しい価値観や考え方を生み出す、といったことは重要だし、私たち一人一人 はそうした存在であり続けたい。しかしそのことを私たちの「政党」の第1義的な目 標とすべきではない。それはまさに「運動」の領域の任務だからである。
 「政党」としての私たちはそのかわり、その課題の背景にある経済・社会・政治シ ステムの本質を暴き、その変革を訴えると共に、運動によって生み出される新しい考 え方や問題意識などに学びながら、その課題に対する「政治的」な、長期・中期・短 期に渡る解決方法や政策を考え、提案し、支援し、その実現のために活動する。上で 述べたように、あるいはこれまで私たちが様々な場で述べてきたように、「政党」は 「運動」の直接的な代理人であり続けることはでず、あってはならない。運動にはそ れ自身の目的と活動様式があり、「運動」は政治的な制限や矛盾、党派の境界を越え て自立して行動することによって新しい地平を切り開いていくべきだという論理を、 「政党」の側は受け入れなければならない。
 そしてこの新しい政治勢力、政治集団の形成の意義は、市民活動への提言・提案を おこなうことや市民活動への支援にとどまるものではない。
 新しい社会を目指す運動が、地域で、あるいは全国で、「政治的に」表現されてこ なかったために、そうした潮流が国民の目から遠ざけられ、市民の負託に耐えうる集 団として評価されてはこなかったという側面も見逃すべきではない。必ず数年に1度 はやってくる、市町村・都道府県・国などの首長や議員を選択するイベントである 「選挙」において、市民の目の前に常に明確な理念や政策を掲げて現れる政治集団− 政党として登場し続けることは、新しい社会を目指しオルタナティブを提示する政治 潮流のイニシアチブが存続し続け、現に今もあるということを示すという意味で、極 めて重要なことなのである。したがって私たちが選挙に挑戦するのは、単に議会にお いて多数派をとって政策を実現する、あるいは議会内に異論派として存在し続けると いう目的にとどまらない、積極的な意味があるのである。それは私たちが「市民新党 にいがた」という看板によってこの間たった2年余活動し選挙戦に挑戦し続けてきた ことの成果によって、はっきりと証明されている。

■そして、あなた達ひとりひとりへ
 私たちは政治というシステムを通して税金や保険料を払い、そしてささやかな民主的権利を行使している。そして私たちが払ったこれらのお金を使って、私たちの投票行為によって負託された意見をちょっとした調味料にして、現実には多国籍企業や利権集団、大企業の意志が、この社会システムの意志決定として実行されている。私たちは、その意志決定に対し後追い的な反対運動を営々として積み重ねてきたとも言える。
 かつて私たちは、私たちの目指す課題の政治的な解決を、既成の政党や政治家や利権集団に委ねたり、そして期待したりしてきた。そして政治そのものや議会、選挙に対して、特にそれぞれが関心のある時以外は、私たちは主権者や主人公ではなく、傍観者であり続けてきた。私たちの暮らしも家の回りの道路や水道も、ダムや原発、自衛隊も安保も、日本の山や川、第3世界の現状も、私たち自身が支え、私たち自身に直接関わることなのだから、もはや傍観者であり続けることは絶対にできない。
 私たちは、自分の「地域」や「運動領域」、「企業」や「組織」だけで存在しているのではなく、ひとりひとりがこの社会の責任を持った主権者・主人公である、という当たり前の概念を、ここで語り合ってきた全ての人々が、あなたがまず確認することをあらためて要請する。そうした意識を持って自立し、横向きにつながったネットワークを有するひとりひとりの市民を主体として、労働界を含むどんな利益階層や宗教団体などにも特定の基盤を持たず、主体的・客観的必然性が要請する「地域」という現場に根ざし、現在の社会・経済システムが生み出す現実的矛盾を解決しようと立ち向かうさまざまなNGOやNPO、市民運動に関わる人々と問題意識を共有し、当然にもこの社会システムによって抑圧される人々の側に立ち、議会や選挙、政策や社会に対するオルタナティブな提案とその実現に向けた活動、といった部分を主領域として活動する政治的主体(政党)として、私たちは自らをあらためて位置づけたい。
 21世紀を前にして、現在の経済システムの行き詰まりと、行き場のない政治腐敗という状況の中で、そうした政治潮流・政治主体(政党)の全国的な登場は歴史的にも待ち望まれている。これは、ヨーロッパの緑の潮流の形成とその苦闘とも、同様の流れとして位置づけられるかもしれない。しかしさらに私たちにはそうした先達達の苦闘の経験を学び、そしてヨーロッパ緑の潮流が登場した80年代にはまだ重視されなかったような新たな課題に取り組むさまざまな人々の活動や運動の経験、研究の成果も見ることができるし、何よりも国際社会は「新秩序」や「WTO」という、当初必ずしも想定されなかったような時代に突入している。そのような時代にこの日本であらたな政治主体として登場しようとする私たちと全国の仲間たちの連携した潮流を、ヨーロッパの緑の潮流とは異なった時代状況と異なった条件の中で生まれつつある、その新しい後継者として位置づけることさえ、可能かもしれない。

