「新しい政治」に挑戦するフランス緑の党
−アランリピエッツ氏招請報告
市民新党にいがた政策スタッフ 中山 均
(「技術と人間」1998.12-1999.1合併号掲載原稿)
■はじめに
今年9月20日から25日、フランス緑の党の全国スポークスマンでレギュラシオン学派の旗手の一人でもあるアランリピエッツ氏が来日し、尼崎、大阪、東京、新潟での市民集会、超党派の国会議員や左翼グループとの懇談などが企画され、各地で大きな反響を巻き起こした。
フランス緑の党は1984年に結成され、97年の総選挙で社会党・共産党などと左翼連合を形成、「共同政治綱領」をもって共闘し、国会で7議席を獲得、連立内閣を形成した。新しい政権では女性党首ドミニクボワネ氏が国土・環境大臣に就任し、高速増殖炉スーパーフェニックスの停止や35時間労働制の実施、空港・道路建設の見直しなど、「新しい政治」への挑戦が開始されている。リピエッツ氏は緑の党の経済問題の理論的支柱であると同時に、このジョスパン首相の主宰する経済分析審議会委員でもある。ちょうど今回の企画の直後のドイツ総選挙における社民党の勝利と緑の党の政権入りと相まって、80年代に一時大きな話題となった「緑」は、今、あらたな姿で、政治的・経済的混乱のまっただ中の日本国内でも次第に注目を集めつつある。
このリピエッツ氏の招請は、私たち「市民新党にいがた」が1年にわたる本人との討論と調整の上、東京や尼崎・大阪のグループの協力の上実現したものである。私たちは、94年に発足した地域政党であるが、地域に根ざしつつ、全国的課題や国際問題にも取り組み、その経験の中から、政治・社会・経済・環境・労働などの課題に関する市民イニシアチブによる全面的な変革の必要性とそのための全国的な連携を各地の市民派政治勢力や左派に呼びかけてきた(註1)。私たちにとって今回のリピエッツ氏の招請は、そうした問題意識を深化させ、多くの人々に共有してもらうために、欠くことのできない重要な企画でもあった。
ヨーロッパ緑の党の運動はその最初の産声をあげた80年代に、ともすれば「過激な環境保護運動集団」というイメージで伝えられ、その後80年代後半までドイツ緑の党を中心に関するいくつかの著作も出版されたが、最近の彼らの動向を系統的に紹介したものは少ない。ここでは、今回の企画を通して日本の大衆的かつ政治的な場で明らかにされた最近の緑の党の姿を、特にフランス緑の党の動向を、この企画の報告を兼ねて紹介したい。本来はこの任にふさわしい研究者も何人かおられるのだが、この企画の中心を担った者として、その責任を果たすためにも、微力で本当に僭越ながら、この場をお借りすることとする。なお、ここに紹介する内容の少なくない部分が、若森章孝・関西大学教授や丸山仁・岩手大学助教授などによる各種出版物やレポートに依っていることもあらかじめ明らかにしておきたい。
■緑の党の歴史といくつかの「誤解」
まず、緑の党の歴史を簡単に触れておこう。
まず、ドイツで70年代から80年代にかけて、原発・核・環境などの多様な単一争点運動があり、その市民勢力が成長し、議会に進出しようという流れが起き、その中から緑の党は生まれた。各地のローカルな市民勢力、全国あるいは州レベルで運動していた既成の政治団体や全国規模の強力な環境保護団体など、そしてそれらを人格的に代表する各分野の著名人らが結集し、80年に結党大会が行われ、83年に連邦議会に進出した。その後、政党としての議会での役割や運動との関係をめぐって論争や分岐・分裂も経験しながら、ヨーロッパを中心に各国へ運動が広がり、現在に至っている。現在緑の党が議会に議席を占めている国はドイツ、フランスのほかスイス、ベルギー、ルクセンブルグ、イタリア、フィンランド、スウェーデン、アイルランドなどで、そのうちいくつかの国では政権に参加し、フランスのボワネ環境相のように大臣ポストに就いている。リトアニアとグルジア共和国でも政権に加わっているという。エジプトやブラジル、カナダ、アメリカなどにも連絡組織がある。これらの動向はインターネット上でドイツ緑の党のホームページ(註2)からたどることができる。
