中村敦夫さんの「緑の党」構想について

 

     2000年9月 市民新党にいがた 高見優

 

(1)中村敦夫参議院議員の誕生と国民会議創立

 さる9月17日、東京で、中村敦夫参議院議員が主宰する国民会議の会員や中村さんがこれまで激励にかけつけた全国各地の住民運動グループの関係者ら約50名が集まり、「党名問題」と来年の参院選について意見交換をしました。参加者は、新潟の武田・山田・高見のほか、東京、徳島、山梨、京都、愛知、大阪、奈良、千葉、群馬、岐阜、静岡、埼玉、福島、福井などから来ていました。

  中村敦夫さんは95年参院選(東京選挙区)に「さきがけ」から出馬しましたが落選し、3年後の98年参院選(東京選挙区)に無所属で再挑戦して当選。それから間もなく、環境問題を抱える全国現地を訪問する活動を始めました(最初の訪問地が新潟の湯之谷揚水発電所計画の現場とダム反対集会でした!)。そして環境主義、平和外交、行政改革を旗印に国民会議をたった一人で結成し、中村敦夫さんがそのいわばオーナーです。国民会議のメンバーを各地に増やしながら日本の政治改革を目指し、その後の統一地方選や総選挙をたたかってきました。市民新党にいがたの県議選候補(武田・中山)の応援にも駆けつけてくれました。

 「たった一人の正規軍」を自負し、国会2割・現地8割の活動をこなしてきた中村さんを支持する各地の地方議員や住民運動グループ・個人は数百人に達したとのことです。今年1月、やはり地方の国民会議関係者が東京に集まり、各地に○○国民会議をつくっていこうとする話し合いがありましたが、そのときは20人くらいでしたので、今回参加した人数や新しい顔ぶれを見ると確かに広がっていることがわかります。前回参加した人の中には、民主党などから総選挙に出た人もいましたし、今のメンバーの中にも自民党、民主党、その他に属している人など雑多な構成のようです。

 

(2)川田悦子さん補選に立候補決意

  中村さんの冒頭のあいさつは、菅直人の元秘書山本譲司(民主)が議員辞職した東京21区の衆院補選(10/22投票)の話からはじまりました。民主党は当初、自党議員の不始末による補選だから候補擁立見送りという方針だったのが、鳩山党首夫人の水晶占いの結果断固戦うべしということになったという(そう言えばレーガン夫人の星占いも有名だった)。島根で竹下元首相に2度敗れた錦織元議員を今回の補選の落下傘候補にする予定だったとのことですが、友人である中村さんがやめた方がいいと忠告。一方で中村さんは人を介して川田悦子さん(非加熱製剤の薬害被害者川田龍平さんの母で、東京HIV訴訟原告団副代表だった人)に打診したところ快諾したという(9/18に龍平さんを留学先のドイツから呼び寄せて相談した結果、9/19に出馬の記者会見)。目の付けどころが素晴らしいし、彼女なら相当な働きをするだろう。

 選挙区は立川市、日野市、昭島市なので、知人・友人を国民会議(F03-3353-1131)まで紹介してやってほしい。自公協力で7万票(山本10万票)しかとれなかった自民党は今回は元市議(?)を立てる予定で、他の政党もそれぞれ立候補者を探している。地元の選挙事務所借り上げなど、事実上の選挙戦にすでに突入した模様。なお、川田さんは当選後、中村敦夫さんと共同歩調をとることを約束しているので、後記の新党結成後には参加することになろう。ただし、地元でこれまでHIV訴訟などの支援をしてきた人たちは寝耳に水で混乱しているとも聞くが、何とか応援してほしいと思います。

 

(3)さきがけの党名変更と市民の政治

 今年の総選挙でさきがけの候補者が全員当選できなかったため、武村正義代表はかつての盟友の中村さんに党組織をそっくり委譲し、中村敦夫さんがその代表に就任しました。そのことにより中村さんは国民会議とさきがけの2つの組織の代表を務める形になったために、将来を考えて2つの組織の関係を整理する必要が生じたようです。整理の仕方として、形式上は公党さきがけの党名変更(武村元代表も了承済み)の手続きをとり、事実上、国民会議の構想を発展させる方法をとることにしたのです。そこで「党名問題」が浮かび上がってきたのです。

 さきがけという党名は、かつて「さちがけ」「きさがけ」などと間違えられた経験もあり、総選挙で敗北した以上もう使用できず、もっとわかりやすくインパクトのある党名はないかと国民会議のメンバーなどに党名を募集したところ、大勢の人から多数の党名が寄せられ予想以上に盛り上がっているらしい。