■再び、全ての人々へ
 私たちの考えにただちに同調できない人々も少なくないことは容易に推測される。しかし、もし現代社会に対する私たちの認識と、その根本的な変革が必要だという立場をおおむね承認することができ、そして社会の主人公はあなた自身だということを確認するならば、それぞれの思想、信条、生き方をかけた建設的な議論を重ねて行こう。それによって私たちの考えの不十分さや曖昧さ、あるいは誤りを明らかにし、修正し、私たちの想いや考え方を豊富なものにしていくこともできるだろう。
 そして私たちは今、具体的に呼びかける。紙の上だけでこれらの考えを語るのではなく、現実にそのような政治勢力を形成するために私たちは奮闘する。それは、新しいオルタナティブを目指す徹底的な討論と重なりながら、20世紀の終わりに向かって否応なしにやって来る98年の参院選、今年の都議選や99年の統一地方選、そして2001年の参院選などの日程から来る現実的要請にも規程される。そこには原則的な討論と現実日程の必要性から来る困難や矛盾や対立、また各地域間の温度差や状況の違いなどによる不協和音なども、当然のこととして生まれてくるだろう。
 しかし私たちは、これまで述べたような現代社会・経済システムと政治状況に対す る危機感、地域市民派政治勢力の形成の必要性、そしてその全国的連帯の重要性をあ らためて訴え、討論と具体的な連携を呼びかけ、新しい政治潮流の形成に向かって、あなたと共に取り組んでいきたい。


提案 「日本市民党」(仮)を創ろう

                 新潟県議会議員 武田貞彦

 この稿は、去る11月15〜16日、川崎市でのローパス研究会で第3期(’97年8月 〜)以降のローパスの在り方についての私の提案に加筆したものである。改めて「日 本市民党」(仮)創出にむけた討論を呼びかけたい。
 そもそも当日私に与えられたテーマは、99年統一自治体選挙を、この間ローパスで 研究してきた政策テーマをもとに、全国500名くらいの統一候補者リストをつくり、 たたかえないものか、そのための叩き台を提案することにあった。しかし、私がおこ なった提案は「統一候補者リスト」ではなく、市民政党を創ろう!というものだっ た。それは、私たちが2年前、「市民新党にいがた」という地域政党を結成し、95年 自治体選挙、95参議院選挙、96衆議院選挙(新潟1区)をそれぞれたたかい、その 中で議論してきたことの結論でもあり、何よりも提案したい最優先課題であったから だ。

■「統一リスト構想」と「市民政党構想」のベース
 この2つの構想の「違い」の前に、その共通性について述べたい。ローパスの結成 にあたって私たちは次のような議論を行ってきた。『「自分たち市民派もしくは革新 無所属といわれる地方議員の存在は、社会党の存在ぬきにはありえなっかったという 自己認識。そして非自民連立政権の成立、小選挙区導入という中で、その社会党が解 体もしくは消滅に近い形になっていくであろうという予測。この二点についてはほぼ 意見は一致。そうした社会党の内部改革に希望を見いだし、そこで何らかの行動をしていくのか、それとも社会党を見限り新たな道を独自に切り開いていこうとするの か、ということが問題になった。・・・・・さまざまな意見が噴出した。・・・・政 策研究会の位置づけについては、(1)二年後の統一地方選で、この勢力から候補として 出るというくらいのモノをめざす。(2)政策やローカルパーテイの研究を進めながら、 全国的な連携を生み出していく。(3)政策研究をしながら各自が地域勢力、ローカル パーテイを模索していく。(4)二年後の選挙は各自が独自に行うしかない、とにかく研 究・討論の場。・・・・(93.8 ローパス0号「ローパスの船出 第一回準備会報 告」より)』 つまり「市民派、革新無所属などの自治体議員は、これから先、いっ たいどうするのか?」という共通認識である。すでに、4年前述べられた、「社会党 消滅」という認識は現実のものとなった。結果、反原発、PKO、安保、沖縄、ゴル フ場、産廃、ダム開発、ODA、開発と環境保護、情報公開、農産物の自化・・・・・ 等々の市民、住民運動課題の受け皿政党がなくなってしまったということ。それらの 運動団体は人間関係を頼って民主、社民、新社、共産等の議員にロビー活動を細々と 行っているのが実情である。数少ない市民派の議員もまたそれらの政党にチリジリに なっているのが現状である。これが私たちが避けて通ることのできない共通した現実 である。