次に、「緑の党」に対するいくつかの「誤解」について触れておきたい。まず緑の党を評価する場合に、ドイツ語やフランス語の党名を直訳して、「政党」嫌いの日本の市民運動活動家達が「我が意を得たり」とばかりに「『緑の人々』であって『政党』ではない」というような言い方がされる。しかし、これに対し丸山仁(岩手大学助教授・政治学)氏は「語学の勉強ではないのだから、『人々』だからという表現で何となく分かったようなことになるのは無責任な論評であるし、また学問的には根幹的な分析を軽視することにつながる。結論から言えば、緑の党はまずもって議会政党だと見た方が良い。その上で、他の既成政党にはない、あるいは失われた新しさや特色を有しているものとして見た方が良い。これは実際にそうだというだけではなく、何よりも彼ら自身が悩みながら政党化や制度化を自覚的に選択していった結果として今の緑の党が在るというだ。」(註3)と指摘している。我々が交流したドイツやフランスの緑の党のメンバー達も、自分たちは明確に「政党」であると明確に自己規定している。
もうひとつ、これも「政党」や「政治」を嫌う日本の少なくない「市民派」の勝手な思いこみという側面もあるのだが、あくまでも「運動」が絶対であり緑の党は環境保護運動の「議会に伸びた腕」あるいは「代理人」として存在しているしそうであるべきだ、という考え方がある。日本においては生協運動を背景にした「神奈川ネットワーク運動」などによる「代理人運動」がこうした考え方を採用している。緑の党も確かに出発時には、環境保護運動や反原発運動、平和運動などの活動家集団であり、「政党活動」は「運動」の利害を代表するものとしてとらえられていたようだ。しかしその後、さまざまな試行錯誤を経て、そしてそのような運動原理主義との分裂も経験しながら、その姿は大きく変化している。現在彼らが整理している「政党」と「運動」との関係のあり方は、「政党と運動の対抗的相補性モデルあるいは対抗的分業モデル」(丸山氏・前出)というもので、自立した政党活動があった上で、運動を政党にとって不断の創造的・革新的源泉としてとらえるという発想であり、政党に命を吹き込み、新しい問題に敏感にさせ、創造的な解決策を用意するための存在として運動を位置づける考え方であり、緑の党を分析する場合の最も基本的なモデルであるとされている。整理に至った背景には、議会活動の蓄積や社会民主党との協力・競合関係があり、そうした経験を通して、環境問題だけでなく、個別の運動の利益に還元されない社会全体の諸課題に対する政策立案能力を身につけていったのである。余談だが、市民運動から出発し政治・自治体・議会といった場を主戦場に活動している私たち「市民新党にいがた」も、これら緑の党の経験を当時知ることがないまま、偶然にも、と言うより半ば必然的に、「運動」との関わりをそのように整理するに至っている。
彼らが現在、いかに社会全体の問題に対し新鮮かつ現実的なオルタナティブを提起しつつあるかについては、以下のフランス緑の党の動向の部分で紹介する。
■新しい政治に挑戦するフランス緑の党
繰り返し強調しておきたいが、リピエッツの著作「緑の希望」(註4)や今回の講演で明らかにされたように、緑の党−特に彼らフランス緑の党−は、単なる環境保護運動集団ではない。彼らは「政治的エコロジー」という概念を提唱しており、これは、(1)将来世代や他の種に対する責任 (2)他者に管理されない諸個人の自律的な活動と決定への参加 (3)失業者や南の民衆との連帯 という3つの原理、およびそれを制度化する調整様式によって生産・流通・分配・消費を制御・調整しようとする運動である、としている。彼らは明確に反資本主義の立場に立っており、唯物史観的な現実主義に基づき、多くの点でマルクス主義や左翼と共通点を持っている。ただし旧来の少なくない伝統的左翼や労働運動と違って、生産力の増大が直ちによい社会をもたらすというふうには考えない。世界の富の再配分を主張すると同時に、富の使用価値や「進歩」の概念を、彼らは定義し直そうとしているのである。
そうした考え方に基づき、フランス緑の党は、最初に述べたように先の総選挙で社民党との「共同綱領」を締結した。ここでその詳細を紹介する余裕はないが、この「共同綱領」の最初には、全体の合意点として「1.経済自由主義の論理と闘うことなしに現状を超えることはできない、と確信する。 2.社会を持続可能な発展の方向に転換させていく用意のある民衆や社会的な力が、フランスにもヨーロッパにも存在している、と確信する。 3.選挙による単なる政権交代では十分でなく、政治的オルタナティヴが必要であることは明らかである。」と明記され、日本の諸政党が選挙前によくやるような単なる短期的かつ狭い範囲の「選挙協定」とは大きく異なるものであり、全く新しい価値観を提案するものであることが明らかにされている。そして、労働、福祉、民主主義、公共交通などに関して、従来のいわゆる「社民主義」よりもはるかにエコロジーの側に踏み込んだ、そしてかつ実現可能性を意識した現実的な、先進的な政策が具体的に詳細にあげられている(註5)ので、是非一読されたい。
