清津川ダム専門委員会答申

平成14年7月14日

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 当清津川ダム専門委員会は、昨年7月12日に第一回委員会を開催以来、本年7月5日まで12回の委員会及び現地調査を行い、清津川ダム実施計画調査に関して、信濃川水系の治水、利水、環境の各面から検討を行うとともに、代替案を含めたダム計画案について検討を行ってきた。検討にあたっては、当委員会内の討議に留まらず、委員以外の農政、気象、植生の専門家の意見を伺い、また、地域の一般の方から直接委員会の場で意見を伺うなどして、多くの方々から寄せられたすべての意見を参考とした。
 以上のような慎重審議の結果、当委員会は下記の結論に達した。


 現在進められている清津川ダムの実施計画調査は中止することが適当である。しかしながら、信濃川流域において洪水から地域を守るための治水の重要性は何ら変わるものではない。このため、災害発生状況や今後の水需要の変化、地球温暖化の進行による異常気象の発生等をふまえ、信濃川の治水計画の中で治水安全度を向上させるために重要な役割を担う清津川ダム等のダム新設や大河津分水路改修、河道改修等各種の河川整備について、それらの組み合わせのあり方や整備の優先順位を改めて検討し、河川整備計画を策定することが急務である。
 清津川ダムの実施計画調査を中止するにあたっての緊急かつ必要最低限の対応として次の措置が必要である。
1.新潟県や市町村等の水需要者とともに、暫定豊水水利権に依っている水需要や地域の発展に必要とされている水需要等、必要な水資源確保の方策を早急に検討すること。
2.自然環境調査、水質調査等の基礎的な環境調査を実施し、その結果をこれまでの成果とあわせてとりまとめ、公表すること。

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 以下にこの結論に至った基本認識を述べる。

T.治水面
 信濃川においては、日本海側最大の都市である新潟市を抱える信濃川流域への人口・資産の集中、明治29年の横田切れ洪水及び昭和56,57,58年等の過去の洪水実績、全国的な治水安全度のバランス等からみて、150年に1度程度起こり得る規模の洪水を対象とした治水計画に基づき河川整備を実施し、地域の治水安全度を向上させることは必要かつ重要と考える。また現在の信濃川周辺の土地利用、過去の洪水実績、地形条件から判断して大規模な引堤、あるいは計画高水位を上げるといった治水の代替案は現実的ではない。清津川ダムは信濃川の洪水を調節する施設の一つとして、信濃川の治水計画の中で治水安全度を向上させるために重要な役割を担う施設と考えられるが、大河津分水路改修、河道改修等のその他必要な河川整備を考えると、それらの組み合わせや整備の優先順位については明確になっているとは言い難く、河川整備計画の策定が急務である。

U.利水面
 既に小千谷市等は暫定豊水水利権により取水し水需要を賄っており、信濃川流域において、新たな水資源の確保が必要であることは疑いなく、清津川ダムは信濃川流域の水資源確保の面から重要な役割を担う施設であると考えられるが、清津川ダム実施計画調査開始以降の生活・工業・農業用水の新規の水需要は減少傾向にあり、またその将来見通しが不透明であるなか、現時点で直ちに大規模な水資源開発を行う緊急性は薄いと考えられる。

V.環境面
 清津川流域の自然環境については、地元の理解を得て本格的な現地調査が開始されたばかりであり当委員会として判断できる段階ではない。

(ここまで3ページ:以上で終わり)

*以上、本会が打ち直し、入力したものです。



2002年7月11日
国土交通省北陸地方整備局 
事業評価監視委員会 御中
同    委員 各位
清津川ダムを考える会   代表 三橋 允子
       
要 望 書

(要望事項)
 事業評価監視委員会の審議をリアルタイム公開すること

(要望の理由)
 さる7月5日、貴委員会がその設置を求めた清津川ダム専門委員会は、1年に及ぶ審議を経て、清津川ダム計画を事実上中止するとの答申をまとめました。同答申については、近く貴委員会に提出され、貴委員会として審議されるものと思います。
 専門委員会は、市民らの要望を真摯に受け止めて非公開とした申し合わせを覆し、第2回の委員会から一般傍聴を認めるリアルタイム公開を実施し、最終回の12回まで毎回熱心な市民らが多数傍聴しました。これによって清津川ダム事業は、市民の関心を広げ高めることができたのですが、それは新河川法や新・生物多様性国家戦略等にうたわれた市民参加の推進を、文字どおり活かす英断でした。
 貴委員会の設置根拠である「国交省所管公共事業の再評価実施要領」には、「審議過程の透明性を確保する」(第5の4)と記載されています。また、政府自身が「審議会等の透明化」について2度も閣議決定をしています(95/9/29、平成11/4/27)。
 私たちは、2001年11月29日付け要望書でリアルタイム公開を求めました。今回再び同じ要望をするのは、専門委員会であれだけ市民の関心が高いことが明らかになった清津川ダム問題について、貴委員会が密室で審議することについて、多くの市民・NGO・自治体関係者などすべての人は到底納得するわけがないと考えるからです。清津川ダム問題は、いまや全国の注目の的となった公共事業です。
 また、6月17日に、「地方分権改革推進会議」(01/7設置)が「事務・事業の在り方に関する中間報告」を内閣総理大臣に提出しましが、その中で、「公共事業再評価システム」について、「こうした仕組みは、今後とも継続、確立されていくべき」だと評価されています。このように、貴委員会のような機関は、今後ともますます重要な存在となっていく一方であり、したがってますます市民の関心が高くなり注目されていくことになるので、近い将来、必ずリアルタイム公開をせざるを得なくなることは間違いない
でしょう。
 以上のことから、貴委員会および委員各位が、もう一度、本要望事項について検討され、リアルタイム公開に踏み切られますよう、重ねてお願いする次第です。

 (別紙資料)
(1)意見書(2)
(2)声明


清津川ダムを考える会(連絡先) 
951-8065   新潟市東堀通2-481 くらしの相談・にいがた気付 
T&F(025)228-2127(高見)



清津川ダム専門委員会への意見書(2)

2002年6月28日

清津川ダム専門委員会 御中
  同     委員 各位

清津川ダムを考える会        
代表 三橋 允子 

(連絡先)新潟市東堀通2-481
くらしの相談・にいがた気付 T&F(025)228-2127
    
(執筆担当者・高見 優)


意  見  書(2)

 6月14日に開催された第11回清津川ダム専門委員会(以下、「委員会」という場合がある)で、西澤委員長は、同日で議論を打ちきり、委員長自身が答申案を作成し各委員と連絡をとりながら調整して、次回(7/5)の会合で答申案を提示すると宣言しました。

 私はこれまでの審議内容について検討しましたが、今の時点で委員会が、何らかの結論を出せるような状況にあるとは到底思えません。それなのに委員長は、どのような内容の答申案を作成するのか、その根拠はいったい何なのか、つぎつぎと疑問点が浮かんできます。

 そこで私たちは、以下に述べるとおり、審議を継続するよう強く要請するとともに、同時に、もし委員会が現時点で清津川ダムの必要性がないと判断するのであれば、ただちに同ダム計画を白紙に戻すとの答申を出すよう要請します。