■「統一リスト構想」と「市民政党構想」の違い
 「統一リスト構想」(政策課題を自治体問題に限定した場合)は確かに政界再編の 流動化のなかでより多くの市民派議員を結集できるかもしれない、しかし政治は、国 政、自治体、さらには文化をも含むトータルなものであって、あらかじめ、政治の問 題を自治体レベルに限定してしまったり、あるいは、市民運動課題に限定されうるも のではない。市民派、革新無所属などとして活動してきた私たちは自治体議員では あったが、そのよって立とうとした思想的基盤は決して自治体という範囲に収まるも のではなかったし、シングルイシーュを旨とする市民運動との軋轢のなかに身を置い てきたはずだっつた。私たちは、それぞれの市民運動から出発しながらも、市民運動 課題をも全体のなかの一つとする政治そのものを問題にしたかったのではないか。私 はそのことを「市民の政治」と表現しているのだが、そこにアイディンティをもつ政 党を創ろうというのが私の考えである。私たちが、市民新党にいがたを結成すとき一 番議論となったのが、この「なぜ政党なのか」「なぜ市民運動のネットワーク(ある いは議員のそれ)ではダメなのか」のテーマであった。(詳細は「市民新党の挑戦」 白順社を参照)私たちは「政党がいかにダメかではなく私たちが望む政党とは何かを 明確にする」「政党と市民運動は、その目的とするところが違う」「政策を立案し、 選挙をたたかう集団は政党であるとする一般論を受け入れる」「政党はもっぱら選 挙、政策活動を行い、市民運動には関知しない。」等々の集約を行いながらこの問題 に決着をつけてきたのである。私が強く主張したいのは、これまで市民運動に関わっ てきた人々の多くは、政党を他人ごととしてしか考えてこなかったのではないか。支 持できる政党がなく、かつ政治の主人公であることを求めるなら、自分たちの政党を 創ろうとするのはあたりまえのことではないか、ということである。そして同時に、 市民運動のなかから出てきた私たち自身が、市民運動との関係をそのように整理する ことによって、市民運動が超党派のロビー活動をおこなうことはあたりまえのことで あるという原理を承認すること。そのことが、市民運動自身の自立と一層の前進を切 開いていくものと考えるのである。

■「日本市民党」(仮)を創ろう
 以下は、私の試論である。市民新党にいがたは今年2月の総会で「市民政党の結成 にむけた全国アッピール」発するべく準備中である。
(1)「日本市民党」(仮)の性格
 全国の市民運動の人々の手によって担われた'95参院選挙、「平和・市民」の実験 を引き継ぐイメージ。ただし、この組織の成り立ちが、政党要件に規定されて5人の 国会議員の在り方に大きくウエイトがおかれていたこと。対照的に選挙区選挙をたた かった地域は新潟の他、極少で地域の体制が脆弱であったこと。こうした弱点を克服 するために、参議院の選挙区選挙をたたかうグループをベースに全国ネットワークを 形成する。私たちがこの間、議論している地域は、東京、神奈川、大阪、愛知、静 岡、石川、鹿児島、熊本、などである。
(2)目標
98年参院選挙で最低、選挙区9人、比例区1人、得票率2%、100万票で、比例1人の 当選。99年統一自治体選挙で500人程度の立候補を目標とする。
 これらの目標数値は、私たちの95年参院選の経験、全県での得票率3.4%、(新潟市では7%)からみて十分可能である。市民新党にいがたは96年衆議院選新潟1区で 得票率10%をめざしてたたかった。得票率は7%であったが得票数は10000票から、 15000票へ拡大することができた。新潟市での県議選の当選ラインは13000票、市 議は3000票程度であるので私たちはいま、99年自治体選挙にむけ、県議1人の当選 と市議を5人くらい出したいと議論をすすめている。
(3)財政
私が構想している政党の母体はあくまで選挙区選挙をたたかう地域グループであり、 政党はそれらのネットワークである。したがって、比例をたたかう費用として、かく 地域が拠出する。1地域100万円として、9地域で900万円である。
私たちの2度の国政選挙での選挙費用はいずれも約700万円、2〜300人の人々からのカンパで賄っている。

