緑の党世界大会に行ってきます!

 

虹と緑・グローバルグリーンズ参加団事務局長

     武田貞彦(市民新党にいがた・前新潟県議)

 

緑の党世界連盟が結成される

 4月14〜16日(関連事業は2週間開かれる)、オーストラリアで開催される緑の

政治世界大会(グローバルグリーンズ2001)に「虹と緑の500人リスト」は3

2名の参加団を結成して参加する。日本からは、私たちの他、神奈川生活者ネットと

地球村の3グループが参加する。

 

 世界の緑の党(運動団体も含む)が一同に会するのは、今回が初めての事となる。5

0以上の国と地域から4〜500人の参加が予定されている。今回の中心テーマは、

緑の党世界連盟を結成することだ。30年前から先を走ってきたオーストラリアや、

ヨーロッパの緑の党からすれば、まさに念願の大会であるに違いない。と同時に、共

産主義運動、社会民主主義運動に続く、インターナショナルな新たな政治運動の登場

として、世界の政治史の画期をなすものとなろう。

 大会では「グローバルグリーンズ憲章」を採択することになっている。「憲章」は6

つの諸原則と10の政治行動からなっている。6つの諸原則は「生態学的知識」「社

会正義」「参加民主主義」「非暴力」「維持可能性」「多様性の尊重」。10の政治

行動は1. 民主主義 2. 公正さ 3. 気候変動とエネルギー 4. 生物の多様

性 5. 経済的グローバリゼーションに対する潮流転換 6. 人権 7. 食糧と

水 8. 維持可能な計画 9. 平和と安全保障 10. 地球規模で行動すること

の項からなっている。これらは、私たちが目にしてきたドイツやフランスの緑の

党が掲げてきた「エコロジー」「草の根民主主義」「社会的公正」「非暴力」等の理

念をベースに、より系統的に現代社会に対する認識と課題を明らかにしたものだ。と

りわけ地球規模を強く意識した内容となっている。すでに私たちが日頃使い慣れてい

る理念や言葉、概念で構成されており、まったくといっていいほど違和感のないもの

である。世界緑の党連盟が結成されるのは史上初であるが、私たちはすでに意識す

る、しないにかかわらず、世界緑の政治の一員であることに気づかされる。

 ただ、1点、安全保障の項で一定条件のもとで「国連の軍事力の使用が排除され得な

いものであることを認識する。」という記述があり、「日本における平和運動として

認めがたい」との思いをもつ方々もいるかもしれない。「虹と緑」でもこの点を巡っ

て現在議論が続けられており、グローバルグリーン総会でその議論に基づいた問題提

起と報告がおこなわれる予定になっている。

 また、分科会でも「日本における市民運動、緑の政治」の状況報告が予定されてい

る。

 

日本緑の党結成にむけ議論を巻き起こそう!

 緑の党世界連盟には、神奈川生活者ネットは正式加盟を検討しており、地球村は未

定、「虹と緑」は「政党ではない」という認識のもと、準加盟を決めている。「虹と

緑」の内部では依然として「緑の党的なるものを含む政党化」、また「国政選挙への

挑戦」等をめぐり、積極派と慎重派の議論が続けられているが、今回のグローバルグ

リーンへの参加により、「虹と緑」としての進むべき方向についての議論が一層深

まっていくものと思われる。世界緑の党連盟が結成され、日本から3つのグループが

参加するこの時を契機に、日本緑の党結成にむけた忌憚のない議論を巻き起こすべき

と思う。(「虹と緑」では、アジア太平洋・緑の政治ネットワーク<99年12の国

と地域グループで結成>の総会を02年夏、大阪に招致要請することも決めてい

る。)

 少なくない識者が指摘するように、緑の政治運動には次のような特徴が指摘されてい

る。(1)従来の分配政治的な古い政治の争点群ではなく、女性、平和、環境などの

脱物質主義的新しい争点群を政治の場に持ち込んでいる。(2)新しい社会運動の政

治的代表として議会に進出している。(3)分権的、脱中央集権的な新しい組織の形

態を採用している。 これらの特徴は、まさに私たち自身のことではないのか!?私

たちは、緑の党になるべくして、ここにいるのではないのか。振返ってみれば、市民

派と呼ばれる自治体議員は70年代に入り「ベ平連運動」を背景に登場した。「全国

革新議員会議」が生まれ、80年代に入ると「生活派」と呼ばれる女性議員が生ま

れ、今日の「生活者ネット」の運動として成長していく。80年代後半にはゴルフ場

開発に反対する議員が生み出され「環境議員連盟」が結成される。「フェミニスト議

員連盟」「開かれた議会をめざす会」なども生まれた。また、国政への挑戦として

は、74年三里塚、戸村選挙、77年革自連の運動に始まり、89年「原発いらない

人びと」、92年「希望」、95年「平和市民」と新しい政治を求める運動は綿々と

続いてきたのである。もちろんこれらの政治運動の背景に80年代以降の新しい社会

運動の成長があったことは論をまたない。今も全国で繰り広げられるこれら新しい社

会運動とこれを背景とした政治運動は、いまこそ「日本緑の党」の結成にむけて歩を

すすめるときではないのか。

 繰り返すが私たちは、意識しようが、しまいが、世界緑の政治の一員である。98

年、フランス緑の党のリピエッツの講演を新潟で開いた二次会の席である。盛り上

がった「フランシ−ヌの場合は」の合唱につづいて、誰かが「パリの5月」を歌いだ

したその時だ。リピエッツが言った、「それ、おれが作った歌だよ」。私たちは確実

に一本の赤い、いや、緑色の糸によって繋がっている。一度も会ってはいないが、旧

知の友に再会するかの思いを抱いて、オーストラリアにいってきます。


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