(要請事項)

1 清津川ダム専門委員会は、設置された目的・任務を忠実に執行するため、未審議事項の検討を行うとと もに、委員会としての結論を出すために、各論点について充分な時間をかけた審議を継続すること。
2 しかし、北陸地方整備局が、清津川ダムの必要性についてこれまでの以上の説明をせず、委員会が同ダ ム建設の必要性が無いと判断するのであれば、同ダム実施計画調査は行うまでもないので中止し、同ダム 計画を白紙に戻すという答申を出すこと。

(要請する理由) 

1 各論点に関する各委員の考えはまちまちであり、委員会としてまとまった結論に至る議論が熟していない

 北陸地方建設局(現・同整備局)事業評価監視委員会が専門委員会に求めた検討事項は、<1>「信濃川水系の治水、利水、環境面の課題の検討を含め、ダム計画案を検討する(こと)」、<2>「新規利水の需要が減少したこと等から、現行のダム規模案の見直しについて検討すること」、<3>「良好な自然環境条件等を配慮し、現行のダムサイト案の見直しについて検討すること」、<4>「治水、利水、環境面でバランスの良い計画が必要である(こと)」、<5>「信濃川水系全体の計画に対する清津川ダムの果たす役割を明らかにする必要がある(こと)」等であった(平成12年11月26日、事業評価監視委員会議事概要より)。

 しかし以下に順次述べるとおり、これまでの委員会の審議は、北陸地方整備局(以下「整備局」という)の説明とそれに対する質疑(第1〜第6回、第9回)や外部の専門家(第7回)や自治体・NGO・市民らのヒアリング(第8〜第9回)にその大部分の時間を割き、委員同士の議論は論点を整理したうえでわずかの時間をかけたに過ぎず(第10〜第11回)、委員会としての見解の一致に至ったものはほとんど無いのが実態である。
 とりわけ、事業評価監視委員会があげた要検討事項<3>の「ダムサイト見直し案」は、専門委員会が設置されて1年経過した本年5月の第9回委員会にようやく提出されたばかりであり、それを審議する機会はわずか2回の委員会だけであった。

 江村委員が「私が懸念するのは審議不十分のまま(実施計画)調査継続にすることは無責任ではないかということ。…十分な審議がないのに調査継続の結論を出すことはおかしい」(第6回)と述べているが、私たちはこれに全く同感である。
 さらに、専門委員会で検討することになっていた景観と地質の分野の検討がまだなされていないが、これらはどうなっているのか? 「清津川ダム専門委員会設置にあたっての事前打合せ」の結論として、気象、農政、植生、景観、地質の分野について検討すると書かれている(同結果速報・平成13年5月29日)。
 
2 専門委員会の位置づけについて

(1)事業評価監視委員会とそれが求めた検討事項
 そもそも旧建設省(現国土交通省)が所管公共事業の再評価システムを導入することになったいきさつは、各地におけるトラブル等により次第に明らかになってきた公共事業の必要性等について見直しをするためである。そして再評価する際には、その客観性・透明性を確保するために第三者機関の意見を聴きそれを尊重するとされたのである(「建設省所管公共事業の再評価実施要領の概要」「同実施要領」、以下同じ)。再評価する公共事業は、<1>事業採択後5年経過しても未着工の事業、<2>事業採択後10年経過した継続中の事業、<3>事業採択前の準備・計画段階で5年が経過した事業、のいずれかに該当するものとされている。

 本清津川ダム建設事業は<3>に該当するが、その範疇の中でも、予備調査から数えて実に36年も経過している極めて異常な状態にある事業である。
 事業評価監視委員会は複数の公共事業について再評価する職務があるため、清津川ダムを専門に検討するために清津川ダム専門委員会が設置されたわけであるが、この専門という言葉の持つ意味は、「専門家による」委員会というのみならず、清津川ダム問題だけを「専門に扱う」委員会という意味合いも込められていると解釈するのが適当であろう。

 さて、その清津川ダム委員会の位置づけと審議内容については、当初から事業評価監視委員会の検討事項の解釈の仕方を含めて、整備局や委員会(委員)の間でも混乱していた。とくに、長野県において「脱ダム」宣言が出され、実際に信濃川上流の千曲川上流ダム計画等が白紙にされるという事態を迎えて、委員会で、要検討事項の<1>「信濃川水系の治水、利水、環境面の課題の検討を含め、ダム計画案を検討する」と<5>「信濃川水系全体の計画に対する清津川ダムの果たす役割を明らかにする必要がある」をめぐって何度も同じような議論が繰り返された。

 すなわち、現行の信濃川治水計画である『信濃川水系工事実施基本計画』(昭和49年策定、昭和63年、平成6年部分改定)が想定した上流ダム群の建設計画が、すでに30年近くが経過しているのに、清津川ダムを含めて全く目途が立っていない状況の中で、果たして清津川ダム問題をどのように位置づけ・考えたらよいのかという疑問が、委員から何度も出されたのである。

(2)河川整備基本方針・河川整備計画の策定が先決だという当然の疑問
 さらにこの問題を複雑にしているのは、整備局が、新河川法により住民の意見を聞いて信濃川水系の新たな治水計画、すなわち河川整備基本方針・河川整備計画を策定しなければならなくなっていることである。

 整備局は委員の質問に対して、「(専門委員会における)検討としては、千曲川を含めた信濃川水系である」(第1回)と答えたが、「本委員会は信濃川水系全体の治水、利水、環境に関して議論したうえで、最終的に清津川ダムの実施計画調査継続の可否を検討していただくことを考えている」(第4回)とも述べている。また整備局は、「信濃川の工事実施基本計画は本委員会と前後し、河川整備基本方針、河川整備計画を策定する」(第4回)と説明しているが、これについては私たちの再三にわたる質問・申し入れにかかわらず梨のつぶてであり、河川整備基本方針・河川整備計画の策定について何らの動きもないのが実情である(本委員会と前後してと言うものの、本委員会は終了に近づいている)。

 そのため大熊委員が、「本委員会での検討結果が、ほかの条件などで信濃川水系河川整備基本方針が変わった場合、手戻りになる可能性があるということか」と質問したが、整備局は、「その検討結果が、信濃川水系河川整備基本方針の変更により無駄になるか、どうかは、コメントを差し控えさせていただく」とかわした(第2回)。他の委員も、「…議論の中で治水計画全体からの観点も必要と思う」(早川委員・第4回)、「新潟県側だけで治水の議論を行っても無意味ではないかと考える」(阿部委員・第10回)などと発言して疑問を呈している。

 以上のことから、整備局は、早急に信濃川水系の河川整備基本方針・河川整備計画の
策定に着手し、そのための流域委員会の設置を先決すべきである。
 私たちの調査では、1級水系流域委員会は全国で14設置されている(北海道2、東北1、関東1、北陸1、中部2、近畿4、四国1、九州2)(別紙資料<1>)。信濃川水系については、上流部の長野県内のダム計画の多くが見直しまたは中止となっているのであるから、なおのこと早急に水系全体の基本計画を新たに策定することが必要になっている。そしてそのことは昨今の厳しい財政事情下にあって、清津川ダム問題について同じような議論を繰り返すという愚行を避ける、もっとも賢明な策であると言うことができる。