■「構想」を夢に終わらせないために
 私は、仲間が5人いれば市会議員選挙はたたかえ、10人いれば県会、20人いれば 国政選挙はたたかえると考えている。いや、考えているのではなく私たちが実際体験 してきたことである。新潟の市民運動、政治運動が進んでいるなどという話は聞いた ことがない。新潟市は全国どこにでもある普通の街である。そこでできていることが 他でできないはずがない。私たちがこの2年間やってきたことに「意味がない」とい うのであれば話は別だが、今日の政治情勢のなかでそれなりの意味があるとするので あれば、是非、あなたの地域で実践してもらいたい。そしてそうした地域が9つくら いあれば、ここで述べたことは夢でなく、実現することができる。「社民党はどうな るのか」とか「菅直人はどうするのか」といった話ではダメなのである。「私たちは どうしたいのか」「私にはなにができるのか」そうした前向きの議論を期待したい。 自分たちに構想と実践があって他政治勢力との連携の問題がはじめて語れるのであっ て、その逆ではない。あなたの地域で議論を始めてほしい。

 「市民新党にいがた」をより知ってもらうために『市民新党にいがたの挑戦』高見 優著、白順社刊、市民新党にいがたのホームページURL:http://www.bekkoame.or.jp/~nnpp/を参照してください。
[補]「ローパス」12号、富野さんの「ローカル・パーティが中央政治に人を出すと、それはナショナル・パーティの中の一つの勢力になり・・・」という、ローカル・パーティ論に対してひとこと。
 市民新党にいがたが自らをローカル・パーティと名乗ったのは 1、メンバーや活 動の範囲を生活実感として感じることのできる新潟に限定したこと 2、新潟の私た ちが抱えてきた原発、産廃、ダム、リゾート、コメをはじめとした産業構造等々の諸 問題は、中央(東京)による収奪構造の一環としてあり、これを地域という観点から 撃ちたい----といった意識によるものである。その前提にあったのが、これまでの市 民・政治運動が中央志向に依拠し、「地域を創る」ということが極めて弱かったので はないか。「地球規模で考え、地域で行動する」ということに立脚する時なのではな いかという思いが私たちにはあったのである。
 従って、「中央政治に人を出すと、ナショナル・パーティ・・・」との指摘につい ては、中央政治がストレートに私たちの地域を破壊しているのであるから、むしろ、 地域の立場からこそ、中央政治、国政を批判していくことが現在的課題ではないだろ うかと私たちは考えたのである。富野さんの分類のしかたも一定の合理性があると思 う。しかし、1、冨野さんのローカル・パーティと、首長選等でよくある党派共闘と は、原理的にどこが異なるものなのか 2、富野さん自身はどのようなナショナル・ パーティを望んでいるのか、私にはよく見えてこない。富野さんは、国政というもの を既に諦めているのではないのか----。といった疑問と不安をぬぐい去れないのであ る。


                          

21世紀に向かって市民政党の戦略
ホップ(現状分析)→ステップ(計画立案と準備)
→ジャンプ(選挙勝利)