 そこで今回は特に、地方で活動する国民会議のメンバーや中村さんを支持する人たちの意見を聴きたいということで9/17の集会が持たれました。まず党名については、「共和党」を提案する若い人と、「緑の党」を提案する山田達也さんの2人の意見を聞いた上で、参加者から自由に意見が出されました。中村敦夫さん自身はすでに、9/15号の週刊金曜日で本多勝一編集委員の質問に答える形で、「公共事業主義を改めるためには中央集権の官僚独裁型政治を地域主権の民権国家に転換する大革命が必要」「環境主義が新しい政治の本流になるだろう」「小党としては専門店のような例えば『緑の党』に類するものを結成する必要が近いうちに出てくるだろう」などと述べています。この日の中村さんの話ぶりからも、かなり緑の党(ただし、みどりの党と表記するかも)の名前を意識しているように感じられました(集会終了後の懇親会に新潟の3人のうち唯一居残った私が中村さんと直接話した中で、彼は来春オーストラリアのキャンベラで開催されるグローバル・グリーン大会=世界緑の党大会に参加するつもりだと言いました)。

 実は中村さんは、国会議員になったら安保・防衛問題をやりたかったとのこと。しかし、無所属議員は抽選で所属委員会を決められるので法務委員会所属となる。その委員会活動を通じて、また各地の環境問題の現場に出向いてダムや産廃などの問題をつぶさに見ていく中で、住民運動はイデオロギーから入るのでなく問題の対処から入っていること、住民運動が行政と対決していくとき勉強を積み重ねて次第に行政がタジタジするほどの実力をつけていることを知り、しかも環境破壊は増加する一方なので、環境問題の住民運動は一件落着するということがない国に対する異議申し立て運動であり、したがって普遍的な課題を伴う市民革命であるから、これは必ず21世紀の政治の軸・主流になると直観したという。そして、公共事業チェック議員の会の代表(3代目。1代目小杉隆、2代目武村正義)に就任。議員連盟の会長に少数政党の議員が就任することは異例だが、多くの議員たちは理念は正しいので参加したものの土建屋と対決することになるので、落選させられることを怖がって誰も代表に就任したがらない、という事情があるからです。その点、ヒモつきでなく市民の直接の支持を得て当選した中村さんには、怖いものがない強みがあるのです。

 中村さんは言う。昔のように安保反対や護憲だけでは今の政治は戦えない、現実の問題から出発し、組織・団体のヒモつきでない、一人ひとりの市民の支持を得る国民政党を国にも自治体にもつくり、中央集権国家から権力やシステムを分散する自治体連邦制国家に転換する、そういう政治勢力を結集し社民党などとは違う地域政党をつくって、自治体を独立させるために国政にも参加していくことだ、と。

 

(4)2001年参院選をどうするか

  中村さんの提案。来年6月に都議選、7月に参院選がある。これまでは当選した議員を寄せ集めて政党をつくるやり方がほとんどだったが、政党をつくって議員を増やす方が迫力がある。2人以下の選挙区では当選は難しいが、3人以上の選挙区(東京、大阪、神奈川、愛知、埼玉の5つ)で候補者を立て、比例区と合わせて合計10人以上の立候補で確認団体となって参院選をたたかいたい。さきがけが持っている政党助成金約1億円を自由使えるが大した金額ではない。全部使って一文無しになるのでは能がない。今年の10〜11月ころまでに党名変更し、川田補選を勝ち、勢いをつけて都議選、参院選をやりたい。選挙区選挙の供託金300万円分は提供できる。

 いま議論されている選挙制度改革案によると、比例区は非拘束名簿方式になり事実上旧全国区のような個人名選挙になる(党名投票も有効でその党の全当選者数に反映される)ので、超有名人か全国組織のある候補が非常に有利になる。これは自民党の名簿順位にまつわる不正な金集めに対する批判をかわす党利党略の改悪であり、長嶋茂雄のような有名人を立てて巨大な集票効果を期待し数十万票しか集められなくても当選する議員が増えて、無名でも優秀な政策立案能力のある政治家などは排除されていくだろう。民主党なども全国組織のある労組出身者がますます幅をきかすようになり、公明党は創価学会のイエスマンばかりになるだろう(山田さん曰く、「比例名簿の順番を巡って分裂した経過を踏まえれば、今回の非拘束名簿方式なら順番をつけなくてもいいという一点だけは、今回の制度改悪の中でわれわれに都合がいいことかも知れない」)。