3 治水について

 先に述べた信濃川水系工事実施基本計画によれば、清津川ダムは、小千谷地点(基準点)で基本高水ピーク流量を13,500m3/秒と設定したうえで、他の数個のダムと併せて2,500m3/秒の洪水調節をし、11,000m3/秒の計画高水流量を流すということになっている。清津川ダムによる洪水調節効果について、整備局は10〜70cm、嶋津暉之氏は16cmと計算している(清津川ダムを考える会「意見書」・2001/11/15)。

 第11回委員会である委員が、この数字の食い違いについて同じ土俵で議論すべきだという意見を述べたが、嶋津氏の計算根拠(マニング公式の近似式等による)は委員会に提出されているのに対して、整備局は自らの計算根拠を明らかにしないばかりか、嶋津氏の数字についてコメントすらしない。

 また別の委員が、11,000m3/秒どころか9,000m3/秒も流せない箇所があることを指摘したが、それに対しては何らの反論もなく議論が終わっている。また、大熊委員の「2,500m3/秒の流量調節にはダムが幾つ必要なのか」という質問にも整備局は答えない(第2回)。 なお、一般ヒアリングにおける意見発表の中で、治水面から清津川ダムが必要という意見を述べたのは小千谷消防の瀬沼務氏(第8回)と小林清分水町長(第9回)だけで、あとはすべて不必要という意見であった。しかし、瀬沼氏の意見は増水した信濃川中州で農作業をしていた農民の救出劇の話であり、それ自体はダムの必要性そのものと直接関係するものではないし、小林町長の意見については、後記のとおり、大河津分水路そのものの対策が先決であって、清津川ダムによる治水効果はほとんどないのが実態である。

(1)現行の工事実施基本計画による堤防嵩上げ工事

 整備局は「信濃川の工事実施基本計画中、整備可能なものは順次進められている」(第4回)と説明している。管内各工事事務所において、実際に堤防嵩上げ等の工事を下流から順次実施しているようであるが、その目標に対する工事の進捗状況は、計画策定後約30年経った現在、まだ半分にも到達できていないと言われている。

 各工事事務所は、水防管理団体である流域市町村に対して水防活動のための重要水防箇所を提示しているが、それは『重要水防区域評定基準』を基にして作成されている(別紙資料<2>)。
 重要水防区域評定基準は、重要度をA・B・要注意の3段階に分け、さらにAの中に重点区域を設けている。そして、Aは、「水防上最も重要な区間」で「計画高水流量規模の洪水の水位が現況の堤防高を越える箇所」、Bは、「水防上重要な区間」で「計画高水流量規模の洪水の水位と現況の堤防高との差が、堤防の計画余裕高に満たない箇所」など定められている。

 信濃川工事事務所が作成した「重要水防箇所一覧表」(別紙資料<3>)によると、大河津分水から信濃川上流の中里村までの73.5km区間の中で、A区間は両岸で(以下同じ)26箇所、17,568m、うち重点区間は10箇所、4,575m、B区間が88箇所、76,175m、要注意区間が11箇所、6,099mとなっている。
 また、魚野川(川口町から六日町の27.85km区間)で、A区間は18箇所、5,633m、うち重点区間は7箇所、1,775m、B区間が35箇所、22,855m、要注意区間が11箇所、5,153mとなっている。
 両者を合計すると、A区間が44箇所、23,201m、うち重点区間が17箇所、6,350m、B区間が123箇所、99,030m、要注意区間が22箇所、11,252mとなる。
 以上のことは、委員会でほとんど議論されていない。「計画高水流量規模の洪水の水位が、現況の堤防高を越える箇所」(A)が23,201mも存在する現状は、清津川ダムによる調節効果10〜70cmどころの騒ぎではないはずだ。150年に1回の確率の洪水13,
500m3/秒のうち、仮に清津川ダムほか数個のダムを建設して2,500m3/秒調節できたとしても、残りの11,000m3/秒を流すことができないのなら、150年確率の洪水を防ぐことは不可能である。現行計画(信濃川水系工事実施基本計画)が作成されてすでに28年が経過しているというのに、上記のように危険な箇所の堤防嵩上げ工事が進んでいない実態があるのである。そして、委員会の資料にも、計画高水位(H.W.L)が地盤高を下回る箇所(距離標)がたくさんあることを示す図がある(「信濃川の計画高水位」・第3回委員会資料5頁)。

 しかし、約30年を費やしてもまだ計画が達成できないのは、そもそも基本高水ピーク流量(小千谷地点で13,500m3/秒)や計画高水流量(同11,000m3/秒)が過大であるからだ。だからこそ、新河川法は現行の治水計画そのものを見直すことを求めているのである。

(2)国交省自身によるダム計画白紙撤回と基本高水流量の引き下げ

 横塚尚志北陸地方整備局長は、清津川ダムを「最後の大型ダム」と位置づけその建設に執着しているようだが、他地域では最近相次いでダム計画白紙撤回や基本高水流量の引き下げという事態が起こっている。
 長野県の千曲川上流ダムの中止に際して、国交省本省の竹村公太郎河川局長は「長年にわたり心労をかけた」「(現時点でダム建設の)計画はない」「安心して地域の発展にまい進してほしい」と述べている(信濃毎日・02/2/28。別紙資料<4>)。また紀伊丹生川ダムも中止になった(02/5。別紙資料<5><6>)。
 また大熊委員によれば、「那賀川の細川内ダム、筑後川の猪牟田ダム等はいづれも治水計画上重要であったが中止となり、特に大川の新月ダムでは中止に伴い、それまでの治水計画の基本高水流量1,000m3/秒を870m3/秒に変更している」という(第10回)(別紙資料<7>も参照)。他地域のダムはともかく清津川ダムの必要性が問題だと言われるだ
ろうから、清津川ダムの治水上の必要性について、すぐ後で論じる。

 「信濃川治水計画では3億2,000万m3のダム貯水容量が必要だが、現状では4,000万m3程度しか達成されておらず、今後も達成できる見通しはない」(大熊委員・第10回)のであれば、これはやはり過大な計画と言わざるを得ないので、基本計画そのものを早急に見直すべきである。河川工学の専門家(新潟大学工学部教授)である大熊委員が、「清津川ダムの完成には少なくとも約20年かかる」(第10回)、「(現在の信濃川治水計画は)今後100年くらいは実現不可能ではないか」(第4回)、「信濃川治水計画は、…治水計画そのものを見直す必要がある」(第10回)と述べていることを、重く受け止めるべきである。