現在の生産・消費様式は、とりわけ第三世界の人々の生活・経済・社会環境に大きな影響を与えている。そして「先進国」内でもフォーディズム型経済が破綻し、さらに経済の「グローバリゼーション」が進行する中で、世界各国で市場と労働現場の規制緩和が進められ、臨時雇用や派遣労働などの不安定労働が増加し、失業と社会的不平等がますます深刻化し、人々は家族、住宅、そして自らの健康を失い、福祉や労働行政はさらに貧困化の方向へ向かっている。このような問題の根本的な解決のためには、労働運動が生産の拡大によって自らの雇用・労働条件や購買力を確保・拡大しようとしてきた自らの従来の方向性に対して批判的であらなければならないし、そのために労働の分かち合い(ワークシェアリング)や環境主義、第三世界との関係を問い直すような価値観への転換が必要である。実際、そのような挑戦を始めている先進的な労働運動や左翼と緑の党との間の距離は、従来考えられていたよりもはるかに小さいと思われる。
具体的な政策に目を向けてみよう。イギリスのブレア政権やイタリア「オリーブの木」など、ヨーロッパ各国の左派・社民勢力の伸張がいっしょくたに語られる傾向もあるが、前出の「緑の希望」の翻訳者でもある若森章孝(関西大学)氏によれば、イギリスのブレア政権が「グローバリゼーション」や国内経済の諸問題に対して基本的にはサッチャー保守党政権以来の労働市場の柔軟化や最低賃金制度の廃止という市場原理の拡大によって対応しようとしているのと対照的に、緑の党が参加したフランスのジョスパン政権は、ワークシェアリングや「社会的排除」問題の解決のための各種給付の支給という「連帯原理」によって対応しようとしている。ジョスパン政権はこの一年の間に、公共部門による三十五万人の若者の雇用創出を実現し、三百万人の失業対策として週三十五時間労働案を決定した。緑の党は、旧来の伝統的政治手法で行き詰まっていた社会党と何度も議論を重ね、いくつかの政策を撤回させ、このような共同綱領の締結と政策の実現に成功したのである。
さらにリピエッツ氏は失業問題に対して、(1)大幅で急速な労働時間の短縮、(2)税制および社会保障財源の改革、(3)市民セクターによる福祉サービスの提供、を同時にしかも相互促進的に実行することを主張している。例えば、経営者が労働時間の短縮による新規雇用の創出に前向きに取り組むためには、従業員数に比例して社会保障分担金を拠出するという現行基準の見直しが必要であり、利潤が多く雇用が少ない企業が有利にならないために、環境税の創設によって社会保障分担金の割合を全体として減らす一方で、分担金の算定基準を雇用から利潤に変える必要がある、と考えている。また、リピエッツ氏は失業手当を当事者に給付する方式を改め、市民セクターによる福祉サービス事業の運転資金として利用することを提案している。失業者は、専門家の指導を受けてこの市民セクターに勤務し、少なくとも最低賃金以上の額を受け取る。市民セクターは公共機関や病院や民間企業からサービス提供に見合った金額を獲得する。これによってきめ細かい福祉サービスの提供と失業問題の解決が同時に達成され、しかも失業が減り雇用が増えれば財政赤字も減少する−という考え方だ(註6)。リピエッツ氏と緑の党は、このようにして、「連帯原理」を現実社会の中で実現することを可能にするためのあらたな税制や経済政策を提言しているのである。
彼はまた、講演集会でこう述べていた−18世紀に自由主義者が目指した民主主義という理念を20世紀になって社会主義者たちがとって変わりそれを実現しようとしたように、21世紀には政治的エコロジーが社会主義運動の目指した理念を実現することになるだろう−と。
複雑化した現代社会においては、環境問題や性差別、移民労働者の問題などさまざまな問題が生じ、これを解決しようとするあらたな社会運動が生まれている。新しい社会運動は、彼らが取り組む課題が社会の構造的問題から発生していることを認める限り、彼らの主張と現実社会への対案を表現する新しい政治勢力の形成と、社会のトータルな変革が必要であることを承認すべきである。だからこそヨーロッパを中心とした緑の勢力は、伝統的政治勢力の改革や、あるいは政治そのものを拒否する方向ではなく、苦闘の末、そしていくつかの現実的妥協も経て、自前の政治勢力を形成しそれを発展させてきたのである。