 参加者からは、緑の党のように名前がシンプルで政策が明快でわかりやすい党なら、3〜5%の得票も夢ではないという意見も出されました。新潟の意見を求められたので、95年参院選の経験と全国会議で議論した「1+9構想」などについて報告し、地方選挙だけでなく国政選挙にも市民の政治の挑戦をしようと訴えました。

 最後に中村さんが、「公」は昔は強いられたものだったが、今こそ本当の「公」が求められている、戦後民主主義によってみんな「私」のことしか考えなくなった、政治は一つなのに「自治体議会の活動だけやればいい、国政は中央政党に」などというバカげた議論しているのは日本人だけだ、公と私だって区別できない、国政も自治体も地域もすべて政治改革が求められている、と強調。そして、自分としてはまず人のつながりをつくり、組織や綱領は後からでもよいと考えている。私利私欲で入ってくる奴がいても自然に脱落して行ってくれるから除名などする必要もない。空理空論でなく各地で実績をつくり国政選挙もしていこう。自民党も民主党も将来はなくなるだろう、公明党と共産党は残るかもしれない、などと中村さんが熱弁をふるって集会は終わりました。

(5)中村敦夫さんの「みどりの党」結成にどう対応するか

 いよいよ中村敦夫さんが「みどりの党」を旗揚げすることが現実味を帯びてきました。欧州で緑の党が政権入りしている姿が日本の市民の目にも見え、一方で中村さんが言うようにますます重要な問題となっていく環境問題が全国各地の市民の生活の場の近くに存在し、長良川、吉野川、川辺川、豊島、藤前干潟などの反ダム・反開発…などなど、質が高く広がりと力を持った市民運動が各地に起こっている現実があります。経済のグローバル化など世界経済の変化その他の要因によって日本経済は完全に低成長(またはゼロ・マイナス成長)の時代、大量生産・消費の時代が終わり生活の質を求めざるを得ない時代に突入しており、新しい政治・経済システムが必要になっている(政治・経済が行き詰まり、福祉や環境、教育などの問題を含めて社会全体が閉塞状況に陥っている)のに既成政党のほとんどはみなヒモつき政党だから、ヒモの期待するモノとり利権政治しかやれず、新しい理念や国の未来像を出すことができていません(業界・業者の支援を受ける自民党などはもちろん、たとえば建設業やメーカーの労組がいるため開発に反対しにくい民主党など)。

 こうして既成政党に裏切られて失望する有権者が年々確実に増えています。欧州各国で緑の党が伸長し政権に参加したのはそのためです。そしてその傾向が欧州だけでないことは、今年4月にオーストラリアで開催されたアジア太平洋「緑の政治」交流会(兼グローバル・グリーンのプレ集会)に、日本のほか台湾、香港、モンゴル、ニュージーランド、タイ、ニューカレドニア、韓国、ネパール、フィリピン、東ティモール、オーストラリアの11カ国の代表が参加したことからもうかがえます(日本の虹と緑は準会員になりました。正会員は政党)。すなわち、20世紀の高度科学・技術文明をベースにした高成長経済主義の文明の在り方では、人間を含め生命を持つすべての存在が依拠する自然生態系そのものが維持できないことが明らかになってきたので、これまでの政治・経済システムを根底から変革する市民の政治運動が世界的な広がりをもって一斉に巻き起こっているのです。

 ですから今、日本の政治の中にそのような「みどりの党」が登場すれば必ずそれを支持する状況があると考えられので、私たちはこれまでも全国の仲間に「緑の党」の結成を呼びかけ奮闘してきました。しかし残念ながら、その呼びかけは思うようには進展しませんでした。ところが今回、思いがけず中村敦夫さんが具体的な提案をしてきたので、今度は私たち自身がこの提案をどう受けとめるのかが問われているのです。

 これまでにも、そして今の時点でも、日本に緑の党のようなものを結成しようと考えて関心を持っている人たちがいます。たとえば、虹と緑の中やかつて私たちが呼びかけてつくった全国会議、ACT新聞グループなどです。ところが、それらの人たちのほとんどは、自分たち自身の手で緑の党なりの市民政党を結成するところまで行かないので、やむなく社民党や民主党の候補者を応援したり、共産党に投票したりしてきています。市民運動グループから市町村議員に当選した人たちの多くは無所属を名乗り、県議選や国政選挙では自らの後援会の内部の政党支持がさまざまであるため混乱したり、混乱を避けるために態度を保留し選挙中は寝ていたりする人(政治家)もいます。一方で全国には、既成政党にあきたらない多くの有権者がいますが、支持したいと思うような市民の政党がなく選択肢がないので、仕方なくそのときどきの状況に応じて、例えば社民党や民主党などに投票したり棄権したりを繰り返す政治意識の高い市民が大勢いるのです。

(6)市民新党にいがたはどうするか?