(3)治水の面から、清津川ダムの必要性はない
 3の冒頭に記したように、整備局は治水に関する原資料や計算根拠・方法などに関する資料を提出しない(01/7/1のシンポジウムでも整備局に要求したが)ので、たとえば清津川ダムによる洪水調節効果10〜70cmについて確認のしようがない。嶋津暉之氏は16cmと計算しているが、16cm程度であれば治水の面からは清津川ダムの必要性はないという結論になる。
 信濃川の過去の洪水の多くは「信州水」などと呼ばれ、上流の長野県からもたらされた(第1回委員会資料・年表)というが、そのことは、信濃川の全長367kmに占める千曲川214kmの割合(58%)から考えても納得できる。また、清津川ダムの流域面積は小千谷地点のわずか1.8%(=178÷9,719×100)に過ぎないから、清津川ダムによる洪水調節機能は極めて小さい(ダムサイト見直し上流案で計算し直した)。

 3の(1)で詳述したように、現況の堤防の防水上の危険箇所(区間)が各地に存在している。「信濃川の川の器の大きさのイメージ図」(第1回委員会資料)を見ると、計画高水流量11,000m3/秒に対して断面が2割以上も不足する区間が魚野川合流地点の上下、大河津分水路などに、また断面が1〜2割不足する区間が長岡市付近、十日町市付近などに、それぞれかなり長距離にわたって存在していることがわかる(「現況堤防高で評価」と記されている)。

 計画高水流量11,000m3/秒の2割は2,200m3/秒であるが、嶋津氏の計算によると、清津川ダム流域に多量の降雨があったときの洪水パターンを想定した場合(これは清津川ダムによる洪水ピーク削減量が最大となる場合である)、その洪水ピーク削減量は400〜500m3/秒である。これは断面が2割不足する場合の量2,200m3/秒の5分の1程度に過ぎない。

 以上のことから、魚野川方面〜清津川ダム上流部に大量の降雨があった場合ですら、小千谷地点など下流部の洪水防止効果がほとんどないことは明らかである。
 これに対して、「地球温暖化の進行により、異常渇水や集中豪雨等、予想をはるかに超える規模で頻発すると考えている。科学的に証明できなくとも、可能性が高い事態に対しては考えていく必要があると思う」(第10回の某委員の発言)などと本気で考えているのであれば、その「専門家」の専門性・科学性に疑問を抱かざるを得ない(科学的に証明できない可能性が高い事態とは一体何なのか?)。このような科学的根拠なき井戸端会議のような暴論であれば、何が起こるかわからないからそれに備えてあらゆる対策を講じなければならなくなる。真の科学的可能性(科学的推論)、科学者の社会的役割・責任などの問題については後で触れる。
 繰り返して述べるが、清津川ダムによる治水効果はほとんどない。つまり清津川ダムは不必要なのである。しかし洪水対策は必要不可欠であるので、私たちの考えるこれからの治水策について述べておく。
 
(4)私たちの対案と取りあえずの代替策

 私たちの対案(「新河川法」・21世紀型の新しい自然河川整備のための治水対策)については、清津川ダムを考える会「意見書」に記載したとおりである。すなわち、a都市計画、農村対策等を含む総合治水対策、b堤防余裕高を活かした矢板や地中壁等による堤防強化、c必要な箇所の堤防嵩上げ、d樹林帯(水害防備林)の整備、e休耕田等を活用した遊水池(地)の整備、f引き堤、g河道の掘削、h中水敷の設置、i高床式住居、j植林、棚田管理等による緑のダム整備、の10提案およびこれらを組み合わせた施策である。

 大熊委員は、とりあえずの現実的対策として「堤防余裕高に振り分けた形で堤防を強化する方法」として「堤防強化策(1,000から2,000億円程度の費用で可能)」を提案している(第3回)。それに対して整備局は、「堤防余裕高分、水位を上げた場合に通常と同じ堤防機能が発揮できると判断できるならば、対応可能となる」と応えている(第3回)ので、これについて早急に検討すべきである。

 岩手県立大学の首藤伸夫教授(総合政策学。元建設省)は、「基本高水の値は、あくまで治水にどのくらい投資したらいいかの目安であり、それを守れば安全、下げれば危ない―という形で争点の中心に据えるのは危険だ」(信濃毎日・02/6/25。別紙資料<7>)と述べている。
 整備局は、清津川ダム当初案(現行下流案)の代替案「引提で総事業費2兆7百億円、清津川ダム相当分2千7百億円」について、「既設ダムを除く全てのダムがない場合の対応として代替案の事業費を算出している」と説明している(第3回)。整備局が第9回委員会に提出した見直し案(上流案)の概算工費は現行案と「同程度」というから、先の数字はさほど変わらないだろう。つまり清津川ダム建設費と大差なく、実施することが可能である。ただし、引提をするためには関係住民等の同意が必要であるが、それも含めて住民参加による河川整備基本方針・河川整備計画の策定作業にとりかかる秋(とき)である。
 引提の手法を含め私たちの10の提案の方が治水効果もあり、はるかに現実的であると考える。首藤教授も住民を加えて総合治水を考えるべきだと主張している(前同資料<7>)。
 
4 利水について

 利水については、委員の多くが、生活用水の根拠があいまいであること、農業用水の費用対効果について納得できる説明がないこと、他のダムの水利権の調整が可能であることなどから、清津川ダムの必要性について疑問を呈している。ただし委員会は、利水についての議論も十分に煮詰めていない。

(1)新規利水要望量の根拠は希薄であり、将来さらに激減する可能性が高い

 先に提出した清津川ダムを考える会の「情報提供」(02年6月12日)に、清津川ダム利水要望21団体に対して行ったアンケート調査の最終結果がまとめられている。
 要望を取り下げた団体が1、要望量を引き下げた団体が2、今後変更する可能性がある団体が1あった。また開発コストを知らされていなかったり、「他の事業例」のコストや負担金があることのみの説明しかなかったケースもある。
 第8〜9回委員会の一般ヒアリングで意見を述べた13名のうち、自治体等水道事業関係者4名は、当然のことながらその職務上の公的立場から利水の要望を述べた。しかしそれらの関係者の中に、不要になったとして要望量0.031m3/秒を取り下げた小国町越路町水道企業団、要望量を64%(0.324m3/秒から0.1157m3/秒に)も減らした長岡市、要望量を10%(0.021m3/秒から0.019m3/秒に)減らした月潟村が含まれていなかったことは残念である。

 小国町越路町水道企業団は、ダムの建設費の負担金が3億円、信濃川からの導水施設建設費が約20億円にもなるので、深井戸を掘り直して間に合わせることにしたという。こうして水道要望量の全体は、昭和55年(1980年)の9.5m3/秒から平成14年(2002年)の1.766m3/秒へと、実に81.4%も激減したのである。
 しかも現在の要望量の根拠は、いずれも過去の人口増・使用実績を基にトレンドしているため過大なものになっており、一日一人当たりの使用量が約843lにも達している団体すらある(全国平均は322l)。

 いま、市町村合併が進行中であるが、黒埼町を吸収合併した新潟市は、本年4月、0.255m3/秒分の水利権を国土交通省に返上している。このように、将来の人口減少や社会経済情勢の変化を加味して精度の高い予測を再計算するとともに、節水を呼びかけるなどして水道行政の在り方と住民の意識を変える努力を続けていけば、新規利水要望量は一層減少し、清津川ダムの利水事業は不要となるだろう。