■日本における「緑」の政治勢力の可能性
今回の企画で、各地での講演集会では80から100名ほどの参加があり、特に共通して女性や若者が多かった。彼のインタビューも毎日新聞などの全国紙や「エコノミスト」をはじめ各種機関紙に掲載されている(註7)。左翼や市民運動関係者、交流した国会議員達の間でも、緑の党に対する従来の固定観念が誤解であった事への率直な驚きを伴う新鮮で好意的な反応が広がった。リピエッツ氏の講演内容やインタビュー記事は、社民党からいわゆる新左翼諸党派に至るまで、概ね好意的にそれぞれの機関誌に掲載され、今もなお反響は続いている。伝統的マルクス主義の立場を堅持しようとする者にとっても、相互批判の対象として、「緑」は重要な存在であることは疑いないだろう。そして、これは必ずしも当初から意識して準備したことではなかったのだが、この企画のちょうど1週間後、ドイツ総選挙で社民勢力が勝利し、緑の党の政権入りが確定するなど、「緑」は日本国内でも一気にひとつの政治的キーワードになりつつある。今回の企画が、中央政治の世界からでなく、私たち新潟の地方のちっぽけな地域政党から発信されコーディネートされたものであったことも、ヨーロッパの緑の勢力の原動力が地方の市民派勢力とその連携であったことと併せて、新しい時代を象徴しているように思う。
一方、最近、緑の党が内閣入りしているフランスジョスパン内閣の原発政策での後退も危惧されており(註8)、また、労働問題や教育問題において政府の政策に対する労働者や若者のデモも闘われていることも伝えられている。また、リピエッツ氏の著作において、ある意味で無批判的に評価されていた「トヨタの経営方式」などや「QC運動」に関しては、特に労働運動ブロックが主催の中心になった関西の主催者グループからは異論が出される一方、今後の意見交換の必要性が提起されている。こうした緑の党の現実の問題点も対象化し議論を重ねながら、私たち自身の手による、新しい政治勢力を創り出していくことが、時代が私たちに要請していることだと確信する。関西での集会を準備した関係者は「(この企画はもしかしたら)今後の日本の政治に大きな影響を与えるかもしれない」と語っている。今回の企画は、日本の市民派政治運動に、新しい希望のメッセージのひとつを送ったことは確実であろう。彼のメッセージを肯定的にとらえた人も、批判的に受けとめた人も、問題は、日本の私たちが、どのような新しい社会的なオルタナティブを提起し、そのために、私たち自身の手でいかに新たな政治勢力をつくるか、ということの一点につきる、と私たちは考えている。
[註]
(1)「全国の市民派政治勢力の連携で1998-2001年の全国・地方選挙を闘おう」と呼びかけた全国会議。詳しくは市民新党にいがた(新潟市真砂1-21-46;電話025-230-6368 FAX025-267-8602)へ。またはホームページ http://www.bekkoame.ne.jp/~nnpp/を参照。
(2)ドイツ緑の党のホームページのURLは
http://www.hrz.uni-oldenburg.de:80/~oliver/bg/e.bgindex.html
ちなみに、フランス緑の党のホームページは
http://www.verts.imaginet.fr/index.html
(3)全国地方議員政策研究会機関誌「LOPAS」No.10より
(4)「緑の希望」アランリピエッツ著、若森章孝・若森文子訳(社会評論社、1994年)。なお、この翻訳書の巻末に、翻訳されているリピエッツ氏の著作の一覧も掲載されている。
(5)「環境と通貨統合を問うフランス下院選挙−緑の党と社会党の画期的な政治的合意(「月刊フォーラム」97年8月号)
(6)若森章孝「フランスの左派連立内閣と緑の党のアラン・リピエッツ」(「ACT」98年9月14日号)より
(7)各種機関紙への報告記事の他、報告集も発行される予定。問い合わせは市民新党にいがた(上出)か、アクト新聞社(03-3264-5965)へ。
(8)ジョスパン首相が去る六月、緑の党との合意にも関わらず、エネルギー産業やテクノクラートとの会合の中で、「次世代の原発」をフランスとドイツで共同開発する方針であることを明らかにしたとのことである。