 私たちは、まだ十分とは言えないまでも、市民新党にいがたのほか各地の地域政党や市民の政治グループ、虹と緑などの試みを通して市民の政治の経験をかなりの程度まで身につけてきたと思います。その証拠に、先に述べた今春のグローバル・グリーンのプレ集会(兼アジア太平洋「緑の政治」交流会)に代表して参加した虹と緑の渡辺さと子さん(香川県議)は、先輩のグリーン政党のメンバーから高い評価を受けました。もうすでに私たち日本の市民政治家のレベルは、自前の市民政党「緑の党」を結成するに足る十分な実績と能力を備えるまでに至っていると考えられるのです。残る課題は、実際に「緑の党」の結成に踏み切る人材(主体的条件)がどれだけ存在するか、ということだけでしょう。もし中村「みどりの党」構想に参加するなら、かつての市民派全国選挙の分裂(革自連、原発派、平和・市民など)、かつて一部の者の独断で緑の党を結成するという失敗の経験を踏まえて、今度は慎重・冷静に、十分な時間をかけて民主的にじっくり話し合いながら、できるだけ広範な市民の参加による緑の党となるように、各市民派・環境派・人権と平和運動などの市民の政治勢力を結集するよう努力すべきだと思います。

 中村「みどりの党」の綱領(時代認識・基本理念・基本政策)は別紙のとおりです。環境主義・平和外交・行政革命などの理念・政策は私たちのものとあまり変わりがありません。市民新党にいがたの理念・基本政策と違いがあるとしたら、「草の根民主主義の推進」に触れていないこと、会則(規約)をしばらくは考えていないという中村さんの手法、私たちは市民の政治を行う上で民主的な手続きを重要視し、たとえば「会議は公開と歩み寄りの原則に従い、民主的に行われる。そこで決定された事項は、会員…に尊重されるものであるが、それは会員…の信念や良心までを拘束するものではない。」(12条)などの規定を置きましたが、その辺りの問題を中村新党がどう考えているのか、多少気になるところです。理屈ばかりこねて行動しない頭でっかちの人たちを批判するあまり、十分に話し合い民主的に運営する努力を回避し反対意見を切って捨てるような組織にならないよう願うものです。

 中村敦夫さんを支える裏方の人(私と同世代の人たち)と話しましたが、中村さんの奇抜で直観的で自由奔放な行動力は他の政治家には見られない素晴らしいものだからそれを大事にしながらも、裏方の役割は中村さんの行動を支え保障する緻密な組織戦略も大事だからその仕事も大切になるだろうという共通認識を確認し合いました。

 さて、新潟はどうするか、市民新党にいがたも議論を始めましょう。

 

(7)全国の市民派はどうするか?市民政党はいつどのようにして創られるのか?

 虹と緑に参加している人たち、全国会議、ACT新聞、各地の地域政党や環境NGOなどで活動している人、その他市民の政治の実現を目指すすべての人たちは、この中村「みどりの党」構想を無視して通り過ぎることはできないはずです。評価は人によってさまざまでしょうが、少なくとも新しい政治に関心を持つ者なら、議論しながらでもこの壮大な試みに何らかの対応をすることを真剣に考え、何らかの行動を起こすことが今もっとも時宜にかなった、またもっとも現実的な政治的行為だと思います。

 その場合、先に述べたように民主党や社民党などの既成政党と関係のあるNGOなどは悩みが増えるかもしれません。その点では、市民運動NGOと区別して別個に政治を扱う場をすでに創設し独自の政治運動を展開している市民新党にいがたのような組織があるかないかによって、悩み方が全然異なるでしょう。したがって例えば虹と緑のようなところは、相当時間をかけて議論をしないといけないでしょう。しかし遅かれ早かれその議論は必要になり、もうすぐ中村「みどりの党」がスタートするという状況下において、それに対する態度の決断を迫られるでしょう。要は腹をくくるかどうかで決まるような気がします。問題はそのタイミングと人と人のつながりの深さ・浅さにかかっているだけかもしれません。

 虹と緑のインターネット会議室(ML)における武田さん(市民新党にいがた)と畑山敏夫さん(虹と緑アドバオザー)の議論を読みました。畑山さんの心配(下から、地方にしっかりした足場をつくりながら慎重に、など)もわからないではありませんが、「下から」については政治が下から行われ成功したことは歴史上ほとんどなかったのではないでしょうか?(大衆運動は別ですよ)