(2)委員の多数意見は、利水面で清津川ダムは不必要

 江村委員は、「今後の利水事業の見通しは環境の変化に伴い、大幅に減少するのではないか。事実要望量が半減した箇所もある」(第4回)、「前提要件が大幅に変化している状況で、清津川ダムが必要か必要でないかだけの議論でいいのか」(第10回)と述べ、利水要望の実態に迫ってダムの是非の論じ方に疑問を呈している。

 田中委員の「…現在の水利権量を将来にわたり保証し、かつ需要の増加分を清津川ダムで賄う事になっているが、渇水時には何らかの他の手段でカバーすることも考慮すべきではないか」(第4回)、大熊委員の「三国川ダムは用水供給能力に対し需要が建設後10年を経過した現在でも半分程度しかない現状がある。…現在余剰水があるのであれば、その活用を考えていくべきと思う」(第10回)は、いずれも渇水期の水利用について代替案を考えるべきだという意見である。

 大場五郎中之口潟東水道企業団局長は、「暫定豊水水利権の更新は清津川ダム事業への参画が条件となっている」「現在許可されている水利権が適正流量なのか、利水者の水利権流量が見直し可能なのかも含め国土交通省で検討し、暫定豊水水利権から安定水利権への円滑な転換が図られることをお願いする」(第8回)と述べている。利水を要望する現場からの切実な意見で、かつ正論だと思う。

 それに対して整備局は、「国土交通省はダムを造成・管理する立場であり水利権の調整を行う立場にはない」(第9回)などと言っているが、果たしてそうであろうか。河川法は、「…河川が適正に利用され、…これを総合的に管理することにより、…公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することを目的…」(第1条)とし、「一級河川の管理は、国土交通大臣が行なう」(第9条)と定め、水利調整については「…当該申請に係る水利使用により損失を受けるものがあるときは、当該水利使用を行うことについて当該関係河川使用者のすべての同意がある場合を除き、…その許可をしてはならない」(第40条)等と書かれているから、事実上河川管理者がその許可権を通じて水利調整することができるはずである。

 河川は公共用物、つまり公(みんな)の物だから、その管理者はみんなのために調整する権限と責任があるのは当然のことではないか。河川管理者は責任逃れをしてはならないし、ましてや従来の安定水利権を夏場の不足分だけ増加して欲しいと希望する自治体等の弱味につけ込んで暫定水利権を認めるからと無理矢理ダム事業に参加させたり、水利権の更新時に、高騰する水道料と使用実績の低迷から既得水利権の一部を手放したいと考える自治体や新規水利権を切望する自治体等の要望も聴かないで、そのまま更新手続をさせるようなことは、間違っても絶対にあってならない。
 
(3)日本一の大河信濃川は、夏場もたいてい滔々と流れている

 平成2年と6年の大渇水時においても、発電用ダム黒又第一ダム(電源開発(株))に要請して放水してもらったというから、やはり信濃川水系には水が「在る」のである。私企業(特殊法人)が貯め込んでいたというだけのことだ。
 なお、信濃川水系には現在45ものダムがあり、そのうちの半分以上の24が発電用ダムである(第1回委員会資料)。委員会資料「信濃川の渇水の状況」によると、目標維持流量(145m3/秒)を下回った年が30年間に5回あったという(昭和48、52、平成2、4、6年)。昭和52年以降13年間は渇水が無く、平成2年以降連続して発生しているが、昭和52年以降の13年間に毎年1基、計13基のダムが作られ、うち4基が発電ダム、その中に電源開発(株)の揚水発電ダム(カッサ、二居)が含まれている。最近は、電力がだぶつき余っている。

 こうして45ものダムの水利権によって河川水を奪った結果、水そのものが不足することは稀であるのに新たな水利権確保が困難になり、新たな利水(水利権)のために新たなダム(=清津川ダム)をつくるという、バカげたことになっている。
 しかしそれでもなお、日本一の信濃川全体では何とかできる。現に整備局自身が、阿部委員の「沖縄県内のダムの場合は、渇水期に備えダム同士が連結している。…(信濃川でも)将来の水需要を考え同様な手段が可能なのか」という質問に対して、「信濃川の場合は流量が豊富なため、説明したようなこと(筑後川のダム同士補給しあう工夫)は行わなくとも、安全に水が補給できる。」と答えている(第9回)。

 農業利水要望量については、昭和55年(1980年)の15.0m3/秒から平成11年(1999年)の0.477m3/秒へと、実に96.8%も激減している。平成11年の要望内容は、西蒲原地区で夏場の一時期(8/1〜8/10、9/1〜9/5の15日間)に合計1,505万m3が「必要」というものであり、この期間の1日当たりの平均利水量は11.6m3/秒となるが、過去のデータと整合させるためにそれを年間にならすと0.477m3/秒と計算できる。

 しかもこの利水要望量は確定したものでなく、農水省信濃川水系土地改良調査管理事務所の「西蒲原用水計画技術検討委員会」において現在審議中であるという。同管理事務所の神谷所長は「(西蒲原用水計画技術)検討委員会では1,500万m3にはこだわらず検討する」「(1,505万m3は)現状(の不足分)ではない」と述べている(第5回)。また西蒲原農業用水問題について豊田委員(新潟大学農学部教授)は、「反復利用の場合も上流が水田だけの場合、水質は極端に悪くはならない。問題は生活排水などその他の排水が混入した場合に問題がある…」(第5回)と述べており、ますます農業利水要望の根拠が疑わしくなってきた。

 工業用水の要望を出している小千谷市の説明を聞いても、具体的な企業誘致の話が進んでいるわけでは全くない。単なる将来構想という夢物語の域を出ていない話である。
 以上のことから、清津川ダムは利水面から見てもその必要性がないことは明らかである。
 
5 環境について

(1)事業評価監視委員会が求めた検討事項に違反する審議の仕方

 「環境面の説明で、…イヌワシが説明されていなかった」(某委員・第1回)のに、
それ以後も委員会は猛禽類について全く審議していない。
 西澤委員長は、「現時点で環境調査は続行中であり、充分な結果が出ていない。ある程度の調査結果が纏まった段階で途中経過を本委員会に報告することになっている」(第9回)と述べているが、その報告はいつなされるのか。私たちの手元に、「清津川ダム猛禽類調査業務委託 報告書 平成13年3月 財団法人ダム水源地環境整備センター」等4件の報告書がある。これらの報告書の存在については、委員会にも知らせてあるが、それを見ると猛禽類の調査は少なくとも平成10年から平成14年まで5年間にわたって「ある程度」どころか相当程度まで実施され纏められている。たとえば、クマタカ5ペア・イヌワシ1ペアについて、生息分布調査から行動圏内部構造調査まで行われており、ダム湛水予定地との関係まで考察されているのである。

 中間的ではあるが、このような纏まった調査結果があるにもかかわらず、どうして委員会で審議しないのか。審議しないことは事業評価監視委員会が求めた検討事項<1>「信濃川水系の治水、利水、環境面の課題の検討を含め、ダム計画案を検討する」、<4>「治水、利水、環境面でバランスの良い計画が必要である」に違反し、専門委員会の存在目的の否定であると言わざるを得ない。このまま審議を終了して(環境に負荷をかけるような)答申を出すことは、職務怠慢の誹りを免れまい。