                       高見 優(97/3/18)
1.(ホップ)「市民の政治」の理念・政策と現状分析
 95年参院選は24もの政党・諸派が立候補したが、96年衆院選は小選挙区比例代表 並立制になったとはいえ、既成政党以外で立候補した政治勢力は、わずかに沖縄社大 党、市民新党にいがた、静岡グループに留まった。衆参の違いもあり単純には言えな いがそのことと低投票率の問題、さらに最近の世論調査が示しているように民主党を はじめとする自民党以外の政党の支持率の低迷、その一方で政党支持なし層の増加と いう特徴がある。この現状をどう分析・評価すればよいのか? 92参院選で日本新 党ブームが起こり、その比例区得票率(8.05%)は共産党(7.86%)を上回り、93 年政変で細川政権が誕生した。95統一地方選で無党派市民の反乱と呼ばれた東京・ 大阪両知事選があったものの、その直後の参院選は新進党(創価学会)が躍進。そし て96総選挙は自民圧勝。
 選挙に現れた現象の意味するところは、既成の政治・経済などに対する求心力の低 下、金属・制度疲労、変革志向であろう。既成の政党・政治家や官僚・学者・評論家 が言うことに大きな疑念を抱く巨大な市民層があり、彼らは新しい動きに対して瞬間 的な共感・支持を寄せてもすぐにそのインチキさ・いかがわしさを見抜いてきたので はないか。つまり、本当の「市民の政治」理念や政策、この社会の行く末を示す青写 真・図面がまだ出されておらず、信頼できる政治勢力が本格的に登場できていないの だ。市民はそれを待望しており、と同時に待ち望んでいるだけでは現れてこないので はないかと感じ始め、市民自らが自分の手で作り上げていこうと歩み出す者が出てき た。それが私たちの「市民新党にいがた」や各地のローカル・パーティであり、巻町 や沖縄などの住民投票の動きであろう。 世界史上、1989年は1789年仏革命に匹 敵するほど、それを境にして政治・経済・文化の全分野において激変が始まった年で ある。旧来の政官財の癒着機構=企業国家複合体が崩壊しはじめている。支配層が企 業国家=政・官・財(業)複合体の再編・延命を図り、さらに富と権力を集中させ政 治・経済・文化を丸ごと支配しようとして、増税・既成緩和・行革などを通じて市民 に新たな負担を強いることに成功するのか、それとも、私たち市民が、人々の安全、 人権、正義、環境、働き場所など市民の利益を守る民主主義=「市民の政治」を実現 するのか、その激烈なたたかいが始まっている。それが、消費税率アップ、社会福 祉・医療制度の抜本改正、既成緩和・行革、選挙制度改革、などの問題なのだ。
 それをヒシヒシと感じ始めた市民が新しい政治の動きを始めたが、それはまだごく 小さいものであるばかりか、意識の上で政治に対するスタンスの取り方はさまざまで ある。「市民運動と政治(家)の距離」「政治過程と市民の意識ギャップ」「中央政 治と地域政治の違い?」「議員と有権者の矛盾」…などの問題について、私は私なり に「市民新党にいがたの挑戦」(白順社)に整理した(政策と来るべき社会の青写真 も記した)ので、ここでは、「地域政党の役割固定論」批判と「政治と市民運動」論 について触れたい。
 地域政党が注目されるにしたがって、地域政党は地域政治に限定すべきで中央政治 は別に考えるべきだ、などという主張がみられる。地域政治がおろそかになりがちだ とも言う。しかし政治に、中央・地域の2種類の違うものがあるのだろうか。確かに 政治課題には、ある地域特有のテーマや国の課題といった違いがあるが、そうであっ てもそれらは他の政治課題と切り放せるものでない。人権・環境・平和などの問題は 特にそうであるが、経済や文化などでさえ同時代の同一社会(地球)の問題は、全員 の問題(後世の世代までも含めた)であることに違いはないと思う。地球の裏側の戦 争や飢餓の問題、沖縄の基地の問題、町内のゴミステーションの問題、市町村のマス タープランの問題、それらすべての問題は市民の政治のテーマであり、政治そのもの である。 私たちの考える地域政党は、個から出発する民主主義原理に立ち、地域に 足場を持ち、地域循環経済・地域主権を理想とし、それを実現することを目標として いることから、必然的に地域政党を結成した。しかし私たちは、最初から国政につい ても地域から政策提言し選挙をやることを決めていたし、他の地域政党と選挙ネット ワークを形成する方針を持っていた。地域政治(だけ)をやろうなどと考えておら ず、政治を市民の手に取り戻し、市民の政治をやろうと考えただけだった。
 大きい組織がなくとも、市民が政策をつくり地方議会にも国会にも進出しようと考 えたっていいじゃないか。もう、既成の政党・政治家に任せてはおけない。市民運動 を活発にやっている市民なら、その課題を通じて行政や企業の壁にぶつかり、政治を 考える場面に遭遇するであろう。その場合、市民運動グループとしてそのまま政治 (選挙)運動をすれば、さまざまな問題・ギャップを引き起こすことになる。それを 恐れて多くの市民運動は政治と距離を置いてきた。しかし、政治を変えないと市民運 動の目的も容易に達成されないことも事実である。もちろんすべてを政治に還元する ことは間違いであり、市民運動が切り開いた経験やそこから生まれた政策から、政党 は多くのことを学ぶことができる。同時に、市民運動は政党から、他の政治課題との 整合性やより全面的・抜本的な政策・考え方を知ることができる。今までのように市 民運動と政党が、互いに相手を「生温い」「無責任だ」などと決めつけるのではな く、対抗・相補の関係として互いに常に新しい発想・思想を吹き込み合い、刺激しあ う建設的な関係を構築するよう努力すべきなのだ。
 そしてそのための条件が、わが国にも整ってきている。すなわち先に述べたよう に、既成政党・政治家の政治能力と求心力の低下という客観的条件のほかに、成熟し た市民運動の経験が蓄積されてきたこと、インターネットなどによって特定の政党・ 政治家でなくても必要な政治情報が入手でき、市民サイドでも安価で大量の情報交換 が可能となったこと、地方議会における相当数の市民派議員とそれを支える市民層が 存在すること、などの主体的条件がある。