 また「地方にしっかりした…」というのも旧社会党などが念仏のように唱えていましたがほぼ空論に終わったことも史実であり、どの程度の地方の足場ができれば国政がやれるのかという問題や、逆に地方にどのくらいの足場がなければ国政はやれないのかという問題の立て方もあります。そもそも足場とは何かというのも考えればわかっているようでわからないものです。人、金、モノなのか、世論なのか、民主党の人が異様に気にする支持率なのか(たとえば新潟の某元代議士などは、政党支持率の世論調査の載った新聞をいつも大事に持ち歩いていました)。

 国と地方、国政と地方政治の関係はダイナミックなもので、それらの相互関連性は非常に密接なもので切り離すことはできません。市民・有権者の大多数は国政と地方政治を区別して考えることはほとんどありませんし、政治・行政・選挙に対する関心は船体として全体として一つのものです。いやむしろ、地方政治(選挙)より国政(選挙)の方がより強い関心があり、身近なところに自治体議員候補を持たない多くの市民は「国政選挙と違って自治体議員選挙の候補者はほとんど知らない」のです。

 私は、政治というものは、そのときどきの有権者・市民の不平・不満の気分のようなもの(要求)が市民活動家や学者、官僚の手を通してたまに、また各産業界などの意向を受けた学者や官僚の手でしばしば、それぞれ一定の政策として策定されていくもので、それらの直接・間接の政治参加行動総体の力関係で決まっていくと考えています。行き過ぎがあれば、揺り戻しがあったり選挙の投票行動に間接的に現れたりします。そして、実際の政治は人を通して行われますので、選挙を含め政治の諸活動をする人の影響力が決定的です。そしてその最たるものが政党です。そのことは近代政治史を見てもあきらかですし、古今の政治家や政治思想家が政党活動の重要性を繰り返し指摘してきたところです。

 説明が長くなりましたが、政治の決断には時宜にかなったタイミングというものがあると思います。地方での一定の足場があり、政治的に重要なタイミングのときには、立たなければなりません。こちらの側の問題(主体的条件)だけ見ていてはいけない(ハムレット)し、もちろん客観的条件があればすぐに蜂起するというのも間違いでしょう(ドン・キホーテ)。私たちは、98年参院選を見送り、2001年をどうするか議論すべきです。2004年という選択肢もあるでしょう。でも、今は2000年ですから、2001年を議論しなければなりません。しかも、これまでと異なり、みどりの党が結成される可能性が濃厚になってきたという新たな条件が付加された状況があります。

 内実の評価はいろいろでしょうが、すでに虹と緑が結成されグローバル・グリーンの準会員にもなりました。「下から」の何かを待つだけでは先に述べたように政治ではありません。地方から国家をひっくり返したことは稀です。全国政治は地方の力を結集して全国政治の場でたたかうことであり、そのための形が政党であり、その政党は私たちが主張するように地域政党連合的な緑の党だと思います。政治に政党が必要であることは歴史的・政治学的・制度的・経験的に、そしてほとんどすべての市民にとって当然のことです。地域政党が地方の政治に参画してたたかうだけでなく、全国政治を全国の仲間と一緒に政党をつくってたたかうことは当然のことです。これだけ暮らしの問題が山積しているのに、寝ているわけにはいきません。自治体の問題は自治体に、国の問題は国に、国際問題は国際機関にもの申すのが政治であり、その政治は全体として一つのものです。そして政治は政党を中心に行うのが、現代民主政治の正統で全うな在り方です。

 畑山さんが政党をつくるときの前提条件として考えておられることを聞きたいと思います。たとえばそれは、どのくらいの数の人が、どのくらいの意識になって、どのくらいの行動に立ち上がったときなのか?

 そういうもの(客観的な基準)が果たしてあるのでしょうか?

 私はむしろ、やろうという人が集まってその情熱、理念や政策の正しさ、判断力や洞察力の確かさ、組織する能力、集まった人材の人となり=魅力、説得力、行動力、そして財政能力など、これらをまとめて言えば政治能力・政治力、そしてそれらの条件と客観的な政治的・歴史的・国際的な条件がマッチしたとき、成功するのだと考えています。必ず、誰かがいつか始めなければ、始まらないことだけは確かなことです。

  繰り返して訴えます。

  さて、私たちはどうするのか?

  その問いに対する答えを出しましょう!


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