 猛禽類の生息状況等に関するこれまでのデータの範囲において、審議できる多くの重要な問題があるので1〜2の例をあげておく。報告書の中に、調査時における観察者の猛禽類に及ぼす影響について評価することや地質調査時の騒音の猛禽類に及ぼす影響の排除の問題について記載されているが、委員会はそれらの問題を審議しなければ実施計画調査の継続の是非について判断することは不可能である。したがって、上記報告書等を委員会に提出すらせず、それらについて全然審議しないで答申を出すことは全く不当である。

(2)環境面については、委員会の委員全員が清津川ダムによる悪影響を認めている 「環境は代わるものが無いからダムは造るべきでないという結論になるが」(田中委員・第6回)、「ダムが生き物に与える影響はマイナス面しかない」(阿部委員・同)、「清津川ダムの治水効果はそう大きくないと考えている。利水のほうが大きい意味がある。環境ではマイナス…」(高橋委員・第11回)などの発言にあるように、委員全員が環境面で清津川ダムによる悪影響を認めている。

 また、一般ヒアリングで意見発表した市民・NGO全員が、環境面から清津川ダム建設
に反対している。
 整備局は、「(現時点の環境調査は)文献調査で概略の把握が完了し、現地において季節ごとの魚の採取や、植生の場合は踏襲調査を行っている段階」「(あと)最低で2、3年(必要)」(第6回)などと説明しているが、先述のとおり、他の環境調査の状況はわからないが少なくとも猛禽類についてはこの説明は不正確である。
 数名の委員らの「環境面の評価は定量化し難い」という意見に対して、早川委員は、「…環境面の評価は定量化し難いことは事実だが、定量化し難いから評価できない…ということではない。評価するため環境アセスメント等を至急行う必要があると思う」(第10回)と述べた。いわゆる環境アセスメントだけに委ねるのではなく、計画段階における環境アセスメントの必要性については、一般ヒアリングで意見発表した阿部幸雄氏も指摘している。

 しかし現在は計画段階のアセスメント制度がないうえ、環境アセスメント法も事業者によるアセスメントでしかないために、大型公共事業による環境破壊の進行をほとんど阻止できないでいるのが実情である。そのことは、生物学者の阿部委員が「これまでいろんな道路、ゴルフ場、スキー場などの閣議アセスが行われたが、結果は『影響ない』『軽微である』『ほとんどない』となっている。影響を定量化できないし、影響ないと言わなければ事業がストップする。その結果、自然環境に関する知見の蓄積が皆無である。そのため今でも自然の評価指標がない状況で、手も足も出ない」(第11回)と述べているとおりであろう。

 しかし最近になって、それではいったい何のための科学かと反問する科学者たちが現れ、水俣病や薬害エイズ、環境ホルモン、BSE問題など相次ぐ深刻な重大事件の発生を真摯に反省して、新しい考え方を打ち樹て、それに基づいた政策を採用させるという時代が到来しつつある。
 3の(3)で予告した真の科学的可能性(科学的推論)、科学者の社会的役割・責任の問題等も含めて、以下にそれらについて述べる。

(3)「予防原則」と「新・生物多様性国家戦略」から見ても、清津川ダム建設は不可能 予防原則とは、「環境や人間の健康に危害をもたらすおそれのある活動に対しては、一部の因果関係が科学的に完全に確立されていなくとも、予防措置が講じられるべきである」(ウイングスプレット宣言・1998年1月)というものである。種の保存法はこの原則(考え方)に基づく典型的な自然保護法である。

 新・生物多様性国家戦略は日本政府自身が作成したもので、政府の中長期的なトータルプランでもある。生物多様性の現状と問題点について「3つの危機」として、「開発や乱獲など人間活動に伴う負のインパクトによる生物や生態系への影響。その結果、多くの種が絶滅の危機。湿地生態系の消失が進行。…」、「経済的価値減少の結果、二次林や二次草原が放置。…特有の動植物が消失。…」などを挙げている。そして、具体的な施策の基礎となる基本的視点として、[知識の共有・参加]「積極的な情報公開により、国民の参加を促す。関係者すべてが情報を共有、社会的選択として保全や利用の方向、目標について合意形成。」や[連携・共同]「各省が連携・共同して一体的、総合的な取組を進めることが戦略の大きな役割。地域の生物多様性保全のためには、自治体や住民が主体となって地域特性に応じた計画づくりや取組を進めることが大切。国は制度設計のほか、指針の作成、事業の助成、情報の提供などを通じて積極的に支援。」などを列挙している。
 国交省、整備局、そして専門委員会らが、国家戦略に基づいて施策を企画・実行しなければならないことは言うまでもないが、実際に、果たしてそのように進められているのかどうか、検証する必要がある。

(4)市民と多方面の専門家らの共同作業による政策意思決定を

 最近とみに、科学的知見の限界と科学者だけが政策意思を決定することの危険性が指摘されている。
 ダム問題に限らず今日の時代が抱える諸問題の多くは、科学者などの専門家にも未知のことが多いのが特徴である。そのことは公害・薬害等の歴史が端的に示しているが、最近ではBSE狂牛病問題がその典型例であろう。また、ダム問題は、とくに多方面にわたる非常に多くの問題がからむため、それを検討するにあたっては、広範囲の専門分野の科学的知見を総動員することが必要不可欠である。
 ロバート・メイ氏(豪州生まれ。環境生物学。2000年英国王立協会会長)は、英国政府の80年代における狂牛病問題に関する失政を教訓として、政策決定に科学的助言を与える原則を次のように定めた。
 「ベストの人材を集めて、それでも分からないことがあると認めて、全てをオープンにすること。」「全てを公開して人々がそれについて議論する。様々な意見が出る。自分の考えに反対意見が出るのは、時として困惑することもあるが、こうすればみんなが現状を把握でき、正しい答えも得られるのだ。」