2.(ステップ) 計画立案と準備期間
 92・95参院選の結果から作成した2つの表を見てほしい(注:インターネット版 では省略)。一般的に漠然と国政は遠いとあきらめないでほしい(それは多分に操作 され、作り上げられた考え方である)。「平和:市民」は、目標とした比例区当選は 失敗したが、そこからいくつかの教訓を引き出すことができる。政党要件の国会議員 5人・2%得票を考えた場合、二院クラブの百数十万票(3.15%)に対して、平和: 市民は37.7万票であり、およそ3分の1だった。このときは選挙区立候補が3名、推 薦候補が1名(新潟)だけだった。共産党は全選挙区に立候補させることで、比例区 の得票を押し上げる作戦を採用している。資金力・組織力があるからであるが、私た ちも10選挙区くらいで立候補できれば前回の3倍近い選挙区票が得られ、それより若 干下回る比例区票を考慮しても、百万票、2%をクリアする可能性が高まり、うまく 行けば一名当選できる。
 新潟の経験を踏まえれば、同一政党名で繰り返し繰り返し政策を訴え、各種選挙戦 に出馬し続けることが極めて重要なのだ。二院クラブは数十年にわたって、常に一定 の支持者を獲得している。選挙区選挙は、99統一地方選挙を射程に入れて出馬しよ うとするいくつかの地方もあるだろう。政策の訴え方や既成政党批判が高まると、共 産党の17選挙区のように、選挙区票より比例区票の方が多いということすらある (選挙区が激戦になり既成政党に不満を持つ有権者の投票行動の一つ)。私は、98 参院選を2001参院選を展望して考えている。もちろん97都議選など各地の諸選挙 戦、次の総選挙、99統一地方選など、一連の選挙の流れを考慮しなければならな い。 私たちは、新潟から全国の市民派の仲間に熱いネッセージを発し続けている。 選挙を戦うのは、市民の政治を実現し、人権・環境・平和などの理念・政策を掲げる 市民運動の目標を真に達成するためである。そのためには市民政党がなくてはなら ず、その市民政党は、多くの市民の支えによって自力で政策を打ち立て、自力で資金 を集め、自力で選挙を戦うことができなければならない。まずやってみることだ。目 標が明確であればあるほど、その目標のために立てられるべき手段・戦略戦術・方法 などは、市民の間からいくらでも沸き上がってくるだろう。真に自由で、民主的な市 民とその組織であれば……。

3.(ジャンプ) 選挙勝利と市民政党の登場
 1・2がうまく行けば、そのとき、ここに書かれるべきことが明らかになる。


第1回全国会議報告

1997年8月9-10日 新潟県塩沢町で開催
全国17地域約80名が参加

確認された合意事項及び今後に向けた課題

1.各地域に根ざした政治勢力の形成を模索(何をするのか、何ができるのかはっき りさせる)
2.全国的連携、市民の全国政党の可能性を今後も論議し、模索する。
3.共同論議の中で、98年参院選、99年統一地方選などに向けた議論を進める。
4.各地域で今回の全国会議からの提案(上記1から3)を議論して、その成果を第 2回に持ち寄る。

