教科書に書かれなかった戦争 60
花に水をやってくれないかい?― 日本軍「慰安婦」にされたファン・クムジュの物語

イ・キュヒ:著, 保田 千世:訳

四六判 162ページ 並製
定価:1,500円+税
ISBN 978-4-8166-1204-6 C002

ふぇみん」「クレヨンハウス」で紹介されました
【内容紹介】

 植民地下の朝鮮で、日本軍の慰安婦にされた少女ファン・クムジュの半生を描いた物語。著者のイ・ギュヒは、今に続く性暴力の問題でもあると日本の読者に語りかけている。
「ある日TV画面に、こぶしをあげてつきあげる隣のハルモニが映し出された。『日本政府は謝罪しろ!』
ウンビは日本軍『慰安婦』の問題と出会い、自分が受けた性暴力から、ハルモニの怒りと心の傷の深さに気づく。」
いまに続く女性への暴力の問題を小5の少女の目から取上げる。

【プロフィール】
著者:イ・キュヒ
1952年、韓国の忠清南道の天安で生まれ、江原道で育つ。成均館大学司書教育学科を卒業、ポソン女子高等学校で司書教諭を勤める。現在作家として活動。
 1978年、「少年中央文学賞」に童話が入賞したのをはじめとして、「韓国童話文学賞」「韓国児童文学賞」「子ども文学大賞」「世宗児童文学賞」「パンジョンファン文学賞」などを受賞。
 主な作品に『パパを貸してちょうだい』『お父さんのいない国に行きたい』『小さな王様の涙』『今から私は男だ』『パパのエプロン』『二人のおばあさんの秘密』『ジョージおじいさんの6・25』などがある

訳者:保田 千世(やすだ ちせ)
1946年生まれ。神戸大学卒業、日本女子大学大学院修士課程修了。元都立高等学校教師。
 1993年頃より、韓国の日本軍「慰安婦」被害者ハルモニ(おばあさんの敬称)たちと個人的交流を続け、ハルモニの話をもっとよく理解したいとソウルに留学し、西江大学韓国語教育院でハングルを学ぶ。
【目次 】
作者のことば―「花オンマ(花のお母さん)を忘れないで
日本の読者へ―ファン・クムジュハルモニを愛する人たち

1 507号室はなんだかヘンだ
2 鬼神ハルモニ
3 うっかりだまされていた
4 「イアンフ」って何?
5 変わってしまったキム・ウンビ
6 留守の家で
7 わたしの故郷 ソンペンイ(ハルモニの話 その1)
8 咸興のお母さん(ハルモニの話 その2)
9 汽車に乗って(ハルモニの話 その3)
10 生きのびなくては(ハルモニの話 その4)
11 お母さんになる(ハルモニの話 その5)
12 もう1度慰安婦ハルモニになって (ハルモニの話 その6)
13 砂時計のように1人、また1人と、亡くなっていくハルモニ
14 ソンペンイへ行く道
15 ハルモニのチョクツリ
16 35個の鉢だけが残って

10代の読者のみなさんへ
日本軍「慰安婦」とは
日本軍「慰安婦」問題関連年表
【まえがき 】より

作者のことば
「花オンマ(花のお母さん)」のことを忘れないで           
                    
 何年か前の夏だった。ソウルの江西区に住んでいられるファン・クムジュ(黄錦周)ハルモニを訪ねるわたしの足どりは重かった。夏の空気がじっとりと湿気をふくんで肌にまとわりついた。日本大使館の前で水曜デモが開かれるたびに、堅く閉ざされた鉄の門に向かって誰よりも激しく抗議の声をあげているあのハルモニが、わたしを喜んで迎えてくれるだろうかと心配と不安でいっぱいだったからだ。
 ハルモニとふだんから親しくしているイ・ヒジャさんの背中に隠れるようにして家に入ったわたしを、水曜デモの時とは違って穏やかな温かい笑顔でハルモニが迎えてくださった。ハルモニが入れてくださった冷たい麦茶を飲みながら、わたしは部屋の中を見回した。ハルモニについての新聞記事や、アメリカや日本などで証言した時の写真、証言を聞いて感動した人たちから送られてきたたくさんのプレゼントが部屋にあふれていた。
 でも、なによりもわたしの心をひきつけたのは、ベランダにあふれるほどの植木鉢だった。
「この子たちは、わたしを見るといつもニコニコ笑うんだよ。そして、わたしが出かける時に『かあさんは出かけてくるから、いい子にしているんだよ』と言うと、わかったとうなずくんだよ。だから、わたしはこの子たちの母さんさ、花のお母さんなんだよ!」
ハルモニは顔いっぱいに笑みをたたえて言った。
 その後、わたしは何度も訪ねていってハルモニと話をした。ハルモニの話を聞いてわかったことがある。花たちは、日本軍に踏みにじられる以前の美しい娘時代を思いださせてくれるものであり、「慰安婦」にさせられたことによって子どもを産めない身体になってしまったハルモニにとってかわいい子どもなんだということだ。
 ある日、ハルモニがエプロンからしわくちゃの紙を1枚取り出して、わたしに見せてくれた。その紙には、故郷の家の住所が書かれていた。子ども時代に楽しく駆け回った故郷の家を一日とて忘れたことはないけれど、「慰安婦」にされたことが恥ずかしくて今まで1度も帰れなかった懐かしい故郷ソンペンイの住所だった。
 わたしはいつか、イ・ヒジャさんと一緒にハルモニを故郷にお連れしたいと思った。
ある日都合がついたわたしたちはソンペインに出かけた。車が村に入ると、ハルモニは浮き浮きした表情になった。
「みんなそのままだ! あそこだ、わたしが住んでいた家だ」
車から降りると、ハルモニは一気に家のほうへ駆けていった。
 
ソンペンイから帰って来てほどなくして、あの時の少女のようなハルモニの笑顔はもう見られなくなった。寝ても覚めても日本政府の謝罪を求めて活動してきたハルモニが、認知症になって釜山の老人ホームに入ってしまわれたのだ。砂時計の砂粒がすっかり下に落ちてしまったように、これまでのことがなにもかもハルモニの記憶から抜け落ちてしまったのだ。
 しばらく前、ある新聞に写真入でハルモニの記事が掲載された。老人ホームでつくねんと座るハルモニの横に赤い花束が置かれていた。わたしは目頭が熱くなってきた。ハルモニは認知症になってしまわれても、花のようだった娘時代と自分が花たちのお母さんであることだけは覚えていらっしゃるのだ。
 いつか、この本と花束を持って釜山の老人ホームのハルモニに会いに行こう。
 ハルモニがわたしのことを思い出せなくても、それは悲しくはない。ただ、年老いた日本軍「慰安婦」ハルモニたちが悔しくて無念な思いを晴らせないまま、1人、2人と亡くなっていっていることと、ハルモニたちのことがだんだん忘れられていくことが、悲しい。この本を読んだ人たちが、「慰安婦」ハルモニたちの悲痛な体験と、ハルモニたちがいまも心に悲しみと痛みを抱えて生きていることを忘れないでほしい。そうすることで、お亡くなりになったハルモニたちや、いま生きていらっしゃるハルモニたちの心を少しでもお慰めできるようにと願っています。
                         2010年8月   イ・キュヒ
【紹介記事】
「ふぇみん」2012年11月5日号で紹介されました。
「クレヨンハウス通信」383号でも紹介!