 また、ノーマン・マイアーズ氏(英国・フリーの生物学博士)は、現代の大きな環境問題に対する科学者の採るべき態度について以下のように述べている。
 「大きな環境問題、狂牛病問題や地球温暖化のような問題に直面している。科学的に不確実なことも数多く抱えている。しかし90%確実になるまで答えを待っていたら、今は遅すぎる。だから科学者は、一般市民や政治のリーダーに対して、60%しか確実でないことに関しても語っていく方法を学んでいかなければならない。」「われわれ科学者は、一般市民や政策決定者に対して、できるだけハッキリと物事を言わなければならない。科学者にとって全くの未知のこともあるのだ、と。これからの科学者は、一般市民や政治指導者、政策立案者やメディアに対して語っていく能力を身につけなければならない。」
 さらに、ジョン・メナード=スミス氏(英・サセックス大学名誉教授・進化生物学)は、クローン胚や遺伝子工学などの問題に関して以下のように述べている。
 「事の是非を判断するのは科学者だけの仕事ではない。一般の人々もその判断に参加すべきだ。科学者は一般の人に自分の研究していることが分かってもらえるように、説明すべきだ。そうすることによって、いろいろな人々が倫理の問題を含めたさまざまな判断に参加できる。」
 以上のとおり、最近来日したこれら3人の科学者が異口同音に述べていることは、科学的知見の限界と科学者だけが政策意思を決定することの危険性についてである。そして3人とも、一般市民に対して充分な情報開示をしたうえで、一般市民が判断者として参加すべきであること、社会全体で問題を解決すべきであることを強調しているのである。(なお、ロバート・メイ、ノーマン・マイアーズの両氏は2001年のブルー・プラネット賞<環境分野のノーベル賞、旭硝子財団>を、ジョン・メナード=スミス氏は第17回京都賞を、それぞれ受賞している。)
 以上の点については、委員会の委員の中からも類似またはそれらに近い意見があった。 たとえば、西澤委員長の「住民意識調査も必要と考える」(第6回)や早川委員の「河川計画の考え方の基本は国土交通省河川局ではなく国民にあり、国民が考えなければならない。…これは清津川ダム問題の根幹に関わり、引いては信濃川治水計画の根本の問題となる」(第10回)という意見である。 河川は公共用物、河川水は公水と定められているから、それらの取扱いの仕方を決めるのは公(みんな)=市民・国民である。それが憲法の精神=民主主義である。

6 新潟県・県民にとっての清津川ダム問題

(1)地方分権時代における清津川ダム問題
 さる6月17日、「地方分権改革推進会議」(01/7設置)が「事務・事業の在り方に関する中間報告」を内閣総理大臣に提出した。その中に、河川事業などの直轄事業の範囲の明確化などについて客観的な基準を明示する措置等を求めている「第二次地方分権推進計画」(99/3閣議決定)から3年以上経たにもかかわらず、河川については「法令上の基準が定められておらず、その早期制定が求められている」「次期治水事業五箇年計画の策定過程で、必要な作業を行い、制定されるべき」と書かれているという(政野敦子・ダム日記−「中央省庁改革」と「地方分権」から見たダム事業・「環境と正義」7月号・日本環境法律家連盟より。以下同じ。)

 現在の治水事業の長期計画は平成14年度で一区切りとなるが、今年1月に閣議決定された「構造改革と経済財政の中期展望」の中で、公共事業の長期計画は、「各計画の必要性そのもの」が見直されるべきだとされ、必要だと判断する場合は、計画にはこれまでのような「事業量」ではなく、何を達成するのかという「成果」を記すべきだと書かれている。したがって、来年度予定の長期計画見直しに際して、清津川ダム事業等が俎上にあがることになると思われる。

 また今回の中間報告では、「公共事業再評価システムの確立」について、「こうした仕組みは、今後とも継続、確立されていくべき」だと評価されている。そして「公共事業再評価システムに関する国と地方の関係の透明化を図る観点から、再評価の対象や基準、手法等について、学識経験者等の第三者から構成される再評価委員会の意見や事業主体である地方公共団体の考え方と、補助金等の所管省庁の考え方が異なる場合の再評価過程における調整の手法や地域住民の関わり方、補助金等の返還に関し事業主体の判断をできる限り尊重するようなルール等について、制度的に明確化を図ることを検討すべきである。」と述べている。

 そして、「補助金等の返還」について、早急に制度の明確化を行うことが求められている。事業中止の判断を地方がする場合と国がする場合とで、地方財政や地域住民の命運が分かれるべきではないし、補助金の返還をムチに公共事業の見直しを頓挫させようとすることは許されない。
 たしか11回委員会で、阿部委員が「県の判断と国の判断が対立した場合はどうなるのか?」と質問していたようだが、それに対する整備局の回答はなかった。整備局レベルでは答えられるような質問ではなかったのかも知れない。
 いずれにせよ、清津川ダム問題を含む日本のダム建設事業等河川行政は、極めて大きな曲がり角を迎えている。紀伊丹生川ダム中止のいきさつを見ると、1999年9月に「ダム建設事業審議委員会」が「建設妥当」という結論を出したにもかかわらず、2001年6月からはじまった「紀の川流域委員会」の審議が進み、関係自治体・議会・漁協・NGO・住民らの水不要・ダム見直し・反対等の声の高まりの中で、2002年5月16日、国交省近畿地方整備局がダム建設中止を発表する事態に至ったのである。

 紀伊丹生川ダムは1979年に予備調査が開始されたが、清津川ダムの場合はそれより13年も早い1966年に予備調査が開始されている。そして今、清津川ダム事業を取り巻く社会情勢は、紀伊丹生川ダムの場合と非常によく似た様相を示し始めている。今こそ、清津川ダム問題に、最終的決着をつけなければならないのである

(2)赤字債を発行しなければならない新潟県の財政危機

 6月26日に発表された新潟県の赤字債発行のニュース(別紙資料<8>)によって、清津川ダム建設事業は一層困難になった。昨年、県が公表した危機的な財政中期見通しは、さらに深刻度を増し、ついに03年度以降、赤字地方債である財政健全化債を、(オイルショックの後の1975年度に発行して以来)28年ぶりに発行するというのである。03年から5年間、赤字債を毎年200〜300億円も発行しなければならないというのが、新潟県の台所事情である。清津川ダム建設費は2,500億円と何年も言われ続けているが、これまでの他のダム建設費用を見ると当初の建設費は最終的に2〜3倍に達する例がほとんどなので、実際に建設できたとしても数十年先には1兆円近くに達すると思われ、そうすると新潟県の負担額(3割)は3,000億円程度に膨れ上がることになる。来年度から毎年200〜300億円の赤字債を発行する羽目に陥っている新潟県が、そんな大きな負担額を担えるはずがないし、それほどまでして必要なダムなのかどうか、県民投票を実施して県民に問いかけてみればよいと思う。圧倒的に多数の県民はダム建設に否定的だろう。

 さて、そう考えると、専門委員会が今ここで出すべき答申の内容はすでに明らかであろう。仮に委員会が清津川ダム事業を推進、実施計画調査継続などという答申を出したとしても、これまで述べてきたように、紀伊丹生川ダムの先例に見られるとおり、近い将来に必ずその結論はひっくり返される結果になるだろう。 賢明な委員会・委員諸氏であれば、これまでの審議および一般ヒアリングの発表者の意見、数多く寄せられた電子メール等の意見、他の公共事業をめぐる多くの情報、日本〜世界の社会経済情勢や県民の意識の方向などに、深く思いを寄せて凝視し洞察すれば、自らの尊い職責と任務に基づいて、歴史に残る堂々たる結論を答申書として格調高く表現する道を選択されるものと、確信するものである。

7 まとめ

 以上述べたことから、私たちは、専門委員会としていくつかの未審議事項が残されている現状があったとしても、すでにこれまでの検討の結果から明らかになったように、清津川ダムの必要性が無いことが明白であるので、同ダム計画は、実施計画調査を行うまでもなく白紙に戻すべきであると考える。
 したがって、その旨の答申を出すことを要請したい。
 清津川ダム計画を一旦、白紙に戻したうえで、ただちに、新河川法に基づいて信濃川水系の河川整備基本方針・河川整備計画の策定にとりかかり、そのための住民参加の流域委員会を設置すべきである。それがもっとも賢明な対応策であると思われる。
 最後に、田中正造の遺した言葉を付して、本意見書を終わりたい。