第2回全国会議報告

1997年11月29-30日 東京都で開催
全国12地域から約40名参加

確認・合意事項

■以下を目的とする組織の発足を確認
(1)各選挙区選挙を闘いながら全国を闘うような「9+1」型全国選挙を闘うための討 論と準備。当面2001年参議院選に向けて準備を整え登場することを目的とする。
(2)全国的連携で地方選を闘う。1999年統一地方選を当面の目的とする。
(3) (1)(2)を闘うためのローカルパーティーもしくは地域政治勢力の形成を模索す る。
の3点を目的とする組織の再発足を提案した。
■この組織についての合意事項
1.名称:「各地の地域政治勢力の連携で1998-2001年地方選・国政選挙を闘お う」全国会議
2.目的:上記
3.参加者:この会の目的に賛同する団体及び個人
4.会議:少なくとも半年に一度開催する。
5.事務局:会の運営のために会議で事務局を選出する。
6.会費:年会費5,000円とする。(注)団体会費審議未了
[次回へ向けての確認事項]
・開催日時・場所:98年2月14・15日(土・日)・新潟市
・当面の事務局:新潟
・今回の報告については、東京事務局と協力して行う。

第3回全国会議(全国組織としては初会合)報告

1998年2月14-15日 新潟市で開催
全国12地域から約40名参加

確認・合意事項

 各地の地域に根ざした地域政治勢力の形成とその全国的連携、そして地方選・全国 選挙に大胆に登場しよう、という市民新党にいがたの昨年3月の呼びかけに始まり、 8月及び11月の2度の全国各地の仲間達の真摯な討論を経て、あらためて標記組織の 発足が確認され、本年2月14日から15日にかけて、新組織としての第1回目の会議が 新潟市で開催された。
 今回の会議と、同日直前におこなわれた市民新党にいがた98年度オープニング総会 に対して、フランス緑の党のスポークスマンであるアランリピエッツ氏からメッセー ジも寄せられた。
 昨年11月の会議では、8月からの懸案であった98年参議院選挙への市民派としての 比例区への登場については断念したものの、それぞれの地域での地域政治勢力として の確立を基礎として、99年統一地方選を全国的連携のもとに闘い、更に2001年参議 院選挙へ向けての国政への挑戦を展望するという目的が確認され、今回の会議はそれ を具体的に進めるためのへ第一歩として位置づけられる。
 会議では、新組織の形態・運営、ローパスの500人構想など各地の市民派選挙への 挑戦との関係、今後の展開などが主要な議題となり、以下の内容が確認された。− (1)2001年参議院選挙を「9+1」で闘うために、最低限公選法上の政党を選挙政策 の合意により形成する。但し、どのような市民政党を目指すかの積極的な討論を継続 する。 (2)それぞれの地域でのグループを基盤に本会議へ集まっている参加者一人ひ とりが核(世話人)となって、全国会議の活動をより広くより確固たるものとしてい く。とりあえず今回の参加者は原則として世話人として登録してもらい、前2回の会 議参加者及び周辺へ呼びかけていく。登録会費は年間5000円とし、団体会費問題に ついては組織拡大の過程であらためて議論する。 (3)ローパスの500人リストの努力 との協力の可能性も視野に入れながら、全国市民派政治勢力の形成を目指す勢力を可 視的なものにしていくために、全国会議として自治体議員及びその挑戦者100人の獲 得を目標に各地で取り組む。 (4)組織拡大のために、この会議を紹介するパンフレッ トや資料集を作成する。この間の経緯と主旨をふまえたアピールを杉並の石井が作成 し、また参加者の中味を明らかにするために、組織として関わっているグループの政 策集やパンフレットを集め、これらを当面の対外的な説明資料とする。 (5)事務局は 当面市民新党にいがたにおく(ただし、新党事務所と別に事務局を設置する。高見事 務所:電話025-228-2127 FAX025-222-0914、E-mail:KFR00474@niftyserve.or.jp)。 (4)全国オルグツアーを4月に実施する。次回 の会議開催を5月とし、関西での開催を追求する。
 これまでの経過、私たちの呼びかけの主旨などについては、上記全国会議事務局へ 問い合わせていただくか、市民新党にいがたのホームページhttp://www.bekkoame.or.jp/~nnpp/を御覧いただきたい。

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