 いにしえの治水は地勢による
  あたかも山水の画を見るごとし
 しかるに今の治水はこれに反し
  定規をもって経(たて)の筋を引くがごとし
 山にも岡にも頓着なく 真っ直ぐに直角につくる
  治水は造るものにあらず
 我々はただ山を愛し 川を愛するのみ
  いわんや人類をや
 これ治水の大要なり

 真の文明は
山を荒らさず
川を荒らさず
村を破らず
人を殺さざるべし

田中 正造   

以上

(別 紙)
・資料<1> 1級水系流域委員会等 一覧表(平成14年5月1日現在)(国土交通省
作成)・資料<2> 「平成14年度 水防計画」(新潟県)
・資料<3> 「平成14年度 水防野帳」(国土交通省北陸地方整備局信濃川工事事務所)
・資料<4> 信濃毎日(写し)(02/2/28付け)
・資料<5>  毎日新聞(写し)(02/5/16付け)・毎日新聞(写し)(02/6/5付け)
・資料<6> 新潟日報(写し)(02/6/28付け)
・資料<7> 信濃毎日(写し)(02/6/25付け)
・資料<8> 新潟日報(写し)(02/6/27付け)・毎日新聞(写し)(02/6/27付け)


声  明

 本日、国土交通省北陸地方整備局清津川ダム専門委員会は、同整備局事業評価監視委
員会から諮問された清津川ダム建設の是非(実施計画調査継続の是非)に関し、ダム計
画を中止すべきであるという答申をまとめました。
 私たちは、専門委員会の1年にわたる審議経過とその内容、一般ヒアリングの公述人
の意見、地元市町村や住民の声、委員会に寄せられた多数の市民の意見などからみて、
この答申は妥当であると考え、かつ全面的に支持します。そして、この答申をまとめた
委員会の各委員の労苦と勇気ある英断に対して敬意を表し、心から拍手を送ります。
 本計画は、1966年(昭和41年)の予備調査開始から実に36年が経過しており
、水没地区住民らは、長年にわたって多大な経済的・精神的・心理的負担を強いられて
きました。よって、国交省・整備局は本答申を重く受け止め、直ちに清津川ダム計画中
止の決定を下し、住民らが蒙った損失を補償するために必要かつ十分な措置を講じるべ
きです。 また政府は、来年度からスタートする予定の「次期治水事業五箇年計画」の
策定作業に際して、清津川ダム計画をめぐるこれまでの経過を十分に検証し、まだ多数
存在するダム等の事業計画をその必要性と「成果」の観点から全面的に見直すべきです


 専門委員会の答申とりまとめという新たな事態を迎えたいま、私たちは関係各位に対
して、下記に記載した課題と問題点を提示するとともに、国交省は、扇千景大臣の「(
専門委員会の)結果を私は尊重したい」という国会答弁(01/5/16衆院国土交通委員会
)のと
おり、直ちに清津川ダム計画を中止する措置をとることを求めて、本声明を発表します


1 専門委員会の1年間の調査・審議によって、清津川ダム事業は、治水・利水・環境
・費用対効果・財政その他すべての面において必要性が無いことが明らかになったこと


2 事業評価監視委員会は、専門委員会の答申内容を尊重し、早急に清津川ダム建設計
画を中止する決定を出すこと。
 なお、事業評価監視委員会はリアルタイム公開を認めていないが、各種行政委員会を
公開するとした閣議決定にしたがい、次回の会合から、専門委員会同様に、一般傍聴を
認めるよう強く要望する。

3 国交省・整備局は本答申を重く受け止め、直ちに清津川ダム計画中止の決定を下し
、三俣地区住民をはじめとする関係者に対して、長年同計画を宙吊り状態にしてきたこ
とを謝罪し、住民らが蒙った損失を補償するために必要かつ十分な措置を講じること。
 その場合、「ダム計画中止に伴う生活再建支援法案」(水源開発問題全国連絡会)な
どを参考にすること。

4 国交省・整備局は、自ら制定した新河川法の理念・条文等で定められたとおり、信
濃川水系河川整備基本方針・河川整備計画を策定するために、複数の住民・NGOらの
代表者を入れた住民参加型の同流域委員会を直ちに設置すること。
 とくに長野県の「脱ダム」政策や千曲川上流ダム等中止という事態もあるので、一刻
も早く現行治水計画を見直さなければならず、流域住民の安全・安心のためにも新治水
計画の策定作業を即刻着手しなければならない。
 専門委員会の委員の中には住民・NGOらの代表者が含まれていなかったが、流域委
員会の設置に当たっては、他地域で行われているように、まず委員構成の在り方や委員
の人選について協議する段階から、住民・NGOらの代表者を加えて行うこと。

5 政府は、来年度からスタートする「次期治水事業五箇年計画」の策定作業を行うに
際しては、地方分権改革推進会議の「中間報告」(02/6/17)にしたがうこと。清津川
ダム
事業をはじめ多くのダム計画は、必要性が無く費用対効果も不十分でその成果が図れな
いことが明らかであり、その大部分を見直すという結論にならざるを得ないこと。

6 全国各地のダム建設計画に疑問を抱き活動している住民・NGOらは、清津川ダム
計画中止の答申をステップとして、「次期治水事業五箇年計画」の策定に向けてその在
り方や内容をどのようなものにするのかについて研究し、積極的に意見・要望を提出す
るなどの活動を協同して行い、連携を強めていくこと。私たちも尽力したい。

7 新潟県は、来年(03年)度以降、赤字債(財政健全化債)を発行しなければなら
ない財政危機にあるので、建設費の3割負担を強いられる清津川ダム事業計画は、その
必要性が無いことが明らかになった今、直ちに中止するよう国交省に申し入れること。
 新潟県知事は、県民の生命・財産を守る立場にあるので、ダムに頼らない信濃川水系
の総合的な新治水計画を策定するために、国や上流の長野県、住民、NGOらとの協議
を早急に開始すること。

8 すべての人は、清津川ダム問題が長年にわたって解決できなかったことを反省し、
これからは公共事業の在り方や自然環境等の問題について、主権者として、また将来世
代から預かっている自然の管理責任者として、これまで以上に関心を持ち、それぞれの
立場で可能なかぎり積極的に発言し、行動していくようにすべきである。
 そして、中止した清津川ダム計画は、予定地周辺の、世界に類例を見ない規模で幅広
い高度にわたって連続的に分布するブナの密生林等の貴重な自然とともに、20世紀中
葉の常軌を逸した無謀なダム開発計画の典型例として、人類の貴重な財産=世界遺産と
して後世に遺すべきかもしれない。

2002年7月5日

清津川ダムを考える会 代表 三橋 允子    
ほか 環境NGO有志 一同    



清津川ダムを考える会(連絡先) 
951-8065   新潟市東堀通2-481 
くらしの相談・にいがた気付 
T&F(025)228-2127(高見)